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戴邦物語  作者: 龍本 明
彰を慮るは
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飛龍乗雲  《Ⅲ》

 子琳(しりん)の体はいつのまにか廉毅(れんき)の脚の裏に半分隠れていた。

もし、瓊凜(けいりん)に塩商の詳しいことを聞かれても答えられるわけないし、そもそも相手が建恭内でそんな商売敵を知らないはずがない。問い詰められれば、言い逃れる自信はなかった。

それを察したのかどうなのか、廉毅が顎を撫でながら瓊凜に尋ねる。

「もしかして君たちはお互いを知ってるのか?」

子琳はもちろん知るわけがない。一方、瓊凜はどこかツンとしながらこれに答えた。

「いいえ、知らないわ。ただ、もう一人助けられたって聞いてね、気になって少し話を聞かせてもらっただけよ」

どうやらさっきいた部屋のどこかから聞かれていたらしい。


「それで、あなた――子琳だっけ。私、建恭で他に塩商を営んでいた商人がいるなんて聞いたことがないんだけど、それって本当なのかしら?」

ここで嘘がばれたらおそらく面倒くさいことになるだろう、と子琳は直感した。嘘を真実として取り繕うのにまた嘘を塗り固めていくのはあまり賢いことではないことぐらいわかっているのだが、その時の子琳はぐらりと嘘を塗り固めていくほうに揺らいでしまう。

「僕は……えっと、そう。最近建恭に移ってきたばかりで、その……多分あんまり知られてはない……みたい」

ふうんと、瓊凜は疑うように子琳を見つめる。その見つめる目は泣きはらしたのか少し赤い。

「まぁいいわ。そうね……ここじゃ人が多いから少し歩きましょ」

 

 瓊凜はそう言うと(すく)んでいる子琳の小さな手を引いて、砦の高台に向かって歩き出した。強く握りしめる手は、弓弦を引いたばかりで少し熱っぽい。子琳は戸惑いながらも引かれるままに、この少女の後についてゆく。一瞬困ったような顔をした廉毅も少し距離を置いてこの二人についていった。



「……あなたも両親を亡くしたの?」

高台にある(うまや)へ至る坂を登りながら、瓊凜は尋ねた。それは、同情しているようであり、そうなのだろうという風な口ぶりであった。子琳は迷いつつ静かに頷く。罪悪感が心をふっとすり抜けた。

 すると瓊凜は麓に広がる大地を見やる。ここからは遥か遠くにある成の城と思われる褐色の城壁まで視認できた。

「そう……残念ね。私もなの。城から逃げてる途中でね、運悪く成軍の奴らに捕まって財産を洗いざらい奪われて、挙句に殺されちゃったの」

瓊凜は(くう)に呟くように言う。子琳は静かに相槌を打った。

「私は運よく物陰に隠れてたんだけど……目の前でね。お父様はとても厳格な人だったの。それはもう立派な人物(ひと)だった。でも、その時のお父様は莫迦みたいに命乞いしてたの。あんな姿見たことなかったし、見たくなかった。側に兄妹とお母様いたし、必死だったんだろうけど」

子琳は首で相槌をしたまま目を伏せた。 


「でも、あれだけ命乞いをしたのに、成軍(やつら)はその場で家族と下人みんな斬り殺したの。家畜でも殺すように、笑いながら。何かしたわけでもないのに、何もしていないのに。……絶対に許せない。それで誓ったの、絶対に復讐するって」

 はきはきと喋りながら、瓊凜の顔はいつのまにか紅潮していた。子琳からは瓊凜の顔は見えない。でも、その心情は察することができた。龍は人の心に感じやすい。直接触れていれば尚更だ。その感情が龍の心情にも影響するのである。

「……いきなりこんな話で、ごめんね。でも、どうしても誰かに言いたかったの。こんなところで話せるような人もいないし……」


 子琳の(こうべ)は次第に落ちてゆく。瓊凜は寂しかったのだろう。同郷にいる人間で助かったのは今のところ自分と、この瓊凜だけあり他には誰もいない。そう、一緒に痛みを分かち合える同じ境遇の人間がいるということがどれだけ励みになるか、それは計り知れない。それが偽りであるなら、自分はこの少女に残酷な嘘をついているということになりはしないだろうか。嘘をついたことで、この少女に虚構の希望を与えてしまったのではないだろうか。後悔と罪悪感が子琳の心に圧し掛かる。

 元をただせば、どうしてこんな嘘をつかなければならなかったのだろう。何をかばっているのだろう。子琳はだんだん自分のしていることがわからなくなってきた。


「……あなたも憎いでしょ?成軍(やつら)が」

「……」

子琳は黙った。確かにそんなことをする奴らなんて憎まれて当然であるが、子琳には元々関係のないことだし、もちろんそんな憎しみはない。だが、彼女は――そうだ、憎いという返答を欲しているのが痛いほどわかった。

「うん……憎い」

それを聞いて瓊凜の顔に少し明るさが戻った。対照的に子琳の表情は曇ってゆく。

「やっぱりそうよね。だから今、少しでも戦えるよう弓の練習をしているの。陸将軍(瀑鈳の名)に助けてもらったのは天の加護だわ、これは戦えってことよ、きっとそう」


 喜々として話す瓊凜はやはり女の子、まだあどけない可愛げがあった。だがそうしてゆく内に、子琳の心の奥底にもふつふつと伝達した怒りが湧き上がってくるような気がした。――子琳の心の尖端を少し焦がすような。

「子琳も、男なんだから戦わなきゃ」

瓊凜は子琳の手をより強く握った。

「でも……僕は――」

「戦わないの?」

と言われても、子琳にとっては誰の為に、何の為に戦うのか理由がないのだ。ただ巻き込まれただけ。それでは戦うといっても、簡単に折れる刃で敵に向かうようなもの。

「……」

「そう、子琳はまだ子供だからわからないのね」

そう言う瓊凜も傍から見れば立派な子供ではないか。と、思ったところで廉毅が慌てて二人を呼びとめた。

「そこから先は行かんほうがいい。実はな……妖獣(ようじゅう)がいるんだ」

「妖獣……!?」

 妖獣とは懜獣(ぼうじゅう)とほとんど意味的には同じである。違いは、元が人か人でないか。妖獣は主に人語を解する獣のことであり、懜獣は人が堕ちた姿のことである。だが、妖獣と同じ姿になることもあるため、判別がし難い。なので、同じ意味として使われることが多いのである。


「俺もあんまり詳しくは知らないんだが、瀑鈳様が手なずけている妖獣があの辺りに繋がれているんだよ。下手したら子供なんて簡単に喰われてしまうからな、あそこにゃ近づかないことだ」


 少し渋ってから、あと少しで厩の屋根が見えるというところで三人は(きびす)を返した。その後も瓊凜に弓を習った方がいいとか、なよなよしていて男らしくないとか散々言われ、ついには兵舎前に来ると手伝いがあると言ってどこかへ行ってしまった。

それを見送ると、子琳と廉毅がほぼ同時にふぅと大きな溜息をつく。

「気の強い嬢ちゃんだな。こりゃ子琳もうかうかしてらんないぞ。剣なら俺が見てやれるから練習するか?」

子琳は丁重に断る。



すでに、西日は淡い朱を帯び始めていた。


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