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令和のある日のテレビ番組

 さて、大石純夫は若い頃の過ちで二十七年もの長い刑務所暮らしと、その後も目立たぬように贖罪の日々を過ごしてきた。彼は信濃市で余生を送っていたが、八十歳を過ぎてからめっきり体力が衰え、九十歳となった今では寝たり起きたりを繰り返す状態になっていた。最近では平地では猛暑が当たり前となっていたが、その日も初夏の暑い日だった。夕方から少し温度は下がってきていたが、扇風機の風に当たりながら大石純夫がいつもように夕食後テレビを見ていると、ビジネス界の経営者を紹介し、その人生の起伏や家族を紹介する番組で、その回は渋谷に本社がある有名なIT企業の特集をしていた。純夫はITの意味もあまり理解していなかったが、何故かその番組が気になり家族とその番組を何となく観ていた。今回紹介される人物の名前は高倉裕たかくらひろしで、このIT企業の前社長で、今の肩書きは顧問だったが創業者だそうだ。番組はその企業のコマーシャルに近い紹介に始まり、次に裕の家族構成が紹介がされ、現社長は彼の実弟で、息子たちも主要な役職に付いている事が説明された。そして、信濃沢に別荘があり、そこで休日を過ごすシーンで裕の妻()()()()が登場した。その時、大石純夫と太郎の親子は息を呑んだ。取材の中でその妻は自分がシングルマザーの家庭で育てられ、東信濃町で暮らしていたことや、就職したIT企業でシステム作りをしていたことを振り返っていた。その番組を純夫と太郎が食入るように真剣に見ているので、太郎の妻の浪江と息子の京介も仕方なく見ていたが、番組が終わると純夫と太郎の親子二人は涙ながらに、

「あれは間違いなく佐苗だ!顔は良子にそっくりだし、幼い時からあった顎のところに黒子があった」と言うのだ。純夫は妻と娘が信濃沢の近くの東信濃町に住み、苦労していることは知っていたが、信濃沢でこんなに立派な別荘で暮らしているとは知らなかったので、そのことをこのテレビ番組で知り

「あの子と妻にも大変な迷惑をかけたと思っていたが、こんなに幸せになっているとは思わなかった。良かった、本当に良かった!」と声を出して泣き出してしまった。息子の太郎も

「父さん、佐苗も良いご亭主と一緒になって良かったね。本当に・・・」と純夫と太郎の二人は、佐苗と母の良子の事は家族の前では決して話題にしないように何十年も月日を重ねてきたので、その間に蓄えてきた悔恨の思いが溢れ出しているようだった。


 しかし、浪江なみえの方は違っていた。父純夫は長らく刑務所で受刑者となっていたので、その間、佐苗の兄である夫の太郎は肩身の狭い思いをしてきたのだ。にもかかわらず妹は“()()()()”と一流IT企業『ABDシステム株式会社』の社長夫人に収まり、信濃沢の豪華な別荘に住むような金持になったにもかかわらず、父と兄には何の恩恵もないのは不公平だろうと考えた。その番組を一緒に見ていた息子の京介も父と祖父の反応とは違う妬みの感情から、すぐにその翌日には早速『紫亭』の主人山田にその事を話した。山田はその日も訪れた常連の庄司と三上にも話した。

 大石浪江は貧しい農家の出身で、兄弟も多く元々家には居られない境遇だったが、大石家とは姻戚関係でもあり親同士が太郎との結婚話を無理に進めた。だが、夫になる太郎の父純夫は、二十年以上前の事件で無期懲役となっていていまだに受刑中で、その父は妻とは犯罪を機に離婚し、年の離れた妹を連れてこの地を離れていることを知っていた。彼女は気が進まなかったが、特に付き合っている人もいないので、親の強い勧めもあり結婚した。結婚後、真面目に働く太郎との間に長男が生まれ、それから数年経ち、父母ともまあまあ仲良く暮らしていた。そこに突然、無期懲役だったはずの夫の父純夫が、模範囚であったようで仮釈放されて家に戻ってきた。最初は夫に別居するように迫ったが、実際に仮釈放されて戻ってきた義父純夫は、強盗殺人事件を起こした凶悪犯とはほど遠い、大人しくて優しい男だった。刑務所暮らしで弱った体でも、一生懸命に農作業を手伝う真面目な姿を見て、浪江も別居の話はしなくなった。その義父が農作業を懸命に手伝うので、逆に浪江には余裕が生まれ、バスで十分ほどの繁華街の一角にある飲み屋『紫亭むらさきてい』で働くようになった。そして、ここでの仕事の方に自分の適性を見いだしたようだ。

 店長の山田も浪江を信頼するようになり、山田は自分がギャンブルで出かける日には、店の仕事を浪江に任せることも増えていた。そう、山田は大のギャンブル好きだったので好都合だったのだ。また、浪江の息子の京介も高校を卒業はしたが、良い就職先が見つからずにぶらぶらしていたので浪江に連れて来られて、この店で働くようになった。店の常連で半グレの噂がある庄司に誘われて、京介は庄司の遊興店の仕事も手伝うようになっていた。それから十年もの月日が流れた。ある意味、何事もない平穏な時間が過ぎていた。


 そしてあの高倉早苗の出演したテレビ番組の放送があった数日後、『紫亭』に出勤してきた浪江が例の番組の再放送があるので、テレビのチャンネルを替えた。そのテレビ番組の再放送の時間にはカウンターには常連の庄司と三上が座っており、店長の山田と浪江と京介と一緒に番組を見ながら、皆が盛んに勝手なことを話していた。

「随分とあんたの旦那の妹は良い暮らしをしているようだな。父親が刑務所に入っている間に良い男を捕まえてさあ」と庄司が話すと、浪江は以前、少し酒に酔った勢いで、夫の父が実刑を受けた事まで話してしまったことを、今更ながらに後悔した。隣にいる三上は、テレビに映し出された別荘の贅沢な調度品や置き物が気になり、

「あの豪邸には高そうな物が置いてあるな。なあ、京介」と振ると、京介も調子に乗って、

「ええ、少しぐらい譲ってもらっても良さそうですよね」言うので、流石に浪江は母親らしく、

「こら、京介!盗人のような事を言っているんじゃないわよ!」と変な方向に行きそうなので叱りつけると、庄司はいつものようにクールに

「浪江さん、別に脅すわけでじゃなくて、普通に訪ねていって、良い絵ですね!とか良い壺ですね!とか言って、うちの店にもこんな物を飾りたいな?って言えば「どうぞ」と言ってくれるのじゃないの?」とさらに“たかり屋”のようなことを話しだし、ついには勝手に何かを企んだようで、

「浪江さん、この件、少し考えさせてもらっても良いかい?」と庄司が浪江に涼しい目つきで静かに語るように言うので、浪江も黙らざるを得なかった。浪江もこの庄司という男が怖かったのだ。合法とはいえ遊興施設を運営し、ヤクザ者も出入りしているらしい店を運営していて、底知れぬ怖さが時々垣間見えることがあった。息子の京介がこの男を尊敬しているような発言をする事もあり、息子も巻き込むようなことがなければ、と心配もしていた。そして、その後浪江と京介がカウンターの他の客の対応をしている間も、山田と庄司と三上はなにやら話し込んでいた。その場で、犯罪の計画が練られていたのだ。

 この『紫亭』の店長の山田哲夫は、地元の高校を卒業後は製造業の工場で働いていたが、元来社交的な性格でいつも同じ事の繰り返しであるラインでの仕事が嫌になり、会社を辞めてやはり地元の不動産屋の営業に転職した。不動産屋も社長が仕事を続けたければ、不動産鑑定士や宅地建物取引士などの資格を取るようにしつこく彼に迫るので、勉強が苦手な彼はこの仕事も辞めることになった。その後、彼の父が経営する居酒屋『紫亭』の仕事を手伝うようになり、人あたりの良い彼の性格は常連客にも新たなお客にも好かれ、父である店長が高齢を理由に廃業する準備を始める頃には、多くの常連客が「息子の哲夫に後を継がせたら?」と言うようになっていた。店長は息子の趣味であるギャンブル好きが気に入らず、いつか借金で生活が破綻すると読んでいた。

 しかし、息子も後を継ぐことに真剣に取り組んでいる様子を見て、結局彼に後を継がせることとする。料理は余り得意ではなかったが調理師の資格を取り、父からの指導を受けて腕を上げて行くうちに幾つかの人気メニューも出来てきた。客が増えてきたので、父の頃からいた二人の年配の女性に加えて、大石浪江を雇うことになる。彼女は愛想も良く、酔客のあしらいも上手く、彼女目当ての客も増えてきた。哲夫との相性も良く、すぐに女将のような振る舞いとなったが、哲夫は好きなギャンブルで店を空けることが出来るので、かえってそれを歓迎した。哲夫のギャンブル好きは店の経営に穴を空けるほどではないが、その付き合いで風体の怪しい男達も増えてきて、他の年配の女性はともかく浪江はその男達とも仲良く出来た。根っからの気質なのかもしれないが、男達は来店するとカウンター席に座り、「姉さん、いつものね」とオーダーすると、浪江は笑顔で、「あら、いらっしゃい。いつものね」と応え、飲み物の銘柄やつまみの種類を記憶していて、すぐに飲み物とコップを用意し、酌をするのだった。そんな感じなので、堅気も半グレも何の分け隔てもしない店の雰囲気を嫌がる客もいたが、客同士も気さくに会話をする店になっていた。哲夫の父の予測に反して、哲夫のギャンブル好きが少しやばい客を呼び、浪江の接客上手が多くの客を固定客とした結果、彼女の他に板前と給仕担当を含めて五人が忙しく働く繁盛店となっていった。

 そんな店の常連客である庄司剛は、若い頃から暴力団と関わりを持っていたが、合法な範囲での遊興施設の運営をしているらしく、犯罪にはならないようだった。外見は一見穏やかに見える男だった。しかし、実際にはギャンブル好きの客を抱え込んでは破産しない程度に金を巻き上げ、時々儲けさせるような手口を使っているらしいが、お互いに常連客である山田には優遇して儲けさせていたようだ。彼は、つやつやの髪をオールバックにして、常に黒縁の伊達眼鏡を掛けていたので、一見ただの真面目なサラリーマンにしか見えなかった。庄司は『紫亭』で時々一緒になった三上という若者をいつの間にか舎弟にして、色んな事を彼に仕込んだいった。庄司には他にも手下と呼べる男達がいたが、日中に一緒にいることはほとんど無かったので、関係を知る者はほとんどいなかった。


 そして、初夏に放映されたあのテレビ番組をきっかけに、彼らは“たかり”以上の悪事を企み始めた。まずは、“強請ゆすり”だった。山田と庄司と三上は、高倉家は大石家との関係を暴かれたくはないはずだと断定した。

「あいつらは有名企業の経営者一族なんだから、その一族に犯罪者の親族がいることは知られたくないに決まっている。それを材料に強請ユスるのが一番利くと思うよ」と庄司はオールバックの髪を後ろに手櫛でとかしながら、さらりと言った。

「幾らぐらい出してきますかね?」と三上は好奇心満々で、庄司の顔を見ながら真剣に尋ねた。

「まあ、半端な金額を言うとかえってつけ込まれると思うから、多分二、三千万ぐらいの数字だろう。ただ、現金では後々大変だから、物が中心だろうな」三上は驚いて、

「ええっ、二、三千万ですか?すげえ!」と思わず素っ頓狂な声で叫んだ。大きな声だったので、庄司は三上の頭を叩いて、

「うるせえ、デカい声をだすな!」と小声で叱った。三上は肩をすくめた。山田は三上よりも少し冷静なようで、

「でも、その強請りに乗らなかった場合はどうしますか?」

「ああ、その可能性は大いにあるな。でもその時は盗みに入るまでよ」と恐ろしいことをさらりと言った。これには山田の表情がかげったが、逆に三上は

「そっちの方が確実ですよ」と、経験があるのだろうか、やけに冷静に呟いた。庄司は驚いた顔をしている山田に

「山田さん、“()()”の方はあんたには頼まないから心配するな。その道のプロがいるから」と言い三上の顔を見ると、大きく頷いていた。山田は“ノビ”が“忍び”の略で、盗みであることは知っていて、自分が直接関わらないで良さそうなので少し安心して、

「でも、どんな段取りなんですか?」と庄司に小声で尋ねると、

「まずは、先発隊で浪江さんと京介に親族として小さな“タカリ”に行かせる。その時、山田さん一緒に行ってくれるかい?」山田が頷いた。

「ええ、それは良いですけど、その時には何をするのですか?」と山田が自信なさげに質問すると、庄司はいつもと同じくクールに

「その時は、セキュリティと部屋の間取りを調べてきて欲しい。どこから侵入できるかと、正面玄関のガードはどうだとかかな?後は番犬だな」と言うので、山田は

「わかりました。できる限りやってみます。でも強盗はしないですよね?」と心配すると、庄司は

「ああ、“()()()”は俺もなるべくしたくないな。なあ、三上?」

「ええ、もう懲り懲りです」と三上が頷くので、山田は“タタキ”が強盗であることを知っていたので、「こいつ、経験者か!」と変に感心した。そして、庄司は

「できれば、俺たちも事前のチェックをしたいな。俺たちが行く機会を作ってもらえると、強請りがダメでも“ノビ”の方で上手くやれるんだが、山田さん、やれそうか?」

「浪江さん次第だけど・・・例えば旦那と父親が会いたがっていると言って・・・そうだ、代理人として庄司さんに行ってもらうのはどうですか?」

「おお、それは良いな!さすが山田店長。浪江さんの旦那と父親は口下手だから俺が代理人だと言えば良い。うん、それはいけるかもしれない」と庄司も納得した。そして、肝心な口止めをした。

「でも、浪江さんには強請りと盗みのことは絶対内緒だよ!彼女に漏れると全部が台無しになるかも知れないから、良いよな山田さん!」山田はかなりヤバい話だとわかっているので、上手く行ったとしても自分を含めて素人の関係者は少ない方が良いと思っていたので頷いた。しかし、庄司は驚くことを次に言った。

「ただ、京介には盗みの手伝いをさせるよ。“運び”だけだけどな」これには山田も

「いやあ、あいつには無理っすよ。それにあいつは絶対に浪江さんにバラしちまいますよ」

「いや、あいつは母親には言わないよ。もうガキじゃないよ、あいつは」と今度は三上が断定した。確かに京介は三十路を過ぎているし、三上とは同じ年代なので、こう言われると、山田は抵抗出来なかった。庄司の店の手伝いもしているし、既に京介は危ない橋を渡り出しているのかと心の中で嘆息しながら、自分もそうだと頷いていた。

「いつ頃実行しますか?」と三上は尋ねた。

「先発隊は、連絡が取れ次第、実行する。次のアクションはその時の相手の警戒度次第だな。警戒感を強めたら少し様子を見る。いつもと変わらなければ、すぐに俺たちが脅しと盗みの下見に行く」とそこまで決めてその日は早めの打ち上げとなった。


 彼らの密談は聞かれると“やばい”話なので十分周りには気をつけていたのだが、カウンターの端にいる男の存在には気づかなかった。山田が“なじみ客”のように接していたので、まさかこちらの話に“聞き耳”を立ているとは気づかなかったのだ。その男とは、他でもない高倉が社長をしていたABDシステムの重役の()()()だった。坂元は彼らが相談している内容を心の中でニヤニヤしながら聞いていた。ただ、直接スキャンダルをネタに強請るのは得策ではないと思っていた。高倉夫婦は半グレの脅しに屈するタイプではないと思っていた。彼はスキャンダルのことは一年以上前に、ある雑誌記者からの聞いていて、情報を握ったままにしていたのだ。警察に通報されれば、有名人なので警戒を強め手出しが出来なくなるはずだ。それより、彼の立場上、高倉一族の弱点を突いて、もっと狡賢くスキャンダルを公開させる方が良いと思っているようだった。

 翌日に、山田は出勤してきた浪江と京介に計画の半分である、小さな“たかり”のアイデアを伝えた。京介は速攻で

「やろう、やろう」乗ってきたが、浪江は少し抵抗があるようで

「佐苗が嫌がったらどうするの?」と聞いてくるので、

「その時は、義父と兄が苦労したことを言えば良いだろう。そして、いまだに貧しい暮らしをしていると言えば、同情するだろうさ」と山田は応えた。これには浪江も納得し、

「それじゃあ、兄と父に会いたいと佐苗が言ってきたらどうすれば良い?」とまだ心配そうなので、山田は

「その時は次回連れてくると言えば良いだろう。その前に事前調整だと言って庄司さんたちを代理人として訪問させたいとも言って欲しい」とほくそ笑んだ。佐苗は、何故庄司たちを訪問させるのかはよく分からなかったが、

「庄司さんをどう紹介すれば良いの?」と聞くと、山田は

「あんたの旦那とお父さんの代理人だと言えば良い。なぜ、代理人なのかと聞かれれば、二人はとても口下手だとでも言えば良い。それに、あんたの義父おとうさんの事があるので慎重に事を進めたいと言えば良い」浪江はそれは理にかなっているように感じ、「それなら筋が通るわね。分ったわ」と答え、自分で佐苗に連絡することも約束した。山田は庄司との約束を守り、窃盗のことは浪江には内緒にしたし、浪江も何も気づいていない様子だった。

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