誘拐犯確保
牧野と麻山は北浅間村のキングホテルからの染谷の電話内容を確認していた。
「染谷と人質を監禁している犯人達の逃亡のための時間稼ぎだな。染谷が部屋を出て来たら身柄を確保するぞ!」麻山はすぐに
「分りました。スタンガンを装備している可能性がありますね」と自分への注意喚起を含めて小声で答えた。牧野は行動に移る際はいつものように、
「ああ、そうだな、慎重にな!」と言って、二人は隣の部屋から出てエレベータホールに待機し、他の捜査員をホールの角のドアの向こうの非常階段側に待機させた。数分後、やはり染谷は一人で部屋から肩からバッグを提げて出てきて、何事もなかったかのようにエレベータホールに歩いてきた。やや暗い廊下を曲がり、ホールの明かりに照らされた瞬間に
「染谷!警察だ。誘拐の疑いで逮捕する!」と牧野が怒鳴ると、染谷は驚いて歩いて来た廊下側に方向を変えて逃げようとしたが、麻山がその動きり早く動き横に立ち、足をかけて転がし、うつ伏せにして後ろ手に手錠をはめて、
「誘拐犯染谷の身柄を確保!」と染谷はあっけなく逮捕された。麻山はいつもと同じで流れるような早技だった。その声に反応し非常階段から警察官が数人飛び出してきて、麻山のサポートをするメンバーを残し、牧野と二人の警察官はすぐに六一五号室にスペアキーで入り、人質の幼児を探した。やはり部屋の中には誰も居なかった。そして、牧野たちは警官を部屋に二人残し、他のメンバーはロビー階に降り、駐車場に停めてある警察車両に染谷を乗せた。牧野はすぐに染谷を乗せた警察車両から少し離れた場所から、染谷の逮捕と宏一君がホテルの部屋にいなかった事を直接筑摩に報告した。筑摩は、
「そうですか!まずは前進ですね」とまだ子供を確保出来ていない事を考慮したのか、まだまだクールな返事をした。牧野は心の中で「筑摩さん、相変わらずだな」と、クスリと笑いそうになったが、すぐに厳しい顔に戻り、染谷に警察車両の中で尋問した。
「染谷、人質はどこにいる?もし人質の身に何かあれば、お前は一生刑務所で暮らすことになるぞ」染谷はまだ自分が逮捕されたことに動揺していて、次の事が考えられずにいるようだったが、その脅しのような一言で開き直ったようで、
「俺が奴らに指示を出すことになっている」
「そいつらが人質を拘束しているのだな。どこにいる?『ワイルドフォレスト』のどこかにいることは分っているんだ。もう、無駄なことは止めろ!」
「ふん、じゃあ見つければ良い。俺からの連絡が無いと奴らは次の行動に移る」
「次の行動とは何だ?」
「さあね、想像してみろよ。刑事さん」麻山が不意に染谷の襟頸を持ち、
「お前、どんな恨みがあるのか知らないけど、五歳の子供を誘拐して、自分は指示役の主犯として捕まっていて、一体何が出来ると思っているんだ」牧野はすぐに麻山の腕を掴み、「麻山、離せ!」と命じた。
「俺を解放したら場所を教えてやるよ」染谷は、さも悪ぶった感じで笑った。牧野は染谷の態度を見て、別荘地では人質を見つけられないことを確信していると感じた。つまり、人質はワイルドフォレスではないどこかに連れて行かれていると察知した。
今度は『ワイルドフォレスト』を包囲していた警官から捜査本部に連絡が入った。群馬県警の警察官十人以上が大川と雲野の捜査に合流し、半径三百メートルほどに対象を絞り込んで別荘を虱潰しに当たっていたが、それに感づいたらしく逃げ出した三十代の男が運転するグレーの高級外車が、検問を無理矢理抜け出そうとしたところを、行き手を塞ぎ確保したそうだ。しかし、男は黙秘をしており、男の車が来た方向を調べるために管理事務所でリストで調べると、対象の半径三百メートル以内に数件の同じオーナーが経営する貸別荘があるようだ。既に現地に到着していた長野県警の大川と群馬県警の雲野が、五棟を所有する貸別荘のオーナーに連絡すると、そのうち四棟は昨晩の一泊で既にチェックアウトしていて、五、六人の友人グループが二組と、四人の家族連れが二組で、オーナー自身がチェックインとチェックアウト前後に立ち会っていた。ただ、一棟だけ昨日午後から明日午前までの連泊で、今は別荘にいるかもしれないとのことだった。オーナーの話では、他の貸別荘のチェックアウトの確認をする際に、途中で横を通った際に駐車していた車はグレーの高級外車だったと証言をしてくれた。さらにオーナーの話では、昨日はもう一台軽のワゴン車が駐車していたとの事だった。昨日その貸別荘の清掃をした『肥後さん』と言うスタッフが言っていたという。随分、車のレベルが違うので不思議に思ったそうだ。刑事達は思わず顔を見合わせ、すぐに牧野警部に連絡した。牧野は雲野警部補に依頼し、すぐに『肥後さん』こと丈一郎に連絡した。
「もし、もし、肥後さん、県警の雲野です」と直接携帯に連絡をした。丈一郎と雲野とは牧野警部を通じて、いや、現場で何度も顔を合わせているので顔見知りとなっていて、
「ああ、雲野さん。どうしました?」雲野が掻い摘まんで経緯と状況を話すと、丈一郎は驚きはしたが、すぐに事の緊急性を理解して、状況を話してくれた。
その宿泊客は昨日のチェックインはほぼ定刻の十六時頃到着したが、男二人と女一人だったらしい。たまたま、前日の客の残したゴミが大量で、二度に分けてゴミ集積場を往復したので、現地貸別荘のゴミ置き場に再び訪れた際に、宿泊客の顔は良く見なかったが、車は二台止まっていたそうだ。一台は高級外車で一台は軽のやや汚れたワゴン車だったという。オーナーに備品の在庫の補充を依頼したかったので、詳細を伝えたくて電話をした際に、その違和感のある車の組み合わせの話をしたそうだ。しかし今日、オーナーが他の貸別荘のチェックアウトの確認で、経路の途中にある当該別荘の横を通った際には、駐車していたのは高級外車一台だったそうだ。
染谷を拘束している警察車両から離れて、雲野からその報告を聞いた牧野は、
「雲野さん、その貸別荘の様子を伺い、誰も居ないようでしたら、踏み込んでください。でも誰か居るようでしたら、報告を下さい。特にその時は相手に気づかれないように、慎重にお願いします」と指示をした。そして、それらを総合した予想を麻山に小声で囁いた。
「昨日、丈さんがチェックイン時にその別荘を訪れた時には、車が二台と男二人と女一人を確認していた。その翌日の十一時にオーナーが訪れた際には、車は一台しかなかった。つまり、夜中に軽自動車で活動し、貸別荘に戻り、朝八時に最初の脅迫電話を染谷がホテルからして、朝十時半頃には人質の声を聞かせるために、染谷以外の誰かが貸別荘で携帯から電話したのだろう。そして電話の後すぐに、居場所をかえるために、軽のワゴンで犯人が人質を連れてどこかへ出かけた。そして、残った男が警察の動きを察知し、高級外車で逃げようとして捕まった、と言う事だろう。そうなると、男と女が宏一君を連れている可能性があるな。そうなると染谷はまさか別行動なのか?」麻山はそれを聞かされて、流石の想像力に舌を巻いた。牧野は、
「多分、貸別荘には誰も居ないだろう」とほぼ断言した。
「えっ、じゃあ人質は今どこにいるんでしょうか?」と麻山が聞くと、
「どこか、男と女と子供が居ても気にならない所だろうな」
「たとえば、『子供天国』とか?」 それに、牧野は大きく頷くことで答えた。
つまり、このすぐ近くに子供連れの犯人が来ていると言う事だ。麻山も牧野の緊張をすぐ傍で感じ、場合によっては拳銃の使用もあり得ると覚悟した。ただ、遊園地で人質の子供もいるのにどうすれば安全に確保出来るのか?考えると手足が震えるような感触になる。いつも大人の男を相手に立ち回り、見事な体技で事件を解決してきた麻山がいつになく緊張した。
そして、『ワイルドフォレスト』では、大川と雲野の両警部補と群馬県警捜査員数名がオーナーからスペアキーを預かり、ターゲットの貸別荘に向った。そして現地で別荘の様子を伺ったが、車は一台もなく、だれも居る気配がないので、スペアキーで玄関を空けて慎重に中に入ったが、誰も居なかった。
しかし、別荘には犯人達がそこにいた証拠が残っていた。食事の後に残された残飯とソファやベッドで仮眠を取った跡と、子供がいた痕跡が残っていた。それは、誘拐された時に宏一ちゃんが着ていたディズニーの模様のある子供用の夏用パジャマだった。また、シャワーを使った後と、使用したバスタオルも残されていた。確実に物証となる証拠をこれだけ残しているのは、彼らが不慣れな事をしている証だろう。
そして、別途調査を依頼していたのだが、捕まった男が運転していた高級外車のオーナーが、染谷である事が判明した。
牧野はその報告を受けて、警察車両に戻り、素知らぬ顔で染谷に
「染谷、お前の車で逃走しようとした男が捕まったよ。犯人の一人は女らしいな。貸別荘を出て人質と逃げたようだな。そこら中で検問をしているので、逃げ込むとしたら『子供天国』だろう。でも、そいつらが捕まるのも時間の問題だな」
「ふん、何を余裕かましているんだ。俺が連絡しないと、そいつらが子供を殺して逃げる事になっているかも知れないぞ」と染谷は牧野を逆に脅すつもりで言い放ったが、牧野は必要のない事をして、わざわざさらに罪を重くするような事はしないと思っていたが、
「染谷!そうなったらどんな言い訳を考えたって、お前は終身刑だな」染谷は暫く考える様子で、腕時計を見てあきらめ顔でいると、押収した染谷のスマホにメールかショートメールの着信があった。牧野は、染谷の顔を無理やりスマホに近づけて顔認証でロックを解除した。染谷は
「個人情報だぞ」と無意味な批判をしたが、スマホに届いた『スズ』という発信者からのショートメールのメッセージは、
「ケイカンダラケ、ドウスル」とあった。牧野は、染谷に
「スズというお前の仲間も万事休すの状態だな。さあ、もう諦めろよ。どうしようとしてたんだ?」牧野は柔らかい声で聞くと、染谷は一分ほど黙って考えてている様子だったが、
「場所を言えば良いのか?」と染谷は流石に諦めたようだ。
「ああ、『子供天国』のどこにいるのかを言え!」と牧野は染谷が話し出すのを待った。
「十二時に人質を一人で観覧車に乗せて、逃げることになっていた。俺の車でこのホテルの駐車場で落ち合う事になっている」牧野はやはり『子供天国』だったかと思い、さらに
「三人一緒にか?」
「いや、別々だ」
「と言う事はもう一台車があるのだな?」
「ああ、そうだ。それと、そこから逃げるのはもはや女だけだ」牧野は、一人男が足らないと思ったが、まずは子供の安全な保護だと思い、
「よし、分った。七班、八班、九班で『観覧車』周辺をマークしろ!ホシは女で、人質の五歳の男の子を連れている。武器を持っているはずだ、スタンガンだ。俺もすぐ現地に合流する」と無線で素早く指示を出し、染谷の身柄を他の数人の警官に任せ、牧野は麻山と動いた。牧野と麻山は三分ほどで、観覧車の傍で張り込んでいる捜査員に合流した。捜査員の一人が
「あのサングラスをかけて子供を連れている女が、数分間、観覧車の受付の近辺でスマホを操作しています」牧野は無線で他の捜査員に少し距離を空けて囲むように指示し、麻山に観覧車の受付の後ろ側からゆっくり近づくように指示をした。しかしその時、女は周りを確認し、子供の手を乱暴に掴み、『観覧車』に乗り込んでいった。乗り待ちをしている客が居なかったので、すぐに乗り込まれてしまった。牧野は
「しまった。少し、遅かった」と呟くが、麻山は一瞬心臓が止まるほどの恐怖を覚えたが、牧野の言葉は意外に落ち着いていた。
「これじゃあ、逃げようがないな。正に籠の鳥だな」牧野は言って、そしてすぐに何かを思いついたように、近くに居た捜査員二人に
「二人で次の籠にすぐに乗り込んでくれ」と近くに居た捜査員に指示した。そして、『観覧車』の係員に事情を話し、この後の乗船の中止と降りてきた客を観覧車近辺から離れてもらうように依頼をした。そして、遊園地の責任者に受付の内線から連絡をして、協力を要請した。麻山は係員に
「観覧車の一周には何分かかるのですか?」と聞くと、係員は動揺しながら
「約八分です」と答えた。
牧野はその間で状況を筑摩に報告した。筑摩は
「牧野さんならどうしますか?観覧車を止めますか?」と逆に尋ねてきた。
「いえ、地上に来たタイミングで、観覧車は停止させます。そこで保護を試みます。それまでの八分間は様子見ですね」
「分りました。私と同じですね。そうして下さい、お任せします」
「はい、分りました」
そして、八分間、牧野は麻山と捜査員たちと観覧車が一周してくるのを待った。観覧車はいつもとなんら変わる事なく、ゆっくりと乗客を乗せて最高到達点まで籠を運び、そしてゆっくりと地上に向かって降りてくる。その観覧車を捜査員たちは見上げ、まるで、ちょっとした冒険から孫が戻ってくるのを、少し心配そうに待つ祖父のような感じだった。そして八分ほどの後、ちょうど該当の観覧車から人が降りる所定の位置に来たときに、全体が停止した。もちろん、係員が操作したのだが、観覧車の客は誘拐犯と人質の五歳児と、捜査員が次の籠に乗車しているのみだった。誘拐犯と人質が乗った籠は少しゆらゆらと揺れていたが、数人の警官が動きを止めるべく籠を支えた。そして、動きが止まったのを確認し、牧野と麻山が中をのぞき込むと、入り口近くに人質の男の子が立っていた。自分一人で立っており、出入口のドアを外から解錠すると、その子が一人で降りてきた。普通にスタスタと降りてきたので、一人の刑事が抱きかかえるように大事に保護し、刑事は「宏一君を無事保護!」と遠慮気味に周りに告げ、その場から離れた。それを横目に牧野と麻山はいつの間にか拳銃を手に持ち、籠の出入口から中を覗き込むと、女は籠の中から警官の拳銃を見たせいか、もともとそのつもりなのか、ゆっくりと手を軽く上げて降りてきた。麻山が少し手荒にうつ伏せに転がし、後ろ手に手錠を填めて
「誘拐犯を現行犯で確保!」と大きな声を出した。周りに集まった十名ほどの捜査員から「はあ!」という安堵の声が同時に幾つも聞こえた。宏一君を保護した刑事は
「良かったね!怪我はないかい?」と優しく尋ねると宏一は大きく頷いた。
そして、牧野は女にゆっくり歩み寄り衣服と身につけた鞄を探り、鞄からスタンガンと財布等を見つけ、押収品の袋に入れた。女は黙って牧野をサングラスの奥で睨んでいるようだったが、そのサングラスを牧野が外すと、意外に綺麗な素顔だった。たった今逮捕された事を理解していないような、澄ました感じの頬の上の目は牧野を軽く睨み挑むような印象だった。麻山はその様子を見て、苛ついている様子だったが、牧野は既に態勢が決着した余裕のある表情で、
「あんたが『スズ』か?逃げ場を失うのが分っていて、観覧車になぜ乗り込んだ?」とその場には相応しくないような暢気な質問を女に投げかけた。女もこの刑事は何を知りたいのか不思議そうな表情でいたが、ふっと息をして、うつむき加減に
「こっちはこんなに警察に囲まれているのに、誰からも返事が来ないし、どうしたら良いのか分らなかったのよ」と、見た目よりも低い声で答えた。
「観覧車の中でも何も答えは見つからなかったようだな」と、またしても牧野は変な質問を続けた。
「いいえ、分った事があるわ。あの子は観覧車の中で、景色を見て喜んでいたわ。私はそれを見て、分ったわ。私にもこんな子がいたら、こんな馬鹿なことはしなかっただろうってね。それに、あそこからの景色を見ていると、浅間山も目の前に見えるし、不思議と優しい気持ちになるのよ」と言って、牧野の目をまっすぐに見つめ、
「最初から、あの子を傷つける気なんてなかったわ。染谷もそう言っていたけどね。はあ!馬鹿なことをしたわ、大したお金ももらえないのに」と大きくため息をつきながらも、逮捕された犯人とは思えないほどの能弁な感じで喋るのだった。ほっとしたのかもしれない。牧野は
「そうか、分った。後は全て署で聞かせてもらう」と部下の刑事たちに連行させた。
牧野はすぐに状況を高倉家にいる筑摩に連絡し、人質の宏一君を無事保護し、怪我もしていない事を伝えた。そして、女を含む被疑者三人を逮捕したことを伝えると、
「そうですか!牧野さん、有り難う!流石、牧野さん!良かった、良かった」と筑摩は珍しく感情を表に出しようだった。牧野は筑摩の感情表現を始めて聞いた気がして、嬉しくなったが気になる話を続けた。
「筑摩さん、誘拐犯はもう一人いる気がするんです。貸別荘にいた男二人と染谷は別行動ではないかと疑われます」筑摩はその言葉にハッとするように、
「そうだとすると、もう一人は既に逃亡しているかも知れませんね。大至急、取り調べと捜索継続だ!」と最後は、いつもの感情のない筑摩に戻っていた。
信濃沢の高倉家では、その報告を聞いて、高倉夫妻、颯太夫妻が皆で手を取り合い、抱き合って喜びを爆発させていた。
「楓、良かった!良かった!」と颯太が楓を抱きしめながら喚き、高倉夫婦は颯太と楓の背中を強く叩くように撫でながら、お互いに手を握りしめて嬉し涙を流した。別荘の中と外を取り囲んだ長野県警の警察関係者も、比較的短時間での人質の無事な救出を喜び、誘拐犯三人の逮捕を感心しながら喜んだ。刑事たちは口々に、
「いやあ、噂には聞いていたが、流石は群馬のエース、牧野さんだな」
「いやあ、大川さんも現地に行っているんだぜ」
「そうだよ、全体を仕切っているのは、長野の変人デカ“筑摩先生”だぜ」と喜んでいたが、その筑摩は一人蚊帳の外にいるように、信濃市での捜査を続けているメンバーの動向が気になるようで、何事もなかったかのように上司の捜査一課長に報告を続けていた。その言葉の端々に、誘拐犯が一人逃亡中、本当の主犯は誰か?目的は何か?と言った事を立証できないと、中途半端な捜査に終わることを危惧している様子だった。そして、群馬県警と大規模な捜査本部を継続する必要がありそうだとの結論のようだった。
同じように『子供天国』のショッピングセンターの前線本部に戻ってきた捜査員たちの見るからに嬉しそうな輪の外で、牧野は群馬県警の捜査一課長である山本課長に報告をすると共に、誘拐犯がもう一人いる可能性がある事と既に逃亡している可能性が高い事と、今後の裏付け捜査に関する聴取と現場検証に関する相談をしていた。こちらも、この単純ではない犯罪の全容解明に向けた、これからの捜査が大変な事を相談しているようだった。
まさに浅間山を挟んで、群馬と長野の県警同志の強力なタッグが必要だということだが、本当に可能だろうか?得てして広域捜査は警察庁が指揮するもので、県警同士だけでは余りそれを得意としておらず、むしろ縄張り争いではないが、県域を越える場合は上手く行かない事がある。しかも今回は県警の捜査一課のエース格が直接担当している事件なのだ。完全解決が期待されているが、どうなるのか。
しかし、その杞憂は、まさに杞憂に終わりそうだった。何と、群馬の捜査一課長と牧野警部以下数名がその日のうちに長野県警本部を訪れたのだ。無論、群馬県警本部長の了解を取り付けての事であるが、そうそうある事ではないが、受け入れ側も県警本部長、刑事部長以下幹部が顔を揃えていた。本部長が山本課長と牧野に人質保護と誘拐犯逮捕の礼を述べた。そして、副本部長が会議の冒頭で群馬県警の協力に感謝し、今後の協力を要請したのだ。集められた長野県警のメンバーもこれを目の当たりにして、これから両県警の協力による徹底捜査と起訴に向けた心意気を新たにしたのだった。




