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戴邦物語  作者: 龍本 明
夐遠の友
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兌を抜けて  《Ⅵ》

 一体何がどうなっているのか。問える人もおらず、ただただ空回りする自問を頭の中で繰り返し、状況を整理しようとするが、途中でおかしな違和感が詰まってまた自問は振り出しに戻ってしまう。

しばらくして、まだ熱が残る頭をゆっくり稼働させて眼の前の現状をあるがままに呑み込もうとした。これはおそらく城である、しかもいつだったかテレビで見た中国の城に似ている。中国では街を城壁で囲んで外敵から街を守るのだ。では、なぜこんな場所に城が?いや、自分のほうがなぜこんな場所にいるのか、と言った方が辻褄が合う。翔に似た少年を追いかけて、草穴を抜けた。それはもしかしたら違う世界へ繋がる穴なのかもしれない。馬鹿な、そんなことがあるはずがない。と、砂利のついた手で顔を覆う。

しかし、そうとしか考えられない。慌てていたので意識しなかったが穴を抜けてからの風景は全く今までのそれと異なり、日本の自然風景のものとは明らかに違っていた。地形であったり、生えている植物であったり。夢か、あの夢の続きか。だが、皮膚から伝わる太陽の光熱と外気の感触は現実そのものであった。


 しばらく座り込んだまま、ぼうっと心ここにあらずな夢心地で目の前の建造物を眺めていた。そしてやがて、頭をひと掻きすると、ゆっくり腰をあげてふらふらと金具が外れかけた門扉のほうへと歩きだす。抜けてきた穴に戻ることも少し考えたが、まだ日も高い。冒険はまだ続いている、一体あの中に何があるのかということを確かめることにした。この楽観的な考えは、千里の元来の性によるもののようだ。ところどころなだれた城壁の下には深い(ほり)が掘り巡らされ、木製の尖った杭が溝にいくつも植えこまれており、その隙間に無数の白骨と朽ちた甲冑が散乱していた。千里は下をなるべく見ないように壕に渡された木橋を渡り、10mほどの長い門道をくぐった。


 千里は再び言葉を失った。火事だろうか、整備されていたと思われる街路に沿った家屋はほとんどが黒く焼け焦げて半壊または全壊し、炭になった家の柱がまるで墓標のようにいくつも立ち並んでさながら墓場の様相を呈していた。木造の建物は焼け落ち、石造りの建物は周道に瓦礫を晒し、焼け残った比較的大きな建物だけが焼け野原となった城内で目立っていた。

 隙間から多種多様な雑草がぐんと生えた、主要道と思われる石畳を千里はとぼとぼと歩く。夢の情景とはあまりにかけ離れた殺風景な風景は、千里にある種の無常感を植え付け、異邦に一人佇む自分がひどく孤独に思えた。破裂し地面の盛り上がった十字路を4つほど抜けたところで矩形に伸びた広場に出る。城のほぼ中央にあると思われるその大きな広場からは、四方にある城門が見え、市でもあったのか焼け残った屋台がいくつか無造作に並んでいた。そして、千里はおぞましいものを見る。広場のほぼ真ん中に黒ずんだ山があった。近くまでいってみないとわからなかったがそれは、何百もの人骨であった。脇には頭蓋骨だけがいくつも山になってあり、想像したくないことがここで行われていたことを思わせる。


 そしてようやく思い知らされる。

――戦争。

戦争があったのだ、ここで。そして、行われた――虐殺が。何百もの人の首が落とされ、その屍体がここで焼かれた。想像と同時に吐き気がこみ上げ、ここから逃げだしたくなった。

 戻ろうと顔を背けたその時、一定のリズムを刻む鉄の音が千里の耳に入る。そして、この軽快なリズムは馬の蹄の音だと瞬時に理解した。段々とこちらへ近づいているようである。

 冷や汗が体から一気に滲み出る。咄嗟(とっさ)に、どこか隠れれる場所がないかを見回し、すぐに広場に面した崩れかけの商店のような堂の影に飛び込んで、今いた場所の様子を窺った。もしこんな場所で誰かに見つかれば有無を言わさず殺されるかもしれないという恐怖感があった。


 少しして、広場に白い馬が入り込んできた。それを自らの足のように御すは、甲冑を着込んだまだ幼さの残る女性だった。長い髪を後ろで結び、脇には煌びやかな剣を携えている。千里の喉がなった。

この遠目に見ても顔立ちのよさそうな女性は、馬を降りるとさっきの骨の山を寂しそうな面持ちで見つめ、そして無言のまま、崩れた家屋ばかりの周辺を見回した。千里と年は同じくらいか少し上だろうか、じっとその女性に魅入った。だが夢で見た少女とはどこか違う。

 しばらく辺りを見回すと、ゆっくりこっちに向かって歩いてきた。千里の心臓の鼓動がびんと早くなる。顔を伏せ、見つからないようにするが、どんどんこちらに近づいてくる。

逃げようか、それとも戦うか。相手は女だ、力づくなら――だが、相手は剣を持っている。もし失敗すれば擦り傷では済まないだろう。武器をもっているだけで人はこんなに脅威に映るものなのかと、改めて思ってしまった。あと自分の隠れている場所まで数歩というところで、別の馬の音が聞こえてきた。女性は足を止め、その音の方向を振り向いた。

 騎乗し槍を片手に持った屈強そうな男が四人広場に入ってきて、その男のうちの一人が女性を見つけると大声をあげて叫ぶ。だが、千里には何を言っているのかさっぱりわからない。日本語ではないことは確かであった。女性は踵を返し、男達のほうへと歩きながら何か大声で叫んでいる。口論しているようだが、内容がさっぱり掴めない。ただなんとなくわかったのは、女性のほうが男達よりも身分が高いのではないかということであった。身に付けた装飾や、男の諭すような口ぶりは女性の高貴さをうかがわせる。


 かれこれ数分話し合ったところで、千里の緊張の糸がぷつんと切れてしまったのか、変な体勢で隠れていたのがまずかったのか、乗っていた不安定な木片が体重を支えきれず急に折れおもいっきり横にこけてしまい、男達から見える位置に体を晒してしまう。

 これに気付かぬ男達ではなく、少し驚いた表情をするとすぐに隊長らしき男が脇に指示をして二騎こちらに向かってきた。

もっと驚いたのは千里だった。すぐに体を起こし、声にもならぬ声で叫ぶと、瓦礫にぶつけた足の痛みも置いて、一目散に堂の崩れた壁から出て逃げようとした。

 見つかれば殺されるかもしれなかった。恐怖と焦燥と激痛が全身を駆け巡って吐きそうだった。随分手入れがされていない庭院(ていいん)を抜け、邸宅を囲む薄い壁を越えて死に物狂いで走って小さな通りに出ると、また見つからないように隠れながら走った。どうやらこの城内は傾斜にあるためか階段や段差がかなりあり、至る所で坂になっていた。

 遠くで男の叫ぶ声と、蹄の音がする。わけもわからずその音から遠ざかるように走った。しかし、闇雲に走った結果、道に不慣れな千里は努力虚しく四方壁に囲まれた行き止まりに当たってしまう。後ろからは蹄の音が迫ってきている。心臓が口から出そうなほど脈打ち、鞭打って動かした足と腕がぶるぶると痙攣する。わけもわからない場所で、わけもわからず、わけもわからない人達に捕まるのかと、絶望で目の前の光景が黒ずんで沈む。

 

 だが、霧中の闇の中を照らす灯のように、零れる涙を拭こうとする手を優しく掴む小さな手が千里を引っ張った。温かなその手は、千里の土まみれの手をぎゅっと掴んで、瓦礫の僅かな隙間に引き入れる。人一人が抜けれるのがやっとのその隙間を抜け、自分を導くものが何なのかを見たとき、千里は零れる涙と脚の痛みを忘れてしまった。見覚えのある顔。


――翔!


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