犯人たちとの攻防2
その頃、颯太は関越自動車道の藤岡ジャンクションで上信越自動車道路に入り、信濃沢インターチェンジに向かっている途中だった。土曜日の早朝なのでほとんど周りに車は無い状態で、かなりの高速で愛車ポルシェを走らせていた。おそらく交通警察に見つかれば一発で免許停止になるようなスピードだろう。
彼が父裕からの電話で目覚めたときには、一体何の電話かと思い寝ぼけた頭で、「別荘に強盗が入り、宏一が誘拐された」と聞かされたが、『強盗?』という言葉には驚いたが、さらに『誘拐?』という言葉の意味と対応が全く浮かばずに、
「誘拐?誘拐?!」と同じ言葉を二度ほど口に出すと、事態の深刻さに衝撃を受け、思わず声を出した。
「嘘だ!宏一が誘拐されたの?」と父に悲鳴のような声をだした。
「そうだよ。颯太!大丈夫か?」と逆に心配されたので、颯太は数秒ほど絶句していたが、頭が現実に戻ってきた。息を一つ吸い込んで、会話を続けた。
「ああ、ごめん、父さん大丈夫だよ。とにかく、これからなるべく早くそちらに向かうよ。二時間半ぐらいで着くと思う」
「ああ、分った。でも、くれぐれも運転に気をつけてな」とこんな時でも息子の身を案じていた。
「うん。分った」と言ってスマホの通話を終えた。
颯太は父裕との電話を終えると、まだ心臓が普通ではない心拍数を刻んでいることを自覚しながら、枕元の時計を見ると、三時十五分だった。急いで準備をして四時に出発しても、現地に着くのは順調に行って六時半は回るなと予想した。颯太は洗面所で顔を洗いながら頭の中で、「今はとにかく何も考えずに準備をしよう」と決めた。車の中でゆっくり考える時間があるので、“何を持って行けば良いか、何が必要になるのか”だけを想像し口に出した。「PC、スマホ、財布、手帳、動きやすい服と着替え数日分。これだけで十分だ。後は別荘にある物を使えば良い。運転中に電話がかかってくる可能性もあるので、スマホを車のオーディオとつなぐケーブルがいる。よし、それだけだ」と声に出して、着替えを始めた。クローゼットの中にある服の中からやや地味な感じの服を選んで、急いで着てから洗面所で顔を洗い、髪をブラシで整えた。妻と息子の歯ブラシが目に入った。一瞬、不幸な事を考えそうになったが、頭を振って考えないようにした。次に旅行用のキャリーケースのうち、二、三日用の物を選び、そこに衣類と保護ケースに入れたPCを入れてチャックを締めた。スマホと手帳を肩から提げるタイプのポシェットに入れ、ジャケットを着て財布を内ポケットに差して、車のキーをスラックスのポケットに入れて、玄関に向かった。父裕もこんな時でも冷静さを失わない強さを持っているが、息子の颯太もその父に似て冷静に事を実行出来るようだ。
その颯太の一家三人は、ABDシステムの本社のある渋谷に近い港区の高層マンションに住んでおり、いつも朝や夕方に煌めく東京湾の見える眺めを楽しんでいた。颯太は玄関を出ると、明かりのついた廊下をキャリーケースを引きながら、まっすぐエレベータホールに向かった。エレベータの下向きのボタンを押すと、二十秒ほどで彼のフロアにエレベータは到着した。いつもは数分かかることもあるが、早朝で誰も利用する人がいないのが幸いした。彼自身が何か悪いことをした訳ではないが、誰にも会いたくはない心境だった。地下二階が彼の車の駐車場で、エレベータを降りて車を駐車している場所まで、キャリーケースを引きずりながら向かう間も、彼の靴音とキャリーケースの底の車輪が回る音しか聞こえなかった。車を駐車している場所に着いて、車のドアに触れ助手席の床にキャリーケースを置いて、ドアを閉め、運転席に座った。ふと自分は今息をしているのか?と思ったが、歩いてここまで着たのだから呼吸はしていたのだろう。落ち着くためにわざと「はあー」と音を出して、二度ほど深呼吸をした。
「よし、行こう!」と声を出して、車のエンジンをかけ、ゆっくりと愛車の赤いポルシェ車をゆっくりと走らせ、駐車場の地下一階の出口に行くと自動でゲートが開いた。そして、地上に向かいスループを過ぎると、いつも通い慣れた首都高速の入り口に向かい少しずつ加速させていった。反対車線には数台の車が行き過ぎたが、進行方向には路上駐車している車が一台あった以外は見当たらなかった。ふと、颯太はその車に人が乗っているような気がしたが、かなりスピードを出していたので確かめることは出来なかった。そして、すぐに最寄りの首都高速の入り口から高速に乗り、池袋・練馬方面へ車を走らせた。関越自動車道で信濃沢を目指すために、いつもよりかなり早いスピードで愛車ポルシェを走らせた。
颯太は運転をしながら、車内に設置しているクーラーボックスからコーヒーのペットボトルを取り出し飲んだ。無糖のコーヒーの苦い味がまだ少しぼんやりしている頭に直接刺激を与えるような気がした。
「犯人は誰だ!宏一を誘拐してどうする気だ!身代金目当てか?強盗もして、誘拐もするとは、なんて卑劣なんだ!」と声に出してみた。山手トンネルを暴走に近いスピードを出しているので、自分の車の爆音がトンネル内に響いているようで、声もかき消される。
「トンネルの外に出て、関越道に乗ったら父さんに連絡しよう。何か進展があったかもしれない」と思う事でかろうじて心に隙間を作り、気が狂いそうな心を和らげた。そう彼の心の中は息子の誘拐のショックで一杯で、心の中のほとんど全てを占めていたのだ。ただ、彼は息子の事が心配だという感情以外は捨て去り、ほぼ無心で車を走らせた。暫くして地上に出て緩やかなカーブが続いたが、彼の車はスピードは出ていたが安定した走行を続けた。東京外環道との合流地点の高速内の交差点ではスピードを落とし、合流を過ぎたトンネルの入り口でスピードを上げ、今度は関越自動車道へのループを少しばかりスピードを落として、スムーズにコーナリングさせて、関越自動車道の料金所を通過した。一、二台の車が料金所の並びにいたが、平坦な直線で颯太は一気に加速した。そして、ブルートゥースでスマホと車の音声応答機能を繋ぎ、父の携帯に電話をかけた。必ず、起きているはずだった。
時間は四時半を回っていた。案の定電話をかけるとすぐに父裕が応答した。
「もしもし、颯太です」
「ああ、お父さんだ」
「今、関越道に乗ったので、後二時間もかからずにそちらに着くと思う。何か進展はあった?」
「いや、犯人からは何もない。今、警察の人が着て捜査を始めてくれている」
「そう、分った。警察の人はすぐ近くにいらっしゃるんだね」
「ああ、そうだよ」
「楓とお母さんは?」
「二人は寝室で休んでいる」
「みんな怪我はないんだね」
「ああ、大丈夫だ。お前も運転に気をつけてな」
「ああ、分ってる」との颯太の返事で会話に一区切りついたことを確認して、筑摩が裕に身振りで話をしたいと合図をした。
「隣にいる刑事さんが、お前と話がしたいそうだ。良いか?」
「ああ、もちろん良いよ」
「私は信濃県警捜査一課の警部の筑摩と言います。今回の捜査を担当していますので、宜しくお願いします」颯太は、不思議な印象を感じた。甲高い声で威圧感のない威圧だ。少し気圧された気持ちで答えた。
「はい、高倉颯太です。誘拐された宏一の父親です、どうか、宜しくお願いいたします」
「はい、全力を挙げて息子さんの救出と犯人逮捕に当たります」と筑摩は相変わらず少し甲高いが冷静な口調で話した。
「少し、話を聞かせて欲しいのですが、宜しいですか?運転中だと思いますが、安全な状態で話は出来ますね?」
「もちろん、ワイヤレスで繋いでいますので大丈夫です。何を話せば良いですか?」
「ええ、まず、唐突ですが今回の事で何か心当たりはありますか?例えば、最近気になることがあったとかですが」と筑摩は直球を投げてきた。
「仕事の関係では、ないと思います。ただ、父も話したかもしれませんが、先日、別荘に母の親戚の訪問がありました。かなり、突然の訪問だったのですが、私が案内をしました。その翌々日にまた彼らの関係者が訪問したようで、この時は私は立ち会えませんでしたので、少し気になっています」と颯太は仕事関係以外での心当たりを話した。これに筑摩は
「どういう所が気になっているのですか?」と尋ね、颯太は
「母の親戚はテレビ番組で母を見ての訪問だったのですが、その二日後の関係者は母のお父さんやお兄さんではない、お兄さんの代理での訪問というのが気になります」
「そうですか、やはりそうですね。その人たちのことは警察でも既に捜査を始めてますので、他には何かお気づきになっていることはありますか?」
「はい、母の義理のお姉さんの世話人という位置づけの、たしか山田さんという人が別荘の庭の案内をしている時に別荘の監視カメラをじっと見ていた気がします。気のせいかもしれませんが・・」筑摩はこの親子は本当に冷静だなと感心しつつ、やはり山田は怪しいと思い、さらに尋ねた。
「お母様の義理のお姉さんの浪江さんと息子さんはどうでしたか?」
「京介さんはあまり別荘の庭や建物には興味なさそうでしたね。私が運転して案内したのですが、車には興味がありそうでしたが、それぐらいでしょうか。浪江さんとは、母が食事の後に長くお話をしていたので、母に聞いて頂いた方が良いと思います。二人でリビングで陶磁器の事なんかを話していたようです」電話口で筑摩が父裕に小声で尋ねると、父が「ええ、そのようです」と答えるのが聞こえた。颯太は、そうか母からはあまり話を聞けていない様子だと感じた、孫が誘拐されたショックもあるのだろうと思った。
筑摩は颯太が会っていない庄司と佐久間について尋ねた。
「颯太さんは庄司さんと佐久間さんをご存じですか?」
「いえ、始めて聞く名前です」
「そうですか、分りました」さらに筑摩は
「しつこいようですが、仕事関係で揉めたりトラブルは本当にありませんか?些細な事でも構いませんので。別荘の事で何かを聞かれたりとかでも良いので、気になることはありませんか?」と尋ねた。
「特にありませんが、やはり、私に何か原因があるのでしょうか?」と颯太は自信なさげであった。
「強盗はともかく、息子さんを誘拐した理由はそうかもしれませんので、お聞きしているのです」
「そうですね、私を苦しめようとしているのかもしれません。でも、本当に心当たりはありません」と颯太には、息子を誘拐されるような恨みを買った覚えはなかったので、かえって暗澹たる思いが心の中に広がった。
「分りました。もし、颯太さんの携帯に何か犯人から連絡があれば、すぐに教えて下さい。それでは、一旦電話を切りたいと思います」「高倉さん宜しいですか?」と筑摩は父裕に尋ね、父が「はい」と答えるのが聞こえ、その後電話が切れた。
その後、颯太は押しつぶされそうな不安を吹き飛ばすように、猛スピードで関越道を走り、時折先行車を抜き去り、藤岡ジャンクションで上信越自動車道に入り、スピードを少し落としてカーブの続く自動車専用道路を走らせた。山間の中をトンネルや渓谷の上を通る橋が次々に現れる通い慣れた道で、いつもは季節の変化を感じながら、ドライブを楽しむ道が今日は無意味に長く感じた。前にも後ろにも車の往来はなく、二十五分ぐらいでトンネルの出口にある信濃沢インターチェンジで降りて、途中まで二車線ある山間の道路をハイスピードで信濃沢に向かった。信濃沢に入ると両側にゴルフ場が広がり、ポツポツとプレーヤーやゴルフ場の関係者の自動車の往来が目に入ったが、ほとんどノンストップで新幹線の発着する駅のそばで、地下道を潜ると別荘地エリアに到着した。先日も同じルートでドライブしたが、これほど憂鬱な気持ちではなく、母の親戚筋への応対だったので、どんな人たちだろうと思いながら運転していたのを思い出した。
六時過ぎに、颯太の赤いポルシェが別荘の玄関に到着した。相当、急いで来たのだろう、予定より早いようだった。玄関を入ると一人の刑事が
「高倉颯太さんですね?」と尋ねるので、
「はい、そうです」と答えると、「どうぞこちらへ」と言って、応接室にいる父と刑事の筑摩と大川の所へ案内された。警察官に案内されることに違和感はあったが、颯太は刑事達に丁寧に挨拶をした。そして、父親の横にいるスーツを着た刑事に頭を下げて、彼が先ほど電話で会話をした筑摩という刑事だろうと当たりをつけて、
「犯人からは何も連絡は無いですか?」と尋ねると、筑摩は頸をゆっくり上下させた。次に父と目を合わせ抱き合った。涙が出そうになったが、我慢をした。数秒後に颯太は、「楓と母さんは?」と父に尋ねると、予想はしていたが、
「奥の寝室に二人でいるよ」と答えるので、刑事に特に了解を得ることなく、妻と母のいる寝室に大急ぎで向かった。軽くノックをすると母佐苗がドアを開けて出て来た。颯太の顔を見ると、
「楓!颯太が来たわよ」部屋の奥に声をかけた。奥から楓が全く生気の無い顔でゆらゆらと歩いてきた。よっぽど我慢していたのか、大粒の涙を流しながら颯太に抱きついた。
「ごめんなさい!あなた、ごめんなさい。私がいたのに宏一を連れ去られてしまって」と、嗚咽を漏らした。颯太は、一生懸命に楓の体を抱きしめながら、
「楓、心配するな!必ず宏一は戻ってくるから」と声を出して慰めた。そして、颯太は暫く二人を慰めた後に、父と筑摩が待つ応接室に戻っていった。
その頃にはリビングの固定電話には犯人からの連絡を受けるため、自動録音機や逆探知の準備がぎりぎり間に合い、別荘の隣人である元MMTの役員であった西川からの要請により、個人情報データを扱う許可を得られていたので、かなりの精度で逆探知が出来る状態になっていた。筑摩から高倉親子に誘拐犯からの連絡への対応方法や、注意点などの説明をしながら、捜査に関する話せる範囲での方針を説明した。そして、高倉親子と筑摩と大川以下の捜査員たちも応接室からリビングに移動して静かに待機した。
颯太は頭の中で一体何が起こったのかを整理しようと思ったが、あまりの出来事に頭が回転せず、何の進捗もないまま時計は無情にも時を刻み八時近くになっていた。捜査に関する会話は応接室で行なわれていたので、リビングは静かで不気味な空間となっていたが、突然、固定電話の着信ベルが鳴った。皆が心臓をドキンとさせて、一瞬時が静止したが、大川達は落ち着いて録音を開始し、逆探知開始の連絡を通信会社にして、三度目で固定電話の受話器を取り、高倉裕に渡した。
「もしもし?高倉です。どちら様ですか?」と尋ねると、ボイスチェンジャーを使用した声で、
「高倉颯太はいるな。高倉颯太を出せ」と言ってきた。裕は、
「はい、分りました」と震える声で言い、「颯太を出せと言っている」と颯太に小声で伝えた。彼らが同時に筑摩を見ると、筑摩と大川は既にイヤーフォンをつけていて、筑摩が大きく頷くので、裕は颯太にすぐに受話器を渡した。颯太は顔面蒼白になりながら、
「もしもし、高倉颯太です」と名乗ると、ボイスチェンジャーを通した子供のような声で、
「お前の子供を預かっている。助けて欲しければ、これから言う二つ事を用意して、次の連絡を待て
一つ目は身代金五千万円を、指定する口座に入金する用意をしろ
二つ目はお前の母親が強盗殺人犯の娘である事を公表する準備をしろ
それが嫌なら、さらに三千万円分のビットコインを用意しろ
また、連絡をする。以上だ」
と言って通話を終わらせようとするので、颯太は慌てて、
「ちょっと、ちょっと待ってくれ!息子の声を聞かせてくれ!それを確認しないと準備が出来ない」
「子供は無事だ。安心しろ」とだけ犯人は言ってそのまま電話は無情にも切られた。
颯太は放心したようになったが、受話器を戻そうとしたが、大川に止められ、彼に受話器を渡した。筑摩は待機していた刑事の一人に
「どうだ、逆探知は出来たか?」と例の甲高い声で質問すると、刑事の一人がPCのリモート会議のように通信会社と連絡を取りながら、
「はい、ある程度出来ました。地域は、ええーと、群馬県の北浅間村です。多分、別荘地の辺りです」
「群馬県か!別荘地の辺りとはどういうことだ?」
「該当する電話器を特定できないと言う事です。多分、公衆電話か何かの施設の共用電話だと思います」珍しく筑摩が少し苛ついた声で、
「対象の電話器は幾つあるんだ?」その刑事も筑摩の声色に少し動揺しながら、ノートPCの画面を覗き込みながら、
「ええーと、ええーと、全部で八つです。いえ、九つです」
「よし、そのリストをすぐに共有しろ。俺は課長に連絡し、群馬県警への協力要請をする。大川!数人連れて、至急、北浅間村署に向かってくれ。詳細は追っかけ連絡する」大川は
「はい、分りました」と答え、リビングを飛び出していった。筑摩はそれに頷くと、矢継ぎ早にデジタル活用の専門家である部下に指示を出した。
「武田!今の犯人からの電話を分析しろ」と指示を出し、裕と颯太にしばらく待ってもらうように伝え、今度は応接室から無線ではなく携帯で電話を始めた。
颯太は電話の内容を振り返りながら、犯人の要求の二つ目についてかなり動揺した感じで裕に尋ねた。
「父さん、犯人が母さんが強盗殺人犯の娘だと言っていたけど、本当なんですか?」裕は深呼吸をしてから、
「ああ、昨年亡くなったお婆さんが母さんにその事を告白した事を聞いている。でも、母さんのお父さんは二十五年以上の刑期を終えて、三十年以上前に仮釈放されているそうだ。それにお婆さんは五十年以上前に離婚しているし、いまさらそんな話しを持ち出すなんて変だな」と颯太に答えた。
「でも、本当なんだ、驚いたよ。母さんのお父さんがねえ。お婆ちゃんが離婚して一人で母さんを育てたことは聞いていたけど、犯罪者だったなんてね。でもそんな昔のことを公表しろという犯人の要求もおかしいし、どうなっているんだろう」と颯太は頭を抱えた。
「とにかく、宏一の身代金の方は私が用意するよ。でも、ビットコインで用意する事は可能なのか?」と頭を抱えている颯太に尋ねると、颯太は手を頭から外すと、
「銀行か証券会社の口座にその金額を用意して、どのビットコインを使うかの指定を受ければ、入金は可能だと思うけど、本当にビットコインで用意して受け取れるのかな?」
「それは犯人達がビットコインの事を良く知って言うのか?と言う意味か?」
「いや、ビットコインだと追跡も出来るような気がする。ああ、そうか少し怪しいけど、匿名性の高い仮想通貨を指定された場合は追跡できなくなる可能性がある」
「そうか・・、でも、とにかく準備をしよう」
「父さん、こういう技術に詳しい人のアドバイスが欲しいので、叔父さんに相談しても良いかな?」
「賢司か?そうだな、あいつなら信頼できるし、秘密を守れるだろう。私から賢司に連絡を入れるので、向こうからお前に連絡を入れてもらおう」
「分った。お願いします。でも、分らないことばかりだ。頭がおかしくなりそうだよ」
「颯太、私も混乱しているが、お前と私がしっかりしないと宏一を取り戻せないと思うから、頑張ろう!」
「ああ、父さん、分っている」そこまで話すと、丁度、筑摩が戻ってきた。
「高倉さん、颯太さん、お待たせしました。県警本部の上の者と話をしてきました。今後の対応を相談させて下さい」
「はい、分りました」と颯太は答え、応接室の鍵を閉めて小声での話し合いとなった。まず、筑摩が裕と颯太に質問をする事で始まった。身代金は準備できるのかとの問いには、裕が用意すると答えた。ビットコインで用意できるのかに対しては、颯太が可能だと思うと答え、信頼できる人のアドバイスを受けたいので叔父の賢司に相談しても良いかと聞くと、筑摩はこう提案してきた。
「警察関係以外に情報を漏らしたくないので、デジタル活用専門の科学捜査担当メンバーがいるので、彼らに任せたいのですが宜しいですか?」裕と颯太は顔を見合い、頭の中で検討したようで頷いた。
「もう一つ犯人の要求で、颯太さんのお母さん、つまり高倉裕さんの奥さんが、強盗殺人事件の犯人の娘だった事を犯人は公表するように要求してきましたが、これは公表する準備をしますか?」颯太が言いよどんだので、裕が
「いえ、これは結論を出していません。多分ご存じだと思いますが、妻の父は指摘の通りの前科がありますが、二十五年以上の刑期を務め、三十年以上も前に仮釈放されていますので、いまさらそれを掘り返そうとする意図が不明です。もしそれを公表すれば宏一が戻るのなら公表もやぶさかではありませんが、お金で済むのならそちらを選びたい。公表に関してもたもたしている間も宏一が拘束されるのなんて可哀想です」
「そうですね、この要求は犯人の特定につながるかもしれませんので、あとでもう少し話しをお聞かせ下さい」と筑摩は話すと、続けて
「それから、犯人が電話をしてきた場所は北浅間村の別荘地の一角だと分っています。現地にうちのメンバーを行かせましたが、群馬県警の協力も要請し、承諾を得ましたので、現地の事情に詳しいメンバーと協力して捜査に当たります」さらに
「次に犯人が同じエリアから連絡してくれば、そこで犯人の居場所を特定できる可能性があります。そこで、お聞きしたいのですが、誘拐犯の要求の”奥様のお父様が犯罪者である事を公表することで何か利益がある人がいるとすれば、どなたか心当たりはありませんか”?」と裕と颯太の顔を見ながら質問をした。二人は頸を捻った。裕は少し上を見ながら考えていた。そして、
「もし、その事実を公表すれば、会社のブランドに少なからず傷がつくので、現在の社長である私の弟の賢司も辞任することになり、この颯太も弟の玲二も現在の役職を外れることになるでしょうね。無論、私も顧問を外れることになるでしょう。そうなると得をするのは、会社の中ではその事で得をする人物と言う事になるでしょうね」父の冷静な指摘に対して颯太は、
「私は強盗に入った犯人は、先週から昨日にかけて別荘を訪れた人に関係があると思っていましたが、誘拐をした犯人は別の連中で、しかも別の理由で宏一を誘拐したと言う事になりませんか?」と話すので、筑摩はこの洞察力に感心しながら、
「颯太さん、高倉さん、実は私も同じように考えていまして、二つのグループが協力してこの犯行をしているように思っています。強盗というか窃盗犯は金品が目当てで、既に目的を達成していて、誘拐犯は過去のスキャンダルをネタに強請ってきているのだと思います」と持論を伝えると、颯太が
「刑事さん、その二つのグループはどこでつながったのでしょうか?」と疑問を投げかけた。筑摩は現時点で考えられることを整理するように、
「浪江さんは山田さんの信濃市の店で働いていて、高倉さんがお会いした庄司はその店の常連だと言うことですから、ここはつながっています。つながっていないのが高倉さんの会社の関係者とどこで接点があるのかが鍵になると思います。信濃市に良く行く人の心当たりはありませんか?」これに対しては、裕が
「ああ、あそこには長年お付き合いをしている大手の取引先があり、颯太も良く訪問しているよな?」
「ええ、年に一、二回は行っています。私以外では担当営業と、それから・・坂元常務も良く行っていますよ。でも、常務が彼らとつながりがあるとは思えませんが・・」と首を捻りながら話すと、筑摩は
「その担当営業の名前と坂元常務のフルネームを教えて下さい。出来れば顔写真があれば、捜査に役立ちます」とのリクエストに颯太はスマホで検索し、担当営業の名前を筑摩に教え、裕は坂元と一緒に移ったスマホの写真を筑摩に見せた。それを赤外線通信の専用アプリで受信し、筑摩は部屋の外に待機していた刑事に声をかけて、その写真をメンバーに共有させた。
「じつは、既に信濃市の山田さんのお店には捜査員を向かわせています。その坂元常務と山田との接点が見つかれば、かなり前進ですが、坂元常務と高倉さんとの間はどうなのですか?」
裕は「彼は長年私の会社を支えてきてくれた功労者で、昨年、弟の賢司が社長となるときに常務に昇格させているので恨まれる覚えはありません。颯太、お前はどうだ?」
颯太は「私も常務には良くして頂いているので、遺恨はないはずです。ただ、常務は社内の何でも相談役のような人なので、誰かに相談を受けている可能性はありますね。例えば木下CTOとかから・・」
裕は「木下さんは賢司と盟友だから、我々のスキャンダルを望むとは思えないな」
颯太は「あっ、そうだ!もしかしたら、商品開発の染谷君なら私と会議でぶつかった事もあるから、木下さん経由で坂元さんに相談をした可能性はありますね。でも、だからといってこんな事が出来るとは思えません」筑摩はそこまでの話しを静かに聞いていて、
「その染谷さんと颯太さんは何でぶつかったのですか?」との質問に颯太が簡単に説明すると、筑摩は彼らの行動を調査できるかと颯太に尋ねるので、颯太は私のPCでログインして調べることが出来ると回答した。そしてすぐに部下のIT対応専門の武田刑事を呼び、名前に上がった社員達の行動を詳細に調べるように指示を出した。筑摩は高倉親子の会話を聞きながら、この緊張下にありながらも必死に、冷静な会話を続ける姿を見て、この信頼関係を妬む者もいるに違いないと思った。それほどに強い絆を感じたし、ただの親子以上の師弟関係のような緊張感もあり、入り込めない関係性を感じた。もし、犯人がこの会社にいて、このどうにもならない強固な関係を否定的に感じていたとしたら、動機はその辺にあるように思った。つまり、この関係を崩せないのなら全体をひっくり返すしかないと。
二十分後に武田刑事が颯太のPCを借りて調べた結果は次のような内容だった。
坂元常務 七月二十三日:木下CTOと打ち合せ
七月二十五日:信濃市へ出張、後泊*
七月二十六日:染谷と本社で打ち合せ*
七月二十八日:午後半休
八月八・九日:両日共に本社で来客
染谷寛二 七月十五日 :営業本部主催商品開発会議参加(颯太と対立)
七月十八日 :木下と本社で打ち合せ*
七月二十六日:坂元常務と打ち合せ*
七月二十八日:信濃市出張*
八月八日 :信濃市出張、部下と同行。信濃市泊*
八月九日 :有給休暇取得*
笠置(染谷部下)八月八日 :信濃市出張、染谷と同行。信濃市泊*
八月九日 :午後本社で勤務
木下CTO 七月十八日 :染谷と本社で打ち合せ*
七月二十三日:坂元常務と本社で打ち合せ*
八月八日 :本社で会議と来客あり
高倉賢司 八月八日 :本社で通常業務
八月九日 :本社で通常勤務
高倉颯太 七月十五日 :営業本部主催商品開発会議参加(染谷と対立)*
八月六日 :有給所得し早朝自宅を出発し、信濃沢別荘宿泊
八月七日 :本社で午後から会議参加
八月八日 :本社に通常勤務し、夜部下と飲食
八月九日 :長男誘拐され早朝信濃沢の別荘に合流
高倉玲二 八月八日 :本社で通常勤務
担当営業 七月二十五日:某社定期訪問で信濃出張、坂元常務同行
これを筑摩は見て、大きく頷き武田に親指でグーサインを出した。そして、すぐに捜査一課長の高良田にデータをメールで送り、携帯で連絡をした。高良田も内容を確認し、
「一番怪しいのは染谷か、奴は現地にいる可能性もあるな。群馬県警捜査一課の山本課長に捜査を依頼済みなので、この情報を転送するぞ。身柄を確保出来れば任意で事情聴取だな。東京のABDシステムの本社の事情聴取は捜査一課の刑事に行かせる。まずは、無難なところで木下CTOだな。染谷と坂元が怪しいな・・」と筑摩と同じ考えだった。
「後は信濃市の方の状況を逐一報告してくれ。それと、群馬県警では牧野警部を担当にしてくれるそうだ。北浅間村に前線本部を立ててくれるので、朝九時にそこで大川と合流させる。それで良いな?」
「牧野警部をですか!そうですか。それは心強い!」高良田は筑摩は嫌がるかと思っていたが、そうではなくて意外な感じがした。自分と群馬の山本課長のような関係かな、とも思った。つまり、ライバルではあるが、同じ思いを持つ同志のようなことだ。




