「未来」「フクロウ」「最高の山田君」
これは、ある冴えない一人の少年の話だ。
物語性も薄く、特筆すべき内容でもないが、それでも私は知ってもらいたいのだ。夢を追い続けることを決して諦めなかったギタリストの栄光を……。
とある音楽スクールに通う一人の少年がいた。彼は“今では”別の名で知られているが、当時は山田というごくありふれた姓だった。歳は十八。総じて小学生から高校生までの生徒が多いこの学校では、彼は年長組の一人だった。十二の頃から通い始め、定められたカリキュラムに沿って修練を積めば、そろそろ一人前として卒業できる腕前になっているはずだった。少なくとも、他の生徒たちはそうだった。しかし、右腕に障害を持つ彼は、いつまでも経っても上達する兆しが見えなかった。ギタリストを目指すと宣言しながらも、未だ基本的なコードさえ弾けるかどうか怪しかった。
月一の面談では「ギタリストは止めて、もっと違う道を探してみたらどうかしら?」とそれとなく言われた。それが一向に進歩しない彼に対する拒絶を示すことは暗に読み取れた。通常の練習ではいつも周囲から遅れを取り、その度に仲間たちから笑い者にされた。
そうした日々がしばらく続いたある日、彼はとうとうスクールをやめた。
もう嫌だった。自分には才能がないかもしれない。いや、才能以前の問題だ。と、彼は己の右腕を忌まわしげに見る。
――いっそ、こんな腕切り落としてしまいたい。
衝動的にそんなことを考えた日もあった。包丁を持った所を両親に見つかり、惨事は免れたが、それでも彼の気持ちは奈落の底へ転がる一方だった。
自殺しよう。
そう考える日も遠くはなかったのだろう。彼は両親が外出している隙を狙って、何も持たずに家を飛び出した。向かった先は山を一つ越えた所にある、うっそうと繁った樹海である。
俺はここでのたれ死ぬのがお似合いだ。
そう自嘲気味に呟いた時である。不意に背後からバサバサ!という音が聞こえてきた。反射的に振り返ると、そこにはフクロウがいた。それもまだ生まれて間もない子供のようで、小さな翼を一生懸命羽ばたかせていた。何かに追われているのだろうか、とその奥の茂みに目を向けると、案の定、大きなヘビがいた。
外敵に狙われ、追われ、それでも懸命に翼を羽ばたかせ、空へ飛び立とうとする。
そこに今の自分と似たような境遇を感じたのか、彼はしばらく呆けたようにそのフクロウの子供を見つめていた。
やがて。
子供は空に舞い上がった。自分の翼で。夢見た大空へ力強く羽ばたいたのだ。
「……俺も、もう少し頑張ってみるかな」
その逞しい姿に感銘を受けた彼は、右手を使わずにギターを弾く手法を編み出した。そしてそれからは、まるで水を得た魚のようにメキメキと実力を伸ばしていったのだった。
それから三十年後の未来。
彼は「最高のギタリスト」として活動していた。そして、そのサインの横には何故かフクロウのイラストが描かれているという。
ちょっとサクセスストーリー風にした所が工夫ですかね。
こういう話も個人的に好きです。