第17話 初級の書
第17話 初級の書
「参った」
ザリは、あっさりと降参した。シベルの“螺旋フラクタル“が破られた今となっては、勝機が見えない。シベルの勝ちパターンは“螺旋フラクタル“に閉じ込めることしかありえなかった。印の基本である型の所持は数少なく、致命的なのは照準であった。印はノロく、対象者を捕まえることが難しい。動作はノロくないと思うのだが、なにしろ、判断力が乏しい。悩み、躊躇し、決断できないのがシベルであった。確かに賢いのだろう。己の劣るところを知り、次数に磨きをかけて、ここまで来た。推薦された者としても上達は早く、それは努力と賢明さの賜物だったが、胡蝶という天与の才を持ったものには及ばなかった。
シベルも第1の刻点で1匹の随獣を得るはずだったが、シベルのノロさと随獣の賢さで逃げられてしまった。その随獣は、その時からシベルに着かず離れずして後を追っていて、今はシベルを慰めている。この随獣をザリらは“麒麟”と呼んでいて、その生物の幼獣がシベルの元にいるのだった。
ザリは、シベルの意向を聞いて先行きを決めてやらねばならぬ。
「シベルよ。この先どうする?選択肢はいくつかあるが、もっとも賢明なのは、界所で界主様にお仕えするか、この子たちの旅の共となるかだ。野に降って、間違いを犯すことだけはしてくれるな。如何?」
シベルとは思えないほど決断は早かった。
「胡蝶らと共にしたいと思います」
第4の刻点は、敏捷さの会得であり、結界の中では厳しい鍛錬が行われた。結界の中に入ったのは、胡蝶とシベルだったが、シベルの動作は進歩したが、相変わらず判断力がそれの足を引っ張っていた。胡蝶はというと、鍛練に音をあげ、狂ってしまったかのようだった。
「わたしはできるのよ。できないはずはないのよ」
独り言を言っていたかと思うと、本当に敏捷さが身についた。それは『自己暗示』の法を身に付けたためで、自己暗示は偽薬より遥かに実効性を持つとされ、ノージらの鍛練法の1つでもあった。しかし、自己暗示は使い方によっては身の破滅を呼ぶとも言われていて、ノージの心配事が増えることにもなった。
ノージは云う。
「この先は、私は共にできない。2百年前と同じ轍は踏みたくないのだ。自分たちの力と意思で第5の刻点に辿り着いてみせてくれ。この先は、多種生物圏で、私たちにも知らないことが多い。私は三度足を踏み入れたが、一度は死にかけた。私の忠告など通用しない世界なのだ。逃げることに専念せよ。そうだ、注意が1つだけある。この先で人を見掛けたら気を付けろ。そいつらは、まず間違いなく、野に降った象界師のなれの果てだ。何をしているのかはわからない。多種生物で商売をしているとも、多種生物の王国を築いているとも言われている。では、待っているぞ」
胡蝶が不満顔で言った。
「何を言っているのかわからない」
どうやらと言うか、やはりと言うか胡蝶には、言葉が少し難しくなると伝わらないようだ。それでも、ノージと暫しの別れだということはわかるらしい。
「直ぐ、行くからね」
ノージは、はなむけとして胡蝶の持つ本に印を結んだ。
その本のタイトルが“象界師 初級編”と変わっていた。




