第2話 蠱雕(こちょう)の群れ
第2話 蠱雕の群れ
―――ノージらが多種生物圏と呼ぶこの地域は、異なる世界同士の重なり合いであった。1つは、人類の変貌した果ての世界であり、1つは、中国神話と呼ばれた世界である。中国神話の世界は、人獣混合の世界でもあり、人と獣を見分けることは困難であった。―――
森を抜けると、見渡す限りの草原が続いていた。胡蝶らは第5の刻点を目指していたが、何処をどう通れば、辿り着くのか知らなかった。唯一の頼りは、初級の書の6ページの黄色の線だけだった。刻点と刻点を結ぶ線は赤かったが、今は黄色となり、辿った道筋を記録してくれているらしい。その黄色の線が第5の刻点と結びついた時が終着となる。
皆の眼が気付く前に胡蝶は気付いていた。害意を持った何者かかが近付いてくると知った胡蝶は、目を一杯に凝らして見た。それは、鳥の大群で、逃げることは叶わないようだった。
「何とかしなくちゃ」
胡蝶は、シベルに“螺旋フラクタル”の発効を指示して、鳥の大群を待ち受けた。この時、カイロの視界にも鳥が映り、データベースの検索を行なっていた。
「胡蝶、結果がでました」
「鳥はまだそこにいるじゃない。勝負は未だついていないわ。結果がでるはずないじゃない。それとも、カイロには未来予想図でも見えるの?」
「そうではありません。あの鳥の素性の結果がでたのです」
カイロはノージに知り得る限りの情報をインプットされて、この世界の情報通となっていた。
「それならそうと、早く言いなさいよ。こっちは立て込んでいるんだから」
胡蝶は、戦闘態勢万全で、意気込みも相当なものだった。これは、胡蝶にパーティのリーダーとしての自覚が出てきたためだろうか?
「あの生物種の名前は“蠱雕”“こちょう”です。蠱雕は、鳥か獣であり、人を喰らうとされているようです」
「カイロ、わたしの名前を3回も呼ぶなんて。何かのアナウンスじゃあるまいし。それに発音が少し違うわ」
「いえ、鳥の名前が“こちょう”です」
「なんですって!」
似た名前だと知って、俄然やる気の無くなった胡蝶であったが、対する蠱雕は、やる気満々のようであった。胡蝶も仕方なく迎撃態勢に入り、蠱雕が射程に入ると“トラップ・イン”を連発した。
「シベル、あなたもやるのよ」
しかし、シベルは相変わらずに1匹も捉えることができなかった。
「1匹だけに囚われ過ぎなのよ。こうやって、手当たり次第に連発するのよ」
辺りには“トラップ・イン”“そこへ”、 “トラップ・イン” “そこへ”と叫ぶ胡蝶の声だけが響き渡っていた。胡蝶は印を結ぶ時に調子にのると、声にする癖が身に着いたようである。そして、トラップをシベルに築かせたのが間違いだったと気が付いた。“トラップ・イン”は自分の張ったトラップならば“そこへ”の場所指定は必要ない。胡蝶は調子のよさを飛び越えて、既にやけ気味になっていた。
「“そこへ”がなければ、2倍の蠱雕をトラップに入れてるわ。しかも、シベルは役に立たないし、蠱雕はさっぱり減らないし」
そうこうするうち、やはりと言うかシベルが1匹に襲われた。負った傷は手のようで、もはや印は結べないようだ。もっとも、印を結べたとて、1匹も捉えられないのでは同じだが。番いの犀犬は、心配そうにシベルの元へと駆け寄った。すると胡蝶は、蠱雕への興味を全く失ってしまった。
「また、あの術式が見られるわ。ケルン、後は任せたわよ」
いきなり、振られたケルンだったが、なにやら自信があるらしい。「任せといて」と言って、マシンガンを撃ち放し、その弾丸はというと捕縄と化していた。捕縄は蠱雕を縛って墜落させ、ケルンの自信は漲った。
「特殊メタルの捕縄をそう簡単に抜けられるはずはないと思ったけど、あった」
蠱雕は嘴で捕縄を噛み切り、再び上空へと戻って行った。




