3話 仕様を話し合ってみた結果。
トゥルルルル……。
「わっ」
静寂の第八開発室の中、電話が鳴り響きました。思わず驚いて、タイプミスをしてしまいます。
何故、電話程度にそこまで驚いたかと言うと、第八開発室の電話は、滅多に着信の来ない、ほぼ発信専用となっているからです。プログラムのコアな部分を私が一人で引き受けていますから、効率が落ちないように気を使っているのだそうです。
そのため連絡は主にメール。たまにみったんを通して来ます。
電話なんて珍しい。そう思いながら私は受話器を取りました。
「はい、第八開発室の川西です」
「第二企画室、小芽生です。月菜、今大丈夫? 手離せる?」
「あら、みったんでしたか。ええ、データの加工をしていただけですから、大丈夫ですよ。どうしたんですか?」
私の問いかけに、みったんが申し訳なさそうな声色で言います。
「ちょっち仕様会議で揉めててさ。開発側の意見も聞きたくて。ていうか鶴の一声希望」
「鶴の一声……まあいいですけど」
取り繕わないにも程がありました。とは言え、助けを求められれば答えぬわけにはいきません。私は二つ返事で承諾します。
「どこです、場所は?」
「大会議室」
「判りました、今から行きますね」
「待ってるわー」
電話が切れました。私は受話器を置き、ふぅ、と息を吐きます。
パソコンをロック状態にしてから、近くにあった筆記用具一色を小脇に抱えました。
「行きますか」
さてさて、どんな問題で紛糾しているやら。厄介なものじゃなければよいのですが。
護衛の内田さんを引き連れ、大会議室へ向かいます。会議室の中に入ると、二十人ほどが並んで座っていました。どこか険悪なムードです。
「来てくれてどうも」
みったんが立ち上がり、私を迎えてくれます。私は「それはいいんですが」と前置きしてから、状況の説明を促しました。みったんがクリップに留められた紙の束をこちらに差し出します。
「ゲーム自体の仕様はほぼ固まったんだけどね。それ企画書。あとで目を通しておいて」
「ええ、わかりました。それで、何を揉めてたんです?」
「発売形態でちょっとね。アーケード派と、コンシューマ派が対立しててさ。ちなみに私はPC派だったり」
「あー、そういうことですか」
つまりは、ゲームセンターに置くような大型筐体として発売するか、PSのような家庭用ゲームとして発売するかで揉めている、ということでしょう。そしてみったんはPC派と。とりあえずコンシューマ派の一派と考えれば良いでしょう。
「それぞれ、長所と短所は出揃っているのでしょう?」
「ああうん。ホワイトボード参照」
みったんの言葉で、初めて室内のホワイトボードにマーカーで書かれている箇条書きに気付きます。そこにはこんなことが書かれていました。
○アーケード
・長所
⇒1回辺りののプレイ価格が低いため、ライト層の獲得に繋がる
⇒ネットワーク回線の不備による処理落ちを、あまり気にする必要がない
⇒各地のゲームセンターとのコネクションを新たに繋ぐことができる
・短所
⇒1プレイの時間が短くなってしまうため、RPGなどには向かない
⇒1プレイの長く取ったとしても回転率が悪くなるため、ゲームセンターが導入してくれるか判らない(ロケテストをするためのコネクションも今のところない)
⇒大規模なゲームセンター向けになるため、都心が中心となってしまう(流通地域が限定される)
○コンシューマ
・長所
⇒流通地域は全国
⇒ハードウェアから作ることになるため、VRGハードのシェアを独占できる(新規事業開拓につながる)
・短所
⇒当然VR用のハードとソフトを同時に販売するため、非常に高コストとなり、コアなユーザしか取り込めない可能性が大
⇒ネットワーク回線の強度が家庭によって異なり、処理落ち等の不具合が出る可能性が高い
なるほど、と頷きます。
どちらも一長一短、甲乙つけがたいです。みったんのPC案は両方の折衷案というところでしょうか。ハードを家庭用PCにして、ソフトだけを売り出そうという魂胆でしょう。
ユーザ同士のコミュニケーションは必須ですから(じゃなければ開発しません)、ネットワーク回線の強度は気にする必要がありますね。思考をめぐらせながら、私は自分の意見をまとめました。
「私はアーケードを推しますね」
「理由は?」
みったんが問い返します。私はよどみなく答えました。
「開発期間がそちらのほうが短くなると思ったからですよ。この会社に家庭用ハードの開発経験はありますか?」
会議室にいた面々の半数の顔が固くなります。恐らくコンシューマ案を推していた人々でしょう。私の記憶では、スフィアネクスでは家庭用ハードの開発経験はなかったはずです。逆に、アーケードゲームの開発経験はあったはず。……一週間で撤去されたとかいう黒歴史的物体ではあるのですが。
私の目的は、何よりも第一に、愛情を育むことです。この会社のこれからとか知りません。とりあえずバーチャルに愛を育む環境が出来ればそれでいいのです。こんなこと、口にはしませんが。
「ちなみに、小芽生さんの意見であるPCは、端からやめておいた方が良いです。家庭用PCじゃスペックに不安が残りますから」
私の言葉に納得したのか、それとも妥協の結果なのかはわかりませんが、会議室に「それで決定にしよう」という雰囲気が漂います。その中で、みったんは実直に問いかけてきました。やはり物怖じしない仲間は必要ですね。
「でも、1プレイ辺りの時間はどうするの? 一応、アクションRPGを考えてたんだけど、それ変えたほうがいい?」
「1プレイ辺り、15~20分にしましょう。装備などの設定はゲーム中ではなく、ネットワーク上で可能とします。コミュニケーションについては再考慮が必要かもしれません。あとは台数を置いてカバーしてもらいましょう」
「その回転率でゲームセンターが置いてくれるかな?」
「MEGA辺りと業務提携を結んで、各地のゲームセンターに置いてもらうよう検討してもらうしかないでしょうね。ですが、あちらも否とは言わないはずです。今やVRGは注目の的ですからね。もしそれが駄目であれば、私のポケットマネーで敷地借り上げて、そこでやりますよ」
「わあ、さすが月菜、成金!」
「それ、褒めてませんよね」
みったんをじろりと睨みつけました。彼女は音の鳴らない口笛で誤魔化します。ふーふー口で言ってます。まったく誤魔化せてません。せめて音を出す努力くらいはしてほしいものです。
私はふと思いついて、口を開きました。
「いっそ最初からVRゲームセンター施設を新たに作ってしまった方がいいかもしれませんね。ひとりカラオケ店がビジネスモデルとして成立しているのですから、こちらも十分な収益が見込めます。1プレイ辺りの時間を増やせますし、シェアの独占にも繋がりますから、いいことだらけですね」
私の言葉に、社員たちの表情が明るくなりました。どうやら琴線に触れたようです。まあ、スフィアネクスの方々には何かとお世話になっていますしね。立つ鳥金の卵を残してもいいでしょう。その金の卵を壊してしまうか、大事に育て上げて鳥にするのかは、その後の彼らに任せるとして。
「鶴の一声、役に立ちました?」
「うん、役立った役立った。ありがとうね」
みったんが笑います。まあ、親友の役に立てたのなら、これくらいどうってことありません。
私はひらひらと手を振って踵を返すのでした。
仕様を話し合ってみた結果⇒販売形式決定。本格的なゲーム開発に移行。