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「変わった子たちですこと」
去りゆく背中を見つめながら、シンシアはぽつりと呟いた。その表情は不満そうにも見えたが、同時に嬉しそうにも見えた。
そんな彼女の横から声がかかる。
「おい、シンシア。おめー、こんなところで何やってんだよ」
「あらオスカー」
彼女はすぐさま振り返り、声の主の名を呼んだ。
オスカーと呼ばれた少年は、筋骨隆々とした体形をしていた。黒髪をかりあげていて、いかにも体育会系である。しかし、細められた黒い瞳には、そんな印象とは対照的な暗い光が宿っていた。
そんな彼に、シンシアは質問の答えを投げかけた。
「ちょっと、パクリグループの方々とお話をしていただけですわよ。団長やあのナタリーとかいうのは気に食わないですけど、ほかの団員はなかなかに面白い子が揃っているのかしら?」
「差別はよくないと思うが」
吐き捨てたオスカーは、目を開いてこう続けた。
「あそこの団に所属している人間なんて、どーせロクなもんじゃないだろ?」
すると今度は、シンシアの目が剣呑な光を帯びる。むっつりとした表情でため息を吐き出すと、彼女は『部長』に対しなだめるようにこう言った。
「顔を合わせもしないでそんなふうに判断する方が、よっぽど良くないですわよ」
「…………」
オスカーは答えなかった。
反論も否定も肯定もなかった。ただつまらなそうに鼻を鳴らす。そして今度は、彼の方から質問してきた。相変わらず淡々とした声だ。
「気に入ったのか?」
問いは、その一言だけだった。だが、シンシアにはそれだけですべてが分かった気がする。何を訊きたいのか、そしてどんな答えを望んでいるのかも。
そして彼女は、あえて反対の答えを告げてやった。
「ええ。そうかもしれませんわ」
目を閉じ、足を組んだ少し偉そうなポーズというおまけつきだった。オスカーはそんなシンシアを見て不満そうに目を細めるも、口に出して不満を吐露するような真似はしない。
「そうかよ。――行くぞ」
ぶっきらぼうにそれだけ告げて、踵を返す。
シンシアはため息をつくと、足早にその背中を追う。
二人はそれぞれ胸の中にもやもやした物を抱えつつ、茜色の廊下を進んだ。
◇ ◇ ◇
「おっつかれー」
ステラがレクシオと共に特別学習室へ入ると、そんな一声が飛んできた。少し高く本人の気の強さが表れたような鋭い声は、まぎれもなくナタリーのものであった。
ステラは眉をひそめて彼女を指さす。
「何よ。知ったふうな口利いちゃって」
すると、ナタリーはきょとんと首をかしげる。
「え、何? シンシアに絡まれてたとかじゃないの?」
「うっ!?」
友人の口から出てきたその一言に、ステラは思わずうめいた。図星である。なぜそれを、と内心で慌てていると横からトニーが補足してきた。
「レクが行くまでの間、四人で噂してたんだよ。ほら、最近新聞部との亀裂が表面化してきてるだろ? だからあり得るかなーって」
はっきり言ってあまり似合わない制服を身にまとった少年の答えを聞いて、ステラが「ああそう」と肩を落とす。するとナタリーが早速、
「何訊かれたの?」
と、なぜか楽しそうに訊いてきた。
彼女が、本当はこの状況を楽しんでいるのではないかという気さえしてくる。呆れでやや肩を落とし気味につつ、それでもステラは答えた。
「イルフォード家のこと。で、ねちねちと嫌味を言われた。以上」
彼女がいつになく素っ気ない態度でそう話すと、ナタリーの顔から笑みが消えた。その代わり気まずそうな顔をして頭をかく。
「あ~そう。家での不名誉なこと掘り出せば、相手に精神的な傷を与えられるとかそういう魂胆? やなやつ」
「そういう人もいるかもしれないけど、ステラの場合そうはいかないよな」
トニーが笑ってナタリーの言葉を引き継いだ。
「今更そんなこと気にしてもどうしようもないし」
そしてステラが受け答え。その表情は不服そうでもあり、なぜか誇らしげでもあった。
彼女の姿を見て「いばるなよ」とツッコミを入れたのはレクシオだった。それから教室中にどっと笑いが溢れる。
こんなノリでひとしきり笑った後、唐突にトニーが切り出した。
「そういやさ、知ってる?」
とりあえずの言葉はそれだけだった。当然、すぐに分かるものなどそういなく、
『何を?』
ほとんどの人間がそう切り返した。ただし、ただ一人団長だけは思い当たる節があるらしく、目を瞬いてトニーの言葉の続きを待っている。
トニーは取りあえず四人を一瞥した後、口を開いた。
「帝都付近にある森の中で、最近幽霊が目撃されているらしい」
ある意味想定内ではあるが、随分と久々に聞いた言葉に全員が一度沈黙し――
「ん?」
「へ?」
「はあ?」
「…………」
ステラ、レクシオ、ナタリーの三人が素っ頓狂な声を上げ、やはりある程度想像がついていたらしいジャックが楽しそうに目を細める。
その後、「はああ!?」という叫び声が特別学習室のあるフロア全体に響き渡った。
「いや~。詳しくお聞かせくださいな」
完全に黙り込んだ女衆を横目に、レクシオがそう言う。トニーはこくんとうなずいた。
「これは、そうだな。一週間くらい前から急に噂になったんだけど」
そう前置きして、続ける。
「帝都の近くに小さな森があるのは知っているよな。あの森って危険が少ないし自然がある程度そのまま残っているし、そう言う要素があって晴れた日には観光客が結構訪れるんだよな。で、そんな観光客の内一人が自ら証言したらしいんだけど」
彼は一度そこで言葉を切って、再び四人の顔を見回す。レクシオはどこか楽しげに聞いている。ジャックも似たようなものだ。ただし、ステラとナタリーに関しては少し怯えたような表情で、しかし続きを待っていた。
やがて、しびれを切らしたらしいナタリーが口を開く。
「で? どんな話なの?」
うん、とうなずいてトニーは言葉を続ける。
「その人はあの森が大好きで、休日になると必ず足を運ぶくらいだったそうだ。で、彼はその日、森の少し奥のほうにまで行ってみたそうなんだ。あそこは、小さい森ではあるけれど奥地に近づけば近づくほど暗くなっていく」
余談ではあるが、その帝都近郊にある小さな森は初等学校の生徒たちが遠足に足を運ぶことの多い場所である。なので、初等学校の教論は必ず生徒たちに「森の奥へは踏み込まないように」と警告している。比較的安全といえども、奥の方の場合はさすがに――何度か事故が起きる程度には――危険があるわけだ。
「そんで、奥地付近を見て回って楽しんでいたそうなんだけど……その時、木々の間に見えたらしいんだ。人の形をした何かが。その『何か』は蒼白く光っていた。不思議に思ったその人が『何か』のいた方へ行くと、小さな声らしきものが聞こえた。でも、その後に『何か』は消えてしまって、いくら探してももういなかったんだと」
話し終えて得意気な顔をするトニー。そんな彼を見て、ナタリーが口を開く。
「それを幽霊だと思った、ってこと?」
「そゆこと」
彼女の対面にいる少年からは短い答えが返ってきた。最初から何か聞き及んでいたらしいジャックを除く三人は、各々の顔を見る。そして、すぐ後にため息をついたステラが代表して言った。
「見間違い――っていう可能性もあるんじゃないのかな」
それに答えたのはジャックである。いつもの無駄に明るい調子だった。
「その可能性は無きにしも非ず、というかむしろ高い。だが、調べてみる価値はあるんじゃないか? それが僕たちの活動内容であるわけだし」
この言葉に、ナタリーが眉をひそめてうめいた。なぜか妙に悔しそうである。
「……アホの戯言のようにも、正論のようにも聞こえるわ……」
そんな彼女の様子を見ながら、ステラは思う。
本当は、正論だと納得しているんじゃないのか、と。特にこれといって根拠はない。言ってしまえば付き合いの長い友人としての勘だ。そしてもうひとつ。
ナタリーの顔が、ほんの少しだけ楽しそうに見えたからだ。本人が聞いたら間違いなく怒って否定するだろうが。
そんなことを考えているステラの横で、レクシオが言う。
「団長がこう言うんだから、調べてみてもいいんじゃないの? ここのところ、それらしい活動も無かったわけだし」
「まあ、そうだな」
トニーはそれに対してはっきりとうなずいた。だが、一瞬動きを止めるとすぐに何かを考えるような素振りになる。それから、「あ――――……」という長いうめき声とともに頭を抱えるのだ。
「何? どうしたの?」
ステラは身を乗り出して訊いた。彼の変化が唐突で驚き、同時に不安になったのだ。トニーがこうやって乗り気でなくなるときは、大抵いつも以上に厄介なことにつながる時だと承知しているから。
そして今回も、その考えは外れていなかった。
「これ、今日学院で噂になっていた話を仕入れたんだけど……それって、『新聞部』の奴らがかぎつけていないわけ、ないよなぁ」
『あっ』
四人そろって、そんな声を漏らした。
考えてみれば当たり前である。珍しい事柄を記事にする『特殊新聞部』にとっても、幽霊のうわさなどは格好の的なのだ。そこに今の今まで五人とも考えが及んでいなかったのは、数日前からの対立のせいで彼らのことを考えるのを避けていたせいだろう。
しかし、このことが発覚した今、五人ともが気付いていた。
「これ、もしかしたら――いや、もしかしなくても面倒な事態になるんじゃないか?」
代表してそれを口にしたのはレクシオだった。ただし、その表情はあまり面倒そうには見えなかった。発言の後ものん気に欠伸をする。どうにかなる、と思っているのだろう。
調査すべきか、否か。それに迷って顔を見合わせるステラ、ナタリー、トニーの三人。それからちらりと団長の方を見た。結局、方針を決定するのは団長の役目だ。あとは彼に委ねるしかないだろう。
そして彼は、ジャックはこう言った。
「確かに、もし調査中に新聞部と鉢合わせたら対立が本格化する。だけど」
息を吸って、それから言葉を紡いだ。
「それは逆に、好機でもある」
それは、調査団始動の決定を意味していた。