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戴邦物語  作者: 龍本 明
夐遠の友
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兌を抜けて  《Ⅴ》

やっと抜け出た穴の先は、木々に囲まれたなだらかな傾斜のある広場のような空間。刺すような太陽の光に思わず目を細めて掌で光を遮る。

細めた眼で何があるのか見ると、まず扇形のように切り開かれた広場の中央には微風に揺らめく桃の木が可憐にその優美な花を咲かせているのが目に付いた。空は穴に入る前より青く、どこか高く感じ、風は生温い。千里は穴の先に新しい未開拓の世界を想像していた。と言っても、あくまで現実的な想像のうちであり、現実離れしたものは想定の外であった。心のどこかでは望んでいても、現実を思い知らされてきた千里はどこかでそんなものを否定していたのだ。だが想定外のものがそこには横たわっていたのである。桃の木の周りに散乱する白いもの、

――人の骨。

開けた広場には倒木が何本もその巨体を横たえ、その隙間から新たな命を宿している。その傍らで土でくすんだ骨が、半分土に埋もれてその白い部分を草が生えた地面に晒していた。そして、肋骨と思われる骨が指のように突出して埋もれた地面に突き立っており、その尖端にどこかで見たような蝶が止まって翅を休めている。一匹ではない、何匹もいる。なんとも異様な光景である。骨は傍から見て十人以上はくだらない数であった。

 ふつうに生活していれば見ることはないこの大量の人骨を見て千里は言葉を失う。一体この街で何が起こっているのだろうかと、案外冷静な思考ができている自分に少し驚くも、すぐに警察に連絡しようとすべる手で携帯電話を探った。しかし無かった。鞄に置いてきてしまったようだ。

戻ろうかと少し躊躇うが、こっちから山を下りて警察を呼んだ方が早いと判断し、少し高い場所にある穴から枯れ木のツタを頼りに自分の身長ほどの段差を降りる。すると、広場の先の少し遠くの方でがさりと音がした。動きのある音から察するにどうやら少年はそのまま山を下りているようである。

「翔!」

思わず名前を大声で呼ぶが、返答なく茂みを掻き分ける音は遠くなってゆく。無視されているのかはたまた聞こえていないのか。とにもかくにも、急いで山を下りてどこか民家を探さなくては。

千里は、膝についた土埃を軽く掃い、小走りで広場を抜けた。途中頭蓋骨のようなものを思い切り踏んだ気がしたが、何も考えないようにして走った。考えたら走れなくなってしまいそうだったからだ。だがその一踏みで高揚感は一気に体から汗とともに蒸発してしまった。


 整備されていない林を何回か滑って転びつつも、先で枝葉を掻き分ける音を頼りに山を下りてゆく。途中、鬱蒼とした葉の隙間から麓が見えたが民家らしきものは見えず、ただ不規則な形をした田園が盆地の川に沿って広がっているだけだった。こんな田舎のような場所が街にあったなんて、と不安定な足元に注意を払いながら思う。やがて、山の雑木林を抜けて、黄土の道らしきものが敷かれた道路に出た。舗装されていないようで、大きな砂利や雑草がびっしりとあり、誰も整備していないようであった。辺りを見回しても人っ子一人、民家の一軒、人の気配がするものが一つもなく閑散とし、ただ見たこともないような巨大な切り立った岩山が真正面にのっぺりとその稜線を青空にせり出して白い雲を引っかけ垂れ幕のように塞いでいる。母さんがいたころ色んな場所へ旅行をしたことがあるが、こんなでかくて切り立った山を千里は見たことがなかった。少なくとも日本ではありそうにない。しょうがなく、人気のある場所までいこうと道みたいな道をやや小走りに歩いた。遮るものがないほど開けた風景にも関わらず前をいっていたはずの少年の姿はなく、千里の脳裏に瑣末な不安が過る。そもそも、あれが翔という確証はないのである。人違い、いや、でも例えそうだろうが怪我をしている。さらに追いかける過程で大量の人骨まで見つけてしまった。単なる思い込みでは引くに引けない状況になってしまったのである。

 どれくらい歩いただろうか、道を辿ってゆけば民家に行きつくだろうと予想していたが、全くそんな気配はない。道沿いにある田圃(たんぼ)も、(うね)の形が不均一で植えられた稲も小さくまばらであり、土も乾燥してひび割れていた。そしてさらに二十分ほど、小高い丘を越えたところでそれまで小走りにしていた足をとめる。今日はおかしなものをよく見る日のようだ。

「……城?」

か細い道の先には、大きな山の斜面に土色の壁で囲まれた巨大な建造物があった。しかし、遠目に見てもその城と思われる建造物は朽ち果て、瓦礫の山と中身を失った城墻のみが寂しくそれを囲んでいた。その城墻もところどころ破壊され、守る能力はなさそうである。


「どうして……」


潰れたレジャー施設にしては、あまりに規模がでかく、人が観光するような場所にはない。駐車場も見当たらないし、近代らしきものはどこにも見えなかった。城だとしても日本にあるようなものではない。じゃああの朽ちた城は一体何なのか。

確かめるため――いや、あってほしくないという思いで半ば走っているような歩きをして、城の近くまでいくことにした。途中の道には錆びた槍や、折れた剣、鏃のついていない矢などが散乱していた。なにがなんだかわからず、ただその道を駆け抜けた。走りの速度に比例して、頭が徐々に混乱してゆく。小道は大きな道と合流し、落ちているものの量も増えてきた。道の脇にたまる骨、木製の何かよくわからない玩具、銅製の盾。千里はだんだん眉間が熱くなるのを感じた。軽い走りはついに全力疾走となり、目からはなぜか涙がこぼれ、息が苦しくなる。なにがなんだかわからない。城のようなものに近づくにつれ、その壁の大きさはとてつもなく大きいものだとわかった。

 そしてついに、開け放たれ散々に朽ちきった城門の前に着く。壁はところどころ剥がれ落ち、黒ずんだ液体のようなものが吹きつけられた壁の跡が生々しく模様を描いているかのようだ。

ぜいぜいと肩で息をし、やがて首を持ち上げて、辺りを見まわした。すると、見覚えのあるものがある。漢字だ。それが書かれた城門の上に傾いて掛かっている扁額を見た。


「……建……恭?」


外から破られたと思われる鉄の門扉の隙間から黒焦げに焼け落ちた家屋と瓦礫と化した楼閣が見えた。

急に脚の力が抜け、その場に崩れ落ちる。そして、悟る。ここは日本ではない、と。

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