一夜明けて一休み
うが~説明会は苦手です(汗
13英雄、終わりの見えない戦争をたった1年で終結まで導いた少年少女らのことを称える言葉だ。彼らは味方がどんなに劣勢であろうとそれを覆してみせ、難攻不落の城塞を落とし、不可能を可能に変え、人々に希望を与えたことから英雄と呼ばれるようになった。
その英雄たちの中でも群を抜いて語られる人物がいる。帝国のトランプ(切り札)部隊のリーダー≪エース≫、≪白銀の騎士≫、≪聖剣の担い手≫、様々な2つ名で呼ばれる人物の名はアーサー=グレイスト・カーレッジ。正義感に満ち溢れ、助けを求める声あればすぐに駆けつけて手を差し伸べこれを助け、戦場で孤立無援となり生存は絶望的とされた部隊をたった1人で救援に向かって連れ帰る。戦争に敗れ、植民地として支配を受けている敵国の民が理不尽な扱いを受けていれば義憤を感じてそこの指揮官を糾弾するなど、自身が悪と断じたものは相手が誰であろうと決して許そうとしないその姿勢はまるで正義の味方のよう。もし、13英雄について物語が作られるのであれば、それは当然のごとくアーサーが主人公となるだろう。
まさしくヒーローとはアーサーの代名詞と言っても過言ではないとそう語られる人物が今、俺の目の前でケーキをおいしそうに頬張りながら遅めのモーニングコーヒーを飲んでいた。
「う~ん、おいしいね、このショートケーキ」
「まさか昨日の今日でお前が来るとは思わなかったよ」
「ん?なにか言ったかい?」
「いや、なんでもねぇよ。黙って食ってろ」
カウンター席でニコニコとショートケーキを食べてるアーサーを尻目に、他のテーブル席に座っている客に目線を配る。いつもより女性客の数が多い気がするのは、アーサーがいることと無関係ではないだろう。何せ救国の英雄。知らない人間なんていない有名人なのだから。
だからこそ、少しは顔を隠すなり変装するなりして来てほしかったのだが、この能天気野郎にそんな気配りを期待するのは無理だったか。これ以上アーサー目当ての客が増えるのも面倒なので、アーサーの周りに認識疎外の結界を無断で展開する。これで今いる女性客も徐々にアーサーがここにいることを忘れていき、新しく入ってくる客もアーサーには気付かなくなるという代物だ。
「あれ?また妙な結界を張ったみたいだね。別にこんなの必要ないと思うんだけどな~」
「お前はもうちょっと自分が有名人なんだってことを自覚しろっての。あんまり目立つような客の入り方されたら、俺が困るんだっての」
「普通、満員になったほうが君も儲かって嬉しいと思うんだけど……ほんとに変わってるよね」
「俺が目指しているのはゆったり安らげて、癒されるような空間なんだよ。満席になるよりも半分くらい空いてるくらいがちょうどいいんだよ」
「商売する気があるのかすら疑わしくなる発言だね」
「俺にとっては副業みたいなものなんだから良いんだよ」
「副業ねぇ……。じゃあ君の本業ってのは何かな?情報屋?または昨日みたいな荒事を解決する揉め事処理屋かな?それともまだあの頃のみたいな……」
ニコニコとした笑顔で言ってくるが、その実目は笑っていない。どんなウソも許さないと言っているようだ。
「もうやってねぇよ。あの稼業からは足を洗ったんだ」
「ふ~ん、そうなんだ」
「ああ、そうなんだよ。それで、忙しく世界中を飛び回って正義の味方ごっこをしているアーサーさんが、ここにはいったい何をしに?ただコーヒー飲んで、ケーキを食いにきた訳じゃないんだろ?」
正義の味方ごっこじゃないんだけどね、と小声で呟いていたが無視。俺からしたらアーサーのやっているのはごっこで十分だ。見返りを求めず、誰かのために奔走する。聞こえはいいがそれは結局自己満足に過ぎず、アーサーに助けられた者たちは助けられっぱなしで恩を返すことなんてできやしない。善意の押し売りほど、迷惑なことはないのだから。
「ああ、そうだった。僕が最近追っている事件があるんだけどさ、ちょっと手伝ってもらえないかな?」
「昨日の借りがあるから手伝うのはやぶさかではないが、どんな事件をなんだ?」
「簡単に言うと誘拐事件だよ。周辺の国やこの町で、子供が誘拐される事件が多発していてね。犯人たちの足取りを追っていたらどうもこの国に本拠地があるみたいなんだ。詳しいことはこのメモリーに入っているから、時間があるときにでも見ててよ」
そう言って手渡されたパソコン用の記録媒体を受け取り、あとで確認しようと胸ポケットにしまう。その間にアーサーは立ち上がり、財布から飲食代の料金を取り出そうとしていた。
「もう行くのか?もう少しゆっくりしていけばいいじゃないか」
「そうも言ってられないよ。こうしている間にも誘拐された子供たちが怖い目に合っているかもしれない。そう考えるだけで僕はいてもたってもいられなくなる」
「ほんと、正義バカなやつだ。わかった、俺も情報屋の伝手を頼って情報を集めてみる」
「そうか、ありがとう!じゃあ夜にもう一度来るから、その時にまた話をしよう!」
「了解だ。じゃあまた夜に」
またね、と言って代金をカウンターに置いて店を後にしようとするアーサーから視線を外して片づけを始める。カランっとドアの鈴が鳴ってアーサーが出て行ったんだなと思った瞬間、誰かとぶつかったのか少女の小さな悲鳴が聞こえた。
「おっとゴメン、大丈夫?ケガはない?」
「ええ、大丈夫です……って、アーサーさん!?」
「ああ、また厄介なやつが来やがった……」
思わず顔を覆い隠し、次いで壁時計に目を向ける。時刻は11時とちょっと過ぎ。そういえば今日は休日だったことを思い出す。通りで暇な人間が少ない時間にも客が入って来た訳だ。
「昨日は助けていただき、ありがとうございました」
「あれくらいどうってことないよ。それよりも君がよくなって良かった。そうだ、こうして知り合ったのも何かの縁だし、名前を教えてもらってもいいかな?」
「いいですよ。わたしの名前はティアナ、ティアナ=ブルーメンブラット・シルトです。エル・ドラード帝立軍養成学校の3年です。どうぞ、ティアって呼んでください」
「これはご丁寧にどうも。僕はアーサー、アーサー=グレイスト・カーレッジだ。今は世界を放浪中の身だよ」
相変わらずのイケメンスマイルで言うアーサーに、常の無表情がウソのような笑顔を見せるティアになぜだか面白くない感情を覚える。
「あ~お前ら、挨拶を交わすのはいいことだがそこは出入り口だ。営業妨害で訴えられたくなかったら余所に行ってやってくれ」
「おっと、ごめん。レイスに怒られたくないから、僕はもう行くよ」
「すみません。お引止めしてしまって」
慌てて頭を下げるティアにいいよいいよと手を振ってなだめ、またねと言って店を後にするアーサー。それをぼぉ~とした表情で見送っていたティアの頭に一粒のコーヒー豆を親指で弾いて直撃させる。
「いたっ、何するんですかレイスさん!」
「ぼぉ~と突っ立ってねぇでこっち来いっての。それで今日は何か用があって来たんだろ?」
「あ、そうでした。今日は昨日のことについて謝ろうと思いまして」
「お前が謝ることじゃない、あれは俺のミスだ。すまなかった」
昨夜のことを思い出すだけで自己嫌悪に陥りたくなる。自分が油断しなければ、ティアがあんなケガを負わずに済んだのだから。
「そんな、頭を上げてください。もう大丈夫ですから」
「それはアーサーのおかげだからな。何か俺に詫びをさせてくれないか?」
「急にそう言われましても……そうですね。よろしければわたしを襲ったあの男の人のことを教えてもらえませんか?」
「猟兵のことか……。そのことはまた後ででいいか?さすがに客がいる状態で話せる内容じゃないからな」
「わかりました。お客さんが帰られるまでコーヒーでもいただいていいですか?」
「ああ、わかった。今日はサービスしてやるよ」
ティアにコーヒーを出し、アーサーがいなくなったことで帰り始めたお客のお会計を済ませる。そしてテーブルの片付けを済ませたりしていると、だいたい30分くらいで皆帰って行った。
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SIDE:ティア
「さて、猟兵の話だったな」
お客さんの波が一段落したところでレイスさんが2人分のコーヒーを淹れ直してくれる。レイスさん自身はカウンター席の内側に置いてある少し高めの椅子に腰かけて一休みの体勢に入られる。
「そもそも猟兵ってなんなんですか?」
「一言で言うと化け物だな。強靭な肉体、モデルとなった動物が持つ身体的特徴を受け継ぎ、理性よりも本能を剥き出しにして戦う。そして何よりも厄介なのは驚異的な再生能力だ」
「再生能力ですか?」
「ああ、そうだ。お前も見ただろ?俺がぶった切った腕が根元から再生していくのを」
意識がはっきりしていた訳ではないが、それでもあの光景だけはしばらく忘れられそうにない。次々と異形の姿に変わっていく男たちの中であってなお、異質だったあの光景。傷口から骨が生え、次に筋肉、そして皮膚が覆い、最後には化け物の腕となった。どうやったらあんなことができるのか、例え高位の治癒魔術であってもあんな直ぐには腕を生やすなんてことは不可能な筈だ。
「想像してみろよ、ほぼ不死身の化け物が組織的に行動して攻め込んでくる様を。いくら撃っても倒れやしない。挙句の果てには化け物みたいな姿に変身して襲い掛かってくるんだ。戦場であんなのと会ったらおっかなくて誰だって逃げ出すさ」
確かに不死身の軍隊ってだけで恐怖そのものだ。しかもそれが映画に出てくるような意思のないゾンビとかならともかく|(いえ、ゾンビってだけで十分怖いですが)、組織的に行動して攻撃を仕掛けてきてなおかつ化け物となってさらに恐怖心を煽ってくる。それだけで戦場であった者たちは恐怖のどん底に突き落とされた気持ちになる筈だ。
だがそこで一つの疑問が浮かんでくる。それはどうやってアーサーさんはあの化け物たちを殺したのかだ。
「あの、レイスさん。不死身だって言うならどうしてアーサーさんはあの男たちを殺すことができたんですか?」
「どんな化け物にだって弱点はあるってことさ。簡単に言うと頭を撃てば死ぬし、当然首を切り落とせば死ぬ。あとは心臓を貫くなりすれば殺せる。要は普通の人間よりは死ににくいってだけで、急所は急所のままなんだよ」
「だから殺せたんですね」
「それに再生できるっていっても限度がある。通常の倍の速さで肉体を再生させるってことは、それだけ細胞を酷使するってことになる。人の細胞分裂の回数は決まっていると言うし、その分あいつらは短命になるというリスクを負っているんだ」
「良いこと尽くめと言う訳ではないんですね」
「まあとにもかくにも、会ったら1人で戦おうなんて考えるな。逃げて逃げて逃げまくって隙があったら仲間と一緒に袋叩きにしてやれ」
レイスさんの言葉を重く受け止め、決して忘れないように深く刻みつける。というか、自分では相手が1人だったとしても太刀打ちできなかったのだ。もっと鍛えないといけないという気持ちも同時に浮かんできて、強くなろうと改めて決意する。
「さて、ここまでで何かわからないことがあれば質問に答えるぞ。または別のことでもいい。答えられる範囲で答えよう」
そう言われ、一度思考を整理する。猟兵については聞けた。どんな存在であるかと、その対処法さえわかればあとは何とかなる。ここで問題になるのは、どうしてあんな存在が、しかも元は軍人だったという。自然にあんな化け物みたいな人が生まれてくる訳なんてないし、誰かが造ったと考えるのが自然だ。
でも、これは本当に訊いてしまっていいのだろうか?という思考がブレーキをかける。もし知ってしまったら自分は、何か取り返しがつかないことに足を踏み入れようとしている気がしてならない。
だが、それでも真実を知りたいと思う自分も心の片隅にはいるのだ。ここで訊かなくてもいつか後悔すると思うからこそ、一握りの勇気を持って一歩足を踏み出すことを決断する。
「では、どうやって彼らが化け物となったのか、それを教えてもらえませんか?」
「それを知ったら後悔するかもしれないぞ?」
一瞬、苦い顔をしたレイスさんは確認するように訊いてきてくれたことに優しさを感じ、それに頷くことで肯定の意思を示す。それに対してレイスさんはやれやれと言いたそうに首を振り、深呼吸してから視線をこちらに向ける。
「わかった、話してやるよ。先ずはそうだな、ティアは東のグラン・フォレスト王国は知っているよな?」
「ええ、知っていますよ。それが何か関係あるんですか?」
グラン・フォレスト王国と言えば獣人族が暮らしていることで有名だ。人に動物の耳や尻尾が生えているだけのような人から、動物がそのまま2足歩行して人型になったような様々な容姿をしていることくらいは知っている。
まだまだ人数は少ないが、戦争が終わってからは交流も増えて街でもたまに見かけたことがあるし、この店にもレイスさんに会いに来る猫獣人の人とも知り合いだ。
「人をあんな化け物染みた姿に変えようという発想自体が、元々はあの国と戦争したときから始まったんだよ。スピード、パワー、スタミナ、様々な面で人を上回る身体能力を持つ獣人たちに対抗するために研究が始められ、完成したのがあいつらだ。もちろん研究を完成させるためには人体実験が必要だ」
「人体実験……」
その言葉自体には忌避感しか浮かばない。
「始めは失敗続きだったらしい。当然だよな。何せ初めての実験なんだから。人の肉体に動物の遺伝子を組み込み、自分の意志で肉体を変成させる。拒否反応を起こして死亡する人、動物としての本能に突き動かされて暴れだし、危険と判断されて処分されるのなんて当たり前。そしてその人体実験の対象にされたのは死刑犯や敵国の捕虜だ」
「それって……!!」
「人権問題とか、倫理観とかそんなものは戦争のせいにされて流されたんだろうな。そうして魔術とか錬金術とかを駆使することでなんとかものにしたんだ。その過程で偶然生まれたのが、あの再生能力だ。本来の用途としては拒否反応からくる細胞の壊死を防ぐために考案されたそれが思わぬ結果を生み出し、中途半端な不死身の軍隊を作り出したって訳だ」
「そんなことが軍で行われていたなんて」
正直、信じられない……いや、信じたくないと言った方が正しいんだと思う。わたしにとって軍とは自国を守護する象徴で、今はもういない姉とアーサーさんを中心とした英雄の方々が所属していた軍のことをどこか神聖視していたのかもしれない。清く正しく、そして正義の象徴だと思っていた軍が裏では非人道的なことをやっていたなんて。
「ショックだったか?」
「ええ、少しですね」
「そうか。まあ……なんだ、元気出せよ。お前がそうやって沈んでいるとこっちの調子まで狂っちまう」
「はは、なんですかそれ?」
「言葉通りの意味だよ。俺をからかって、虎視眈々と襲うタイミングを見計らっていて、無表情ながらもその瞳には熱いものを宿している。そんなティアをたまには面倒だと思うときもあるが、同時に好ましいと感じている俺がいるんだ」
「なんだかそれ、愛の告白みたいですね?」
「バッ、バカ野郎!そんなことあるかっての!」
照れたように顔を赤くしてそっぽを向くレイスさんは可愛いと思うし、何より見ていて面白い。きっとわたしは今、もの凄く意地悪な目をしているに違いない。
「どうやら少しは元気がでたみたいだな」
「ええ、おかげさまで」
「それは何よりだっと、長話も過ぎたな。俺はちょっと急ぎの用事ができたから今日はもう店を閉める」
「レイスさん、本当に商売する気があるんですか?」
呆れを視線に込めてじとぉ~っと見つめると、うっと呻いて諦めたようにため息をつき、乾いた微笑を浮かべる。
「あ~そう言われると辛い部分があるな。でも、また別の仕事があるんだから仕方ないさ」
「別の仕事って、また昨日みたいなことをするんですか?」
「いんや、今度は情報屋としての仕事さ。ちょっと調べ物があるからそれでな」
「手伝いましょうか?」
情報屋としての仕事がどんなことをするのか想像することしかできないが、わたしにできることがあるなら手伝いたいし、レイスさんの役に立ちたい。昨夜みたいな足手まといとしてじゃなく、共に並んで歩んでいくことが今のわたしの目標なのだから。
「申し出はありがたいが、さすがに今回は連れていけない。見知らぬ女の子を連れていったんじゃ、話してくれる相手も警戒して話してくれないということもあるからな」
「そうですか。わかりました。ではわたしはこれで失礼させてもらいますね」
「ああ、悪かったな。今日はゆっくりと休むといい」
「はい、そうさせてもらいます。コーヒー、ご馳走様でした」
深々と礼をして、またなと手を振るレイスさんにもう一度会釈して踵を返す。ドアノブに手をかけ、いざ店を出ようとしたときにもう一度声をかけられた。
「悪い、ティア。出るついでに札をひっくり返しておいてくれるか?」
「わかりました。それくらいお安い御用です」
やっぱり一緒に来てくれ、とそんなセリフを期待していたのでちょっと残念に思ったが仕方ない。言われた通り、札をcloseにして喫茶店クラウン・クラウンを後にする。
「さてと、何をしようかな……?」
友人と遊ぶ約束なんてしてないし、何かしようという予定もすぐには思い浮かばない……いや、たった今一つだけ思いついた。それを考えるだけでなんだかとてもワクワクしてきた。自然と口の端が笑みを浮かべているのを自覚する。きっと今のわたしはすごく悪い目をしているだろう。
「こうしちゃいられません。さっそく寮に帰って荷物を取って来なければ」
ただレイスさんと話をすることだけが目的だったので、手ぶらで来てしまったのが悔やまれる。ここから寮までは歩いて20分ほど、走ればなんとか間に合うかどうかと言ったところだろう。絶対に間に合わせるため、そしてレイスさんに気付かれないようにクラウン・クラウンから少し離れてから人目も気にせずに全力疾走を開始した。
登場人物紹介とか書いた方がいいんだろうかと考えている今日この頃。そもそも登場人物紹介が必要と思われるだけ読まれているかも未だに疑問なんですけどね(汗
もし必要だって言われるならまとめてみますので、まだまだ話数自体は少ないですけど、一言感想を添えてご意見くださると嬉しいです。
それではまた一週間後を目標に投稿しようと思います。