お仕事前の遠足気分
「工業地区の一角で怪しげな取引があるから、ちょっと行って邪魔してきてくれないか?なんて気軽に言ってくれたけどよ、子供のお使いじゃないっての」
「まあまあ、そう文句を言わずに。張り切っていきましょうよ」
「やけに楽しそうだな、おい。こっちはどうしようか悩んでるってのによ」
隣で今にも鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気で歩くティアに鋭い視線を向けるが、それすらもどこ吹く風と言った感じに受け流される。
「お前、ほんとにわかってんのか?これから行く場所は遊び場なんかじゃなくて、本当の戦場だぞ」
「ええ、だからわくわくしてるんじゃないですか。命懸けの戦闘を経験できるんですよ?しかも危なくなったら助けてくれる保護者付きとか、こんな至れり尽くせりな状況を逃すとかもったいないじゃないですかぁ~~」
「ダメだこいつ、絶対何もわかってない……」
頭痛がしてきた頭を抱え、ティアを連れていくことになったサイラスとの忌まわしい会話を思い出す。
「で、なんで襲撃しに行くのにティアを連れて行く必要があるんだよ?」
話を聞く限りだと隠密行動して先ず外の見張りを各個行動不能にし、それから一気に突入して制圧して終わり。それで済む……なんて簡単には言わないが、俺だけならこの程度の仕事はそこまで難しくない。難しくない……筈なのに、お荷物が増えたせいでそうも言ってられなくなった。
「うん?そうだね~~一言で言うなら社会科見学ってやつかな」
「社会科見学って……命が関わる社会勉強がどこにある!?」
「ははは、正直なところ君に出す依頼としては少々難易度が低すぎると思っていたところでね。それは君もわかっていただろう?」
「ああ、そりゃ確かに。だが、だからといって実戦経験もない女1人連れて行くってのはバカだろ?」
「だからこそ、だよ。君なら彼女の安全を保障してくれるだろ?それとも女の子1人守る自信がないのかな?ああ、そう言えば君はアイリ「黙れ……!!」
サイラスが自分にとって言ってはならないことを口にしようとした瞬間、感情を抑える間もなく殺気を込めて怒声を発していた。店内には自分の放つ殺気が満ち、BGM代わりに流していた流行の音楽の音が自然と遠のいていく。
「ふふふ、そろそろ殺気を収めてくれないかい?ティア君が怯えてるじゃないか」
余裕な表情を崩さないサイラスにため息をつき、何をやってんだかと自分に呆れつつ殺気を霧散させる。そうしてティアにすまないことをしたと謝ろうと思い視線を向けると、咄嗟に手近にあったものを握ったのか箒を刀に見立てて抜刀の姿勢のまま殺気に耐えていたことに驚いた。
「おいティア、大丈夫か?悪かったな」
「はぁっはぁっはぁっ、心配無用です。これくらいなら、まだなんとか耐えられます」
「そうか、あまり無理するなよ。辛かったら奥で休んでていいぞ」
「いえ、それよりもレイスさん」
「ん、なんだ?」
「その仕事、わたしも連れて行ってくれませんか?」
「その意味がわかって言ってんだろうな?」
正面からティアの目を見る。ティアの目には絶対に退かないという強い意志が宿っているのが簡単に見て取れることが本当に厄介だ。こんな目をした奴はダメだと言ったところで意味のないことくらい、経験上よく知っている。
しばしの逡巡ののち、これは潔く諦めるしかないかと思うと自然とため息がでた。
「はあ、わかった。連れて行く」
「ありがとうございます」
「うん、話がまとまったみたいでよかったよ」
「テメェ、こうなるように仕向けただろ?報酬は倍額を請求させてもらうからな」
「ああ、別に構わないよ。ぼくは君が困っているのを見るのが趣味だからね。この結果には大満足さ」
サイラスのにやけた顔を思いっきりぶん殴ってやりたい衝動が沸々とこみ上げてくるが、ここはグッと我慢する。まだ仕事の話は終わっていないのだ。話を最後まで聞かずに仕事に挑むなんて愚の骨頂であるし、何より最初に自分が適任だと言って依頼をしてきているのだ。
「それで俺じゃないといけない理由とやらをまだ聞いていないぞ」
「それがね、どうも相手方の護衛に元猟兵がいるみたいなんだよ」
「あ~もしかしてその猟兵ってのはアレか?俺たちみたいなのの前に前線に投入されてたヤバいほうの……」
「そうなんだよ。だから厄介なんだ」
「だったら余計にティアを連れて行く訳にはいかねぇだろ」
「でも、もう言っちゃったからね。連れて行くってさ」
心底、意地の悪い笑顔を浮かべたサイラスの顔面におしぼりを投げつけ、取引の場所と時間だけもう一度確認してから店から蹴りだすようにして追い出した。
「ああ、本当に安請け合いなんてするもんじゃねぇな」
回想という名の現実逃避から意識を現実に引き戻すと同時に、つい独り言を漏らしてしまう。その独り言が聞こえたのか、少し前を歩いていたティアが振り返った。
「どうしました、レイスさん?」
「んあ?なんでもねぇよ、気にするな。それよりずっと気になっていたんだがお前の持ってるその剣、いつものと違うんじゃねぇか?」
店に持ってきていた時の竹刀袋とは違い、今は革製だろうか?ファスナー付きの少し上等と思われる袋を肩に下げている。そして腰に巻いてあるポーチの1つに視線を移し、ポーチの隙間から覗くものについても疑問が残る。
「それに拳銃なんて持ってる感じはしないのに、マガジンだけ腰のポーチに入れてるのもどういうことだ?」
「レイスさん、もしかして透視能力でも持ってるんですか?」
バッと両手で体を隠すようにして身構えたティアから訝しげな視線を向けられ、違う違うと手を振って否定する。
「お前の戦闘スタイルはこれでも把握してるつもりだ。そのお前が普段使わないものを持ってきてるのが疑問に思っただけさ」
「ふふ、なんだかそう言われると照れますね」
「なんでだよ」
はにかむように笑うティアの肩を軽く小突き、さっきの疑問の答えを待つ。
「これはですね、実はあの後にサイラスさんの使いだっていう人から貰ったんですよ。なんでも新兵器の実戦テストも一緒にやってきてほしいとか」
「おいおい、実戦テストなんて受けてくるなよ。ただでさえ初の実戦なのによ」
「そうは言ってもですよ?どうも機能としては剣を振るときの速度を加速させるだけみたいでして、別にこの機能を使わないならただの刀として使えるとのことだったんですよ。なら貰えるものはもらっておこうと思った次第でして」
「剣速の加速ね。ちょっと見せてくれよ」
「いいですよ」
ファスナーを開け、取り出された剣を受け取って見定める。柄の部分が少し大きめに作らていて鍔はオートマチック式拳銃のようにスライドする機構になっていて、そのすぐ下には拳銃のようにトリガーとトリガーガードが付いている。柄頭を改めて見てみるとマガジンが差し込まれていた。
「ふ~ん、おもしろい構造をしているな」
「わかるんですか?」
「ん?まあなんとなく……な」
はぐらかすように答え、マガジンを抜き取ってみる。装填されている弾丸はどうやら空砲らしい。まあ弾丸を撃ち出す銃口がないんだからそれもそうかと思い直し、周囲に人がいないことを確認してから刀を抜いて刀身を眺める。すると切っ先の峰の部分に丸い小さな穴があった。
「この穴から空気か何かを排出して加速させるってことなんだろうな」
「へ~、そういうふうになってたんですね。今は閉じてるみたいですけど、これってたぶん人を切ったときに血なんかが入らないようにってことなんでしょうね」
「だろうな。しっかしこの刀、妙な機構が入っている分だけ手入れが大変そうだなっと、そろそろ現場だ。雑談はこれくらいにして先ずは現場周辺を監視できそうな場所を探すぞ」
「はい、わかりました」
刀を鞘に納めてティアに返し、意識を仕事用に切り替える。それが伝わったのか、ティアも表情を引締めて後をついてきた。