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余命:きみが大人になるまで  作者: 朔良 海雪
一章

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一章④ 貸し借り

「偽金貨をばらまく犯人の目的が分かったかも」


「ええ?」


 買い物客であふれる広場を縫うように抜け、人通りの減ったあたりで、カイはそう呟いた。


「いくらなんでも、今の話を聞いただけで分かるのなら、銀行の人たちがとっくに対応してるんじゃ……」


「そうかもね。それに間違ってるかもしれない。けど、僕の考えが正しいなら……そろそろ頃合いなんだと思う」


「頃合い?」


「とにかく、僕は今夜から銀行周りを張ることにするよ。リリカは昨日みたいにお祭りを楽しんでて。あと、マオを預かっててもらえると助かる」


「預かるのはいいけど……カイ、危ないことするの?」


「多分だけど、犯人と戦うことになると思う。マオやリリカがそばにいると危険だし、その……気を遣わないといけないから」


「戦い……」


 カイの背には、身丈ほどもある大きな杖がある。彼は魔法使いなんだろう。偽金貨を見抜いた時も、きっと魔力を使ったんだ。


「それならわたしも戦わないと……」


「いや、リリカに戦わせるわけないでしょ」


「でも……」


 リリカのような子供でも知っている。魔法使いは一人で真っ向から戦うようなタイプじゃない。近接戦にはめっぽう弱いはず。


 盾になる人間がいなければ、接近されればカイの薄いローブなど一裂きにされてしまう。


 そう思って名乗り出たのだが、カイは断固として首を横に振る。


「大丈夫。一人でも勝算はあるよ。犯人の奴らに親を殺されたようなものだから、何かしたいのは分かるけど……子供が出る幕じゃない。それとも、リリカには何か戦う手段がある?」


 答えられない。リリカに武術の心得はない。それどころか、同世代の子と喧嘩をした経験すらなかった。


 まだ心のどこかで自暴自棄になろうとしているのかもしれない。それは、マオに名付けた時に捨てると決めた気持ちだ。


 唇を噛んでいると、カイの手が優しく頭に触れた。


「仇は必ずとるよ。リリカは、捕まったあとの犯人たちに言う文句でも考えておいて」


「うん……」


 自分よりも大きな手に髪を撫でられていると、沸き立ちそうになる心がふわふわとして、落ち着きを取り戻すことができた。


 代わりに湧いてきたのは疑問だった。


「ねえカイ。カイはどうして、わたしにいろいろしてくれるの?」


「いろいろ?」


「犯人と戦ってくれるっていうのもそうだけど、お祭りに連れて行ってくれたのも、話を聞いてくれたのも……ううん、そもそもなんで、一人で泣いてたわたしに声をかけてくれたの?」


「そりゃ、一人で泣いてる子がいたら、放っておけないし……」


「周りの大人たちはみんな無視してたよ。面倒事に巻き込まれたくなかったんだと思う。よそ者だしね」


 ぎゅっと、服の裾を握る。


 路地に放り出された時に受けた冷たい視線の雨は今でも覚えている。ただでさえ惨めでどうしようもない気持ちを、さらに叩き落とすかのような視線。


 そんな中で、たった一人声をかけてくれたカイのことが、リリカには分からなかった。


「うーん、ちゃんとした理由じゃないかもしれないけど……」


「聞かせて」


 重ねて真剣に訊くと、カイは渋々口を開いた。


「リリカの境遇が、ちょっとだけ僕と似てたから」


「え? そうかな、似てるかな……」


 カイとの会話を思い返してみるが、リリカには似ている点が思い浮かばなかった。


 もしかすると、カイもまた両親を失っているのかもしれない。それで、同じく親を亡くしたマオにも情けをかけ、こうして連れ歩いている、とか。


「あとは……一言で言うなら、貸しかな?」


 想像力を働かせていると、カイは付け足すようにさらりとそう言った。


「貸し? わたし、何も返せないよ」


「もちろん、リリカから何か取り立てる気はないよ。ただ、こうして誰かを助けているうち、思いもよらないところで自分が助けてもらえるかもしれないじゃない? そういう打算のもとにやっていると思って、素直に受け取ってくれたら嬉しい」


「うん……」


「リリカもいつか誰かを助けられるくらいになったら、優しく手を差し伸べてあげるといいかもしれない。そうやって世界が助け合いで回っていったらいいよね、っていうのは理想論すぎるかな?」


「ふふ。貸し借りなんて、商人が作っちゃうと大変なんだよ。後になって何倍にも膨れ上がったのを返済することになるんだから」


「僕は商人じゃないし、別に返さなくていいってば」


 照れくさそうにカイが笑っている。


 でも、その考え方は素敵だと思った。


 自分が救われたというのもあるけれど、人の善意を信じるカイの考え方には強く、心を惹かれる何かがある。


 だからリリカも真っすぐカイに向き直り、


「わかった。わたしも困っている人がいたら、きっと助けられるようにがんばるね」


 と、元気な笑顔で返した。




 祭りは二日目も大盛況だった。


 昨日はライブが行われていた広場では、今日は舞台演劇が披露されているらしい。荒くれる獣のような濁声と、立ち向かう精悍な人物の凛とした声が聞こえてくる。


 リリカはマオを抱き上げながら一人、炭火で表面がカリカリに焼かれた腸詰めを頬張りつつ、ふらふらと人混みに揉まれていた。


「昨日も思ったけど、マオちゃん、全然泣かないな……」


 子供の世話などしたこともないが、リリカのイメージでは、赤ちゃんは一日中泣いているものだと思っていた。特にこんな喧噪では、周囲の雰囲気を感じ取って泣き声を上げてしまうと思っていたのだが、マオは今日も静かに眠っているだけだ。


「というかマオちゃん、ミルク飲んでるとこもおむつ替えてるとこも見てないけど、カイはいつの間にそういうの済ませてたんだろう……」


 考えてみれば、マオが起きているところも目にしていないかもしれなかった。布越しにぬくもりは伝わってくるし、寝息もたてているし、生きているのは間違いないんだけど……


 それにしても、赤ちゃんとはどうしてこんなに愛らしい顔をしているのだろう。見ているだけでうっとりとしてしまう。頭を撫でてあげたくなる。


「あれ?」


 布にくるまれた頭を撫でていると、丸みを帯びた中に何か固いものに触れた。おでこの上のあたりで、左右同じような位置に二つだ。


 普通の赤ちゃんにはない感触。たんこぶか何かだったら大変だ。


 そう思って、頭の布を捲ろうと手をかけ──


 ──その瞬間、大きな爆発音が響き渡った。続いてつんざくような悲鳴。


 広場に集まっていた観衆にどよめきが広がった。


 さらなる爆発音、そして何か大きなものが崩れ落ちる音と、視界を覆うような土煙。


 呼応するように群衆のざわめきは大きくなり、得体のしれない音の源から逃げるようにして、徐々に人の流れができ始めた。


「っ!」


 リリカは感づいた。音がした方向は、昼間に訪れた銀行の方向だ。


 戦いが始まったのだ。


 ──祭りを楽しんで、とは言われたが、戦いをこっそり覗いてはいけないとは言われていない。


 自分に甘い言い訳をしつつ、リリカは一方通行を逆走するように人々の間をすり抜け、小走りで暗がりの方へと駆けて行った。

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