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抗争勃発  作者: 蒼井七海
第一章 不穏な秋
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 ナタリーがきちんと誘いをかけてくれていたらしいし、ステラもレクシオにそれとなく伝えておいたので、放課後に開かれた集まりには五人全員がきちんと集まった。場所はむろんのこと特別学習室である。

 報告とはなんだ? と首をかしげるジャックに対し、ステラとナタリーは昼間の口論のことを漏らさず話した。その後――部屋には静寂が満ちた。レクシオはなんだか汚いものでも見るかのような顔をして固まっていた。ジャックとトニーは、何やら考え込んでいる様子であった。ナタリーは大変苛々した様子で窓の外をながめるだけである。

 さてどうしようかとステラが考え込んだ時だった。

「『特殊新聞部』ってなんだ?」

 レクシオが、随分とのん気な声を発する。全員の視線が彼に集まった。

「いやだって、そんなグループ聞いたことねぇもん、俺」

 そこで、ステラとナタリーが目を瞬いた。あることに気付いたのだ。

「――そういえばあたしもかも」

「うん、私も。シンシアから話を聞いたとき、『ん?』って思ったもん。そのまま口論に突入したから、うやむやになってたけど」

 つまりは、相手側のグループを知らないまま、喧嘩とその仲裁をしていたわけである。ジャックとトニーがしばし顔を見合わせ、それからトニーが口を開いた。

「一部では有名になってるグループだけどな。書いて字のごとく――っていうのは野暮か。『特殊新聞部』っていうのはその名の通り、日常のことではなく少し変わった出来事を独自で調査して記事にしているグループだ。たまに壁に新聞が貼ってあるけど、見たことない?」

 そうトニーに問われてなおステラは首を振っていたが、ナタリーとレクシオについては「あ、見たことあるかも」と口にした。それに満足そうにうなずいたトニーの解説は続く。

「その主な内容は帝都とその周辺で起きた事件、生活のなかで見かけたちょっと変な物、そして怪奇現象などなど」

「怪奇現象……ね」

 レクシオがバツの悪そうな顔をして呟く。何か言いたげだったが、それを引き継いだのはジャックだった。

「そう。『怪奇現象を調査する』という一面においてはうちと活動内容がかぶっているわけだ。ま、無理もないことだけどね」

 そこでトニーを除く三人が首をかしげた。ジャックは特に気負う様子もなく、こう続ける。


「『新聞部』を創設したのは、僕とかつて友達だった、趣味嗜好がよく似ている少年だからね」


『友達、だった?』

 三人の声が見事に重なった。トニーがため息をついて、仕方なしといったふうに解説を始める。

「その通り。かの『特殊新聞部』を開いたのはジャックと友達だった同学年の男の子さ。こいつと同じように、幽霊とかオカルトとか非日常的なことが大好きで、ここに入る前から二人は友達だったそうだ。だけど、中等部に入った頃からかな、その彼がジャックのことをライバル視し始めたんだよ。と言ってもその時これに気付いたのは、俺だけだったんだけどね」

「ああ――確かにジャックって輪の中心にいるイメージがあるから、いろんな人に妬まれてんのよね」

 ナタリーがぶっきらぼうに言うと、トニーは「まさにそれ」と言って人差し指を振った。その当時のことをよく覚えているのか、ひどく疲れた様子だった。

「それからだんだん、なんていうのかな、二人の歯車がかみ合わなくなってきた。少しずつ関係に亀裂が入ってきたんだ。その頃になって、ようやくジャックも彼が自分に敵愾心を向けていることに気付いたそうだ」

 その後は、黙って話を聞いていたジャックが引き継ぐ。

「そして、中等部二年の後半になって僕らはこの調査団結成のために動き始めたんだ。確かナタリー君を勧誘したのもこのころだった。だけどその前に、僕は彼を誘ったんだ。だけど彼はきっぱりと断ってきた――『俺は俺でグループを立ち上げる』と言ってね。その時彼が僕を見る目には、妙に憎しみみたいなものがこもっていた気がする」

「怖っ!!」

 ステラは思わず叫んだ。嫉妬がいつしか憎悪に変わるなんて、小説じゃあるまいし――と思ったが、ここで嘘を言う理由もないだろう。それだけその少年は本気でジャックのことを妬み続けているのだ。

 とにかく、これで関係悪化の理由は分かった。きっと『彼』のジャックへの態度が新聞部のメンバーにも知らず知らずのうちに伝染していたのだろう。そして、活動内容が被っていることで今度は競争心がかき立てられていった。そしていつしか、向こうはこちらをグループごと敵とみなすようになった――と。

「いやあ、俺たちの見ていないところでドロドロの戦があったとはねー。学生も侮れんわ」

 レクシオがそんな空気の読めていない言葉を発する。だがこれは、場の雰囲気を明るくしようとした行為だろうと、ステラは思った。生憎若干空振りしていたが。

「そうだねぇ。おばさんたちのねちねちした争いと学生のいじめや対立って、あんまり変わらない気がする。どちらの方が(たち)悪く見えるかっていう違いだけだ」

 トニーはレクシオの言葉に反応してそう嘆きの声を漏らす。始まりから今に至るまでをずっと見てきた彼だ。何か思うところがあるのかもしれない。

「にしても……これからどうするよ?」

 終始イライラしっぱなしのナタリーが椅子の背もたれに腕を預けながら座った姿勢で、そう問いかけた。四人は顔を見合わせる。

 実際、そこが問題だった。関係悪化の理由が分かったところで、それをどうにかして解決しない限りこの対立は続く。そうなれば今後の活動に支障が出てくるかもしれない。

「とりあえず、しばらく様子を見よう。何かあったらその時はその時で僕が動く」

「……それしか、ないよなぁ」

 トニーが言ってため息をついた。飄々とした風を装っているが、やるせないという気持ちは隠し切れていない。

 結局そんな感じで、各々複雑な感情を抱いたまま、この日の集まりは終了した。


 帝都の一角に建つ孤児院。そこに、ステラは住んでいる。陽気な養母や騒がしい子供たちと一緒に。

(グループの対立、かぁ……)

 ステラはベッドの上でひたすらにやりきれない思いを吐き出していた。外はすっかり暗くなり、下では孤児院の子供たちが騒いでいる。

 知らず知らずのうちにため息がもれた。

 今まで学院の中の誰かと明確に対立したことは少なかった。個人としても、グループとしても。それはステラや周りに集まる人間たちの人の好さのおかげだろう。そして、確実に活動をしながら成果を上げていく『クレメンツ怪奇現象調査団』相手に表だって否定的な意見を出す人間がいなくなったおかげでもある。

 だが、特定の集団に反感を抱く人は、どこの世界にも必ずいるのだ。

「難しいなぁ、人間関係って」

 ステラがそんなふうに呟くとほぼ同時、扉が軽くノックされた。主は、ミントおばさん。ノックの調子ですぐに分かった。

『ご飯作るわよ~、ステラ♪』

 まだ彼女の悩みを知らないミントおばさんは、いつもの楽しげな声でそう言った。

 少しだけ表情を綻ばせ、ステラは「分かった」と返す。やはり日常というものは、とてもありがたいものだった。


 翌日。諸々の不安を胸に抱きつつ登校したステラだったが、幸い『特殊新聞部』のメンバーに絡まれるようなことはなかった。一応ほかにも一人か二人にその後の経過を聞いてみたが、特に変なことはなかったようだ。

(昨日の激しい口論はなんだったのかしらね)

 話を聞き終えるたびに、ステラはそんなことを思って肩を落としたものである。

 とにかくその日の授業は、気味が悪くなるくらい無難に終えた。

 そして、足早にいつもの集まりのため特別学習室へと向かう。


 ちょっとした事件が勃発したのは、この時だった。


「あらぁ、昨日ぶりね。ステラ・イルフォードさん」

 突然、嫌味なほどに大きな声が前方から発せられたのは、ステラが茜色に染まりかけた特別学習室へと続く廊下を歩いていた時だった。彼女は少し眉をひそめ、足を止めた。無視してやってもいいかと思ったが、そうしたらまた翌日も翌々日もからまれそうな気がしたので、堂々と立ち向かうことにした。

 ステラのその覚悟は、あながち的外れなものでもなかった。

 声の主は、先日ナタリーと口論を繰り広げていた相手、シンシアである。彼女は廊下の白い壁に設えられた手すりに背中を預け、にやりと笑ってこちらを見ていた。

「あら、シンシアさんじゃない。何か用?」

 いかにも偶然発見しましたという態度で応じるステラ。そんな彼女に対し、シンシアは人の好い笑みを浮かべた。ただし、それは仮面のように彼女の顔にへばりつき、その笑顔の下に別の心が潜んでいることをうかがわせる。

「別にこれといった用事はありません。ただ、あなたと少しお話してみたかったの」

「へぇ……でも、なんで急に」

 ステラがそう問うと、シンシアは意味ありげに言葉を切って、人差し指を顔の前で、ちっちっ、とゆっくり二回振った。

「あの喧嘩のあとに、少しだけ調べさせていただいたの。そうしたら驚いたわ。あなた、()のイルフォード家のご息女らしいじゃない」

「…………」

 ステラは何も答えなかった。本人にしてみれば、今更どうした、という感じである。それは――調査団の中では特に――周知の事実であるし、こんなところでばらされても、痛くもかゆくもないのだった。

 彼女の家であるイルフォード家は、代々名のある剣士を輩出してきた名家だ。そして彼女もその家に二番目の子供として生まれ、将来を期待された。だが。

「でも、その割には剣の腕が凡人の上程度。違います?」

 そう。皆が期待すればするほど、ステラにはそれがプレッシャーとなり、周りが思うような成果を上げることはできなかった。その後、家での兄との扱いの差や周囲の落胆を含む諸々のプレッシャーに耐えかねて家を飛び出し、複雑な経緯を経て孤児院でお世話になることになるのだが、それはまた別の話。

 ともかく彼女は、肩にかけたかばんの紐を握りしめ、ねちねちと皮肉を言ってくる高飛車少女を睨んだ。

「だから何? 嫌味を言いに来ただけなら、この辺で終わりにして。あたしこれから、調査団の集まりに行かなきゃいけないから」

 語気を強めてそう言うが、シンシアはまだ引かない。

「あのパクリグループの、ですか。それはご苦労様」

「―――っ」

 ぎりっ。

 ステラは奥歯をかみしめる。そろそろ、堪忍袋の緒が切れそうだった。

 だが幸いにも、そこで第三者が現れる。


「おーい、ステラー!?」


 よく通る少年の声に、ステラは顔を上げた。見ると、少し先の方からレクシオが駆けてくる。彼はすぐさまステラの目の前に到達した。

「どうしたんだよ、こんなところで油売って。みんなが待っ……て、る」

 だが、この幼馴染の言葉は尻すぼみに消えていった。彼も、先程からこちらを睨むシンシアの存在に気付いたのだ。途端に表情が冷めたものになる。

「なんだよ、あんた。こいつに喧嘩でも売ってたのか?」

 相手からの答えは無い。だが、彼はとっとと少女に背を向けて吐き捨てた。

「だったらその辺にしとけ。こいつを怒らせると、全治二カ月の大けがは免れないぜ?」

「おいこら。まあ事実だけど」

 過去にレクシオにそれに近いけがを負わせた経験があるステラは、それ以上の反論をしなかった。ただ、ちらりとシンシアの方を振り返ってから、すぐにレクシオとともに集まりの会場へと向かうのだった。


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