うそじゃないっ
あの後、奏音は西園寺家の権力を使って、レイの戸籍を作り上げた。その上で、レイを西園寺家の養子にした。
正式に奏音の義妹となったレイは、奏音を『奏音お姉様』と呼んで、――懐いた。
思い切り泣いて吹っ切れたか、ただ単に得た家族が嬉しいのか……とにかくすごく懐いた。
出会って数日後、レイはいかにも高級車な黒い車に乗せられ、奏音のメイドと共に西園寺家へ向かっていた。
「んんん……ねぇメイドさん」
「明日香と申します。どうか致しましたか、レイお嬢様」
「おじょ……んん、そうなるのか。じゃあ明日香。奏音お姉様ってどんな人?」
奏音の胸で思い切り泣いて以降、レイはもとの好奇心旺盛で掴みどころのない性格を隠さないようになった。
今も爛々と目を輝かせ、隣にいるメイドに楽し気な笑みを見せている。
「奏音お嬢様は、昔から大変聡明でございました。生まれて数年で大人向けの本を読み漁り、二桁の年齢になる頃には、世界を震盪させる論文を発表! その上容姿端麗! 運動神経抜群! まさしく『神童』でございます!」
「んー。奏音お姉様ってすごいんだねぇ」
『あーそれ前世があるからかなー』と思いつつも、とりあえず手振り付きで熱く語るメイドの言葉に笑いながら手を叩く。運転席では運転手がうんうんと満面の笑みで同意を示している。
どうやら奏音お嬢様のファンは多いらしい。
赤信号で止まった車は、ピヨピヨ鳴る信号機をじっと待つ。
メイドが声のトーンを落とす。
「でも……奏音お嬢様はそれ故に、同年代のご令嬢や令息たちと、あまり仲を深められなかったのです」
「? なぜ?」
レイがそれを訊いたのは、特殊な幼少期を過ごしたためであろう。
こてんと首を傾げる様子に、メイドはあわあわと唇を震わせて問う。
「あ、あの、レイお嬢様。お嬢様の幼少期は、その、どのような……」
「んん。お母さんと一緒にお父さんに捨てられて、そのあとからはお母さんから虐待を受けてたかな? 捨てられたのはお前のせいだーって」
「な、なななな……」
無論これは嘘である。一部事実の部分はあるものの、それを平然と言えるのは、さすが天才詐欺師と言えよう。
しかしそれを信じて疑わない――というか疑う理由がないメイドは、酷い境遇に胸を痛め、涙目になる。
「お、お嬢様……この明日香、一生涯付いて行きます!」
「うん? ありがとう?」
レイはよくわからないながら、とりあえず頷いておいた。
ふたりの絆が芽生えたところで、メイドはレイの質問に答えた。
「奏音お嬢様の聡明さは、一般的な幼児の域を遥かに超えておりました。ゆえに周りの子たちは、奏音お嬢様を、気味悪がって……」
「ああ……なるほど」
納得したという風に頷いたレイは、「じゃあワタシは大丈夫かなぁ?」とメイドに言った。
「え?」
「ワタシが奏音お姉様と同じように振る舞っても、大丈夫かなぁって」
つまり、過去に気味悪がられていた奏音と同じに、自分も気味悪がられるのかと言っているのだ。
ちなみにこれは純粋な好奇心ゆえの質問。たとえ気味悪がられると言われても気にしない。
メイドはちょっと笑って答える。
「大丈夫です。奏音お嬢様が成長するにつれ、周囲はお嬢様を羨望の目で見るようになりましたから」
「そうなんだ。じゃあ困った時は、お姉様を真似しようかな」
「え?」
その時、ようやく西園寺邸が見え始めた。
ものすごく大きな家だ。一般の家の十倍以上の大きさがある。
(詐欺師としても、ここまで大きいのは見たことないなぁ)
ちなみにレイはもとの世界では世界一の大富豪の愛人として、大富豪の家に潜り込んだことがあるのだが――つまり、そういうことである。
随分と規格外な人の義妹になっちゃったなぁと思いながら車を降りるレイ。
やたらと大きな扉を開けて(もらって)、入った先には――
「「「「おかえりなさいませ、レイお嬢様」」」」
大量のメイドと執事がいた。
ざっと三十はいるだろうか。一糸乱れぬ動きで頭を下げる様子は、まさに圧巻である。
圧巻なのはメイドたちだけではない。
天井に輝く大きなシャンデリア。美しい真紅のカーペット。大理石の床と柱には傷一つない。
そんな豪華な空間を前にして、レイは――
「お、おか……んん、おかえ……?」
ものすごく困惑していた。
ただし原因は装飾ではなくメイドたちの言葉。
親に疎まれていたレイは、当然『おかえり』『ただいま』のやりとりなんてしたことがない。ただそっと帰って、そっと押入れに潜り込んで、夕飯も食べずに眠るのだ。
過去一と言っていい程混乱したレイは、斜め後ろに立つメイド――明日香に『助けて』と視線を送る。
それに気付いた明日香はハッとした表情になって、レイに対処法を伝授してくれた。
「レイお嬢様。こういう時は、『ただいま』と言うのですよ」
「ただいま……ん、わかった!」
スススと近付いてきた明日香の助言通り、レイは自信を持って口を開く。
「ただいま!」
三人倒れた。
レイが言った後に、嬉しそうに笑ったせいである。
倒れた三人は、そばにいたメイドや執事にすぐさま医務室へと連れて行かれた。命に別状はなし。住み込んでいる医者には『はい? もう少しで尊死するところだった? ……頭の検査も必要でしょうか』というお言葉をもらった。
その時、なんで倒れたんだと首を傾げるレイの元に声がかかった。
「お前、だれだ」
冷めた声だった。威圧感に包まれたテノール。
顔を上げると、玄関の正面から続く階段の途中に、冷たい視線でレイを射抜く青年がいた。
高校生くらいだろうか。細身の高身長で大人っぽい振る舞いをしている。品のある服装から、上階級だろうと推測する。
サラサラの黒髪は、光の加減で蒼く見える。瞳はサファイアのような美しい青。どこか冷酷な雰囲気の、整った顔立ちだ。
気怠げに足を進める姿は、どこか優雅さがあった。
(…………んん? サファイアのような……?)
ふと、数日前の出来事が頭をよぎる。
養子縁組の書類にサインしていた最中に、奏音からこの世界について、少し教えられて――
「答えろ、女。その耳は飾りか?」
酷い言い草に、意識を青年へ向ける。
青年は不機嫌そうに顔を顰めている。
イケメンは顔を顰めていても美しい……ではなくて、この青年は一体誰なのか。
実はもう、レイには心当たりがある。
緊張感が空間を満たす中、レイはにこりと笑みを作ってみせた。
一分の隙もない完璧な笑顔に、青年が片眉を跳ね上げる。
レイは前に見たことのある淑女の礼を、見様見真似で再現する。
普通なら、上階級の令息に付け焼き刃の礼を披露するなんて愚策中の愚策。自滅志願者のバカのやることだ。
しかしレイには、見様見真似でも完璧に再現できるだけの才能があった。
繊細な仕草でスカートをつまみ、気品のある動きで頭を下げる。
口にする言葉は、即興だが決まっている。
「はじめまして。今日から奏音さんの義妹となります。レイと申します」
青年と奏音は確実に知り合いだ。上階級者同士、顔を合わせることも多いはず。
となると、きっと、いや絶対に義妹になるレイのことは聞いているはずで――
「義妹……? 嘘ならもっとマシな嘘を吐け」
なかったらしい。完全に嘘だと思われた。
失敗したなと思いながらも笑顔を崩さないレイ。さすがは天才詐欺師。
ここから持ち直すのは、レイが本気を出せば可能だ。
しかしできれば、手の内は限界まで晒したくない。
どうするか――と思っていたその時、聞き覚えのある声が響く。
「レイ! 来たのね!」
奏音だ。嬉しそうに顔を輝かせながら、満面の笑みで駆け寄ってくる。
奏音は駆けながら両腕を広げる。
「奏音お姉様ー!」
対してレイも、嬉しそうに両腕を広げて、飛び込んできた奏音とヒシッと抱き合った。
美少女ふたりの抱擁に、またメイドや執事が四名ほど倒れた。
青年は、そんなふたりを見て、眉をさらに顰める。
「……義妹、な」




