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乱象  作者: 酒井順
第1章 象界師
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第15話 もう一人の象界師

第15話 もう一人の象界師


 第3の刻点はサービスとなり、一丁の短刀を得た胡蝶だったが、短刀の使い道は、さほど頻繁ということもなかった。しかも、短刀はおそろしく切れ味が悪い。

-ねェ、ノージ。この短刀、役に立たないわ。捨てていい?-

-あァ、その短刀はね“払拭の小刀”と言って、迷いや悩みを振り払うために使うんだよ」

(そうは言っても、この短刀は何の効力もなくて、ただ頭の切り替えの速さの癖を鍛練するためだけのものなんだがな。つまり、思い込みによって、決断力を高めるものだ。かつて、偽薬というものがあったが、それと似たようなものか)

 しかし、そもそも胡蝶に迷いも悩みも、そう多くない。むしろ、思い込みが強く、短絡的とも言えた。つまり、結果はどうあれ、決断力は早過ぎるほど早かったのだ。この短刀によって、悪い方向に加速しなければいいのだが。


 第4の刻点の街は小規模で、住人は小動物の態であった。その街で、ふいにノージに声を掛けた者がいる。

「久し振りだな、ノージ。2百年振りか」

「うん?ザリか。そうだな。久し振りだな。おやっ、傍らのその子は次の推薦した者かい?」

「お前こそ、その子がそうなのか?」

「ということは、ここの刻点を目指して来たのか?」

 これは、二人が同時に発した言葉である。二人が驚いていたのは、推薦されたる象界師が、かの地に辿り着く前に遭遇し会うことが珍しかったからだ。そのためではないだろうが、二人には僅かな緊張が走っていた。


「このシベルは、おそろしく上達が早いぞ。なにしろ、たった2年でここまで来たのだからな」

「そうか。胡蝶は2ヶ月だぞ」

 いささか驚いたザリだったが、負けてはいられないようだった。

「ふん。どうせ出会った時に、既に印を使えたんだろ?それに、2百年前と同じように手取り足取り、教えたんだろう。あの時は大問題になったなァ。推薦された者の意思がほとんど汲まれていなかったんだから。まるでノージの人形のようだったな。ところで、界所には最近立ち寄っているのかい?」

 界所とは、かの地のことで、正式名称ではなく、俗称である。ノージにとって、2百年前の出来事は苦い経験で、界所にはその時以来立ち寄っていない。ノージもこの2百年の間、推薦されたる者への接し方を悩んできたのであった。

(わたしは、胡蝶に手取り足取り、教えてなどいない。確かに胡蝶は印を知っていたが、それは使えるというレベルではなかった。全ては胡蝶の天与の才であり、意思であるはずだ)

「図星だったようだな。界所にもあれ以来立ち寄っていないと見た」


 胡蝶は“推薦された者”という言葉が気にかかっていたが、当面の興味は目の前のケルンより2つか3つ年上と思われるシベルという青年だった。その時ザリはシベルに印の披露を促していた。シベルの結んだ印は複雑で、それは胡蝶の理解の外にあった。さすがにノージは気が付いて「これは4次の印ではないか。しかも“螺旋”の印も組み込まれている。ここの刻点は、3次の者が対象のはずだ。これは反則ではないのか」と思っていた。シベルの結んだ印は“螺旋フラクタル”と呼ばれていて、2つのフラクタル・トラップを螺旋状に組み合わせたものだった。胡蝶の単一フラクタル・トラップから遥かに高次元の技であり、到底及ぶものではないと知った。

「どうだ、驚いたか。しかも、シベルは賢いぞ」

 競い合いは既に始まっているようだったが、胡蝶は怯まず、目の奥に深紅の炎を忍ばせていた。胡蝶は、負けず嫌いだったのである。


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