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つかまえた

 嘘よ、と震える声で呟く。

 レイは皮肉気に笑った。


「嘘じゃないですよ。ワタシは詐欺師です。組織じゃ結構有名だったんですよー?」


 磨かれたフォークをショートケーキに刺して口に含む。

 口の端に付いた生クリームをぺろりと舐め取って、どこか自嘲するように口元を歪めた。



「ワタシは正真正銘の詐欺師。政府に認められた、犯罪者です」




 ――政府直属詐欺組織【LIARレイアー】。




 奏音の前世で、あまりにも有名だった組織だ。


 政府が飼う天才たち。

 警察が手を出せない資産家たちなどを詐欺に嵌めて大金を巻き上げ、それをキッカケに金持ちたちを拘束する。


 騙し取る金額は、年間およそ――四十兆円。


 しかも詐欺師たちは、誰一人として正体を見抜かれない。仕事を失敗することはなく、鮮やかな手口で任務を完遂する。

 あまりにも洗練されたその手際に、後ろ暗い部分がある資産家たちは怯え、恐れる。



 世界最高峰の詐欺師たちのみで形成された――天才的なウソツキの精鋭部隊、【LIAR】。



 レイはその一員――世界水準の詐欺師。


 目の前が真っ暗になった気がした。

 ありえない、と心が否定する。

 喉がカラカラに渇いていく。呼吸が浅くなり、心臓がうるさいほどの鼓動を響かせる。


(わたしは……なんて人物に、日本の命運を託してしまったのよ……っ)


 同郷ならわかってくれるだろうと思ってのことだったが――間違いだったか。

 過去の自分を悔いるが、どうにもならない。

 唇を強く噛んで、震えを鎮めようとする。


(もし彼女が、国よりも自分を優先してしまったら……っ)


 そうしたら――また自分は、あの苦痛の日々を送らなければいけないのか?

 心の底から恐怖する。怯えが収まらない。

 国を見捨てるなんて、普通なら考えられない所業だ。

 だがレイは、それを行えるだけの度胸と、国を見捨てて生き残れるだけの力がある。

 絶望の淵で、奏音はか細い声を絞り出す。


「なんで……詐欺師って……」

「え? えーっと……“なんで詐欺師になったのか”ってことですか?」


 無垢な子供のように小首を傾げて、うーんと顎に手をかける。

 しばらく考えて、思い出したというようにパッと手を開いた。

 今までと違う、無邪気で可愛らしい笑顔を浮かべる。



「たしか――捨てられたんだと思います。両親に」



 え、と声が漏れた。

 なんてことないようにレイは続ける。


「なんか、母親がホステスで、お客さんに騙されてホテル連れ込まれて妊娠して、そのせいで職を失ったーとか。父親はすぐに蒸発しちゃって、実家とも縁を切られて……貧しい暮らしを強いられて、生まれて数年くらいは、罵詈雑言と暴力が日常茶飯事でしたね」


 それは、あまりに悲惨な過去だった。

 先ほど奏音が名前を褒めた時の曖昧な笑みは、そういうことだったのか。

 レイは懐かしむように、堪えるように目を閉じて、感情の読めない声で語る。


「それで、四歳くらいの時に捨てられて、生きるために物を盗んだり、物乞いをしてたんですけど……すぐに、保護? というか、保護って名目で捕まっちゃって」


 警察署に連れて行かれて、さすがに焦ったらしい。

 必死に言い訳と嘘を並べていると、突然レイの“保護者”を名乗る男が現れたそうだ。


「まあ保護者ってのは真っ赤な嘘でしたけどね。その人物はなんと、政府のスカウトマン。ワタシの才能に目を付けて、引き取りに来たらしいです」


 しかも彼女が警察に捕まった理由は、その男の密告だと後にわかったらしい。

 彼女に恩を売って、思い通りに動かすための布石。

 レイは――それに激怒した。


「でも怒ってもどうにもなりませんでした。毎日毎日嘘を吐く訓練をやらされ、膨大な知識を詰め込まれ、身も心もすり減っていった」


 泣けば叩かれた。苦痛を訴えれば怒鳴られた。素直な感情を表に出すことを禁じられた。

 食事も言動も考えすらも、制限され続けた。

 そんなある日――レイの心は、壊れてしまった。


「もはや傀儡でした。毎日毎日言われた通りに動くだけのお人形。なんの感情も感じませんでした」


 嘘を吐けと言われたら、なんの感情もこもっていない戯言ざれごとを吐き散らした。

 金を騙しとれと言われたら、なんの疑問も持たずに笑顔で人を欺いた。

 幸いというかあいにくというか、レイには嘘の才能があった。教え込まれればその分だけ成長した。失敗とは無縁だった。


 レイは手に持ったフォークをくるりと回して、ケーキに乗った苺に勢いよく突き刺す。

 赤い果汁が、白いクリームに血のように散った。


「それから二年くらい経って、ワタシは唐突に心を取り戻し――もう戻れなくなっていた」


 遅すぎたのだ――その時にはすでに、もう何十人もの人間を騙していた。

 何度も何度も嘔吐した。喉が枯れるまで叫んでも、不快感が拭えなかった。気が狂いかけた。


 レイが顔を俯ける。浅い息を吐いて、強く手を握り込む。


「もう誰も騙したくなかった。正直に生きたかった。普通の女の子になりたかった……ッ」


 レイの声に、徐々に悲しみと苛立ちが混じる。


「でも――ワタシは、光の下で生きるすべを与えられなかったッ!!」


 激情が顔を剥き出す。心からの叫びに聞こえた。

 奏音がそっと顔を覗くと、レイは涙目で、堪えるように歯を食いしばっていた。

 それを見て、奏音の胸に痛みが走った。


(レイは……本当なら、普通の女の子として、平穏な日々を送るはずだった。それを……政府の人間たちが、その未来を潰した……ッ!)


 奏音の胸には、もう怯えも後悔もなかった。

 静かに席を立って、レイの横に立つ。

 そして、そっと彼女を抱きしめた。


「辛かったわね……生まれてからずっと、ずっと耐えてきたのね……っ」


 エメラルドの瞳から涙が零れ落ちる。

 彼女の境遇に、動かずにはいられなかった。

 ギュッと固く抱きしめる。


「大丈夫よ……この世界では、アナタは犯罪者じゃないわ。っ、普通に、生きてもいいわ……っ!」

「ぁ…………」


 レイの喉から、か細い声が漏れる。

 奏音の背に、恐る恐るというように、ゆっくりと腕が回される。

 それをじっと受け入れていると、涙混じりの声が聞こえてきた。


「わ、たし……ずっと、苦しくて」

「っ、うん」

「でも、助けてなんて、いえ、なくて」

「うん……うん……っ」

「いっぱいいっぱい、悪いことした……いろんな人たちを、傷つけちゃった……っ。ごめんなさいって、言えなかった……!」


 魂の叫びのようだった。彼女の本音が詰まっていた。

 ふたりで泣きながら、奏音は言いたかったことを言った。


「レイ……わたしの義妹いもうとになって! 普通の幸せを勝ち取って!!」

「あ、あ、あああああああああああああ!!」


 奏音にしがみつきながら、レイは子供のようにわんわんと泣いた。奏音はそれを、涙を流しながら、頭を撫でて受け入れた。

 奏音は心の中で、固く決意する。


(この子は……わたしの義妹だ。もう、誰にも傷付けさせない……ッ)


 レイもまた、力強い声色で言う。


「ワタシを、義妹に、してください……っ」


 途切れ途切れで、だが心が籠ったような声。




「嘘でも、偽りでも、ワタシを信じてくれるなら……ッ!!」




 ――ああ、この子はわたしの義妹いもうとだ。


 そう感じた奏音は、()()に気付けなかった。


 破滅の運命を引き受ける、希望の光の少女。悲惨な過去を語り、悔い、本音を叫んですがるその姿。



 ――つ か ま え た。



 そう動いた、その口元に。

 勝利の笑みを浮かべる、その唇に。

読んでくださって、ありがとうございます!

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