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集まりが平和的に終了し、全員がそれぞれ帰路についた頃。
二人並んで歩く帰り道、ナタリーは容赦なく切りだしてきた。
「そう言えば、ステラ。私に話したいことがあるって言ってたよね? 聞かせてよ」
いきなりでびっくりしたステラだったが、自分が言いだしたことを思い出すと、うん、と小さな声で言った。それから数秒ほどためて、その溜めを吐き出すかのように、ナタリーに向かって訊いた。
「ナタリーから見て、あたしってどう見える?」
相手は質問の意味が分からなかったのか、きょとんとしていたが、ステラが黙っていると答えてくれた。
「うーん。かっこいい女の子、ってところかな。その分粗暴なのが困りものだけど」
お世辞を言っている様子はない。というかそもそも、ナタリーはお世辞を言うような性格はしていない。ついでにいうと、後半部分はどう考えても悪い点だった。いつもだったら噛みついているステラも、今日はうなずいて言葉を受けとめた。
「そっか。そんなふうに見えてるんだ」
ステラが独白のように言うと、隣を歩くナタリーがかばんをかけ直しながら訊いてくる。
「うん? あんたはもしかして、自分のこと、良く思ってないの?」
ステラはどう答えたものかと少し悩んだ。が、その先回りをするように、ナタリーがまた言った。
「あ、分かった。自分からラメドを追いかけていったこと、まだ気にしてるんだ」
言われて硬直してしまう。要は図星だ。足まで止めてうつむく彼女を見て、ナタリーは困ったように笑っていた。いつものからかうような雰囲気とは、少し違う。
「そんなに思いつめなくてもいいのに」
と言ってくる彼女の声。それを聞いたステラはようやく顔を上げ、ゆるゆると首を振った。
「いや、そうじゃなくて。もちろん、みんなに対して申し訳ない気持ちもあるけどね……それよりも、レクに助けられちゃったことの方が、ちょっと」
「え?」
この切り返しはさすがに意外だったのか、ナタリーは素っ頓狂な声を上げて一瞬だけ足を止める。それから「そんなことあったっけ」というような表情でいたが、すぐにレクシオが先陣切って飛び込んでいったことを思い出したのか、あっさり納得したらしかった。すぐにまた口を開いてくる。
「……悔しい、って思ったの? あの一回だけで」
「一回、じゃないよ」
ステラはすぐに友人の言葉を否定した。それからすぐに歩きだし、歩きながら言葉をつむぐ。普段なら言いたくないようなことまで、口をついて出ていた。
「今まで何度も、あいつには助けられてきたんだ。初等部の頃から、ね。あの頃はまだ劣等感とかなかったんだけど、最近になって、危地に飛び込むことが増えてきて、悔しくなってくるようになったんだ。あたしは、あたしの力で最後まで何かを成したことが極端に少ない。そしてそういうときは、いつもレクに助けられている。本当は何よりもまず感謝をするべきなんだろうけど、この事実に嫌気がさしてしまったの」
ナタリーは何も言わない。それをいいことに、ステラはさらにまくしたてた。
「それに、それにだよ? あいつは今日まで、自分のことを話してくれることがほとんどないんだ。何か悩んでるような素振りをしても、それを打ち明けるようなことをしてくれないし」
「ああ、それは分かる」
ここでやっと、ナタリーの言葉が挟まってきた。ステラは顔を上げて、口元に手を当てている彼女の顔をじっと見た。
「たまーに物思いにふけっているときがあるけど、何考えてんの? て訊いても、適当な言葉でごまかしてくるのよね」
それだよ、それ。ステラはそう言って、再び自分の番とばかりに話し始めた。
「自分の内側で何を考えてるか、何も言ってくれないから……だから、レクにとってあたしって、そんなことも相談できないような人なのかなって。もし悩みがあるのなら、恩返しの意味も込めて相談に乗ってあげたいけど、それすらできないのかな……って」
彼女がそう締めくくると、夕方の通学路はしばらく静かになった。ナタリーも何も言わなかった。だが、それが二十秒も続いたころになると、突然そのナタリーが言いだす。
「弱音を吐きたくない、とか思ってる?」
え、という声と共にステラが顔を上げると、彼女は爽やかな営業スマイルを浮かべて
「ほら、男って大切な人とか、好きな人にほど強がる人もいるじゃない」
などということを、いきなり言ってきた。その瞬間、ステラの顔が、いや、耳の先まで真っ赤に染まる。にやにやする友人に向かって、彼女は喚いた。
「な、何、何よそれ! す、好きとかいきなり……そんな訳ないじゃん!!」
恥ずかしさのあまり周囲の視線すら気にならない状況で彼女が必死にナタリーの言葉を否定していると、ナタリーは次に、快活な少年のように笑うのである。
「あはは、冗談冗談」
などと言って。そこでようやく多少の落ち着きを取り戻したステラは、頬をふくらませて怒鳴った。その目尻には涙が浮かんでいるが、本人は気付いていない。
「もうっ! こっちは真面目に話してるんだから」
「ごめんって」
ナタリーは実に軽く謝ってから、急に真面目な顔になって続けた。
「でもさ、例え恋愛感情じゃなくても、大切な人くらいには思ってるでしょ? あんたら、付き合い長いんだし」
「ま、まあ……そうだといいな」
少女の先輩ぶった言い方に、戸惑いながらステラは返す。するとやはりナタリーは得意気な顔のまま、ふふん、と呟いた。
「ね? だから、もしレクが何か内側に複雑な事情を抱えてるとしたら、それにあんたを巻き込みたくないって思ってるとか、そういうのじゃないかな」
ステラは少し考えた。確かに、それならしっくりくるかもしれない、と。
思えばレクシオは、入学以来、自分の家庭に関することをだれかに打ち明けたことがほとんどない。最近になって、あのヴィントという男がレクシオの父親と判明した直後にだけ、やっとステラに話しかけたくらいだ。と、そこで彼女は――少し前に、レクシオが言っていたことを思い出した。
『今までは、もう自分の血縁関係に関することは忘れようと思ってたんだけどな……』
「あっ――」
声を上げてしまう。
そういえば、結局あのあともステラが問い詰める前に話題を変えてしまっていた。ヴィントとレクシオは仲良しとは言えない状態のようだし、一時期は孤児院の世話になるくらいだから、余程のことがあったのかもしれない。
ということを、
「ん? 何? もしかして、私の推測ドンピシャ?」
と言ってきたナタリーに、かいつまんで説明した。ちなみに、一緒に思い出したヴィントに関する話はさすがに伏せておいた。すると、彼女の強気な目に、驚きの色がにじんでいく。
「うわ……それは、想像以上に複雑そうだ」
すべての話を聞き終えた彼女は、さすがに顔をしかめてうなった。ステラの顔もいつの間にか神妙なものに変化する。だが一方でナタリーは、すぐに明るくこう言った。
「そういうことなら、さ? あいつがもしも耐えきれなくなって弱音を吐いたときに、あんたがしっかりと受け止めてあげればいいんだよ。それは多分、幼馴染であるステラにしかできないことだと思う」
ステラは、返事できなかった。
もし、本当に彼の事情がかなり複雑で、それを彼が話すときがきたら――本当にあたしは、真っ向からそれを受けとめることができるんだろうか。そう、考えてしまったから。
けれど、少し考え込んで、思いなおした。
――ううん。できるかどうか、じゃない。やらなくちゃいけないんだ。あたしにしかできないっていうんなら、あたしがやらなくちゃいけない。
こうしてひそかな決意を固めた彼女は、顔を上げて友人の顔を見据えると、力強くうなずいた。
「うん、もしそうなったら、頑張る! ありがとね、ナタリー」
このときのステラの表情には、さっきまであった翳りが一切なかった。彼女の声を聞いて、その顔を見て、ナタリーもほっとしたように笑う。
「うん。ま、ちょっと大げさな話かもしれないけどね」
そうして、今度は力んでしまっているだろう彼女の肩の力を抜くためか、少女はそんな言葉を吐いた。
だが――あとから考えると、このときのナタリーとステラのやり取りは、決して大げさとはいえないものだった、のかもしれない。




