7話 プログラムミスの結果。
「……うーん」
唸りながら、PCのモニターを睨みつけます。第八開発室で、今日も引き続き処理落ちの対応を行っていました。
しかしこれ以上、プログラムの軽量化は難しい。では、どうしたら良いか。その答えが出ないまま、かれこれ数十分唸り続けています。
体は動かさずとも頭をフル回転させているために、非常に疲れます。やがて頭から湯気が立ち上るような気がした頃、私は大きく息を吐いて天井を見上げました。
「休憩しましょう、休憩」
立ち上がり、部屋の隅にあるポットでお茶を2つ入れます。冷蔵庫からおやつの羊羹を取り出しテーブルに置いた後、外にいた護衛の内田さんを呼びました。
「内田さん、内田さーん。休憩に付き合ってください」
「判りました」
頷いて、護衛の内田さんが部屋の中に入ってきます。椅子を勧め、二人でテーブルを囲みました。当初は休憩になんて付き合ってくれなかったんですけどね。お茶が無駄になるからお願いしますと拝み倒していたら、最近は何も言わずとも付き合ってくれるようになりました。ありがたいです。
「内田さん、最近どうです? 奥さんとは宜しくやってます?」
「ええ、お陰さまで」
「それは何よりです」
ずず、とお茶を啜ります。全く内容が無いような会話ですが、それでいいのです。中身のないどうでもいい会話にこそ癒されます。
というか、一人って寂しいんですよね。おひとり様に慣れているように思われがちですが、学生時代はいつもみったんと食べていたので、あまり一人には慣れていないのです。
内田さんは護衛という職にしては、優しげな風貌をしており、親しみやすいです。護衛に抱くイメージは、当初は黒スーツに黒サングラスだったんですけどね。実際に雇ってみてイメージは変わりました。
ちなみに護衛の人は、内田さんともう一人います。最近一人増やしました。もう一人は竹下さんと言います。しかしどちらも妻子持ちなので狙えません。周りにいる数少ない男性だけに、非常に残念です。
ノアとかイケメンさんなんですけどね。でもイケメンすぎて、恋人としては近寄りがたいです。あんなのに熱っぽい言葉をかけられるとか想像するだけで無理です。眩しすぎて溶けます。
「そういえば、奥さんに護衛について言ってるんですか? 一応女性を護衛しているわけですけど、奥さんは怒りません?」
「ああ、言っていますよ。うちのも、川西さんの技術には期待してるみたいです」
「えっ、そうなんですか?」
「うちのは恥ずかしながらアイドルオタクなんですけどね。バーチャルリアリティが一般化すれば、近くで好きなアイドルを眺められるかもしれない、って騒いでるんです」
私は一瞬言葉を失いましたが、気を取り直して問いかけます。
「え、それいいんですか? 嫉妬とかしません?」
「最初はいい気分はしませんでしたけどね」
内田さんは、そう言って苦笑を浮かべました。しかしそんな表情に反して、熱っぽい声で続けます。
「でも、アイドルがデザートなら僕は主食、らしいです。デザートは我慢できるけど、僕は毎日絶対欲しくなる。……そんなこと言われたら、許しちゃいますよ」
「……わー、あちぃあちぃ」
手でぱたぱたと自分を煽ぎます。こちらから聞いといてなんですが、爆発しろと言いたくなりました。内田家はバカップルです。間違いないです。くっそ羨ましい。くっそくっそ。思わずそんな暴言が内心を占めます。
私は自分を落ち着かせるために羊羹を頬張りました。ここは甘いものを食べて少しリラックスしましょう。
「他にもグッと来た言葉があるんですけど、聞きます?」
「いいえ、やめておきます」
もうお腹いっぱいでした。砂糖吐きそうです。
内田さんは何でもない顔でお茶を啜ります。私は半笑いでそれを見つめるのでした。
「あれ……またですか?」
仕事に戻った私を待ち受けていたのは、一通のメールでした。タイトルは無題。前回と同じアドレスからです。一応ウィルスチェックを行ってから、メールを開きます。
『譛郁除縺ァ縺吶?ゅ←縺ェ縺溘°縲∝勧縺代※縺上□縺輔>縲ゅヱ繧ス繧ウ繝ウ縺ョ荳ュ縺ォ髢峨§霎シ繧√i繧後※縺?∪縺吶?りェー縺九%縺ョ繝。繝シ繝ォ繧定ヲ九※縺?◆繧峨?∵ゥ滓「ー縺ョ髮サ貅舌r關ス縺ィ縺励※縺上□縺輔>縲』
前回同様、文字化けしていました。
「……なんなんでしょう、これ」
流石に二度同じようなメールがあれば、気になってしまいます。
じっと見ていると、ふと最初の数文字を見たようなことがある気がしました。前回のメールと似た文面なのでしょうか。前回のメールと見比べてみます。
『譛郁除縺ァ縺吶?ゅo……』
一回目のメールの文頭がこれ。
『譛郁除縺ァ縺吶?ゅ←……』
二回目のメールの文頭がこれです。
思った通り、文章の最初は同じようです。
そうなると、何かしら規則性があるのかもしれません。
「もしかしてこれ、ちゃんと復号出来たりしますかね……?」
私はネットで文字化けを直してくれるサイトを探します。検索すると容易に出てきました。
そのサイトに文字化けした文章を貼り付け、文字コードをいくつか選択していきます。
すると、ある文字コードを選択したとき、かろうじて読める文章になることを発見しました。私はその文面を見て、思わずぽかんと口を開け広げます。
『月菜です???わけあって、バーチャルリアリ?????世界の中に閉じ込められてしまったよ?????す???誰かこのメールを見て?????ら???助けてください??』
「……なんです、これ。どういうことですか!?」
いくつか復号できなかった文字はありますが、意味は通じます。でも、意味は通じますが、信じがたいことでした。
『月菜です わけあって、バーチャルリアリティ世界の中に閉じ込められてしまったようです 誰かこのメールを見ていたら助けてください』
読めない文字を埋めると、恐らくこうなるのでしょう。
わけが判りませんでした。
心臓の鼓動が痛むほどに速まり、さあっと音を立てて頭から血の気が引くのが判ります。
「二通目は、二通目はどうなってますか……?」
恐る恐る、二通目の内容を復号してみます。
『月菜です???どなたか、助けてください。パソコンの中に閉じ込められて?????す???誰かこのメールを見て?????ら???機械の電源を落としてください??』
『月菜です どなたか、助けてください。パソコンの中に閉じ込められています 誰かこのメールを見ていたら機械の電源を落としてください』
「……まさか、そんな……まさか……ありえるんですか、そんなこと……」
うわごとのような言葉が、口から漏れていきました。
私の中で、一つの仮説が勢いよく組み上がっていきます。
いてもたってもいられず、私は早退を決めていました。
家に帰り、PCの電源をつけます。先日は音声と共に電源が落ちてしまいましたが、今回はそんな猶予は与えません。素早く自作のVRプログラムを立ち上げ、あの30ギガ近いファイルをデータとして読み込ませてみます。
意味のない無為なデータの塊であれば、解析できずに終わるだけです。
しかし、読み込めました。読み込めてしまいました。
「つまり、何らかの意味のあるデータの塊ってことですよね……そして、予測が正しければこのデータは……。とりあえず、システムメッセージを出してみましょう」
カタカタと文章を打ち込みます。
『誰かいますか?』
そう打ち込んでエンターを押下すると、すぐに応答が返ってきました。
『います! 助けてください。月菜です!』
「…………ははは、まさか、こんなこと……有り得るっていうんですか?」
乾いた笑いが出てきます。私は嘘を見極めようと、更に文章を打ち込んでいきます。
『あなたが月菜だという保証は?』
『みったんと出会ったのはいつです?』
『ゲームを作る目的は?』
『保証は出来ませんが月菜です。マルチプロセスに対応させようとしたら、こうなってしまいました』
『保育園です』
『あの、この質問なんなんですか? それ答えるの恥ずかしいんですが……』
おおよそ、正解でした。私がもう一人いるような、そんな返答に私は頭を抱えます。
画面の向こうの『誰か』も、そろそろ不満が爆発しそうなので、説明をすることにしました。
しかし、なんて説明したらいいんですかね……私のコピーが、パソコンの中に閉じ込められてしまったようです、なんて。
プログラムミスの結果⇒もう一人の自分が二次元の領域に。……あれ、それだけ言うと、なんだか羨ましいような?