表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/16

大石純夫の死

 そして、事件から四日後の朝に信濃市郊外で自殺があったとの報道が昼頃にあった。九十歳の老人だった。名前は大石純夫。ほとんどの人は彼の死がこの強盗傷害・誘拐事件と関係があるとは思わなかったが、その報道を知って最も驚いた報道関係者は、フリージャーナリストの坂田直子と雑誌編集長の高木だった。すでに彼女は北浅間村経由で信濃沢町に入り取材をしており、ホテルの部屋で休憩中にその報道を目にした。頭の中で関係を想像する間もなく、高木からスマホに電話があった。

「直子、ニュースを見たか?」

「ええ、見ました」

「大石純夫は高倉早苗の父親だろう?」」

「そうです。驚きました。必ず何か関係があるはずなので、調べます」

「ああ、頼むよ。場合によっては、応援を出すよ」

「はい、わかりました」


 坂田直子は、信濃市駅近くの有名チェーンの喫茶店で応援のメンバーと落ち合った。ベテラン雑誌記者の大神田と若手記者の田沢の二人だった。一昨日に大石浪江と大石京介と強盗窃盗事件の犯人が逮捕されたことは、多くの世間の人もニュースで知らされており、記者である彼らは大石純夫の自殺がそれに関係しているだろうと推理していた。

 大石純夫の家には警察関係者や役場の関係者が何人か訪れていたが、多くのマスコミは信濃沢の別荘地や北浅間村の遊園地に集まっており、直子たちのような理由での取材をする者は他にはいなかった。

 純夫の息子の大石太郎は、妻と息子の逮捕に加えて突然の父の自殺に困惑を極めており、マスコミの取材申し込みに答える心の余裕はなかったが、

「大石さん、佐苗さんも真相を知りたがると思います」という一言に不思議に引き寄せられるように、彼女たちが家に入ることを了承した。加害者の家族でもあり、被害者の兄でもあり、父が自殺したという、あまりにも複雑な立場である太郎の心境は如何許いかばかりかと思ったが、被害者家族への思いやりが一番強かったのだろうか。

 家の中はまだ葬式の準備も出来ておらず、彼らはそのお手伝いも辞さないつもりでいた。大石純夫の亡骸は、検死のために病院に安置されていたので、対面しお弔いをすることは出来なかったが、直子は純夫の死を本心より悼んだ。

「大石さん、お父様がお亡くなりになられて、本当に心よりお悔やみ申し上げます。私は縁があって最近高倉佐苗さんにもお会いしていますので、今回の全ての出来事がまだ信じられないです」大石太郎はもともと寡黙な男のようで、坂田のお悔やみの言葉にも、軽く申しなさげに頸を項垂れるだけであった。

「あの事件に続いて、今度は御父様の大石純夫さんがお亡くなりるとは・・・」とここまで話すと太郎は少しばかり顔を上げて、

「最近、佐苗にお会いしているのですね。その時は元気でしたか?」と実兄らしい優しげな口調で聞いてきた。

「はい、十日ほど前ですが、その時はお元気でした。夫婦揃って穏やかにお暮らしの様子でした」と話すと、太郎はほんの少し頬が緩んだようだが、すぐに頸を項垂れた姿勢となった。余りに悲しげな様子に直子は言葉を失いそうだったが、記者としての本能で何とか次の言葉を探し出そうとした。だが、結局良い言葉が浮かばない様子だったので、ベテラン記者の大神田が問いかけた。

「あなたは佐苗さんの実のお兄様だと伺っていますが、奥様の浪江さんと息子さんが、先日高倉家を訪れていたことを知っていましたか?」と尋ねた。

「ええ、訪問する前にも聞いていましたし、行って来たことも聞いてました」と答えると、同席していた若手記者の田沢はメモをとり始めた。大神田はさらに尋ねた。

「お二人はどんな事をおっしゃっていましたか?」

「大きな別荘だったと言っていました」そして、その訪問が原因でこんな事件になったことに思い及んだらしく、嗚咽を漏らした。

「浪江と京介がこんなことをするなんて・・」太郎は浪江と京介の逮捕の報道は寝耳に水だったと答えた。しかし、その報道を父純夫と一緒にテレビで見ていて、純夫は衝撃を受けたらしく椅子から倒れ落ちたそうだ。慌てて太郎は父純夫を抱えて隣室の布団に戻そうとしたが、父はテレビの傍から離れず、ニュースが流れるテレビの画面を凝視していたようだ。その後、頭を抱えてその場で崩れ落ちたよう横向きにまた倒れたので、背中をさすったが、暫く子供のように泣き崩れていたそうである。

「なんとも哀れな事だ」と直子は思ったが、もう少し話しを聞きたいと思い、

「お父様とあなたは高倉家への窃盗と誘拐の件は、いつ知ったのですか?」太郎は俯いたまま小さな声で答えてくれた。

「事件の日の午後です。やはり、父と食事をした後にテレビを見ていて知りました。私も父も驚きましたが、幼児が無事に戻ったのを聞いて、少しほっとしていました」太郎は続けて

「父は最初は高倉家への強盗と幼児の誘拐に心を痛めていましたが、翌々日の浪江と京介の逮捕のニュースを聞いて、心を無くしたようになり、きっと全てを察したようです」さらに続けて、太郎は心の中の何かを吐き出すように

「一昨晩はほとんど二人とも何も食べず、会話も出来ずに、ただただ呻くように嘆いてばかりいましたが、夜眠くなったので父の様子を見ると、布団の上でぼんやりしていたので、私はそのまま寝てしまいました」

 翌日、父の部屋に行くと布団の中に居ないので、おかしいと思い家中探すと、納屋で頸を吊っていたそうだ。すぐに、救急車を呼んだが、救急隊員が到着後すぐに父純夫の死が確認された。純夫にとっては、毎日報道されているのは、”実の娘の別荘への強盗と誘拐という凶悪な犯罪を、義理の娘と孫が犯した”という報道だったのだ。純夫には耐えられなかったのだろう。そして、直子の目の前に居るその純夫の息子太郎も、妻と息子の犯罪に叩きのめされている。直子はこの人達がここまで傷つけられることの不条理に心の奥底で同情し、この人たちの人生に自分も向き合って、全てを明らかにしようと心に誓った。


 夕方になり、病院で検死に立ち会っていた警察から太郎に連絡が入り、ご遺体をどうするかとの事で、太郎は葬式の準備などをする余裕はなく、これから準備をするので、少し病院で預かってもらえないかとお願いした。そして、太郎は父の遺体に会うために病院に行くことになった。警察も少し聞きたいことがあるという主旨の事を太郎に言ったようだが、太郎にはそれが何を意味するのか理解出来る精神状態になく、直子は心配して同行することを申入れた。太郎は赤の他人の直子の申し入れを何故か受入れた。病院で医師による純夫の検死結果の報告が終わると、立ち会った警察官から、事件の事に関して何をどこまで知っていたのかを確認された。沈みきってはいたが、何も疾しい所がないのだろう、太郎は素直に全部知っている事を話した。犯人側になった義理の娘と孫が有利になるとか、不利になるとかの判断力もないようで、極めて中立な立場での発言で、警察もその憔悴しきった太郎の姿を見て、彼の関与には疑いを持たなかったようだ。直子たちはしばらく外で警察官の太郎への聞き取りが終わるのを待ち、それが終わると彼の家への送迎をしながらも、三人とも太郎の不幸な人生には心から同情し、彼に寄り添いながら全容解明を目指す気持ちを強くした。


 その頃、長野県警では被疑者が黙秘を続けていて、自供を得られずにイライラが募っていた。そんな時に被疑者の大石浪江の義理の父である大石純夫の自殺が報道された。純夫は同じく被疑者の大石京介の祖父である。警察はこの情報を被疑者に伝えるべきかどうかを悩んだが、人道的な観点から伝えることとした。富樫警部補が浪江と京介にそれぞれ面談し伝えた。冨樫が浪江に純夫の死を伝えると、浪江は最初“きょとん”とした表情で、

「お義父さんが死んだ?死因は何ですか?」と抑揚のない質問をした。

「自死です」と富樫は沈痛な面持ちで答えた。これには、浪江もすぐに感じる事があるようで、途端に表情を崩し泣き顔となって、

「ええっ、自分で?ああっ、私のせいだ!」と嗚咽を漏らした。富樫もかける言葉はないようで、暫くそのままにしておいた。

「誰が見つけたんですか?うちの主人ですか?」とやっとの思いで言葉を絞り出すと、

「ああ、ご主人が家の納屋で発見して、すぐに救急車を呼んだけど、すでにお亡くなりになっていたそうだ」浪江はそれまでの強気な態度とは打って変わって、肩を落としたまま小さく震えるようにすすり泣きを続けた。富樫はしばらく様子を見ていたが、徐に取り調べを続ける気になったらしく、

「今、この事件についてテレビでニュースが毎日流れているので、お父さんも全てを理解されたのだろうね。本当においたわしいと思うよ」と優しい口ぶりで言うので、浪江も堪忍したよう

「夫とは会えないですよね?夫は大丈夫でしょうか?」と人間らしい、人の妻らしい感情が湧き出たらしく、そんな事を言い出した。冨樫は

「全てを話してくれたら、面談が出来るかもしれない」と諭し、取り調べを始めた。浪江は、知っていることを話し始めた。高倉家に訪問した本当の理由と、誰がその事を仕切っていたのか、もしかしたら窃盗をする可能性はあるとは思っていたようだ。しかし、誘拐のことは全く聞いておらず、本当に驚いたようだ。


 富樫は浪江の取り調べ内容を筑摩に報告後に、京介の取り調べを始めた。京介に祖父である純夫の死を伝えると京介は、

「爺さんが死んだ?なんで?」冨樫は京介のこの言い方にやや呆れながらも静かに感情を抑えて、

「お爺様は自死されたよ」と伝えると、京介は驚いたように

「じし?・・まさか、自殺ってことか?」と反応し、冨樫が頷くと

「ええっ、まじかよ!なんで?」と大きく声を出し、口を覆い天井を見上げた。冨樫は浪江に話したときと同じように、

「毎日、朝昼晩にこの事件の事がテレビで報道されており、君とお母さんが逮捕された事も伝えられているから、お爺様もお知りになったはずだよ」と話すと、京介は

「なんで俺等が捕まったことをニュースで流すんだ!まだ、何も分っちゃいないくせに!ふざけんなよ」と捲し立てたので、富樫は冷静にしかも強い口調で、

「君は窃盗の手伝いだけをしたつもりでいるのかもしれないけど、誘拐を含む一連の事件の共犯者なんだよ」と、この流れはほぼ黙秘を続ける被疑者の供述につながると踏んで、富樫が言い放つように告げると京介は、

「俺は誘拐なんてしていないぞ!俺はただ荷物を運んだだけなんだ」とついに窃盗を認める自白をした。

「でも、それは他人の持ち物だろう?」と富樫は話を合わせるように誘うと、

「そうだよ、でも、それだけしかしていない」とあっさり自供を始めた。その後も、感情的に高ぶっているようで、ほとんどの事をかなり詳細に話した。


 浪江は犯行当日は信濃市にいたようで、直接の犯行には関わっていないが、信濃沢の高倉家に事前に調査に行き、別荘の間取りやリビングに飾ってある美術品や陶芸品に関しての情報を、詳細に『紫亭』に集まった犯罪者一味に説明し、共有していた。また、父と夫が早苗に会いたがっていると嘘をつき、その代理人という位置付けで庄司や三上の訪問の仲立ちをしていた。彼らが強請りをすることを半ば知っていて、このような協業をしたことを認めていた。つまり、幇助罪ほうじょざいが適用される。


 京介は犯行当日は窃盗品の運び屋に徹していたが、浪江と同様に事前に高倉家を訪問した際に、山田と共に監視カメラの位置や、ベランダから侵入する事が出来そうかを観察していた。そして、隣の家の玄関脇に停車した車に絵画と陶芸品を二往復して運び積み込んだ。誘拐に関しては直接の実行犯ではないが、事前に庄司と三上から聞いて知っていたようで、幇助の罪は明確だった。

 また、アリバイとして山田と口裏を合わせて、庄司と三上と京介が犯行前日の深夜まで『紫亭』いたと供述していることも嘘だと認めた。また、犯行後の分け前も既に京介はもらっており、自宅のタンスの奥に隠していることも自供した。


 冨樫は窃盗犯の中で一番口が堅そうな山田の取り調べを始めた。彼にも大石純夫の死を伝えたが、何の反応も示さなかった。そして、大石浪江と京介が自供を始め、ほとんど全面的に罪を認めていることを話すと、山田は

「警察は人の死までも利用するのか?」と食ってかかってきたので、富樫は

「お前たちは人が死にたくなるような事をしたんだ!分っていないのか!」とつい声を荒らげてしまった。山田はこれまで静かな感じで聴取を続けてきた富樫の怒りに触れやや臆したが、すぐに口を噤んでしまった。


 大石純夫の息子太郎は、警察からの連絡を受けて、父の遺体と対面するために信濃市内のある病院を、坂田たちの車に乗せてもらい訪れた。太郎は父の死に顔を静かに見つめた。九十歳になった父は眠っているように目を閉じ、人生の過酷さを深い皺として刻んだ顔は、不思議と穏やかな表情に見えた。太郎は父が全ての苦悩から解放されたのだろうと思った。


 太郎は父が仮釈放されてから、長い年月を一緒に過ごしたが、罪を犯す前と全く変わらない父の優しさに驚いたものだった。しかし、二十七年もの間、刑務所で贖罪の日々を費やした父の肉体は衰え、当時まだ五十代であったが、七十代と言ってもおかしくない老人となっていた。太郎の妻は犯罪者である父との同居を嫌がったが、太郎は優しかった父を見捨てることは出来ないと妻に同居を懇願した。父は衰えた体でも農作業に精を出すうちに、少しずつ体力を取り戻していった。そして、太郎に少しずつ事件の経緯を話してくれるようになっていった。太郎が想像していたとおり、父は積極的に事件に関与したわけではなく、共犯者からの脅しのような誘いを断り切れずに犯行に至ったようだ。しかし、そこに言い訳はなく、被害者を死に至らしめた責任は自分にあるとはっきりと自覚していた。太郎の母良子が娘である佐苗を連れて家を出て行った事には、「本当に申し訳ない」と何度も痛切な心情を吐露しており、元気で生きていてくれる事を祈っている様子だった。しかし、犯罪者である自分との関係は絶ってくれた方が、気持ちとしては楽だとも漏らしていた。


 一方で、太郎は父純夫が罪を犯したことで、中学時代は酷い仕打ちを受けて、毎日まさに下を向いて生きていた。高校は祖父母の勧めで自宅からは少し遠いが農業高校に通った。そこには同じ中学からはほとんど通う者がいなかったので、目立たないようにして真面目に通った。一人だけ同じ中学の出身者がいたが、彼は高校一年生の入学後に太郎の前に進み出て来て、

「大石、俺はお前のことを悪く思っていないから、気にするな」と言ってくれて、高校三年間を共に過ごす友達になった。太郎は中学時代から年老いてきた祖父母の畑仕事を手伝い、高校生になると休日や休みの間は毎日畑に出て農作業を手伝った。大きくはない畑なので一家で食する野菜を中心に栽培していたが、太郎は隣の農家の仕事も手伝い、近所では働き者として認められていった。近所では父純夫の評判も“もともと”悪くなく、事件当初から

「共犯の柳旅人に唆されて、裁判でも不利な証言をされたんだ」と噂されるほどだった。近所では柳旅人はどうしようもない不良で、付き合っていた年下の彼女の母が再婚し、弁護士の娘になったので、旅人は優遇され重刑を免れたと噂されていた。太郎もその噂を耳にすることがあり、優しかった父の犯罪を信じられず、年に一回は祖父母に連れられ、刑務所の父と面談する事を楽しみにしていた。しかし、浪江と結婚する前後から父への面会を敬遠するようになっていった。父純夫もその事を悲しんではいたが、息子や家族にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないと覚悟はしていた。しかし、太郎は父が仮釈放されて家に戻ることになった際には、妻浪江が同居に反対したので、一度は別居を考えた。しかし、優しかった父のことを見捨てられずに、妻浪江に懇願し同居することになった。その後太郎は浪江との間に一子京介を授かり、衰えていく祖父母の面倒を見ながら、父と農作業を続け、貧しいながらも幸せな家庭を築いていった。今はその祖父母もとうに亡くなり、浪江は息子の京介が高校生になる頃に、信濃市繁華街にある居酒屋『紫亭』で仕事につき、家事もおろそかになってきていたが、太郎は気にせずに家事と農作業に精を出して働き、衰えてきた父の面倒も見ながら忙しく生きていた。それから十年以上の月日が過ぎて、すっかり父の事件の事も遠い過去になった頃に今回の事件である。


 太郎は病院で父の亡骸と対面した後に、警察官に打診をした。何とか妻と息子に面会出来ないかということだった。警察官はすぐには出来ないが、犯行の全容が明らかになれば、面会出来る可能性はあるようだった


 そして、妻浪江と息子京介の起訴が決まり、太郎は警察から面会の許可が下りたので、すぐに拘置所を訪れ面会した。晩夏の暑い日差しの午後に、まず、浪江と面会した。留置場の中の狭く薄暗い面会室で暫く待つと、担当官に連れられて浪江が部屋に現れた。ガラスで仕切られた向こうにいる浪江は、一週間ほどでやつれたような表情で、うつむきながら太郎の話を聞いた。あまり冷房が効いていない部屋で、太郎は静かに、本当に静かに、そして淡々と経緯を話し、父の死を告げた。太郎から直接義父の自死の実際を聞いて、浪江は夫に心から詫びた。目からは大粒の涙を流し、顎をガクガクさせながら、

「太郎さん、本当に申し訳ありません。私が馬鹿でした。お父さんにはお詫びのしようもありません。京介までも巻き込んでしまって、本当に後悔しています」と今まで見たことのない弱々しい妻の姿に、太郎も思わず面会場所のガラスを挟んで泣き崩れた。立ち会った警察官も事情を知っているのか、目頭を押さえて二人の様子を見ていた。


 太郎は次に京介と面会した。京介は浪江と異なり、若さ故か何事もなかったかのように憤然とした感じでもあった。太郎は目を腫らしたまま、無表情に浪江と同じく息子にとっての祖父の純夫の死を告げた。京介はもともとこの祖父に対して、犯罪者である事など関係なく接しており、優しいお爺さんとして見ていたので、父からの自死の顛末てんまつを聞かされると、

「じいちゃん、可哀想に。俺とおっ母の起こした事件が原因なんだろう?なあ、父ちゃん」と聞いて来るので、太郎は

「遺言の言葉もないけど、そうだと思う」

「そうだよな、そうに決まっている。でも、死ぬことはないのに」

「京介、じいちゃんは”お前たちの代わりに罪を償うつもりだったんだと思う”」と話すと、普段強気で軽率な所もある京介も、頭を抱えて机に肘をつき、洗い呼吸をするように静かに涙を流していた。

 拘置所を出た太郎は相変わらず暑い夏の日差しが容赦なく照りつける中、肩を落としてバス停に向かった。額からは汗が流れ、少しくたびれたハンカチでその汗を拭いながらゆっくりと歩いた。つくづく、彼は身内の犯した罪に苦しむ数奇な人生を歩まされる運命なのだ。ただ、妻と息子の反省している姿に少しの救いを感じたようで、前を向いて歩く気持ちになっていた。


「父さんの葬式をあげないとな。弔ってあげるのは俺一人かもしれないけど」と独り言を呟き、自らを少しばかり鼓舞するように、子供としての義理を果たすべく、翌日から先祖代々のお墓があるお寺の住職に説明し、葬式をあげさせてもらう準備を始めた。そして、お寺の中での会葬となったが、太郎にとっては意外であったが、結構多くの参列者があった。近所の農家仲間が中心であったが、お通夜に参列してくれた芳名帳の記載の中に、あの()()()の名前があった。彼は翌日の告別式にも参列してくれた。また、告別式には坂田直子と高木昭彦の名前もあった。

 そして、一番近い火葬場で父の遺体はやっと荼毘だびされ仏となった。九十年の波瀾万丈の人生だったが、最後は自ら命を絶つというとても悲しい人生でもあった。

 太郎は告別式の際に、柳旅人から挨拶を受けた。彼は自己紹介もせずに、ただ「此度はご愁傷様でした。お気を落とさずに!」とだけ言って離れていったが、太郎は芳名帳を後から確認して、あれが『柳旅人』だと分った。いまさら恨み辛みを言い募る気は無いが、事実がどうであったのかは知りたいと思った。そして、告別式に来ていて、火葬場まで付き添ってくれた坂田直子に挨拶を受けた際に、

「実は今度ご相談があります」と思い切って切り出した。直子は少し驚いたが、

「どんな事ですか?」

「実は父が犯した犯罪に関して知りたいことがあるのです」直子はさらに驚いて、記者根性がつい出てしまい、

「どんな事ですか?」と思わず尋ねたが、今日は告別式である事を意識して、

「いえ、今日は結構ですので、落ち着かれてからで結構です」と言い直した。


 太郎は妻と息子の起訴後に、数回警察署の留置場を訪れて彼らに面会した。太郎は妻と息子の心が痛むことを心配して訪れていたが、父純夫が彼らに残した思いを伝えたいと思っていた。妻浪江に対して、

「お父さんはお前に感謝していたんだよ」浪江は半信半疑を絵に描いたような表情で、

「本当ですか?私が家事をおろそかにして、水商売のような事をしているのが不満だったんじゃないですか?」と夫の顔を見ながら自嘲気味に言うので、太郎は

「お父さんは“客商売”は大変だよね。俺も昔飲み屋に通っていたときに、店の人は見ているようで見ていない振りをしながら、いつもこちらを気にかけていたよっていつも感心していたよ」

「ふーん、そうなんですか?意外だけど、お父さんも飲み屋に通っていた時期があるんですね」

「ああ。実はその時に犯罪に誘われたようだよ」その飲み屋という単語に浪江は反応し、

「店長や他の人達の取り調べは終わったのかしら?」それには流石に太郎は

「それは分らないよ。たぶん言っちゃいけないのだと思うよ」と答えるしかなかった。さらに、

「警察の人に聞いたけど、浪江たちは警察の捜査の後は検察庁に送られて、次は検察官からの取り調べを受けることになるそうだよ。そこで起訴されるか、どうかが決まり、起訴されると裁判になるそうだ。もちろん、弁護士さんがついて色々と相談出来るそうだから、正直に話しなさい」と浪江に優しく説明した。浪江も

「ええ、分りました。これからが大変なのは聞いています。本当にごめんなさい」と少し涙ぐみながら話すほどに、反省している様子だった。


 一方で誘拐犯二人の事情聴取は犯行の経緯と確認と、共犯者同士の役割分担を中心に実施された。身元を調査したところ、この二人は何と内縁の夫婦だった。


 男の名前は橋岡剛介はしおかごうすけ。年齢は三十五歳で、信濃市の高校を卒業後に地元の建設会社に就職するが、過剰労働の上に現場で事故があり、左足と左腕を骨折して市立病院で治療を受ける。その時に看護婦をしていたの鈴下景子すずしたけいこの看護を受けて、一目惚れする。その後、交際を申し込み半年後に交際を開始して、同棲を始める。建設会社は事故をきっかけに辞めて、パチンコ店に勤めて、そこに常連で訪れる庄司と知り合う。その後、庄司から誘われて庄司が運営する賭博場で働くことになる。高校時代に柔道をしていた関係で、賭博場での揉め事を処理することを専門に行ない、庄司が仕切るいくつかの犯罪行為にも加担し、庄司の信頼を得たようだ。また、庄司の右腕のような相棒の佐久間とも懇意にしている。


 橋岡の内縁の妻の鈴下景子は、年齢は三十二歳で元山市の高校を卒業後に看護専門学校に通い看護士となる。信濃市内の市立病院に外科系の看護担当となり、かなりの美人で患者からの評判が良かった。数年後に事故の怪我で運ばれてきた橋岡剛介の看護を担当し、彼が退院後に交際を申し込まれるが最初は断ったようだ。半年間色々な贈り物を持ってきては交際を申し込まれ続け、結局交際することとなる。一年後には結婚を前提に同棲生活を始め、懐妊するが流産する。橋岡は正社員にならずにパチンコ店や賭博関連の仕事をするようになり、彼女は出産を機に堅気の仕事をするように迫っていたが、流産できっかけを失った。


 橋岡と鈴下からの事情聴取は、現行犯と言う事もあり比較的スムーズに進んだが、もう一人の現行犯である染谷との関係の部分の証言が曖昧だった。犯行現場からどうやって染谷だけをキングホテルに連れて行ったのかが分らず終いだった。彼らはその部分は口裏を合わせているようで、もう一人の男と犯行に及んだと供述するのだが、まるで、もう一人の誘拐犯は染谷ではないようにしか思えなかった。子供を誘拐し、貸別荘に戻る前にキングホテルに寄り染谷をおろしたのなら、辻褄は合うのだが、そうではないと証言するのだ。それ以外の行動は、犯行現場での行動やその後貸別荘に戻り、昼前に電話で誘拐した幼児の声を聞かせ、その後『子供天国』に連れ出した事などの供述は刑事側が把握している内容と一致した。


 そのように現行犯からの事情聴取がある程度めどがつき、事件はほぼ解決するかに思えた時に、確保した橋岡のスマホから染谷との通信記録が出て来た。内容は次のようなやり取りだ。


「染谷さん、後十五分で八時だ。そろそろ合流する時間だ。今どこだ?」

「もうすぐ、ホテルに着く。時間通りに言われた通りに連絡をするから大丈夫だ」

「そうか、指示通りにしっかり頼みますよ」

「分っている」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ