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犯人たちとの攻防3

 群馬県県警では八月九日は通常出勤の予定であったが、牧野警部たち捜査一課は通常出勤前に山本課長からの緊急招集を受けて、七時半過ぎには対応可能なメンバーが揃っていた。山本課長は長野県警捜査一課長の高良田課長から、早朝に信濃沢で強盗傷害と誘拐事件が発生し、五歳の男の子が連れ去られたとの報告を受けていた。群馬側に犯人が逃走する可能性があるので、その時は協力して欲しいとの要請だった。そして、八時半過ぎに高良田より、犯人から電話があり身代金の要求があり、その電話の発信元は群馬県の北浅間村の別荘地周辺の固定電話からだという。発信元は特定できていないが、候補は九つあり、そのうちのどれかからの発信だと連絡を受けた。山本課長は高良田課長から送られてきた固定電話の所有者と住所のリストを牧野警部に渡し、至急現地に行き犯人が使用した電話の特定と、現場周辺の状況調査を指示した。牧野警部たち十名ほどのメンバーは現地の別荘地へ向かった。牧野警部は表面上はいつも通りで、古武士のような風貌でメンバーに接し、誘拐された子供の無事な確保が最優先であることをメンバーに指示した。


 捜査一課の山本課長の方も捜査前線本部を設置するべく、別荘地と遊園地の全体管理会社に連絡し、捜査本部を設置できる場所の確保を要請していた。彼もこの後の事を想定しながら、淡々と、かつ、有無を言わせぬ説得力で交渉した結果、別荘地の入り口に現在使用していないショッピングセンターがあり、幸いな事にそこが利用出来そうだった。

 現地の別荘地『キングランド』は近隣でも最も大きな別荘地で、敷地内には五百件ほどの別荘があり、一つの村を構成していた。しかも、別荘地内には『子供天国』という大きな遊園地と、『キングカントリー』というゴルフ場と、さらに数百人が宿泊できる『キングホテル』まであった。


 現地に着いた牧野警部たちは手分けして、各施設の詳細な地図の入手を始めた。

 まず、別荘地管理事務所で全ての別荘が記載されている地図と固定電話の位置が分かる地図を入手し、全員に携帯させた。

 遊園地の『子供天国』は夏休み期間中は朝九時に開園するので、もうその時間となっている。ここでも管理事務所だけが保有している施設と固定電話の地図を入手した。 

 ゴルフ場の『キングカントリー』は最初のグループのティオフは八時で、既に数組がスタートしている。ここでもコース全体の管理用の地図を入手した。

 そして『キングホテル』は真夜中を除けば、基本的には一日中、人が出入りしている。ここでは敷地内の設備とフロアマップを入手した。

 しかし、牧野警部が率いるチームだけでは、これら全ての施設をカバーし、くまなく捜索をする事など不可能だった。


 牧野警部達がターゲット地域の地図を入手出来た頃に、山本課長から連絡があり、別荘地と遊園地の入り口にある、今は使っていないショッピングセンターを前線捜査本部とするように指示を受けた。牧野警部をリーダーとした群馬県警捜査一課のメンバー十人程は急いでそこに集合した。かなり立派な建物だったが、数十年の時を経て需要が建物のキャパを下回ったようだ。一階の“ガラン”とした三十メートル四方はありそうなフロアに、大急ぎで壁に立て掛けてあった机や椅子を並べ、本部としての最低限の準備を整えた頃に、長野県警から大川警部補と十名の捜査一課のメンバー達が到着した。これで、対象を絞れば捜査をできる最低限の体制は整った。


 お互いにメンバー同士の簡単な挨拶を済ますと、地の利のある群馬県警のメンバーと長野県警のメンバーが二人一組になり、リストにある固定電話器の現物確認と周辺捜査をする事となった。群馬県警と長野県警合同での捜査だ。

 大川警部補も移動途中に筑摩警部から群馬県警と協力するように指示を受けており、群馬県警は最近では結構有名人となった牧野警部が、現場で全面協力してくれるとの事だった。大川は、「おお、牧野さんか!長野の変人筑摩先生と群馬のエースが協力すれば、何とかなりそうだ」とこんなリスクのある状況の中でも良いニュースだと内心思った。牧野警部はこの数年、普段は静かな北浅間村で発生した幾つかの難事件や凶悪犯罪を、迅速かつ最低限の犠牲で解決してきている優秀な刑事である事が知れ渡っており、群馬のエースと呼ばれていた。


 牧野警部は、急遽設置した『キングランド』のショッピングセンターに設置した前線本部で、大川警部補らと共に実際の行動に移る前に、

「全員聞いて下さい。誘拐された男の子は五歳で、写真を転送したので良く目に焼き付けて下さい。やや小柄で身長は百五センチ、髪の毛はやや長く、日焼けしていて目が大きい子です。犯人グループは二人か三人で子供を連れている可能性がある。別荘に潜んでいるのか、遊園地でお客さんに紛れ込んでいるのか、ホテルに潜んでいるのかは分からない。特に遊園地では夏の日差しを避けるため、サングラスをして顔を隠している可能性があります。犯人の中に女が混じっている可能性もある。おそらく目立たない格好をしているはずで、我々の動きに注意をしているはずなので、それが逆にヒントです」さらに続けて、


「分っていると思いますが、誘拐された子供の命がかかっている。犯人が武器を持っていることも想定されるので、怪しいと思ってもすぐに職質はかけずに、すぐに無線で連絡する事。まず、対象の電話器を確認した後に、周りを丁寧に調べて下さい。何か痕跡があればそのままの状態で報告して下さい。良いですか!」と、牧野警部は長野県警のメンバーが混じっているからか、いつもより丁寧な言葉遣いで指示を出した。犯人の特徴が不明なので、家族連れで賑わっている遊園地での捜査は困難を極めるだろうと予測していた。また、別荘に潜んでいる場合にはこの体制では捜査は困難になると予想されるので、一件づつ潰しながらの捜査よりは別荘地の出入り口に検問を置く方が良いと考えていた。その中でもホテルは出入りを制限するわけにはいかないが、条件を絞って捜査すれば、比較すると捜査はやり易いと睨んでいた。


 牧野警部は一班として、対象リストになった固定電話の設置場所のうち、『子供天国』入り口とゴルフ場のフロントを中心に探した。二班と三班には大川も加わり『子供天国』の幾つもあるアトラクション中心。四班は遊園地敷地内のキングホテル。五班は遊園地内に多くある動物広場と植物公園。そして六班、七班は別荘地に近いJAや郵便局を担当し、そして八班、九班、十班は現場本部に待機し、臨戦態勢を取った。彼らは一時間ほどでリストにある固定電話を確認したが、利用者に関する情報や特定には結び付かなかった。ただ、犯人達と誘拐された男の子が近くにいることを想定し、なるべく目立たない服装と行動を心がけていた。


 その時に追加情報が本部より送信されてきた。『染谷そめや』というABDシステム社員の被疑者の顔写真と特徴だった。背は中肉中背だが、かなり特徴のある顔つきだった。短髪面長で、眉が薄く目が細く鋭い、鼻が尖っていて、口が大きく顎が長い。帽子とサングラスをかけると鼻と口が目立ちそうだ。事前に『山田・庄司・大石浪江・京介・坂元』に関する情報と一部顔写真も送られてきていたが、誘拐犯に関する情報ではないようだ。ただ、牧野はこの染谷はきっと関係していそうな気がしていた。ABDシステムの社員ならば高倉颯太への恨みがありそうだとの、ただの勘にすぎないが。それ以外は何も成果がなさそうな中、ある班から牧野に無線で連絡が来た。

「牧野警部、五班の岡田です。少しおかしな四人組がいます。男二人と女一人と“マル害”に似た男の子です。『子供天国』の入り口から右手に十分ほど進んだ『動物広場』の中のベンチです。」

「分った、二班と三班が近くにいるはずだな?『動物広場』の周りを囲め。俺は三分ほどで『動物広場」に着く。五班はそのまま行動を監視しろ」

「了解」そして一分もしないうちに、

「牧野警部、五班の岡田です。一人が場所を離れていきます。追いましょうか?」

「分った、岡田はそこに残り、渡井はその一人を追え」

「渡井、了解しました」そして、牧野は岡田に合流し、“マル被”かも知れない男たちを観察した。親子連れのように見えたが、確かに男の子はあまり楽しそうではなく、女と手をつないでいるがぎこちない感じだった。男は帽子を被りサングラス、女も同様に帽子にサングラス。特に武器を所持している気配はないが、男は背中にデイパックを背負い、女は肩からトートバックを提げ、男の子は手ぶらだ。男が女に何かを言い、女がそれにかなり強く反論して言うようだった。牧野と麻山が彼らに近づいて行った。その男女の会話が聞こえる所まで近づくと、

「こんな所で元カレに会って嬉しそうにするんじゃないよ」

「何よ、そんなことぐらいで、みっともない」というやり取りを確認できた。ただの痴話げんかのようだった。子供が浮かぬ顔なのはこのせいのようだった。牧野と麻山はそのまま二分ほどそこにいたが、男の子の顔を確認して、広場の脇にいた岡田の所まで来て、

「残念ながらシロだな」と言い、かすかに笑った。

「渡井、そっちはどうだ」

「はい、男は家族と合流しました。子供が二人いる四人家族のようです。男の人相はマル被とは違い、真っ黒に日焼けした長髪で、身長は百八十センチ以上ありがっちりした体型です。

「分った、そっちもシロだな。岡田、渡井、気にするな!みんな、この調子で捜索を続けてくれ。俺と麻山はホテルにいる四班と合流する」牧野はこのような事で、部下を叱責するようなことはなく、むしろ勘を働かせながら小さな変化や違和感に気付いたことには納得していた。牧野と行動を共にしている麻山も、いつも通りの牧野の落ち着きに、自分も落ち着こうと自分に言い聞かせるように頷きながら行動を共にした。


 牧野が四班と合流し、ロビーの端の目立たないところで情報を共有すると、最初の犯人からの電話はホテル内の内線からかけた可能性があるようだ。一応、ロビーや食堂の内線固定電話の場所は確認出来たが、誰かが使用しているのを確認した職員はいなかった。宿泊客の名簿は個人情報なので、支配人は捜査令状がないと見せられないと言っているとのことだった。牧野はホテルのフロントで支配人への面会を求めた。支配人はすぐに出て来て、牧野の身分を確認した後に、重大事件だと理解して、奥の支配人室に牧野と麻山を連れて入室し、名簿を開示した。牧野は支配人に捜査への協力の礼を言い、宿泊者名簿を確認した。昨晩から宿泊している客の中で、予約日時が新しい二人から四人での宿泊客の名前と住所、電話番号そして部屋番号を調べた。犯行計画はそんなに前からではないはずなので、そう絞ったのだが、その中で一昨日に予約が入った一人客が二人いることも発見し、同じく名前と連絡先等を控えた。牧野はこの中で在室している客がいないかを支配人経由でフロントに調べてもらった。二人から四人客は一組を除いて外出中で、一人客のうちでは一部屋の客が在室していることを確認した。どちらも六階で四人客の名前は『荒川信』で、一人客の名前は『横田純一』で、偽名かも知れないと思ったが、同席している刑事に指示しその二人の身元確認を本部に照会するよう指示した。牧野はここで支配人に捜査理由を説明した。支配人は驚き、

「ええっ、本当ですか?もしかしたら誘拐犯がこのホテルに宿泊している可能性があるのですね。どうしたら良いですか?」牧野は

「この二つの部屋があるフロアーは同じ六階ですよね?他に六階でまだ宿泊客が在室していないか念の為再度調べてもらえますか?それから四人客の中にこの男の子がいないかと、横田さんがこの写真の男に似ていないかを、フロント係に確認してもらえますか?」と要請し麻山を支配人に同行させた。

 支配人は急いでフロントに向かった。そして、牧野は大川警部補の班と待機中の二班をホテルに集合するように指示を出して、ホテルを担当していた四班には雲野警部補がおり、ホテル入り口での怪しい人物の出入りをチェックするように指示を出した。すぐに、支配人と麻山が緊張した面持ちで戻ってきて、麻山が

「確認してきました。六階に在室しておられるお客様は四人家族で、何度かご宿泊いただいている方で、写真の男と男の子とは無関係です。でも、フロント係に確認したら、もう一人の横田は初めてのお客様で、多分、この写真の男だと思うと言ってます。どうしますか?」が今にもホテルの部屋に飛び込みたいような様子で報告するので、牧野は

「麻山、“ビンゴ”かも知れないが、そうだとすると、こちらの動きに気付かれて、他の場所で捕らわれているはずの人質の男の子に危険が及ぶかもしれない。もしかしたら、男の子を連れ込んでいるかもしれない。それにどんな準備をしているのか分からずに、いきなり飛び込むのはリスクが大きい。また、その四人家族にも迷惑をかけられない」と慎重な姿勢を崩さない。牧野は横でソワソワと心配している支配人に

「支配人さんから四人家族のお客様に電話をして、ロビーに全員で至急降りてくるように要請出来ますか?」支配人は苦しそうな表情で、

「それは難しいかも知れません。このご家族は今朝フロントに、子供が熱を出しているので、解熱剤はないかと問い合わせがあったので、客室係が市販の薬を届けました。病気のお子さんを連れ出すのは酷だと思います」子供のいる牧野にはその気持ちは分かるが、何とかその家族への影響を無くしたいので、さらに支配人に質問を続けた。

「そうですか、それでは無理ですね。分かりました。横田さんのお部屋とその四人家族のお部屋は近いのですか?」

「いえ、ご家族のお部屋と横田さんの部屋はエレベータホールを挟んで反対側ですので、近くはありません」それでも牧野は万が一の事を心配して、

「そのご家族にお部屋を出ないように言ってもらうことは可能ですか?」

「分かりました。そうですね・・電気のトラブルでエレベータの故障だと言っておきます」と支配人は発熱している子供の事を考え、少しホッとした口調で答えた。

「ご協力有り難うございます」と牧野は礼を言い、その時ロビーに入ってきた大川に手短に状況を説明して、

「染谷らしき男の監視をするために、我々はすぐに六階のエレベータホールに待機するので、筑摩警部に状況報告をして下さい」と依頼した。牧野は支配人にお客さんにも従業員にも六階へ出入りする事を禁止するように要請し、麻山と刑事一人を連れて六階に上がっていった。麻山は

「ホテルの部屋では突入は難しいですね」と少し冷静さを取り戻して話すと、

「隣の部屋の壁に盗聴器をつけるか」と牧野は言い、現場確認後にその作業をする事を麻山ともう一人の刑事に話し、六階のエレベーターホールに降り立った。支配人の言う通り、ホールを挟んでフロアーは“L字型”になっており、その廊下の両側に部屋が続いていた。案内板では四人家族の部屋と染谷が潜んでいそうな部屋は反対側に位置しており、四十メートルほどの距離があった。牧野は

「あの部屋にいるのが染谷で、染谷が本当に犯人であれば、かなり解決に近づくけどなあ」と珍しく弱気な発言をした。牧野はまだその部屋にいるのが染谷だとは確信が持てなかった。誘拐犯は居場所を知られないように、どんどん場所を移動するのが普通だと言う認識だった。八時に最初の連絡をしてきて、その連絡をした同じ場所に何時間も居座ると、警察に場所を嗅ぎつけられる可能性が増すからだ。


 そして、本部から宿泊客の身元照会の結果がメールで送られてきた。横田というチェックイン名の宿泊客以外の宿泊客は、事件には関係なさそうな一般客だった。染谷らしき男の滞在する部屋六一五号室を監視するべく、牧野は最寄りの警察署から高性能の集音装置つまり盗聴器をホテルに持ってきてくれるように依頼をした。牧野は、

「そう簡単に誘拐事件が解決するとは思わないが、もし、“マル被”の一人の居場所を確定できたとしたら大きいぞ。残る犯人は恐らく二人になる」そして、四班の雲野警部補に無線で

「支配人に六一五号室の両隣の六一四号室と六一六号室の予約をキャンセルして、捜査に使わせてもらえるように折衝して下さい。その両方の部屋に盗聴装置を仕掛けますので、その準備もお願いします」と指示すると雲野は

「了解しました。大至急手配します」と答え、早速、支配人に交渉し二部屋のカードキーと六一五号室のスペアーのカードキーを手に入れた。雲野は暫くして到着した盗聴装置を二つの部屋の六一五号室側に仕掛けて、それぞれの部屋に捜査員を配置し、牧野に報告した。時間は十一時になろうとしていた。しかし、残念ながらそれより少し前の十時半に犯人からの二度目の連絡が高倉家にあった。



 高倉家の別荘に待機している筑摩たち刑事と高倉裕と颯太は、リビングで犯人達からの連絡を待っていた。九時半頃に警察が差し入れてくれたサンドウイッチと飲み物で、高倉裕と颯太は一息をついていたが、佐苗と楓はともに食欲がないようで、飲み物のみですましているようだった。高倉裕からは親交のある銀行の支店長に身代金を引き出す準備を済ましていて、颯太も同様に信用できる証券会社の営業部長に、ビットコインへ送金できる口座への入金の手筈は終えていた。相談を受けた銀行の支店長も証券会社の営業部長も驚きはしたが、重要取引先である高倉家からの依頼なので、すぐに担当役員に連絡をして、承認を得てくれていた。そして、十時半になりリビングで皆が“じりじり”として連絡を待っていたときに、別荘のリビングの固定電話が鳴った。前回同様に二度目の呼び出し音で、今度は高倉颯太が電話に出た。


「もしもし、高倉です」

「高倉颯太か?」

「はい、そうです」

「金の準備は出来たか?」と犯人はやはりボイスチャンジャーで声を変えていた。

「はい、出来ました」

「五千万か?それとも八千万か?」それは、母のスキャンダラスな内容の公開を拒否するという意味だ。

「八千万円です」

「分った。さすが金持ちだな。それならば、つぎにいう口座に四千万円ずつ入金しろ」といって、海外の銀行の口座とビットコインを扱うやはり海外証券会社の口座を指定してきた。

「口座へは入金します。息子はいつ、どこで解放してくれるのですか?息子の声を聞かせてくれないと入金はしません!声を聞かせて下さい」と颯太が懇願した後に少しの間が開いたが、犯人は

「すぐ後で連絡する。入金の準備をしていろ!」と言って電話が切れた。筑摩は逆探知での特定を武田刑事に確認すると、

「電話番号が分りました。北浅間村の『キングホテル』です」

「部屋から電話するとは大胆だな」と筑摩は独り言のように呟き、顎を斜めに引くような格好で少し考える素振りをした。しかし、すぐに

「よし、現地にいる大川に伝えてくれ。次の電話も頼むぞ」と指示をして、電話を待った。数分後にリビングの固定電話が鳴り、颯太が受話器を取ると、今度はいきなり、息子の声が聞こえてきた。


「お父さん、宏一だよ」間違いない宏一の声だ、颯太はすぐに

「宏一か、大丈夫か?」と心配そうに聞くと、すぐ即答してきた。

「うん、大丈夫」颯太はさっきと違う音質だと感じた。

「怪我はないか?」

「うん」と言ってすぐに電話が切れた。「ああっ」とため息を颯太はもらしたが、受話器からは回線が切れた雑音のような音が聞こえるのみだった。

 リビングで逆探知を武田がしていたが、あまりに短すぎたようだ。しかし、

「これは携帯からの電話ですね。携帯番号はすぐに分かると思います。基地局はMMTなので『DoTel』ではないでしょうか?」

「追えるか?」

「やってみます。応接を借ります」幸いMMT経由で子会社の『DoTel』にも逆探知の承認を得ているので、時間は短かったが、ある程度の捜索は出来る可能性があった。

「頼む」と言う指示と同時に武田は席を外して、応接に向かった。筑摩は、いつもよりも低い声で、しかも何事もなかったかのように冷静な声で、

「颯太さん、声は宏一ちゃんの声でしたか?」

「はい、間違いないと思います。宏一の声です」

「これから録音した音声を聞いてもらいますので、何か犯人と宏一ちゃんとの会話を通して、感じたことを教えて下さい」と話し、ヘッドフォンを裕と颯太に渡し、自分もヘッドフォンをして、部下の刑事に合図した。まず、最初の録音した音声が流れた。

「どうですか?」と音声を流した後に、筑摩は尋ねた。

「二つの音の違いは固定電話と携帯電話の違いだと思います」

「そうですね、他にどんな事でも結構ですから」との問いかけに颯太は

「もう一度お願いできますか?最初の犯人の音声の中に気になる部分があります」刑事が再度音を再生し、颯太が宏一の声を聞かせて欲しいと懇願した後に犯人が返答する合間のところで、

「今のところです。もう一回流してもらえますか?何かガタンと言う音がしたんです」と颯太が言うと、筑摩も

「うん、確かに音がしていた。スピーカーに変えて、みんなで聞いてくれるか」と出力先をスピーカーに変えて、耳を澄ました。颯太の懇願がむなしく余韻を残したように響いた後に、部屋の外からガタンと音が聞こえた。大きな機械が動くような音だ。一人の捜査員が

「エレベーターの音じゃないですか?」と言った。皆が頷き、もう一度再生してみて、筑摩が

「うん、確かにそうだ。この音を大川に送って、確認してもらってくれ」


 ホテルロビーで待機していた大川にすぐにメールが届き、大川は支配人に音声を聞いてもらった。支配人は二度ほど音声を聞き直し、

「確かにうちのエレベータの音のように聞こえます」とかなり確信のある様子で答えた。時刻は十一時を回っていた。

「そうですか、有り難うございます」と大川は礼を言うと、すぐに牧野に連絡を取った。牧野はメールで送られてきた音声をイヤフォンをつけて聞き、その音声を得た犯人からの電話のあった時間を大川に尋ねた。

「十時半です」

「そうですか、捜査員がエレベータを使って器具を届けてくれたときに、エレベータを使ったので、その音が入ったんだ。部屋の近くにエレベータがあるので、俺はその捜査員を叱ったけど、お手柄だったかも」「今、部屋にその盗聴器を仕掛けて聞いているので、もう少しこのまま捜査を続けます。筑摩さんに宜しくお伝え下さい」


 盗聴器を仕掛けたすぐ後に、六一五号室から音が聞こえてきた。牧野と麻山は息をのんで、集中した。はっきりと


「おい、入金はまだか?準備は出来ていないのか?」この後、少し間が空き、


「分った。すぐに入金しろ!」またやや間が空き、


「それぞれ入金を確認したら、どこにいるか連絡をする」


と聞こえた。牧野は大川に今犯人から連絡があったかを筑摩に確認するように依頼した。数秒後に大川から連絡があった。イエスだった。牧野は隣の麻山に、

「染谷が指示役だな。ここから指示を出しているのは確実だな。でも、子供の気配は分らないな」

「入金確認後に人質解放の電話をしてきたら、踏み込みますか?」

「いや、ここに監禁している可能性もあるので、まだだ」


そして、数分後に、六一五号室から音が聞こえてきた。牧野と麻山は前回同様集中した。


「入金は確認した。人質は今日の夕方解放する」この後、少し間が空き、


「場所は夕方連絡すると言っているだろう!夕方まで待て!」


で話は終わったようだ。解放する場所を特定できなかったので、牧野と麻山は歯軋りをして、顔を見合ったが、今動くと元も子も無くなる可能性があるので、暫く黙って様子を伺った。盗聴器で人の気配は感じるが、染谷だけとは断定でき無かった。


 そしてその頃高倉家の別荘には犯人からの入金催促の電話がかかっていた。颯太が電話に出た、

「もしもし、高倉です。」

「おい、入金はまだか?準備は出来ていないのか?」

「はい、さっき入金の指示をしました。これだけの大金なので、どうしてもチェックが入るので少し待って下さい。」

「分った。すぐに入金しろ!」

「分りました。すぐに要請します。入金を確認したら宏一をすぐに解放してくれますね。宏一はどこにいるんですか?」

「それぞれ入金を確認したら、どこにいるか連絡をする」と言って電話が切れた。

 その後、十秒ほどで大川から筑摩に連絡があった。

「今、ホテルから染谷が電話をしました。内容は入金を催促する電話です。録音してあります。」

「分った、牧野警部に了解したと伝えてくれ。踏み込むのは犯人から人質解放の手筈が伝えられた後だともな」

 そして、颯太と裕が筑摩の顔を見て、頷くのをみて、

 二人はそれぞれ銀行と証券会社に連絡を入れて指定の口座に入金の指示をした。三〇分前に犯人から電話があったときに、染谷だと思われる男が滞在しているホテルの部屋に、牧野が盗聴器を仕掛ける事を大川から連絡を受けていた筑摩が、犯人からの次の電話を待ってから入金の指示をしてもらえるように、裕と颯太に頼んでいたのだった。入金はすぐに行えた。銀行と証券会社からそれぞれすぐにその連絡があり、その一、二分後には誰かがネットからのログインで入金確認をしたとの連絡もあった。それも事前に筑摩の指示で、裕と颯太が銀行と証券会社に要請していたので、通常なら個人情報として対応しない内容であるが、すぐに報告をもらえた。しかし、ログインのあったアカウント情報の携帯電話番号は染谷の携帯電話番号とは一致しなかった。


 そして、並行して携帯電話の発信元を調べていた武田が、リビングに待機している筑摩たちの前に立ち、

「携帯電話の発信元を直径五百メートルまで絞り込めました。これ以上は無理です。住所は『キングランド』ではなく、その近くの北浅間村の別荘地『ワイルドフォレスト』です」

「何、違う場所からか!奴ら複数の場所にいるようだな。すぐに高良田課長から群馬の山本課長に連絡してもらい、緊急配備をしてもらおう」

 その連絡はすぐにホテルに待機している牧野にもつながり、

「そうか、やはり別の場所に監禁していたな。大川さんと雲野さんもそこに合流してもらおう。『ワイルドフォレスト』ならここから車で五分で行けるな。予期せぬ事態に備えて、ここの九、十班はそのまま待機する。」牧野はその事を大川に連絡し、雲野警部補と共に数キロ離れた『ワイルドフォレスト』に向かってもらった。『ワイルドフォレスト』は名前の通り、森の中に別荘が点在する大きな別荘地だが、開発されてから三十年以上が経つ。多くの別荘がオーナーの年齢もあり、あまり利用されなくなってきており、ここ数年は中古物件として販売され、リニューアル後に貸別荘として活用されている事も多い。そのうちの一軒が犯罪に利用された可能性が高いが、二百件程度の中からターゲットをすぐに見つけ出すのはそう簡単ではない。

 しかし、ここ数年、重大犯罪の対応をしている群馬県警の捜査一課は、限られた人数で迅速かつ冷静に活動する訓練をしているので、三〇分ほどで主要な出入り口を固めてしまった。ターゲットがすぐに特定できなくても、犯人が子供を連れて逃げ出すのは困難になるはずだ。しかし、この対応も間に合わなかった。その前に、犯人たちは子供を連れて別荘から離れていたのだ。


 そして、十一時班頃に高倉家の電話が鳴った。颯太が受話器を取り、

「もしもし、高倉です。」と心臓をドキドキさせながらも今度は宏一の解放の電話だろうと期待して犯人の答えを待つと、犯人からは意外な反応があった。

「入金は確認した。人質は今日の夕方解放する。」

「夕方なんて、約束が違う!宏一はどこにいるんだ?出金できないようにするぞ!」

「場所は夕方連絡すると言っているだろう!夕方まで待て!」と一方的に電話を切られた。颯太は手を震わせて受話器を置いた。唇が怖れと怒りで震えていた。横でじっと心配そうに颯太を見つめていた裕が颯太の背中をさすったが、颯太の震えは止まらなかった。息子の安全確保を確約できなかった悔しさと、身を案じる親心に、筑摩は彼なりに気を遣い、

「颯太さん、大丈夫です。状況が悪くなったわけではなりませんよ。犯人の一人が潜伏しているホテルの部屋を刑事たちが見張っていますので、動き次第逮捕する予定です。宏一君も『ワイルドフォレスト』の近くに居るはずですから、必ず無事保護しますので、気をしっかり持って下さい」と諭すように話すと、颯太は返事をする代わりに頷いた。筑摩の周りにいる刑事たちも声には出さないが、犯人に対する怒りと憎悪で歯を食いしばっている様子だった。筑摩はなぜ夕方と犯人が言ったのかを想像したが、逃走する時間稼ぎだろうと思ったが、犯人が人質を解放してから、我々が犯人を追いかけるのに時間を要す場所とはどこかと考えた。『キングホテル』には宏一君はいないようだし、今捜索をかけている別荘地の中では出入り口を押さえているので脱出は難しいし、

「やはり遊園地か?あそこなら人混みに紛れて逃走できるし、人質を隠したとしてもすぐに見つからない可能性がある。別荘から電話をしてすぐに車で移動していれば、『ワイルドフォレスト』からはもう離れているかもしれない。捜査員は『子供天国』に増員することになるな」と彼は誰にも聞こえないような小声で独り言を言った。

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