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戴邦物語  作者: 龍本 明
氷の壁
31/47

東衛の火焔 西征の虎狼  《Ⅱ》

――司皐。


 その源流は方士(ほうし)であると云われる。

方士とは古代中国において神仙の術を体得した者、方術を行使する者のことを指し、道士とも云われていた。そして方士は長生きや不老不死の為に、神仙に(まつ)わるものを研究したり、魂を招くための祈祷を行ったり、仙薬などを作り用いたという。思想的には老荘の思想に近いようだ。


 戦国時代から漢にかけて、現在の山東省や河北省などで方士といわれる職業集団がおり、王やその他権力者に自らの不老不死の仙薬や術を売り込んだりして生活を営み、果てはその信頼を得て側近になったものもいた。権力者は不老長寿という言葉に弱かったのである。


金も名誉も地位も手に入れた権力者が最終的に渇望、盲信したのは不死の技術であった。そういった権力者の慾望があってか、真偽はさておき方士という職業が成り立っていたのである。かの現実主義者と言われていた始皇帝も晩年になるとある方士を信じて、金銀財宝を持たせて霊薬を探しにいかせたと史記にあるほどだ。


 しかし、様々な経緯を経てか戴邦ではその名を変え、実際に方士が探求していた仙術のようなものを使うようになった。司皐とは(こう)(つかさど)ると読む。国によっては司皐は官職名であったりし、国政軍事の重要な任に就いているところもある。また、司皐は皐士(こうし)とも呼ぶ。


 戴邦という土壌は皐術を育んだ。それが何故だかはわからない。土地のせいか、龍がいるからか――。人々もそれが当たり前になった今、その疑問の根底を(さら)うようなことはしなかったし、思いつきもしなかった。いつ生まれたのかわからない皐術は、時の中で河川のように本流から枝分かれを繰り広げ、あるいは諸子百家などの学派の思想と結びつき、また昇華され、無数の流派が生まれた。そしていろいろな分野に転用され、いつしか軍事に用いられるようになる。


 龍も皐術を使う。身を守るためとも言われるがその理由は定かではない。ただ、龍はそのまま使えるが雛龍は戒指(ゆびわ)を媒介にしないと皐術は使えない。しかし、皐術を行使できる人は媒介を必要としない。その不可思議な(ことわり)を調べる学者は戴邦でも数多いるが、雛龍に遭遇する確率があまりに低い為、調査のしようがなく、結局は伝聞による根拠が多いので真実性は薄い。一般的に皐士になるものは、天から授かる先天的なものか、修行や覚醒するなど後天的なものにわけられるのだが、それはまた後述する。


 その『皐術』というものであるが、大きく分けた分野、種類がいくつかあり、総称として皐術と言われている。例えば軍事に用いられるのは、だいたいは精神高揚など人の心理に作用するものか、敵を撹乱する類のものが多く、稀に兵士の増強などの術がある。それらすべてを皐術と呼び、戴邦ではこの皐術を司る司皐が戦の勝敗を決することがよくあるのだ。


「詳しく申せ」

瀑鈳は望楼を降りると、片膝を折って兵士に向かい合った。兵士は言う。

「私は高将軍の身辺を警護していました。高将軍は陣の守りを固め、いつでも事に挑めるよう配下と陣中を見回っていたのですが、その時突然東の方で火の手があがり、成軍が背面の崖を越え雪崩れ込んできたのです」

「司皐は」

瀑鈳はそのことを聞きたいようだった。

「司皐本人は見ていません……。ですが、あ、あれは司皐の術です」

「あれとは何だ!?」

「敵が飛んでいたのです」

「飛ぶ?」

「はい、白い煙を帯びた敵兵士が宙を歩いているのを見ました。仙人のようにです。そのあと崖から現れた兵士と共に天から火矢を射下ろされ、上と後ろを取られた味方は総崩れとなりまして、混戦の中将軍は敵の襲撃に遭い……」

酷く動揺しているのか、この兵士は呂律が悪く、ところどころ言が支離滅裂であった。

「確かに飛んでいたのだな」

「は、はい」

瀑鈳はそれを聞いて納得したのか、兵士に休息を取らせて宿舎に帰した。

「不騎、この話が真実だとすれば問題だな」

不騎はそうですね、と顎に手を添えた。

「これでは城壁、守備が全くの無意味ということです。そうなると上も警戒せねばなりませんので、我々にとっては不利になります。ですが、この奇策が通用するのは一度だけです。二度目はありません」

確かに、と瀑鈳は頷いた。

「敵が飛んでるのなら、鳥を狩るみたいに矢で射落としてしまえばいいじゃねぇか」

匡鉄には何が問題だ、と言わんばかりのことであるようだった。


一里ある、が――。

瀑鈳には何かが引っかかってるようだった。

「敵が司皐を従えているなどという情報は全くなかった。建恭の時もそのような情報は入っていない。捕虜に問いただしても、司皐という言葉は一つも出なかった。何故だ」

「情報統制で隠していた……と?」

「奇襲の為に温存しておいたとは推測できるが、何故今司皐を出した?何故本陣でもない、弧塁(こるい)の夜襲に使った?もし、我々がこのまま知らなければここは陥落していたかもしれないのだぞ」

「そこまでして桂丘が欲しかった、か、あるいはまだ何かある……のでしょうか」

不騎は顎を押さえたまま考え込んだ。彼は考え事をするとそのままの姿勢で無意識に没頭する癖があった。

 

 瀑鈳は松明が星のように無数に輝く桂丘を俯瞰(ふかん)する。彰の為、大志の為、領内の民の為、自分の為、様々なことがこの一戦の勝敗に掛かっていた。どうしても勝たなくてはならない、という決意と共に湧き出た情熱が秋風で冷えた体を熱くしてゆく。それは他の諸将も同じであった。息は微かに白い。鎧の冷たさが体中を身震いさせる。それは武者震いと言っていい。小さな振動が、大きな野望を震わせる。


聞け!

「直ちに城墻に弓兵を増員、弩を増配置し対空に備えよ。そして斥候を派遣し、敵陣の様子を探れ!韓泰、明日の夜は兵糧を少し多く兵士に配分してやってくれ。城民の慰労も忘れるな」

諸将は了解すると、散る様に各々の持ち場へ戻って行った。

そして、瀑鈳は不騎だけを呼んだ。

「良(不騎の名)、もしもの時はわかっているな」

不騎は少し悲しそうな顔をしてから、こっくりと頷いた。

「雛龍は、必ず」

瀑鈳は楼から顔を出す子琳に気付いたのか、ちらりと見やった。子琳は慌てて首を引っ込めて、手摺に頭をぶつけた。

「“蝶蘭(ちょうらん)”も、頼む」

わかりました、ですが、と不騎は言う。

「そうならない為に私がいるのです。勝ちましょう、まだ殿にはやってもらわなければならないことが山積しております。ここで死なれては困ります」

そうだな、と瀑鈳は小さく笑んだ。

しばらくして、城内の空気は火のような熱を帯び始めた。そして、相対する桂丘からは夜遅くまで成軍の歓呼の声が静かな闇に響いていた。


 翌朝、甲冑を纏ったまま剣を携え寝所で仮眠をとっていた瀑鈳の耳に驚くべき情報が舞い込んだ。

「援軍が参りました!!門前で待っておられます」

門前とは、彰領内側の門である。瀑鈳は素早く身を起こし、久々の朗報に安堵した。

「どなたが参られた」

「大司皐殿です」

「大司皐?」


少し頭が醒めていない瀑鈳は繰り返し尋ねてしまった。瀑鈳が何かの間違いかと思うのも

無理はない。大司皐とは中央の官職名であり、国内の司皐を束ねる長官である。国政に参与し、司皐として軍事にも関わるなど、その仕事は多岐に渡る。もちろん中央での仕事が主なので滅多に前線へなどは出向かない。その彰の現在の大司皐の任に預かるのは、氷越(ひょうえつ)という若い男であった。


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