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余命:きみが大人になるまで  作者: 朔良 海雪
二章

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二章⑤ 手合わせ

 翌日、太陽が真上に到達するよりも早く討伐任務を済ませたラッセルたちは、フィールドに存在するだだっ広い草原を訪れていた。


 依頼が出ていた今日の魔物討伐は、マオが魔法の練習がてらに焼き尽くしてしまった。相変わらずの魔力出力を発揮し、魔物の群れの数倍はある火球を作り出した。身の丈にも敵の規模にも見合っていないオーバーキルを普段なら叱るところだが、マオの場合は飽和した魔力を排出するという目的には見合っているので、ラッセルは何も言わずに拍手と賞賛の言葉を送った。


 そんなわけで、ラッセルとカイは魔力が漲ったままの状態で対峙している。カイはどういうわけか魔力制御を身につけつつあるようで、マオへと流れ込む魔力の線は糸のように細くなり、注視しなければわからないほどだ。


 その事実に少しだけ目を細めつつ。


「ルールを決めておこうかの」


 五十歩ほど離れた位置で杖を構えるカイに呼びかける。


「使用する魔法に制限はなし。魔力回復にマナポーションを使用するのは禁止。防御魔法で防ぎきれずに、攻撃魔法が直撃した方の負けでどうかの。儂は寸止めで済ませるつもりだが、お前さんはぶつけるつもりで撃ってもらって構わぬ」


「……舐められてる、ってことでいいんだよな」


「挑発でもハンデでもないがの。確かに老人は敬い尊重すべきだが、心配せずとも、若者に後れを取るほど老いぼれてはおらぬ」


 本心から言った言葉だった。実際、ここ数日で見たカイの攻撃魔法が自分の防御を貫く可能性は万に一つもない。単にカイの身を案じたのと、彼が防御に偏重を置いたスタイルで戦うのはつまらない、という理由で付け足しただけだ。


 だが、当のカイはそうは受け取らなかったようで、めらめらと魔力が沸き立ち始めている。


 悪くはない。魔法に限らず、誰かと鎬を削るような状況で闘志をはっきりと表に出せるのは、それだけで才と言える。


 昨日東の町が滅んだ話を聞いたことなど、今は彼の頭にはないだろう。戦うとなれば本気で相手をねじ伏せる。そういう覚悟を持った人間でなければ、魔王を討伐することすらできなかったはずだ。


 ラッセルも杖を突き出し、頭の中に防御魔法を準備する。杖先が僅かに光りだした瞬間、カイが動いた。


 歩幅五十歩。魔法においては近距離とされるカイとの間合いを、三条の光線が一瞬にして奔った。


「ぬ……!」


 言葉を詰まらせつつも、魔力の『出』が見えているラッセルは慌てない。発射の瞬間を狂いなく観測し、着弾のコンマ一秒前に防壁を展開する。極限まで魔力を節約する神業だ。攻撃の意志を与えられた魔力の塊が衝突した瞬間、光は床に落ちた水滴のように弾け、飛沫を上げながら空中に拡散していく。


 だが、カイにとってその初撃は目くらましでしかなかった。既に彼は元の位置から大きく離れている。


 視界を頼りにしている人間や魔物ならばその時点で見失っていたのだろうが、魔力で世界を観測しているラッセルには通じない手だ。感知範囲を上に上げると、魔法によって脚力を強化し、何メートルも飛び上がったカイが次の一手を準備している。


 またも光魔法が飛んでくるが、やはり防御魔法の前に塵と消える。予測通り、カイの魔法がラッセルの作り出す障壁を貫くことはなさそうだった。


 ──ならば、どういう手を使ってくる?


 彼の動きを注視していると、驚くべきことが起きた。


 カイは防御魔法を応用し、空中で自分が作り出した壁を蹴ってさらに跳躍した。それはいい。少し考えれば誰でも思いつくレベルの発想。


 驚かされたのは、追っていた彼の魔力が二つに分かれたからだった。


 それは、ラッセル自身が昨日見せた、身代わりの魔法とほぼ同じ。


「分身魔法か……!? だが、これは……」


 確かに、魔力を追っているラッセルにとって分身魔法は天敵と言えるかもしれない。本体も分身も魔力でしか把握できないので、単純に二人に分身したように感じられる。恐らくは、昨日見せた身代わり魔法を元に考え出したのだ。


 とはいえ、分身はあくまで分身だ。最低限の魔力しかこもっていない方が偽物だ、と容易に看破することができる。魔力量を多く残している方に注意を向けていれば問題ない。


 だがこの状況に限ってはその方法は使えなかった。カイは今、自身の魔力を真っ二つに割り振っているのだ。あえて分身に必要ないほどの魔力を与え、どちらが本体なのかを完全にカモフラージュしている。


 一気に自分の魔力を半分削ることになる危険な手だ。そんな手を、魔力量が減少して使いやすくなるであろう後半戦ではなく、こんな早くに仕掛けてきた。堅実とは正反対といえる行為だ。


 しかしこの段階で使ってきたからこそ、不意を突き、一瞬とはいえラッセルの思考を止めることには成功している。


 肉眼で見ればすぐに判断がつくのだろうが、ラッセルにはそれができない。


 ──相手の弱点を見抜いての大胆な作戦。肝も座っておるようだの。


 どちらかが分身体であることは疑いようがない。ラッセルが作った身代わり魔法では、分身はその場に残るだけで、意志を与えることも、行動させることもできないはずだった。にも関わらず、どういう理屈か両方のカイが空中を不規則に蹴り、それぞれ別の方向から突っ込んでくる。


「とはいえこちらも、防御ばかりというわけではないがの」


 すぐに魔力を練り上げ、頭の中から状況に合致した魔法を選び出す。


 杖先が唸り、雷魔法が飛び出す。出が早く、火力も担保された得意魔法。


 地上から空へと逆走する雷撃。


 魔法を向けられた方のカイは、足元に作り出した防御魔法を足場に、身体能力を生かしてすんでのところで高速の稲妻を回避した。


 ──何故防御魔法で受けない……?


 直撃すると確信したら引っ込めるつもりだったが、この程度は打ち消されるだろうと想定していた。予想だにしていなかった動きに一瞬だけラッセルの背筋が凍る。


 ──いや、違う。あれが本体ならば防御魔法を展開すべきだ。今の動きは、最悪やられてもいいという前提のもとに取った回避行動。つまりは、そちらが分身だ。


 ジグザグに空気を裂いた魔法を、そのまま横薙ぎにしてもう一人のカイにぶつける。予想通り、そちらは素直に防御魔法で受けてきた。


 しかもよく見れば、最初に狙いをつけた方のカイは魔法を使える状況にはなかった。魔力の流れに注目すれば分かる。杖を持っていなかったのだ。


 二つの事実を導き出し、ラッセルは確信をもって本体のカイに集中する。


 防御魔法は攻撃魔法に比べて燃費が悪い。攻撃魔法をぶつけ続けているだけでも魔力量の差で押し切ることは可能だというのが一般的な話だが、そんな物量戦で勝利するために手合わせを申し込んだのではない。


 カイが手札を切ってきたのだから、こちらも未知の魔法を見せてやるというのが礼儀というものだろう。バスラントに引きこもるようになってから発想、開発した技術で、まだ誰も知らない魔法だ。


 自分の中の魔力に意識を集中させる。繊細な操作が必要な魔法だ。


 そのまま、意味を持たせない透明な魔力をカイに向けて放つ。それ自体には何の力もない。自然界に存在するのと同じ、ただそこにあるだけの魔力。


 当然、カイが魔力を引き付ける力に反応し、それらは彼の元に集まっていく。そこで初めて、ラッセルは杖先を向け、魔力に意味を与えた。


 魔法陣が展開されたのは、カイが展開している防御魔法のさらに内側だ。無意味だったはずの魔力が障壁をすり抜けてから魔法として形を成す。防御魔法を張っている状態では、どうしても安心感が生じ、相手の攻撃に対して意識が削がれる。油断とまでは言わない。針穴程度の隙を突いた緻密な攻撃は、防御不能な距離から放たれる不可避の一撃となる。


 彼の眼前、脅迫のように突きつけられた魔法陣。あとはそこから火球でも食らわせてやれば終わりだ。


 勝利を確信した瞬間、ラッセルに悪寒が走った。


 背後だ。


 分身体だと断じ、事実接近しながらも攻撃を仕掛けてこなかった、もう一人のカイ。認識から外している間に、ラッセルの横を素通りして着地したもう一つの存在。それが、全身の魔力を手の先に集めている。


 ──バカな。杖もなしに魔法が使えるはずがない。


 杖を介して魔力を制御するというのが、魔法の前提の前提。魔法あるところにはいつも杖がある。ずっと昔から定義されてきたことだ。この世界に生まれた人間ならば誰もが理解し、信じて疑わない魔法の基礎。


 ──だが、彼はこの世界の住人ではない。


 彼の手に輝いているのが魔法であることは疑いようがない。


 魔法を使うには、杖が必要。 そんな条件付けがされているほど、魔法は不自由ではなかったのだ。


 誰よりも魔法の自由さを知っていたはずだったのに。


 先達の姿を追うあまり、植え付けられた先入観にハマっていることに気が付けなかった。


 突きつけられた現実を飲み下している間にも、カイは魔力を形にしていく。


 事ここにあっては認めるしかない。空中で防御をすり抜けた魔法陣を目の前にしているのが分身体。背後から奇襲を狙っているのが本体だったのだ。


 まずい。悪寒は危機感へと姿を変え、ラッセルの心臓を痛いほどに打つ。


 杖先は分身体へ魔法を放つために輝いている。今から振りかえって新たな魔法を編み上げている時間はない。一か八か、まだ目の前のカイが本物だという可能性に懸けて攻撃を仕掛けた方が勝ち目があるかも知れない。


 いいや、そんな博打は今まで生きてきた人生が許さない。魔法使いとしての矜持が許さない。


 そんな僅かな確率を信じるくらいならば──


 ──自分が作り上げてきた魔法を信じるべきだ。


 杖先が正面を向いているということは、杖の尻側、石突は、背後に向いているということである。


 経験のない手段だ。挑戦しようと考えたことすらない。


 だが、カイが杖なしでの魔法という限界を超えた魔法を見せるというのなら。


 ラッセルもまた、この瞬間に限界を超えなくてはなるまい。


 執念が魔法を形作った。


 最も使い慣れた雷魔法が、不安定な稲妻を描きながら飛び出す。


 次の瞬間、魔法と魔法が正面からぶつかりあい、草原の全てが震撼した。

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