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余命:きみが大人になるまで  作者: 朔良 海雪
一章

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一章⑥ 優しい人になりたい

 遅れてやってきた王国警察に事の詳細を話し、六人の身柄は引き渡された。


 取り調べでのカイの話はしっかりと加味されたようで、センチュリア側にも探りは入れるが、すぐに敵対するようなことにはならないだろう、ということだった。


 嬉しい誤算だったのは、報奨金が出たことだ。カイは必要ないと言って、自分の分までリリカに押し付けてきた。事件に気付いたのも盗賊団を倒したのも自分ではないのだから受け取れない、と言ったのだが、カイがあまりにも頑なだったので、仕方なくお祭りで使った分だけはどうにか突き返し、大半をリリカが受け取ることになった。


 半日ほどの聴取から解放されたカイとリリカは、すっかり昇った太陽の下、大きく伸びをした。


「あーっ、疲れたなぁ。結局夜通し同じ話を繰り返さなきゃいけなかった……」


「わたしなんて、ほとんど居合わせただけだったのに……」


「仕方ないよ、みんな逃げちゃって、目撃者がリリカしかいなかったんだよ」


 町にはパンを焼くような香ばしい匂いが漂い始めている。もう朝ご飯の時間なのだ。


 匂いに誘惑されたのか、カイのお腹がぎゅるると鳴った。


「カイ、おなか減ったの?」


「うう、だって取り調べだったのに、カツ丼のひとつも出てこなかったから……」


 カツ丼とは? と思いつつ、リリカは提案する。


「あのさ、カイは、すぐにこの町を発つつもりなの?」


「え? うーん、できればそうしたいんだけど……でもおなかも減ったし、眠いんだよなぁ……」


「じゃあさ、よかったら一緒に朝ご飯を食べていかない? 今回のいろんなお礼に、お母さんから教わった料理を食べてほしいの」


「食べさせてもらえるならありがたいけど、本当にいいの?」


「もちろん! むしろ、それくらいしかお礼ができなくて申し訳ないんだけど」


「そんなことないよ。ありがとう」


 カイはいつものように優しく笑顔を見せる。


 そうと決まれば、向かう場所は一つだ。


 リリカたちは一路、牛車を預けている店へと向かった。




「うわぁ……!」


 ぐつぐつと煮込まれている鉄鍋の中身。それを目にしたカイが感嘆の声を上げる。それだけで料理をした甲斐があるというものだ。


 煮えているのは水牛から絞った新鮮なミルクだ。それをベースに、さっそく報奨金を使って朝市で買ったイモ類と水牛の肉、それにこれまた水牛のミルクから作った自家製チーズを加え、塩と香辛料を散らしてある。あとは火が通るのを待つだけだ。


 町の郊外で焚火を囲みながら、二人の間に和やかな空気が流れている。


 だが、リリカにはどうしても、訊いておかなければいけないことがあった。


「──カイは、やっぱり北の荒地を目指すの?」


「そう……だね。どうしても、ぼくはそこに行かなくちゃならない」


 カイは誤魔化そうとしたようだが、途中で諦め、素直に肯定した。


「マオちゃんはどうするの? 目的は分からないけど、そんな赤ちゃんを一緒に連れていくわけにはいかないでしょ?」


「それは……まだ考え中だけど……」


「──うそだよね」


 端的な言葉に、カイがぎょっとしている。


 リリカはカイの腕に抱きかかえられているマオに近づくと、頭に巻きつけられた布をばさりと剥いだ。


「あ、ちょっ……!」


 マオの小さな頭が露わになる。そこには昨日頭を撫でた時に触れた通り、二本の小さな角が生えていた。


 それは赤黒く、とてもではないが人間の肌と言い張ることはできない色と形をしている。


 だが、リリカは驚かない。それは予想していたことだ。


「ごめん、わたし気づいちゃった。マオちゃんの秘密」


「……隠しててごめん。でも──」


「うん、分かってるよ。きっとカイがマオちゃんを連れてるのも、北の果てに行こうとしてるのも、何か大事な理由があるんでしょ? 他の人には言えない秘密なんだもんね」


「……そうだね。できれば誰にも言わないでもらえるとありがたい」


「そんな顔しないで。誰にも言ったりしないよ。わたし、カイのこと信じてるもん」


 誰かに見られる前に、角が隠れるように布を巻きなおす。マオは僅かに瞼を開き、血のように赤い瞳を一瞬だけ見せたが、またすぐに眠りに落ちていった。


「……ほんとはさ、カイがどこかに行くなら、わたしも連れてってほしいって思ったの。わたしには頼れる人もいないし、これからどうしていいのかわからなかったから──でもね」


 鍋の前に戻り、イモがとろけ始めたミルクスープを取り分ける。器をカイに差し出しながら、決意を告げる。


「わたしもね、落ち着いたら旅に出るよ。お父さんとお母さんみたいに行商の旅をしながら、カイみたいにいろんな人を助けるの。最初は上手くいかないかもしれないけど……絶対、ぜーったい、カイみたいに優しい人になるんだ」


「……リリカ」


「えへへ。カイ、応援してくれる?」


 そう尋ねると、カイは両手で器を受け取りながら答えた。


「もちろん。リリカならきっとできるよ。頑張って立派な行商人になってほしい」


「ありがとう。カイも、目的が果たせるといいね」


 リリカも自分の分をよそい、熱々のスープを二人で一緒に啜る。程よい塩分と溶けだしたチーズの味が心地よく口の中に広がっていく。適度に溶けたイモのでんぷん質でとろみがついているのがポイントだ。


「おいしいね、味付けも煮込み具合もちょうどいいよ。水牛の肉って初めて食べたけど、柔らかくてホロホロしてるんだね」


「でしょ? お芋と調味料以外は全部、水牛からとれた素材を使ってるんだよ」


 水牛シチューはお母さんが一番多く作ってくれた料理で、リリカの大好物でもある。ミルクの優しい匂いが漂ってきたときには、それにつられてよくお父さんの手伝いを放り出していたものだ。


「おかわりもあるから好きなだけ食べてね。あ、でも残っちゃっても気にしなくていいよ。わたしが全部食べるからね」


「あはは。その勢いなら本当に全部食べちゃいそうだ」


 リリカがスプーンを動かす速度を見て、カイは苦笑している。


 それからも、リリカたちはいくつも言葉を交わした。


 永遠にも思える楽しい時間だった。


 それでも、話しながら二人で何度もおかわりを繰り返しているうち、ついに鍋の底が見えた。


 どちらともなく言葉が途切れていた。カイの器も既に空っぽで、そわそわと視線を逸らしながら身体を揺すっている。


 いつまでも引き留めるわけにはいかない。

 いよいよ、カイとはお別れしなくてはならない時が来た。路地に放り出された時のように、また一人になってしまう。


 ──いや、違う。


 弱気になりかけた心に鞭を打つ。


 わたしは一人でも、尊敬する三人のように生きていくと決めたんだ。


 カイには本当にいろいろなものをもらった。十分すぎる優しさを受け取った。


 だから、きっと大丈夫だ。


 だから、元気に別れを言おう。


「カイ!」


 立ち上がり、リリカは精一杯の笑顔を浮かべる。


「いつになるかは分からないけど──いつか絶対、また会おうね!」


「……うん。きっと、また会おう」


 カイの最後の返事は、残念ながら約束ではなかったけれど。


 リリカの心には、彼の言葉ひとつひとつがしっかりと刻まれていた。




 憧れの後ろ姿を見つめながら、指を組んで祈る。


「……彼の旅路に、エレシュ様のご加護がありますように」

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