青空の処刑台
最悪だ。
処刑台の上で、ジョン・ラックランドは静かに空を見上げていた。
王都の上空は雲ひとつの濁りさえない快晴。港から吹き上げる潮風が、石畳の広場を抜けて頬を撫でる。
皮肉だな。
北方の要塞港が陥ち、王国の交易船が足止めを食らっているというのに、王都の空だけは穏やかで落ち着きを感じられる。国の行末など、関係ないと言わんばかりに。
広場は群衆で埋まっている。
商人、職人、軍人、貴族の従者。公開処刑は娯楽であり、絶対的な王権の誇示でもある。
高台には玉座が設えられ、国王が座していた。
左右には数名の重臣。だが誰も口を挟まない。
この世界では、最終的に決めるのは王だ。
「ジョン・ラックランド」
処刑官が王璽の押された布告状を広げる。
「汝は第三王子殿下を謀殺した罪により、本日ここに極刑に処す」
ざわめき。
ジョンは瞬き一つしない。
王子とは共に戦地に立った。
北方戦線で、魔族の砲撃に晒されながらも退かなかった勇気ある男だ。
あの人を、俺が...俺が殺すはずがない。
だが証拠は揃えられた。
状況も整えられた。
魔王軍に要塞港を奪われ、鉄と穀物の流通が止まり、国内は非常に不安定だ。
王国に今必要なのは“安定”であって、真実は後回しらしい。
「異議あれば今のうちに申し述べよ。...あるならな」
ジョンは黙っていた。
異議は法廷で述べ尽くした。
これ以上は王の威信を揺るがすだけだ。
王子の名をこれ以上汚す気はない。
処刑官が合図の手を上げる。
その瞬間。
「その処刑、待ったぁあぁー」
間の抜けた声が広場を引き裂いた。
兵が一斉に銃を構え、撃鉄を起こす音が重なった。
人混みを押しのけて現れたのは、よれよれのローブ姿の若い男だった。ひょろりとした軟弱そうな体つき。しかし場違いなほど堂々と勇ましく笑っていた。
「止まれ!」
王の側近の衛兵が一歩踏み出し、銃剣を喉元に突きつけた。
それでも男は止まらない。銃剣の刃先が喉を浅く裂き、血が一筋流れた。
正気じゃない、とジョンは思う。
「国王陛下に、王国の損失を止める話があります」
「無礼者!」
「お怒りはもっともです。ただ、首を刎ねるのは話を聞いてからでも遅くはないでしょう?」
男は高台の王をまっすぐ見上げる。
王は冷ややかに命じた。
「其奴の首を刎ねろ」
兵が踏み出す。
男は声を張らない。静かに言った。
「北方の要塞港を奪った魔王――その居場所を知っています」
静寂。
今度は、本当の沈黙だった。
北方の要塞港を占拠し、砲台から王国船を沈め、交易路を断つ存在。
その中枢である魔王の所在は、王国が最も欲している情報だ。
王の眉がわずかに動く。
「……申してみよ」
男は小さく首を振る。
「成約後に」
どよめきが起こる。
「信用は相互のものです、陛下。先に差し出せば、私は用済み。価値があるのは、“まだ話していない今”です」
一拍置く。
「王国にとって損な話はしません。むしろ、得しかない」
大胆。だが理屈は通っている
「条件とは」
男は処刑台を指した。
「彼を使いたい」
ジョンは男を見る。
「元王国一の騎士。北方戦線で要塞外縁を単騎で突破した、伝説になる筈だった男でしょう。彼を魔王討伐に送り込む。成功すれば王国の悲願達成。失敗して死ねば処刑と同じって考えれば...陛下に損はない」
命を、軽々しく計算式に入れる発言。
ジョンは内心で苦く笑う。
だが——悪くない。
死ぬなら、何かを守るために死にたい。
王はしばし沈黙した。
重臣が何か囁く。だが王は手で制した。
「……よかろう」
広場がどよめく。
「ジョン・ラックランド。汝に最後の機会を与える。魔王を討て。それが罪への答えとなる」
縄が解かれる。
血が巡る。
ジョンは処刑台を降り、男の隣に立つ。
小声で問う。
「なぜだ、なぜ」
男は前を向いたまま答える。
「処刑場に王国一の騎士がいたんです。使わない手はないでしょう」
「やはり、俺を利用する気か」
「それはお互い様でしょう?」
男が初めてこちらを見る。軽薄な笑み。だが奥は読めない。
「俺はフランク。よろしく。元・死刑囚の騎士さん」
ジョンは一瞬だけ空を見上げる。
王子の顔が浮かぶ。
——まだ終わっていない。
「はぁ……ジョンでいい」
「ジョンさん」
「さんはいらん」
フランクが肩をすくめる。
「じゃあジョン」
こいつとやっていけるかは分からない。
だが処刑台よりはずっといいな。
さきほどまで憎く思えた青空が、今はただ広く、自由で美しくさえ感じられた。
北から吹く風が、わずかに潮の匂いを運んできた。
戦場は...そちらにある。
ここまで読んでくださってありがとうございます‼︎
ジョン・ラックランドという名前、もしかしたらどこかで聞いたことがあるかもしれません。元ネタはあります。でも正直に言うと、借りたのは名前と異名だけです。
歴史上の人物像をなぞるつもりはありませんし、本作のジョンとはほとんど関係ありません。
むしろ、どこかネガティブな印象もあるその名前を、「失う側」ではなく「取り返す側」にしたかった。それだけです。
この物語のジョンは、誰かに評価を決められる男ではなく、自分で意味を作っていく男にしたいと思っています。
これからどう転ぶかは、作者の私にもまだ分かりませんが、よければもう少し付き合ってやってください。




