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富める者を狙った犯罪

 盛夏の信濃沢にある高倉家の別荘に珍しい訪問者があった。あの大石浪江と京介、それと山田哲夫だった。突然だったが、事前に直接、高倉早苗宛に大石浪江から連絡があり、佐苗は夫の裕に相談し了解を取っており、到着予定時刻に『信濃沢駅』まで息子颯太を迎えにやっていた。突然の連絡の中身とは、浪江は佐苗の兄である大石太郎の妻であり、大石純夫は義理の父で同居しているという。そして、高倉家が紹介されたあのテレビ番組を佐苗の父と兄が見て、純夫にとっては娘であり、太郎にとっては妹が無事に生きていることを知って大変喜んでいる事と、可能ならば会いたいと言っているが、事情が事情なので、自分がその橋渡しをしたいと言う内容だった。佐苗は連絡を受けて最初は動揺したが、母から亡くなる前に父と兄の話は聞いていたので、これも何かの縁なのだろうと思い、夫裕に相談をすると案外前向きで、是非会うべきだと言うので、今回の面会となった。息子颯太が別荘に来ているタイミングが何かと都合が良いと考え、日程を調整したのだ。

 新幹線の『信濃沢駅』の改札を出たところでの待ち合わせで、大勢の乗降客の中から出会うのは難しいのかと思い、颯太は目を凝らして三人連れの旅行客を探したが、向こうから颯太に寄ってきて、

「高倉さんですか?」と初老の女性がたずねてきた。多分、彼女が母の義理の姉の大石浪江だろうと思い、颯太は

「はい、高倉颯太です。大石さんですね。母よりお迎えに上がるように言われています」とあっけなくすぐに落ち合うことが出来た。

「まあ、まあ、わざわざ有り難うございます。運転手さんのような人が待っていてくれるのかと思ったら、高倉家のお坊ちゃまが来てくれるなんて、びっくりですわ。私が大石浪江です。先日テレビで拝見していましたので、すぐにわかりました」と浪江は客商売で培った愛想の良さで簡単な挨拶をして、

「こちらは私の世話人の山田さんです。そして、こちらは私の息子の京介です」と他のメンバーを紹介した。颯太は現役のビジネスマンらしく、自分の名刺を差し出し、「高倉颯太です」と二人に丁寧に名刺を渡し挨拶をした。名刺にはABDシステムの会社名と営業本部長の役職が印刷されていた。かなり厚い紙を使っていて、会社のロゴがエンボス加工で浮き上がっていた。立派な名刺だ。山田も京介も名刺を両手で受けて、しみじみと眺めていた。颯太は挨拶が終わるとすぐに、

「こんな所では何ですので、家にご案内いたします。母と父もお待ちしておりますので」とにこやかに挨拶をして、北口のロータリーに先導してくれた。三人は『信濃駅』から上りの新幹線に乗って移動してきたので、三十分程度の移動で全く疲れは感じておらず、観光客の多さにも驚いておらず、余裕たっぷりな感じで颯太の後に続いた。下りのエスカレーターで一階に降り、目の前のロータリーの駐車場で颯太が案内してくれた車種を見て、急に緊張した面持ちだった。赤いポルシェのクロスツーリスモで、価格は二千万円は下らないモデルだったのだ。颯太は颯爽とした手並みでキャリーケースを積み込むと、

「お二人は後ろの席で、京介さんは出来れば助手席に乗って頂けますか?」と言われ、颯太は浪江と山田のために後部ドアを開けてくれたので、二人は遠慮気味に乗り込み、京介のために右側の助手席のドアも空けてくれたので、京介もすこし気取って、頭をひょこんと下げて

「どうも」と挨拶をすると、颯太もにっこりと笑った。そして、駐車場の無人精算機で処理をした後に、運転席に乗り込みシートベルトを締めるとエンジンスタートのボタンを押した。いかにも馬力のありそうでかつスポーティなエンジン音がしたが、防音装置のせいで室内では話し声を遮るようなレベルではなく、

「十分弱でつきますが、一応シートベルトはお締め下さい」と颯太が言い、三人は室内の豪華さに見とれていたが、慌ててシートベルトを締めた。信濃沢は標高が高いので、夏でも冷房は弱めだが、車内は外気よりは少しだけ低く設定しているようだった。静かな車内には小さめの音でジャズが流れていて、三人はゴージャスな雰囲気に圧倒されていた。颯太は静かに車をスタートさせ、駅前から続く古くからの駅前通りをまっすぐに進み、旧信濃沢通りの手前のやや渋滞している交差点を斜めに入り、すぐに樹木が生い茂る高級別荘地帯に入っていった。道幅はさほど広くないので、反対側から対向車が来たらかなり苦労しそうだったが、散歩している人の横をゆっくりパスして、二、三度交差点を右や左に曲がると、すぐに目的地らしい門に到着した。入り口のゲートにセンサーが付いているらしく、静かに奥側に開き、颯太は樹木が植えてあるスロープの先の自動車用のアーチ状の屋根のある玄関前に車を止めた。玄関エントランスの奥には洋風の二階建ての大きな建物が控えていた。颯太はすぐに運転席から降りて、浪江が座る後部座席のドアを開けてあげると、浪江は礼を言って車から降り、山田と京介は自分でドアを開けて降りてきた。そして、颯太が玄関方向に案内すると、玄関には二人の初老に見える夫婦が立って、彼らを出迎えていた。高倉裕と佐苗夫婦だ。颯太が、

「皆さんをお連れしました。こちらが、大石浪江さんで、ご子息の京介さん、そして、山田さんです」と高倉夫妻に紹介すると、二人は三人の顔を交互に見ながら、

「高倉佐苗です」「高倉裕です」「良くいらっしゃいました」と仲よさそうに声も交互に出しながら、一人一人に丁寧に挨拶をした。佐苗は染めているのか少し茶色の明るい髪色の短めのヘアースタイルで、目尻に皺があるが切れ長の目が印象的な美人だった。背丈は高身長の裕の横にいるので小柄に見えるが、いかにも信濃沢に良く合いそうな上品なカジュアルな服を上手に着こなしていた。裕の方はいわゆるロマンスグレーの髪を綺麗に後ろに梳かし、眉が太く、目は優しげではあったが、相手の人柄をゆっくりと観察するような目つきで三人を見据えていた。年齢の割には背が高く、背筋が伸びた感じで立っているせいか、こちらもカジュアルな服がとっても似合う紳士だった。浪江と京介は育ちの違いを瞬間的に感じて、少し気圧される気持ちになったが、なるべく顔に出さないように笑顔を作った。

「さあ、どうぞお入り下さい」と佐苗が案内するので、三人は玄関の作りやドアの綺麗なステンドグラス模様に感心しながら玄関を通り、大きな廊下の一番手前の部屋に案内された。そこは応接室で大きな大理石のテーブルの両側に八人ほどが座れる椅子があり、奥の席に三人は案内され座った。向かい側には高倉裕と佐苗が座った。椅子はしっかりした木製で、背もたれには蔦のような植物の刺繍の入った肌触りの良い布地で、肘掛け部分にも木彫りで流れるような細工が施されていてた。窓は開いていて、網戸を通して涼しい風が微かに感じられた。颯太から飲み物を勧められ、冷たいコーヒーをオーダーすると待っている間に、外で子供がはしゃいでいる声が聞こえた。颯太の息子の宏一と妻楓が虫をつかまえて大喜びしている声だった。

「お母さん、オニヤンマだよ。虫の王様とよばれているんだよ!」虫取り網で見事に捕まえたようだった。

「そうなの、良かったわね」

 浪江はその声に少し緊張がほぐれたようで、

「あの声はお孫さんですか?」と佐苗に尋ねた。佐苗は、

「そうなんです。いつもは東京暮らしで虫なんか少ないので、すごく喜んでいますの」とおっとりした感じで答えた。

「それは良かったですね。この辺は自然が豊かですから」

「浪江さんはずっと信濃市でお暮らしですか?」

「ええ、少し郊外ですけど」と、その時颯太が冷たい飲み物を持って、応接室に入ってきた。

「どうぞ」と颯太がなれた手つきで、アイスコーヒー用のグラスにポットからアイスコーヒーを注いで配膳してくれた。浪江は、いかにも愛想良く、

「すいません、社長ご夫妻や息子さんにこんなことをしてもらって、恐縮です」裕が笑顔で、

「何をおっしゃいます、お暑いなかおいで頂いたんですから」と鷹揚な感じで愛想顔をつくった。浪江はじっくり早苗の顔を見て、確かに夫太郎にも、義父純夫にも似ていると感じた。彼らは早苗のように笑顔を滅多に見せることはないが、笑顔になった時の印象や輪郭は血のつながりを表しているようだ。そして、顎には彼らが言った“黒子ほくろ”があった。颯太が父母と自分の分のコップを並べて、それぞれグラスにもアイスコーヒーを注ぐと皆で飲みながら、今年も暑い日々が続いているといった何でもない話を始めた。裕が浪江に山田について質問した。

「浪江さん、山田さんは世話人とおっしゃっていましたが、どのような?」と聞きにくそうに尋ねると、浪江は少し笑いながら、

「実は私の雇い主なんです。山田さんのお店で私は十年以上働いているんです」

「ああ、そういうことですか、だから世話人?」今度は山田が

「浪江さんはうちの店の実質的な女将さんで、彼女目当ての常連も多いのですよ。みんな“お姉さん”とか、“お母さん”と言って挨拶してくるんです。だから私は安心して厨房に入っています。それに数年前からは京介君が来てくれたので、私が休んでいてもお店はまわるようになっています」と仲の良い関係をアピールした。さらに山田は笑顔で、

「颯太さんはこちらに良くいらっしゃてるんですか?」颯太は

「ええ、夏場は月に二回ぐらいは来ています。私は一、二泊で帰るのですが、妻と息子は私を東京に追い返して一週間ぐらい泊まって行くこともあります。今回も私は明日には東京に帰りますが、妻達は後一週間ほど泊まるみたいです。なにせ、涼しいですからね」と少し不満げに応えた。これは、山田達にとっては重要な情報だった。颯太は明日東京に帰るが、妻と子供はその後一週間ほど滞在する予定だと、庄司達に連絡し、この一週間の間に行動を起こす事になりそうだ。今日は食事をお手伝いの人が来て作ってくれるそうだが、普段は佐苗と楓がメインで作り、裕や颯太もよく手伝うそうだ。


 裕から食事の前に庭園の散歩に誘われ三人は別荘の周りを散策した。玄関から庭に出る途中には大きめの犬小屋が二つあり、なぜか中には犬は居なかった。庭木は裕と佐苗が選りすぐった樹木を植えており、三、四年かけて育ててきたので、大分理想的な庭になりつつあるそうで、一本一本の説明を受け感心しながら、正面玄関側から一階のリビングの前に広がるメインの庭をゆっくり通り過ぎた。庭の半分には日差しがあたり、残りの半分位は庭木が作る木陰になっていて、そこには幾つか木製らしいベンチが置かれていた。楓と息子の宏一はまだ広い庭の草むらで虫取りに興じていて、彼らが散歩していることにも気がつかない様子だったが、顔は確認できた。何度も訪れているだけあって、日に焼けた横顔が優しげな男の子で五歳の割には小柄なようだった。正面から見て裏側はお隣の家の庭につながっていて、白っぽい建屋が三十メートル以上先に樹木の合間に見えた。庭から別荘を眺めると、二階のベランダが裏側にもつながっていて、部屋から出れるテラス窓が四つほどあるのが見て分った。つまり、片側に四部屋あるということだろう。そして、正面やメインの庭などのある側には監視カメラが幾つか設置されていたが、この裏側の隣の家の庭側にはカメラが無いようだ。さらに歩くとキッチンの横に出て、誰かがそこで家事をする様子が窓に映っていた。山田は庭木以上に建物の設計を頭に入れるようにさりげなく視線を走らせた。京介は浪江ほどの関心は無い様子だが、時折庭と建物を交互に見ながら感心したようにため息をついていた。散策が終わると、二階の部屋に案内され、応接においていた荷物を部屋に運び入れた。浪江と京介は二階への階段を上がってすぐの部屋で、山田はその隣の部屋に案内された。奥にさらに二部屋あり、廊下を隔てた反対側の正面玄関側に颯太と楓と宏一の部屋があるようで、その部屋が二階では一番大きい部屋のようだった。裕と佐苗は一階の奥の部屋で寝起きをしているようで、その部屋の向かいには浴室とトイレが複数あり、食堂兼リビングは廊下を挟んで反対側にレイアウトされていた。二階に五部屋のベッドルームがあり、一階には食堂兼リビングと応接室とキッチン、そして浴室とトイレが複数あり、トイレと浴室は二階にもあるようだ。浪江と京介はあまりの広さに驚き、山田は二階のベランダと階段を含むレイアウトを頭にたたき込んでいる様子だった。

 食事には高倉夫婦と颯太一家が同席した。浪江と京介、山田を含めて全員が入ってもまだ十分余裕のある食堂で、並びにソファとティテーブルがセットされており、天井が高く豪華なシャンデリアが部屋の中を明るく照らしていた。料理はお手伝いさん二人と楓と佐苗が手伝りで作った、まるでレストランのような料理が並び、前菜としてのサラダに始まり、魚料理と肉料理、パスタとデザートまで付いたメニューには、居酒屋で料理を提供している山田や浪江も目を丸くした。

「佐苗さん、とても美味しいです。このメニューはどなたが考えたんですか?」と浪江が質問すると、佐苗は

「これは、私と楓がアイディアを出して、お手伝いさん達と工夫して作ったんですよ」と控えめではあるが、歓待の気持ちを示したようだ。自らもお店を運営している浪江や山田は目を合わせて、

「驚いたな。これはプロの味ですね」と褒めたので、颯太は

「母さん、楓、良かったね。色々と工夫して。楓、今度は家でも宜しく!」と少しおちゃらけた様子で言うと、楓は鼻に皺を寄せて、

「はあーい、分りましたあ」と顔をゆがめながら言うので、皆が笑った。宏一は何が面白いのか理解ができない様子で、

「ママとおばあちゃんが考えたの?本当に?とても美味しいよ!」と楓と佐苗の顔を交互に見ながら嬉しそうにしていた。京介は、「うまい、うまい」と言いながら食べるばかりで、浪江はそれを見ながら、育ちの違いを感じていた。そんな会話の後に山田は気になっていたことをさりげなく尋ねた。

「玄関脇に犬小屋がありましたが、中には犬がいないようですが?」すると、裕がすぐに何の警戒もなく、

「犬を二匹飼っているのですが、ちょうど定期健康診断で動物病院に預けているんですよ」と話すとさらに早苗が

「健康診断と一緒に躾もお願いしているので、健診と合わせて三泊ほど外泊させるのを恒例にしているんですよ。おかげでとても良い子たちなんです」と珍しくちょっと自慢げな言い方だったが、山田は笑顔で

「そうなんですか、犬の躾ですか、素晴らしい」と変に満足げだったことに、高倉家の家族は全く気付かなかった。

 食後に皆がお風呂に入ったりしている間に、浪江は佐苗と二人きりになり、リビングで様々な話をした。浪江は夫と父が苦労したことや、現在もつましい生活を送っていることを告げた。佐苗も母との生活やその後のことなど、母から聞いた父の冤罪の疑いがあったこと以外は隠さずに話した。そして、佐苗は兄と父の支援を可能な範囲ですることをほのめかした。浪江は素直に頭を下げた。そして、真っ赤な嘘であるが、夫と父の唯一の共通の趣味が陶芸であると話した。佐苗はそれを喜び、夫も自分も同様の趣味があり、いくつかの高価そうな陶芸品や美術品を見せてくれた。どれも、リビングと応接にさりげなく飾ってあり、鍵などはかかっておらず、むき出しで飾られていた。どれも相当の高級品である事は浪江にも分った。そして、浪江はさらに夫と父が佐苗に会いたがっていると嘘を言った。佐苗は少し悩んだが考えておくと伝えた。浪江はまだ正式な結論が出ていないのに、私があまり家を空けると父と夫が不振に思うので、近日中に代理人の庄司という男を訪ねさせると伝えた。彼は夫とも親しく、彼女の働く居酒屋にも良く来る信頼できる人だと紹介した。その後、皆はそれぞれの部屋に戻り、別荘地の静かな夜を過ごした。


 翌日、信濃沢の有名なお菓子をお土産として持たされ三人は帰って行った。この時も颯太が信濃沢駅まで自家用車で送迎した。颯太は前日からこの日にかけてはとても忙しく、前日は早朝に別荘に着き、お客様として彼らを駅まで迎えにいく前に、別荘で飼っている愛犬二匹を連れて定期検診のために、動物病院に届けてから信濃沢駅に向かったのだ。この日も彼らを駅まで送った後は、そのまま夕方の会議に間に合うように自家用車で渋谷のABDシステムに向かった。一方、悪巧みを計画している連中は、その日の夜『紫亭』に集って浪江の話と山田の話を総合して相談をした。途中で浪江が接客のため抜けると、庄司と三上、山田と京介の窃盗を計画する面々は、庄司のリードで、高倉家側で色々と詮索をして、用心される前に実行する事となった。ちょうど良いことに番犬がいない事も理由の一つだった。ただ、ここで相談されたのは窃盗の相談だったが、犯行計画はもう一つ進んでいたが、それを知っているのは庄司と三上だけだった。


 窃盗の計画など知らない浪江はその日の夕方にすでに佐苗に連絡していた。先日話した父と兄の訪問の件で、明日代理人の庄司を向かわせるので、彼らに返事をして欲しいと伝えた。佐苗は随分急な話に少し動揺したが、その代理人とは弁護士のような人だと勝手に想像し了解した。有名企業となった創業家一族の高倉家の一員となっていた佐苗と、罪人を父に持つ兼業農家に嫁に入り、居酒屋で働く大石浪江では人を見る目の厳しさに違いがあったのだ。浪江は縁故者として多少の支援をしてもらっても許されるだろうとの甘い考えで、“軽いおねだり”ぐらいの気持ちでいた。もし、庄司たちがその延長線上でもう少しエスカレートさせるのは、自分には止められないと思っていた。山田の方は本当の犯罪者である庄司たちに情報を渡すことで既に自分も共犯となっていたが、実行犯ではないし捕まることはないと思っていた。京介は運搬だけとはいえ、完全に窃盗犯の仲間入りをしつつあった。


 そして、約束通り翌日に高倉邸を大石純夫と太郎の代理人であるという男達が訪れた。庄司と佐久間だった。裕と佐苗が応接室で面談したが、少し彼らには違和感を覚えたが、浪江から事前に連絡を受けていたので前向きに話を進めた。高倉家としては、純夫と太郎が佐苗に会うことには賛同したが、慎重に目立たないようにしたいと希望を述べた。彼らは一時間程の滞在で帰って行った。裕は代理人が弁護士のようなタイプとは全く違う男たちだったので少し不安を感じていたが、それを言うと佐苗が心配すると思い、佐苗には、

「何も心配はいらないよ。お二人が来るときにはまた颯太を呼んでおくから」佐苗も、

「あまりに久しぶりなので、何を話したら良いのやら。でも、先日、浪江さんからある程度話は聞いているので、大丈夫だと思いますけど」

「少し支援をしたいと思っているようだけど、どんな支援をするつもりなの?」

「現金というわけには行かないので、陶芸が趣味だというので、気にいらなかったら処分して下さいといって、リビングの“壺”を贈ったらどうかしら?」

「ああ、なるほど!それは良いかもね。リビングの“壺”は少し飽きてきたから、ちょうどいいよ。あれなら売れば相当な額になるからね」と暢気な話をしながら眠りについた。


 そして、いつもだったら朝まで静かな高級別荘地の一角にある高倉家別荘に強盗が入った。真夜中に怪しい物音は一階のリビングの方から聞こえてきた。普段なら飼い犬が吠えるはずだが、この日は運悪く犬は動物病院に預けられていたのだ。高倉裕は一階から聞こえた異音で目を覚まし、同様に佐苗も気づき、廊下の電気をつけて、二人で一階のリビングに確認に行くと、暗闇の中に二人の人影があった。驚いて部屋の明かりをつけると、二人とも頭から目出し帽を被り、全身黒ずくめのように見えた。黒づくめの男たちはいきなりスティックのような棒で殴りつけてきた。裕の肩と佐苗の頭にそれぞれ当たり、二人は痛みと恐怖でそこに抱き合うようにしてうずくまった。二人はとっさに頭を腕で抱え、本能的にそれ以上の攻撃から致命傷を負わないようにした。うずくまっている数分間の悪夢のような時間を耐えると、黒い影二人は部屋に飾っていた絵画を数点抱えて、リビングから玄関に向い逃げていった。二人は犯人達が逃げ去ったのを確認して、階段で二階に上がり、嫁の楓と孫の宏一のいる部屋に無事を確認に行った。楓は物音に気づき部屋の外に出ていて、薄暗い明かりがついている廊下を義父母が慌てて部屋に近づくのを見て、驚いて思わず駆け寄り

「お父さん、お母さん、どうしたんですか!?」と尋ねると、裕が

「泥棒が入った。絵が盗まれた。そっちは大丈夫か?」と上ずった声で楓に声をかけた。楓が義父母の駆け寄る姿を見たその瞬間に、二人の後ろから黒いマスクと覆面を被った三人の黒い人影が、高倉夫妻と楓を突き飛ばし、宏一がまだ寝ている部屋に入って行った。楓は突き飛ばされて腰からひっくり返っていたが、数秒後に起き上がり自分たちが寝ていた部屋に戻ろうとすると、黒ずくめの二人が前を先導するように歩き、もう一人が何かを喚く宏一を抱えながら、ナイフを宏一に突きつけていた。薄暗い廊下の暗さに目が慣れてきていたので、楓や裕達にもその様子がよく分かり、宏一を連れ去ろうとしている事をはっきりと認識できた。

「下がれ!余計な事をすると、この子を殺す」と男の声で叫びながら向かってきた。しかし、楓と裕は宏一を奪い返そうと引力で引き寄せられるように、宏一を抱えている男に近づこうとしたが、前にいる二人がそれに気づき楓と裕にそれぞれ手に持った器具を突きつけると、パチパチと音をさせた。直後に二人は「うわあ!」と声を出しその場に倒れるように動けなくなった。スタンガンだった。佐苗はそれを見て驚いて、必死に何とか二人を交互に揺するが二人とも動けない様子で、階段をおりて行く黒い影を追いかけようとしたが、自分も腰が抜けたようで動けなかった。声だけ出して、

「あなた!楓!しっかりして!!」と喚き続けた結果、二分程後に裕がまずショック状態から立ち直り、

「ああ、佐苗か、無事で良かった。ああ、楓、しっかりしろ!」とまだ頭がぼんやりしているようだが、気力を振り絞り楓を揺すった。楓もあまりのショックでうずくまっていたが、ようやく息を吹き返した様子だった。裕は周りを見回したが、宏一がいないことに気がつき、フラフラとしなかがら階段を降りていった。玄関の明かりが消えていたので、スイッチを入れるとそこには誰もおらず、裕は玄関の外まで慌てて見に行ったが、そこはシーンと静まりかえっていて、犯人と宏一の姿はなかった。リビングを覗くとそこにも誰もおらず、薄明かりの階段をようやく佐苗と楓がお互いを支え合いながら降りてきた。

「あなた、宏一は?!」「お父さん、宏一は連れて行かれたの?」と二人は同時に裕に泣きそうな声で聞いてきた。裕は悲しげに頷くと、ベッドルームから寝間着の後ろのポケットにスマホを入れてきたことを思い出して、その場で“一一〇番”をダイヤルした。二回呼び出し音がして、通信指令室につながった。

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