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戴邦物語  作者: 龍本 明
夐遠の友
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兌を抜けて  《Ⅳ》

 神社は山の斜面の窪んだ場所に建てられ、注連縄(しめなわ)が捲かれた巨大な杉とともに本殿の裏からは神社を囲む高木の雑木林が急な崖に沿って天を覆うように枝葉を繁らせているため境内全体がぼんやりと薄暗くなっており、神を祭るに相応しい鎮守の森といえる神秘的な空間を作りだしていた。

青いペンキが所々禿げたブランコに腰かけて、辺りをぼーっと眺めた。竹林の葉の隙間から日光が差し込み少し大きな手水舎(ちょうずや)に溜まる水をきらきらと光らせ、境内に響き渡るくらいに可愛らしい声の野鳥が甲高く鳴き合っていた。この場所がどこか夢で見た風景と通じるような気がして、なんとなく嬉しくなり静かに目を瞑り夢の風景を頭の中で重ね合わせる。風が頬を優しく撫で、空間に穏やかな時間が流れる。誰も来るものはいない。俯いてブランコの下のすり減った地面を視点定まらぬ目で見つめた。そして大きく溜まりに溜まった息を吐く。朝から張り詰めていたものがゆっくりと解れてゆくような感じがした。


 だがその時間もつかの間、突然石段をぱたぱたと上る足音が林のざわめきに混じって聞こえた。誰かが来る。階段を上りながら息を切らせる声は男の子のものだ。ここに遊びにきたのだろうかと考えると同時に、こんなところ見られたくないなという小心な心配を抱いてちらりとその姿を見た。

投げかけた眼の動作はそのまま停止する。

それと同時にカチリと思考が止まった。はぁはぁと汗を拭いながら石畳を小走りに駆ける少年の顔に千里は見覚えがあった。やがて止まった思考はすぐこの状況の把握のため急激に働きだす。

そして見覚えがある記憶の行方をごちゃごちゃになった頭から探し当てた。


――行方不明になった……


途端、頭の中に一緒に遊んでいた頃の忘れかけていた記憶が一気にフラッシュバックする。

一緒に鬼ごっこをして遊んだ、一緒にゲームをしていた、学校でいつも一緒にいた、そしてふざけて先生に怒られて一緒に泣いた、あの――。

(しょう)

よく呼んでいた名前まで思い出して、ブランコに腰かけたまま目の前を駆けてゆく少年を眼を動かさず首で追った。

しかし、ありえない。もしこの少年が翔だとしたら自分と同じくらいの背丈であるはずなのに、翔と思われる少年は神隠しにあった当時の身長と顔つきのままだった。しかも、細かな刺繍が施された山吹色の装束を纏って右腕に腕輪をし、頭に髪を留める(かんざし)をつけている。今の日本でこんな格好をするとしたら祭事ぐらいだろうが、今日この辺りでお祭りなどはなかったはずであり、装束も日本にあるようなものとは少し違っていた。どちらかと言えば中国にありそうな衣装である。どちらにせよ、この少年がかつての親友と瓜二つであることに間違いはなかった。

 少年はこちらを見ずに、本殿の裏へと駆けていって見えなくなった。千里はしばらく茫然としていた。眼の前でありえないことが起こったのだ。かつて一緒に遊んでいた親友が、そのまま彼の時間だけが止まっているような出で立ちで現れた。だが、他人のそら似である可能性も拭えない。急激に加速した思考は、その処理能力を超えたようで一気にこんがらがってまた停止してしまった。

 しばらく前を見たまま自失していると、差し込む光に照らされさっき少年が通った石畳の上に何かがきらりと光っているものがあるのに気がついた。

ふらふらと腰をあげ、拾い上げて見てみると血がべっとりついた指輪であった。細かな銀の龍の彫刻が施され赤色の珠が填められている。さっきまではなかったということはあの少年の持ち物である可能性が高い。さらに、石畳の上の常緑樹の落ち葉に血が点々と続いていた。血のせいで填めていた指輪がいつのまにか抜け落ちたようである。

「大変だ、怪我をしているかもしれない」

鞄をそのままに、血の跡を追った。血は本殿の裏の雑木林に続いていた。

「おーい!怪我してるのか」

呼びかけてみたが向こうで小さく草木を掻き分ける音が聞こえるだけで返答はない。仕方なく、入って行ったと思われる細く傾斜が急な小道を上り少年の後を追った。

眺めのよい場所にある小さな墓石の前を過ぎ、誰かの小さな畑を通り抜け、ぶくぶくと空気が湧き上がる沼の側を通って少年を必死に追った。何故か追いかけているうちに、少年の安否を心配するよりもこの機会を逃さんがために追いかけているような気がしてきた。あれはきっと翔だ、という気持ちが次第に心の躍動を大きくしてゆく。

やがて、五分かかって周りに桃の花が咲き乱れる小さな滝壺の前についた。何故季節外れの桃の花が咲いているのか、という疑問は息をぜいぜいと切らす千里の頭に浮かぶはずもない。甘い花の香りがする。夢でも同じような香りを嗅いでいたような気がした。

血の跡は、入ってきた神社を見下ろすような場所にある滝壺の脇にぼうぼうと繁っている草木でできた小穴の前で途切れていた。枝葉がまるでそこに道を作っているかのように円筒状になって奥の方へとつづいている。高揚していた千里は咳を一つして喉を整えて意を決し、指輪を握った手をついて穴に入り込んだ。まるで長いこと忘れていた童心に還ったような心地で、迷いなくどんどん奥深くへと入ってゆく。

人一人やっと通れる小さな穴の先には光が見える。一体この先には何があるのだろうか、という逸る好奇心で少年のことなど忘れそうになっている自分を顧みずひたすら進んでゆくと、中間あたりで穴の中の温度が少し上がった。不思議に思いながらも、解を導き出せそうにないので、気にせず進む。


ついに長い穴を抜けた。しかし、


出口に広がるものに淡い期待を抱いていた千里が、(あな)を抜けて最初にみたもの、それは――


地面に無数に散らばる人骨だった。

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