表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

約束の場所

作者: きくぞう
掲載日:2013/07/09

「高校の同窓会ねぇ」

 とある冬の寒い日の午後。俺は近所の喫茶店で彼女のエリと会っていた。

「いいわねぇ、同窓会がある人って。私のところになんて、今まで一度も連絡が来た事が無いのよ。同窓会実行委員会の幹事がしっかりしていないからだわ」

「まぁ、俺のところに来たのも卒業してからこれが初めてだけどな」

 今まで高校時代の友人と個別に会う事はちょこちょこあっても、同窓会と言う名目で同級生が一堂に集うのは今回が初めてだった。

 俺は、コーヒーを口に含みながら、あの頃の事を思い出す。そういや、あいつは元気にしているだろうか……。

「何嬉しそうな顔をしているのよ。ははーん、分かったわ。高校時代に好きだった人と会えるのが嬉しいんでしょ?」

「ぶほっ」

 俺は思わず口に含んでいたコーヒーを噴出し、慌ててテーブルをナプキンで拭いた。

 エリがいやらしい笑みを浮かべながら俺を見つめている。……図星だった。

「本当、分かりやすい人ね、あなたって。ま、そこがいいところなんだけど」

 そう言って立ち上がったエリは、伝票を手に取ると俺の頬にそっとキスをした。

「ま、楽しんでらっしゃい。お土産期待しているから」

 さっさと会計を済ませ、エリは喫茶店から出ていった。なんでもこの後、飲食店関係の取材があるらしく、特に今回は、彼女が大好きな紅茶の特集記事なので気合の入り方が違う。頑張って良い記事を書いて欲しいところだ。

 それにしても、普通の女の子なら浮気をするなとか一言ありそうなものだが、エリの口からそんな類の言葉が出た事は付き合ってから一度も無かった。俺は、エリが俺の事を信用してくれているから、言わないでいてくれていると思っている。そして、俺はそんなサバサバした性格のエリが好きだった。

「あれから10年か……」

 口から吐き出したタバコの煙を見つめながら、俺は10年前の記憶に思いを馳せる。卒業式の日、彼女宛に送ったラブレター。だが、彼女は約束の場所に現れなかった。大好きだった彼女。だが、両想いだと思っていたのは俺だけだったのだ。


「遅いぞ、隆志」

「悪い悪い、思った以上に道が混んでいてな」

 渋滞に巻き込まれ、会場に1時間程遅れてついた頃には、すでに場は出来上がっていた。あの頃の同級生達は、皆当時のグループで集まり思い出話に花を咲かせている。

 俺はジャンバーを脱ぎながら、キョロキョロと辺りを見渡す。

「何キョロキョロしているんだよ隆志、こっちだこっち」

「あ、ああ……」

 手招きしている陽一に誘われながら俺は自分の席に着く。だが、俺が探していたのは自分の席じゃなかった。

「とりあえずビールだろ? ほれ、飲め飲め」

「お、悪いな」

 陽一にグラスにビールを注いでもらい、駆けつけの一杯を口に含みながらも、俺は辺りを見渡していた。

「何ソワソワしているんだよ。ははーん、分かったぞ。お前、美香を探しているんだろ?」

「ぶほっ」

 俺は思わず口に含んでいたビールを噴出し、慌ててテーブルをナプキンで拭いた。

 昔からの悪友である陽一が、いやらしい笑みを浮かべている。……図星だった。

「本当、お前って分かりやすい性格しているよな。昔から何一つ変わらねぇよ。ほれ、美香ならあそこだよ」

「へ?」

 陽一に言われるがまま指差す方向へ顔を向けると……、そこに彼女は居た。

「あ、あれが美香……?」

 俺はその姿を見て驚いた。

 縦ロールの髪に、胸元のはだけた派手な服。耳には馬鹿でかいピアス、そして濃い化粧と、まるでキャバ嬢のようなその姿に、俺の知っている彼女の面影は微塵も残っていなかった。

 ギャハハと下品な笑い声を出しながら、美香は男どもに囲まれて騒いでいる。他の女達は、明らかに不快な表情を浮かべながらヒソヒソと耳打ちしていた。

「変わったよな、美香」

 ぐいっとビールを飲みながら、陽一がボソッと呟く。

「知っているだろ、あいつバツイチなの」

「ああ……」

 卒業してから半年後、美香から結婚式の招待状が来た時、俺はハンマーで殴られたような衝撃を受けた。そして、それから一年後。風の噂で美香が離婚したと聞いた時、不謹慎だが俺は正直ホッとしたのだ。

「卒業してすぐにあいつ結婚したんだけど、その男が絵に描いたような駄目男でさ。酒、ギャンブル、女遊び、おまけに借金と、離婚するのに理由はそれ以上要らない程酷かったらしいぜ」

「その話も知っている。って言うか、陽一、お前から聞いた」

「あれ? そうだっけか? ガハハ」

 酒が回っているのか、陽一はご機嫌だった。

「だったらこの話は知っているか?」

 陽一が酒臭い息を吐きながら、俺の肩に手を回した。

「あいつ、誰とでも寝る、ヤリマンなんだってよ」

「ぶほっ」

 俺は再びビールを口から吐き出した。や、やり、やり……。

 陽一がニヤリと下卑た笑みを浮かべた。

「あいつな、離婚してから性格変わっちまってさ。ちょっといい男を見つけると、ホイホイついていって寝ちまうんだってさ。特に最近は酷いらしく、この中にも何人かあいつと寝たって言う奴がいるんだぜ? まぁ、俺には声が無かったけどさ……」

 その後も陽一は、美香の乱れた性生活についてあれこれと話していたが、正直俺の耳には入らなかった。まさか、美香が……。あの美香が、や、やり、やり……。

「何をコソコソと話ししているのかな、童貞諸君!」

 突然俺と陽一の間にだれかが割って入ってきた。

「み、美香!」

「よ! 隆志! 久しぶり!」

 グラスを片手に美香が軽い挨拶をする。って言うか、顔が近い! それに、む、胸があた、あた、ほわたぁ!

 話題の主人公が突然乱入した事と、彼女の胸が背中に当たっている事に俺は軽いパニックに陥った。そんな俺を見て、美香は悪戯な笑みを浮かべるとわざと胸を押し付けるようにして俺に抱きついてきた。ほわたぁ!

「は、離れろよ美香!」

「えー! そんなのつまんなーい」

 無理やり美香を引き離し、俺は落ち着かせる為にビールを口に含んだ。

「もう、隆志ちゃんのいけずぅ。ところで二人でコソコソと何の話をしていたのさ」

「べ、別に何でもないよ。お、お前には関係ない話だ」

 何とか平静を取り繕うとしている俺を見て、美香はまたあの悪戯な笑みを浮かべた。

「分かった。もしかして、あたしの事を話していたでしょ~!」

「ぶほっ」

 図星を突かれ、俺はビールを口から吐き出した。

「あはは! あったりー! 隆志ちゃんって、本当分かりやすいんだから~! で、何を話していたの? 教えてよ~! 当の本人である私には知る権利があるんです!」

「お、お前の事じゃ無いって。って言うか、む、胸があた、あた、ほわたぁ!」

「ほらぁ、何を隠していたのか正直に話なさいよ。ほれほれ」

 胸をぐりぐりと押し付ける美香。やばい、これはやばい。

「うっ」

 と、その時、突然美香が口を抑えてその場に蹲った。

「だ、大丈夫か?」

「く、苦しい……。飲みすぎたみたい……」

「ま、待ってろ、今すぐトイレに連れて行ってやるから!」

 俺は美香を支えながら会場を後にし、トイレの前まで付き添って行った。

「ほら、トイレで吐いて楽になれよ。ここで待っててやるから。ったく、酒は飲んでも呑まれるなって言葉をお前は知らんのか。何事も限度ってものがだな……」

「うっ……うっ……うっそーん!」

 突然、先程まであんなに苦しそうにしていた美香が舌を出しながら振り向いた。

 俺は一瞬何の事かワケが分からず呆気に取られる。

「この私が、あれぐらいの酒で吐くワケ無いでしょ。さっきのは、隆志と二人っきりになる為の演技なのでした~!」

「演技って、お前……」

「ね、このまま二人でフケちゃおっか! ホラ!」

「お、おい……」

 そう言って美香は俺の手を取り、外へと出て行った。


「あー! 外は涼しくて気持ちがいいね!」

 うーん、と猫のように伸びをする美香。

 俺はぼんやりと空を眺める。空は、一面の紫色。今にも雪が降りそうだ。

「ねぇ、隆志」

 美香が俺の腕に組み付き、潤んだ瞳で見つめる。うっ、その目はヤバイ……。

「実は私ね、今日の同窓会が凄く楽しみだったんだ」

「な、何で?」

「隆志に会えると思ったから」

 そう言って美香は静かに目を閉じた。これは、もしかして、キ、キスしろのサイン?

 俺の心臓がバクバクと美香に伝わりそうな勢いで高鳴っている。高校時代、大好きだった美香。寝ても覚めても美香の事ばかり考えていた。その美香が今、俺の隣に居てキスして欲しいと言っている。でも……。

「悪い、美香……。少し離れてくれないか」

 俺は、美香をやんわりと引き離した。

 美香は一瞬何が起きたか分からなかったようできょとんとしている。そして、暫くの間の後、状況を理解した美香は、寂しげな表情を浮かべた。

「そ、そうだよね。私みたいな汚い女に、キスなんて出来ないよね……」

「き、汚いだなんて……」

「隆志も知っているんでしょ? 私の噂」

 突然の美香の言葉に俺は硬直した。

「あれってさ、色々尾ひれついているけど、あながち嘘じゃないんだ。私、色んな男と寝たよ。前の旦那と別れてから寂しくてさ」

「やめろよ……」

「最近は歳を取る度に焦っちゃって……。遊ばれているってどこかで気付いても、淡い期待なんかしちゃってさ。甘い言葉をかけられると、ホイホイ体を許しちゃうような女なの。私の体は汚れきっているのよ」

「やめろよ!」

 打ち震えている美香の体を引き寄せ、俺は思いっきり抱きしめた。

「お前は汚くなんかないよ。お前は綺麗だ。あの頃とちっとも変わっていない。純粋で、寂しがりやで、可愛くて……。お前は何も変わっていないよ。俺は、今でもお前の事……」

「嘘! 嘘よ! 嘘つき!」

 そう言って美香は俺から離れる。

「どうせ他の男と一緒で、私の事からかっているんでしょ! 隆志の嘘つき!」

「嘘じゃない!」

「だったら何であの時、来てくれなかったの?! 私、約束の場所で待っていたのに!」

「俺は行ったよ! 体育館の裏、きっかり夕方の5時に! 来なかったのはお前じゃないか!」

「何を言っているの?! 私はちゃんと待っていたよ! 第1体育館の裏で!」

「え?」

 美香の言葉に、俺はハッとした。第1体育館……だと?

「美香……」

「何よ!」

「俺が手紙に書いた待ち合わせ場所は、第2体育館の裏だよ」

「嘘! 何を言っているの? 私、あの時の手紙を持ってきているんだから! 隆志に会ったら、何であの時来なかったのか問い詰めてやろうと思って持ってきたんだから! ホラ、見てごらんなさいよ!」

 美香が取り出した手紙を二人で見る。そして、そこには、第2体育館の裏で待ってますと書いてあった。

「……あれ?」

「……だろ?」

 気まずい空気が一瞬流れ、美香はアハハと取り繕うような乾いた笑みを見せた。

「ごめーん。勘違いしていたみたい。テヘ」

「テヘ、じゃねーだろ! この時、俺ってば3時間以上待っていたんだからな!」

「おっかしーなぁ。確かに第1体育館って見えたんだけどなぁ」

「おかしいのはお前の目だろ。ったく、この10年の間、俺はずーっとモヤモヤしていたんだからな! 俺のモヤモヤを返せ!」

「まぁまぁ、男なら細かいことは気にしない気にしない」

「お前なぁ……」

 笑って誤魔化そうとする美香に、俺は半分呆れつつも何だか懐かしく感じていた。美香は昔から大雑把な性格で、高校時代に似たようなやりとりを何度もしたんだよな。

「そっか。隆志も待っていたんだ……」

 どことなく嬉しそうな表情を浮かべながら、美香は紫色の空を眺めている。その顔には、先程の思い詰めた表情は無かった。

「ねぇ、隆志」

「ん?」

「今、好きな人居るんでしょ?」

「お、おう」

 俺の返事を受け、美香は満面の笑みを浮かべた。

「やっぱり。もう、隆志って本当分かりやすいんだから。昔から何も変わっていない。正直なところも、真面目なところも、優しいところも……」

 そう言って美香は俺の胸に飛び込んでくると、ギュッと力いっぱい抱きしめてきた。そして、パッと離れる。

「よし! 隆志に元気をいっぱい補充してもらったからこれで大丈夫! 明日から、私は強く生きていける! 隆志ありがとう! 大好きだよ!」

 潤んだ瞳で俺を見つめ、そのまま美香は駆けて行く。

「先にみんなの所に戻っているね!」

「美香!」

 その後姿に俺は声をかけた。美香の足が止まり、ゆっくりと振り向く。

 あの時、もし美香が第二体育館の裏で待っていたら、二人の未来は変わっていたのだろうか? もしかしたら、俺と美香は……。

 それは一瞬の事だった。でも、俺には凄く長い間、美香の顔を見つめていたような気がする。

 俺は、一呼吸置いて自分の今の気持ちを正直に伝えた。

「美香、ありがとう!」

「どーいたしまして!」

 ニコリと微笑み、再び美香は走って行く。

 俺はその場で立ち止まり、小さくなっていく美香の背中を見つめていた。

 美香。あの手紙をお前はずっと持っていてくれたんだね。やっぱり、お前はあの頃と何も変わっていない。純粋で、優しくて、まっすぐで……。ありがとう美香。俺を好きでいてくれてありがとう。俺もお前の事、好きでいて良かった。

 いつの間にか、紫色の空一面に、白い雪が舞っていた。

 確かあの時も、こんな雪の日だった。

 止まっていた二人の時間が再び動き出した。そんな気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ