竜人と醒めた勇者
「で、条件は」
翌朝、謁見の間。
高い天井の下、ジョンは玉座の前に立っていた。隣にはフランク。昨日と同じ顔で、なぜか腕まで組んでいる。場違いだが、本人は気にしていないらしい。
国王が口を開く。
「条件は一つ。魔王を討て。期限は一年だ」
「...一年ですか」
「それ以上は待てん。北方の海は荒れている。港も、街道も、不安が広がっている。魔王の勢力は止まらん」
ジョンは一礼した。
「装備と路銀について、伺ってもよろしいでしょうか」
「最低限は用意する。ただし――騎士団はつけん。貴様を信用していない」
少しの間。
「承知しました」
王の眉がわずかに動く。
「強がりではないのか」
「違います」
ジョンは一礼する。
「陛下のご判断は理解しております。そのうえで申し上げます。守られて戦うつもりはありません。自分の責任でやります」
沈黙。
やがて王は息をついた。
「……扱いづらい。だが、貴様の剣は信じている。行け」
「ジョン・ラックランド」
「は」
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廊下に出る。
「今の、ちょっと良かったですよ」
「うるさい」
「俺ならもう少し引き出しましたけどね」
「やってからいうんだな。お前は何もしてないだろ」
支給は馬二頭、路銀、簡素な鎧と剣。
贅沢は言えない。
「で」
ジョンが横目で見る。
「魔王の居場所、本当に知ってるのか」
フランクは笑う。
「さあ」
「……お前な」
「まあ、とりあえず行きましょう!思い立ったが吉日とも言いますし。とりあえずで旅してれば情報も寄ってきますよ」
「根拠は」
「俺の運がそう言ってます」
自身ありげにフランクは即答した。
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三日後、最初の街に入った。
宿屋の前で、言い争う声が聞こえる。
「銀貨十枚だ!」
主人が女の財布から銀貨を掴み取る。
「昨日は七枚と言っていた」
落ち着いた女の声。
ジョンが目を向ける。
銀色の髪。旅装束。整った顔立ち。
そして、縦に裂けた瞳。
――竜人。
「何だと? 竜目のくせに文句言うな!」
主人が吐き捨てる。
女は感情を見せない。
「私も...人間だ。対等に扱ってほしい。それだけだ」
気づけば、ジョンは間に入っていた。
「...やめてやれ」
「あんたに関係ないだろ!」
「あるさ」
ジョンは宿の看板を一瞥する。
「俺はここに泊まるつもりだった。だがやめる。
それに、客を選んで値を変える宿だと、街で広めたっていい」
主人の顔色が変わる。
ジョンはそれ以上何も言わない。
数秒の沈黙。
舌打ちとともに、銀貨が差し出される。
女が受け取る。
主人は奥へ引っ込んだ。
女がジョンを見る。
「……なぜ助けた」
「別に助けてない。筋が通らなかったから言っただけだ」
わずかに視線が和らぐ。
「竜人が嫌いではないのか」
「別に」
横からフランクが顔を出す。
「一人旅ですか? よかったらご一緒に。俺たち魔王討伐をするため、旅の途中で」
「おいフランク」
「だって、こんな美人を仲間にできたら縁起良さそうじゃないですか。勝利の女神ですよ」
女の眉がかすかに動く。
「魔王討伐……」
「暇ならどうです?」
ジョンが睨む。
女は少し考え、
「私も目的のため、旅をしている。目的地に着くまでなら同行しても構わない。それだけだ」
「名前は」
「……ローザ」
「ジョンだ」
「ああ」
フランクがにやりと笑う。
「いいですね」
「「うるさい」」
見事に声が重なった。
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翌朝、街を出た。森に入ってしばらくしたところで、フランクが急に手綱を引いた。
「止まってください」
「どうした」
「……なんか、嫌な感じがして」
冗談を言う顔ではなかった。ジョンは無言で剣に手をかける。風が止み、木々の奥で枝が軋んだ。
出てきたのは四体。灰色の巨体に黄色い目、人より二回りは大きい。オーガだ。
「まずいですね」
「わかってる」
一体目が腕を振り下ろす。踏み込み、懐に入り、斬る。刃は深く入ったが倒れない。二体目が横から突っ込んでくる。受け止めた腕が痺れた。背後に三体目の気配。舌打ちする。
視界の端で、ローザが一体を受け止めている。剣筋は正確だが、力で押されている。フランクは馬の後ろにしゃがみ込み、本気で震えていた。
四体目が正面から迫る。間に合わない。
そのとき、光が落ちた。
森の上から青白い光が差し込む。あり得ない角度の光に、オーガたちがひるむ。空中で光が形を取った。少女の輪郭だが、人とはどこか違う。輪郭が淡く揺れている。
『ジョン・ラックランド』
声が胸の奥に直接響いた。空気が張りつめ、オーガもローザも動きを止める。
『私はラピス。この世界の均衡を守る精霊。あなたを見ていました』
「……何者だ」
『説明は後です。まずは生き延びなさい』
光が剣に流れ込む。熱でも冷たさでもない。ただ力が満ちる感覚。
『使いなさい』
考えるより早く踏み込んだ。体が軽い。一体目を斬り伏せ、続けて二体目も倒す。三体目の首を断つと、最後の一体だけが残った。ジョンと目が合い、次の瞬間、森の奥へ逃げていく。しかし、深追いはしなかった。
静寂が戻る。風が吹き、葉が揺れた。剣の光がゆっくりと消える。
「ラピス、と言ったな」
『ええ』
「俺に何の用だ」
わずかな沈黙のあと、声が返る。
『長い話になります。今夜、また話しましょう』
光は霧のように薄れ、消えた。森に夕日が差し込む。
フランクがそろそろと立ち上がる。
「……今の、なんですか」
「俺が聞きたい」
ローザが隣に来る。その瞳がわずかに揺れていた。
「……強くなったな」
「ああ」
「あの光のせいか」
「たぶんな」
ローザは何もない空を見上げる。
「...不思議な旅になりそうだ」
ジョンは剣を鞘に収めた。
「始まったばかりだけどな」
ローザの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。




