襲撃前はお静かに
戦闘パートは大好きなのですが、これで満足してもらえるかちょっと不安な今日この頃。
「どうしてこうなった!?」
あれから取引現場を監視できる場所はないかと探し、手頃なクレーンに登って外で見張りをしている人員の配置を確認。倉庫の入口に立っていた2人を除き、先ずは周りの連中を気絶させて用意していた手錠で拘束。万が一手錠を外されて逃げられると面倒なので親指を結束バンドで縛ってから放置。さあ突入して制圧だってところで思わぬアクシデントが発生した。
「すみません、レイスさん。寮長に遅くなることを伝え忘れていました」
てへっ、といつもの無表情に似合わない笑い方をしてごまかすティアに若干イラッとしながら、倉庫の入口に立っていた2人が銃を撃ってくる前に接近して一撃で意識を刈り取り、拘束の手間を惜しんで武装解除を施し、マシンガンだけ拝借する。
「まったく、突入前はマナーモードにしとけっての。そのせいでもう奇襲の意味がなくなったじゃないか」
発生したアクシデントとは物陰から2人の様子を窺がっていたときにティアのケータイが着信し、その音に気付いた2人が騒ぐ前に被弾覚悟で突撃をおこなう羽目になってしまった。
「次からは気を付けます。ですが今は!」
物音が気になったのか、様子を見に来た黒服の男が不用意に入口から出てきたのをティアが鞘に入ったままの刀を顔面に向かって振りぬき、一撃で昏倒させる。
「そうだな。気を取り直して突入しますか」
過ぎたことはもう取り返しがつかないし、どうせやることは変わらないのだから諦めるとしよう。
「じゃあちょっと派手だが、戦の狼煙としては十分だろう」
懐からスタングレネードを取り出し、安全ピンを引き抜く。
「ティア、突入前に注意事項を1つだけ言っとく。斬るのはいいが絶対に刺すなよ。刀ってのは反りが付いてる分、抜けにくいからな」
「わかりました。気を付けます」
「うん、素直でよろしい。さてと、んじゃまあ行きますか」
開いたままになっている倉庫の入口の中に向かってスタングレネードを投げ入れる。中から慌てたような数人の男の声が聞こえた後に大きな音と閃光がドアから漏れだし、それが収まった直後にティアに目配せして先に突入。近くにいた10人の男達の中から銃を持っていた者だけを先にマシンガンで足や肩を撃って無力化する。
「無理はするなよ!」
「はい!」
刀を抜いてすれ違いざまに残りの3人の男を切り捨てたティアを追い抜き、倉庫の奥に向かって踏み込んでいく。奥から数人の男達の声が聞こえ、また通路を挟むようにして積み上げられた木箱の向こう側からも足音を殺して近づいてきている気配を感じる。
「奇襲に気をつけろ。前だけじゃなく、周りにも気を配れ。いつ襲ってきても対処できるようにしておけよ」
並走するティアが頷くだけで返事するのを見て、少し心配になる。よく見ると緊張しているのか涼しい顔をしている割には汗が出過ぎている気がする。
初めての実戦に人を斬ったのも今回が初めての筈だ。ストレスも相当だろう。こりゃいつも以上に自分が気をつけないといけないなと改めて思い直す。
だがそう考えた瞬間、木箱を乗り越えて襲い掛かってくる男が目に映る。しかも立ち位置が悪いことに銃で迎撃にしようにも射線上に重なるようにティアがいて撃つことができない。
「くそっ、ティア!」
「え?」
剣を振りかぶっている男に気付いていないのか、呆けた返事をするティアの腕を掴んで強引に引っ張って体を入れ替える。
「死ねぇ!!」
「させるかっての!」
振り下ろされた剣をマシンガンの銃身で受け止めようとしたがそのまま粉砕されてしまう。バラバラになったマシンガンを手放し、返す刀で切り上げてきたのを体を反らして回避。コートの袖口からナイフを取り出し、一息に喉を掻っ切る。がはっと血を吐いて倒れる男から剣を奪い取り、止めを刺して楽にしてやる。この一連の攻防を僅か数秒でこなし、ティアの方に振り向く。
「無事か?」
「え、ええ。すみません、助かりました」
はっはっはっと肩で息をするティアに一抹の不安を覚えるが、そこはあえて追求しないでおく。こういうのは慣れだということを実体験を持って理解しているからこそ、場数を踏ませて慣らしていくしかないのだから。
「もう引き返せ、と言いたいところだがここまで着いてきたからには最後まで付き合ったほうが逆に安全だ。俺の背中から離れずに着いてこい。今はそれだけでいい」
コクンと頷くのを確認してから、剣についた血糊を払って走り始める。それから4回ほど襲ってきた男たちを撃退して幾つかの角を曲がったあと、前方に開けた場所があるのを視認する。また10人以上の男たちが2人の男を護衛するように囲んでいるのを確認した。と同時に通路の出口を塞ぐように5人の男たちが並び、マシンガンを一斉に撃ってくる。それを木箱の陰に隠れてやり過ごす。
「レイスさん、どうしますか?」
「どうすっかな……」
銃声は途切れることなく続き、リロードも交互に行っているのか全く隙を感じさせない。マフィア共にしてはやけに訓練されていることを不審に思いながらも、手鏡を出して木箱の陰からそっと差し出して様子を窺がう。
「数は30ってところか、一度に相手にするにはちょっとキツイな」
「普通はちょっと所ではないと思いますが……」
「囲まれなきゃ数なんて意味ないさ。それにこういうのは慣れてる」
「慣れてるって、ほんとレイスさんは何者なんですか?漫画のヒーローじゃあるまいし、正面突破は無理だと思いますが」
「ははっ、ヒーローか。確かに俺はヒーローじゃない。それよりこの状況で冗談が言えるなら、もう緊張は解けたのか?」
「緊張なんて……」
「恥じる必要はないさ」
内心の動揺を悟られたくないのか、目を逸らしたティアの頭を強引にワシワシと撫でる。
「ちょっと、やめてください」
「気持ちを切り替えろ。なに、いつも俺に斬りかかってくる時のようにやれば問題ない」
む~~と唸るティアを尻目に周囲を囲まれつつあることに焦りを覚えると共に、少しだけ勝機が見えてきた。手鏡に映る敵の人数は明らかに減っており、ボスと思われる2人を護衛するように10人ほどが通路の奥に移動していくのがわかる。そっちは別に今取り逃がしても問題はない。始めに侵入した扉以外の出入り口は既に封鎖済みのため、この場に残っている敵を倒してからでも十分追い付ける自信がある。ただ一つだけ、頭が痛い問題が新たに発生した。
「なあティア、お前にちょっと訊きたいんだが」
「どうしました?レイスさんにしてはずいぶん歯切れが悪いですね」
「バカな質問だとわかってて訊くが、お前はドラグーンを相手にした戦闘訓練をしたことは?」
は?と呆けるのもわかるし、何言ってんだこの人はという視線を向けてくるのも当然だろう。しかし手鏡に映ったものの中に信じたくはないものが映っていることは確かだ。
ドラグーン、竜騎士と名付けられたそれは言ってしまえばパワードスーツのようなものだ。身長3メートル、スリット部にモノアイのようなカメラが覗き、胸部にコックピットがあってドラム缶に手足がついたような形状をしている。大戦初期に作られたもので、終戦に導いた1人の英雄の武装を参考に改良された現在の体に直接装着するタイプでないのが不幸中の幸いか。
「旧式のドラグーン三機、タイプはサイクロプス。主兵装は右手のガトリングガンまたはグレネードと近接装備の鉈のような巨剣。倒せないことはないが面倒だ」
「勝てると思ってるところがすごいですね」
「ああ、あのタイプは弱点が多いからまだやりやすいんだよっと」
回り込んできていた男たちがこちらに銃口を向けた瞬間、ナイフを投擲して始末する。これで残りはサイクロプスと入れ替わろうとして退き撃ちしてくる5人と三機。
「ティア、お前は側面から回り込め。俺が正面から行って囮になるからせめて一機だけでも仕留めろ」
「なかなか無茶な要求ですね」
「別に無茶じゃないさ。お前の実力はよく知ってるつもりだ。お前なら関節部を狙えばその剣の性能と相まって必ず斬れる」
「わかりました。レイスさんの信頼に応えてみせましょう」
「ああ、頼んだぞ。お前が奇襲してあいつらの注意が逸れた隙に残りを一気に片付ける」
「では、行ってきます」
気をつけろよと木箱を乗り越えて走り去っていくティアの背に声をかけ、自分も懐から拳銃を引き抜く。右手に奪った剣、左手に拳銃を携え、突撃を敢行するために胸ポケットにいれていた防御用の術式を組んだカードにポケット越しに銃を持ったままの左手を当てて魔力を通し、魔術障壁を展開する。自分の前方に半透明の魔法陣が盾のように展開されたのを確認し、一気に木箱の陰から飛び出した。
ガガガガガッ!!と銃弾がバリアを襲うがすべて弾いて自身には届かない。焦った男たちの1人が手榴弾を取り出して振りかぶっていたので、投げる直前に手首を撃ち抜いて阻止する。手榴弾が足元に転がり、撃たれた手を抑えてうずくまる男から残りの4人が慌てて退避した直後、手榴弾が爆発して1人を除いて爆風に巻き込まれたのを見て戦闘不能になったと判断。残りの男にも銃弾を叩き込んで沈黙させる。その間に起動したサイクロプスのうち一機が装備していたグレネードを発射、魔術障壁で受けきれないと瞬時に思考して解除し、剣の腹で撫でるようにして後方に受け流す。
「ウソだろ!?」
驚愕して動きを止めた真ん中のサイクロプスに向かって全力疾走。後方でグレネードが爆発した爆風すら利用して加速。左右のサイクロプスがガトリングガンの銃身を回転させてこちらに向けてくる。
「させない……!!」
「なっ!?」
それを掛け声とともに現れたティアが右側のサイクロプスの足をひざ裏から一刀両断にして阻止。バランスを崩した拍子にトリガーを引いたのか、ガトリングガンが火を噴いて隣にいた味方を撃って倒れ、撃たれた敵も小規模な爆発を起こして沈黙する。
「ナイスタイミング!そのまま右腕も斬り飛ばしてしまえ!」
「はい!」
カシュンッ!と小さな発砲音がしたと同時にガトリングガンが付いていた右腕が宙を舞う。ティアがサイクロプスのモノアイを突き刺して動きを封じているのを視界の端に捉えながら、最後の一機がガトリングガンを連射してきたのを走って射線を躱す。
「くそっ、ちょこまかと!!」
「終わりだよ」
サイクロプスの右側、腕が開ききる方向に回り込んで動きを制限し、止まったところを身を屈めて銃身の下に潜り込み、肘を下から切り上げて切断。
「うっおぉぉぉぉお!!」
恐怖を振り払うように雄叫びを上げ、風を切って振るわれた鉈を更に這いつくばるようにして回避。そのまま跳ねるように飛び上がってサイクロプスを縦に一刀両断にする。
「ひっひぃぃ!?」
露わになったコックピットから引きつった悲鳴が聞こえ、男が怯えて身を縮こまらせているのが窺える。自力での脱出はできないと判断を下して放置する。
「本当に倒してしまうなんて」
「なに驚いてんだよ?ティアも一機倒してんだからそんなに驚くようなことでもないさ」
「あれは隙をついたからできた芸当ですし、なによりこの剣の切れ味と性能あっての成果です」
「斬れたのはお前の技量もあったからであって、もっと自分の腕に自信を持っていいと思うがな」
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいですね」
照れたようにはにかむティアから視線を外し、ボスを含めた男たちが逃げて行った通路に向けて歩き出す。
「ほらティア、まだ仕事は終わってないんだ。さっさと行くぞ」
「あっ、待ってくださいレイスさん!」
ティアが小走りで追い付くのを確認してから自分も駆け出す。サイラスが言っていたイェーガーとの対峙がまだ残っているため、難敵であるサイクロプスを倒したところでまだまだ気を抜けないと気合を入れ直し、万が一にも逃げられないようにと走る速度をさらに上げた。
長くなりそうだったので二部に分けます。
次の更新はもう少し早くできるように頑張ります。