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もっと動揺するかと思っていた。だが、昔の記憶だからだろうか。単なる歴史的事実だからだろうか。自分でも驚くほど客観的に、皮肉めいた口調で語り終え、レクシオは辺りを見回した。
反応は、『人形の館』のときと似ている。ほぼ全員が唖然としてレクシオの方を見ている。ただ一人、いつもの仏頂面を崩さないオスカーを除いては。腹立たしくはあるが、今はなんだか頼もしくも思えた。やれやれ、と心の中で呟きながら、レクシオは次の言葉をつむぐ。
「でも、俺があのときのぞいたのは、一兵士の心情にすぎない。だから、これがもし『未練』の結果だったとしても、それを用いて奴らに対抗するには情報が少なすぎる。これがあいつらに関するものかもまだ分からないから――だれか、ここで起きた争いのことを知ってる奴はいるか?」
しばらく、全員何も言わなかった。ステラやナタリー、シンシアやブライスなどは「どうよ?」と言わんばかりの視線を交わし合っては首を振っていたが、ジャックやオスカーは一人で首をひねっていた。そして、最後に手を上げたのはトニーである。
レクシオが目で、どうぞ、と言わんばかりのサインを送ると、彼は口を開いた。
「あ、うん。多分それ、大昔に起きた『帝都防衛戦』ってやつが一番当てはまると思う。西隣の、当時大国だったティルトラスが突然戦争をふっかけてきて、帝都辺りまで攻め込まれたんだけど、戦場指揮にあたっていた中将のおかげでなんとか追いかえしたっていう。ちなみに、現在もティルトラスっていう国は残ってるけど、帝国に領土の多くを吸収されて大分小さな国になってるよ」
そこで一度言葉を切ったトニーは、それから全員の顔を見渡して唐突に断言した。
「多分、ここにいる幽霊たちは兵士の亡霊で合ってると思う」
ええ? という声はだれのものか分からない。ただ、ほとんどの人が目をみはっていた。そんな中でジャックとオスカーが声を揃えて訊く。
「なぜ?」
実はこの二人、今でも仲良いんじゃないか? レクシオがそんなことを思っているうちに、トニーの話が始まった。
「そこなんだけどさ……さっきあの幽霊に遭遇したとき、子供の笑い声みたいなのが聞こえただろ? そして、俺たちが気付くより早く、一部のひとたちはそれを聞いていた」
「まあ、そうだね」
苦々しい面持ちで答えたのは、ステラ。一度うなずいたトニーは、こう続ける。
「実はこの『帝都防衛戦』では、ティルトラス側がたくさんの少年兵を戦場に投入していたらしいんだ。そしてたくさん、死んだ。帝国兵に殺された」
「あっ――」
レクシオは、思わず声を出していた。この石碑の記憶として刻まれている兵士の記憶の中でも、確かに少年兵たちの死に様が映し出されていた。と、いうことは。
「あの笑い声は、その少年兵たちの亡霊が……?」
レクシオが言うと、トニーがまたうなずく。
「可能性はある」
「でも、これでもまだ根拠としては足りないな。中途半端な状態で行っても死ぬだけだ」
直後にオスカーの声が入ってきて、また全員が渋面になった。正論なのだから余計にやりきれないだろう。だが、レクシオは自分でも意外に思うほど余裕だった。
「じゃ、最後の確認だ。もしこれが分かれば、根拠が足りなくても奴らと対峙する価値が出てくる」
我知らずそんなことを言っていた彼は、みんなに続けて訊いた。
「『勇者へ贈る詩』というのを知ってる奴はいるか?」
すると、直後にふたつの声が聞こえた。
「あっ、それ覚えてる」
「この前の音楽の授業でやりましたわ」
意外なことに、ナタリーとシンシアの二人だった。本人を含むすべての人間が意外そうな顔をした。直後にまた女の戦いが始まったが、それをよそにレクシオは言う。
「よしっ。これならいける!!」
そこでジャックがレクシオの隣に来て聞いた。興味津津、という言葉がまんま当てはまりそうな、小さな子供のもののように輝いた目で見て。
「どうするつもりなんだ? 奴らと対峙する価値が出てくる、というさっきの言葉の意味も知りたい」
すると、少年の顔に笑みが刻まれる。
「なあに、簡単さ。今ある手札を切れば、事の真偽が確かめられる。しかも、うまくいけば奴らを天に還すことも可能だ」
「……手札?」
どうやら話を聞いていたらしいステラが問いかけてきたので、レクシオは答えた。人差し指を、彼女の方に向けて。
「例の詩と、おまえの力だよ」
ステラが嫌そうな顔をするのがよく分かった。
◇ ◇ ◇
暗い、暗い、森の中に軍隊のような足音が響いていた。実際はあれほどやかましくなく、どちらかといえば葬列に近いくらい粛々とした感じだったが。
森の中を歩く総勢九人の少年少女たちは、まだ日が傾いてさえいないのに確実に闇に沈んでいく周囲の景色を見回しつつ、ぼそぼそと小声で言葉を交わした。
「本当にこれ、うまくいくの?」
「うまくいかなかったら、最悪ダッシュでここから出るって寸法よ。でも、今後ここに訪れる人たちに万一のことがあると、無駄に罪悪感が募るから、できればその手は使いたくない」
トニーの問いかけに、明りのもとである懐中電灯を手に歩くステラは、多少調子のいい口調で答えた。だがその実、彼女の中にも大きな不安がわだかまっているのは事実である。
『クレメンツ怪奇現象調査団』の一員である以上、これまで幽霊話はかなりの数を追いかけてきたが、今回のような深刻な事態になることは少なかった。幽霊相手に『戦闘』を仕掛けるなど、『人形の館』の事件があるまでは考えてもいなかったことである。
しかも、その前回はまだ害が少ない少女の霊であるから良いものの、今度の相手は戦場の亡霊である。恨みの多さも深さも半端なものではないだろう。そしてなぜだかまとっている、大きな力がある。
「そういえば、変な話よね」
そこでふと、ステラは呟いた。何が? というトニーの問い。
「ミシェールのときはいわゆる『霊力』ははっきり言ってそんなに強力なものじゃなかったけど、今回は変に力が大きい気がするんだよね。それこそ気味が悪いくらいに」
すると、少しの沈黙の後に声が返ってきた。
「実際のところ、幽霊自体、普通はそんなに手ごわい相手じゃないはずなんだよ。恨みを持つ霊と言っても、そのさまよう魂に宿る力は、そこまで大きくない。せいぜい相手に恐怖を与え、強くても金縛りを起こす、あるいは瘴気をまき散らす程度のはずだ。
まあ、それも時と場合によっては人間に害となるんだけどね――ミシェールのときみたいに」
でも、という前置きのあと、彼の言葉は続く。
「今回はそれじゃあ済まない気がするんだ。あの――英霊、たちは何かの影響ですごい力を得ている。実のところ、俺も嫌な予感を覚えてはいるんだよね。杞憂であれば、それに越したことはないけど」
トニーの軽いようでいてどこかに重みを感じる言葉を聞きながら、ステラは少し前にかわされた会話を思い出していた。
「……で、だ。気を逸らすことができれば、あとはステラの力だけでも十分にどうにかなる。普通なら、な」
レクシオの妙に意味深な言葉を聞いたステラとジャックは、顔を見合わせた。それからジャックが代表して口を開く。
「どうして、ステラの力でどうにかできると確信が持てるんだ?」
答えはすぐに返ってきた。
「奴らの言葉を素直に受け取れば、そうとしか考えられないだろ?」
――無理だね。女神の制約でも発動しないかぎり、それは無理だ。
幽霊たちが発したこの台詞。逆の意味に考えると、『女神の制約』さえ使えればどうとでもなる、というのを示しているようにも、ステラには思えた。そして彼らの言うものが、彼女の持つ『銀の魔力』だというのは先程の逃走作戦の際にはっきりと分かった。確かに、それなら勝負を決めることもさして難しくはあるまい。
「けど、『普通なら』ってどういう意味よ? 今までのでも十分普通じゃない気がしたんだけど」
これまでのやたらと非現実的な出来事の連鎖を思い出しながら、少女は幼馴染に問う。すると幼馴染は、考え込むような素振りになって言ったのだ。
「うん、そこなんだがな……ここにいる奴らは、何かの要素によって『霊力』を付加されてるんじゃないかと、思えたんだ」
ステラや、実はトニーまでもが抱いていた懸念を、ここでレクシオも口にする。ずっと気にしていただけにステラの渋面は深くなった。が、相手の「そこで」という声を聞いて我に返る。
「おまえを補助する役目も兼ねて、魔導科の面々には、あいつらの周囲に魔力を送り込む作業をやってもらいたいんだよな」
ここでジャックの表情がわずかに和らいだ。
「おっ。僕らが『館』で話したことを覚えていてくれたのか」
ステラもはっとして、目を瞬いた。『魔力には霊力を退ける力がある』――いつか、他ならぬジャックが放った言葉。あれを再び使うことになろうとは、考えてもいなかった。
「あれ? でも、魔力を送り込むって、どうやって?」
魔導術に疎いステラは、降って湧いてきた疑問を口にしていた。これに答えたのもまた、魔導士の卵たるジャックだった。
「僕らは、魔導術の実技をやる前に『純粋な魔力の放出』というのを練習しているんだ。あれをそのまま使えば、あの幽霊たちがいる空間に魔力を送り込むことはたやすい」
属性も何も吹かされていない、人の内に宿る純粋な力。それを空間に放出すればいいんだ、とジャックは語っていた。
「う~ん。そういうことならなんとかなる……のかな?」
やや自信がない口調でステラが呟くと、
「あーあ。『戦場で華々しく散った英霊たち』がこんな森でさまよってるって知ったら、ティルトラス国民はどんな顔をするかねえ」
突然頭上からそんな声が降ってきた。ひええ、と叫んでステラが見上げると、そこにはにやにや笑うトニーが立っている。
レクシオは、どこか楽しげにも見える彼に問いかけた。
「『英霊』? どういうことだ」
ちなみに、いきなり話を聞いていたことに関しては何も突っ込んでくれなかった幼馴染であった。
トニーはその笑い顔を少しだけ歪めて、続けた。
「地元ではそういうことになってんだよ。あの防衛戦が終わった日になると、さっき述べた口上とともに祈りを捧げるんだとさ」
するとレクシオの顔も、途端に冷やかになった。ステラは思わず息をのむ。
彼の、ここまで冷淡な顔はいかに幼馴染の彼女といえども、数える程度しか見たことない。その表情を今見せた少年は、吐き捨てるように呟くのだった。
「ふん。いたずらに人を死なせておきながら、よく言う。英雄扱いすれば、死んだ人やその遺族たちが喜ぶとでも思ってるのかねえ」
唐突に耳に飛び込んできた微かな笑い声。それを聞いたステラの意識は、再び暗い森の中にあった。なぜか懐かしくも感じるその声は、ステラの居住まいを正させるには十分すぎる要素だった。
「……聞こえたの?」
今度問いかけてきたのは、ブライスだった。彼女にしては珍しく静かな声音である。真剣そのものの表情をする彼女に向かって、ステラはどこか重々しくうなずいた。
「来るわよ」
それから、全員に聞こえる声で伝える。すると、九人のまとう空気が変化した。
「さて、この作戦……どこまでさまよう魂に通じるかな?」
正面をにらみながら呟いたステラの前に、見覚えのある火の玉が姿を現した。少年たちの笑い声と、ともに。




