第16話 象界師の闘い
第16話 象界師の闘い
「どうだ?やってみようか?」
先手を取ったと思っているザリは、挑発的な態度で闘いの開始をノージに要求したが、ノージはこの闘いに負けると“推薦された者”が、その資格を失うことを知っていて、躊躇いをみせていた。
(勝てるはずがない)
胡蝶は、何が行われるのか知らなかったが「やるわ」とやる気だけは、十分であった。胡蝶もシベルと名乗る青年と競い合うことは、察していたのだろう。
果たして、競い合いと呼べない闘いは始まった。ノージは、闘いの意味を胡蝶に伝えなかった。これはせめて、いらないプレッシャーをかけまいとするノージの思い遣りだったが、ノージの脳裏には、胡蝶が負けた後のことしか思い浮かんでいなかった。
シベルは“螺旋フラクタル“のトラップの印を結んだ。
だが、“トラップ・イン”の印を発効するシベルの動作は遅かった。躊躇いもあり、判断も遅いシベルの印は胡蝶を視界に捕えておくことはできなかった。ザリはじれったく、ノージは僅かな負けない可能性に期待を寄せた。
印の初動から結び終わるまで、術者は対象者を視界に収めておかなければならない。このことをシベルも知らないはずはないと思うが、どうにもノロかった。胡蝶はシベルをなんだか可哀そうになり「一度だけ、トラップに入ってみようかしら」と、ノージが聞いたら卒倒しそうなことを思いついた。胡蝶は地上に降り立ち、シベルの正面に棒立ちとなったが、それでもシベルの印はノロい。
「早くしなさいよ」
図らずも胡蝶に励まされた印は、ようやく、胡蝶をトラップの中へと導き、地上には複数の悲喜こもごもがあった。
「なによ。この中綺麗じゃない。正に魅惑的だわ」
胡蝶は暫く、このような褒め言葉を並べていたが、ふと我に返って、トラップ脱出の方法を考え始めた。
「トラ、こっちに走って」
この闘いは、象界師のもので、ケルンは参加できない。しかし、胡蝶の意識下に居住するトラには参加の権利がある。胡蝶も羽ばたき、移動した。トラの映像を自分の映像とマッチングさせた胡蝶は「これと、これが別ね。これもだわ」そうやって、イメージを掴んだ胡蝶はフラクタル・トラップの印をいくつも試し始めた。
――― 例え、ここにノージがいても何が起こっているのかわからないだろう。“これとこれ”が“どれとどれ”なのか想像もつかないだろう。依って、拙者が解説することとなる。“螺旋フラクタル“は、2つのフラクタル・トラップを螺旋状に配置したものである。フラクタル・トラップは実数部と虚数部からなる単純な式で表現できる。そして、人には複雑様に見えたり、魅惑的に見えたりする。しかし、それは一定のパターンを持っているだけであって、胡蝶の“これとこれ”はそのパターンのことを指す。つまり、胡蝶にはパターンがイメージとして認識されているだけで、式はわかっていない。従って、胡蝶はいくつもの印を試すこととなる。―――
さすがに胡蝶は勘がよく、1つのフラクタルの式をみつけた。
“n”“虚空”“引き抜け”
乱暴な印であったが、実効はあった。“螺旋フラクタル“は、ただの単一フラクタル・トラップへと変わり果てた。
――― ここで、いくつかの疑問があるので、再び拙者の出番となる。何故3次のフラクタル・トラップが“n”“虚空”で同調できたかというと、実数部を位相させたからである。実数部をゼロとし位相させ“n”は虚数部を示したことになる。(実際にそのようなことが可能かどうか拙者にもわからないので、説明は省くこととするが、物語が進むにつれていいアイディアが浮かぶかもしれない。)胡蝶の想念では、フラクタル・トラップは虚数部だけの位相空間となった。これは、ノージらの印の体系には存在しない概念で、胡蝶のオリジナルとなる。
もう一つの疑問“引き抜け”は、螺旋は空間座標系を意味し、2本のフラクタル・トラップは絡み合っていたわけではなく、ただその螺旋空間に配置されただけで、複雑に見せかけていたのだった。依って、1本のフラクタル・トラップは同調によって掴まれ、引き抜かれたわけである。―――
残ったフラクタル・トラップも直ぐに外され、胡蝶は地上へと舞い戻った。




