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とんでもないこと

 女性が案内したのは、ひと目見ただけで高級店とわかるほど、高級感に溢れたカフェだった。

 女性は個室を指定して、大量の護衛たちに「この子とふたりで話したいのよ」と少女の腕を引いた。

 護衛たちは慣れたように一礼して、個室の扉の前で待機すると告げた。

 護衛たちを追い出してテーブルに着いた女性は、少女にメニュー表を微笑んで差し出す。


「何がいいかしら? 助けてくれたのだから、わたしが奢るわ」

「ん……じゃあ、ショートケーキを」

「……へぇ。わかったわ」


 少女が希望を伝えた瞬間、女性はどこか驚いたような表情を浮かべて、直後に微笑みを取り戻す。

 少女は出された紅茶(なぜか水ではなかった)を啜りながら、女性を観察する。


(……訓練された表情だった)


 自分の感情を、一瞬で押し留めて微笑んでみせた。明らかにポーカーフェイスを学んでいる。

 身に付けている物は、その全てが高級品だ。ブラウス一枚で、何十万――いや、それ以上かもしれない。

 加えて先ほどの、メニュー表を差し出す所作。とても優雅で綺麗な動作だった。

 付け焼き刃のような未熟な動きではない。長年染みついたような動き方。明らかに英才教育を受けている。

 決め付けは大量の護衛。しかもかなりの実力者ばかり集められていた。先ほど彼らに指示を出す様子も、手慣れていた。日常的に人に命令する立場なのだろう。

 優雅に紅茶を飲む女性をながら、少女は断定する。


(この人とは、親密になっておいた方がいい)


 おそらく彼女は、かなり育ちがいい。だからそれを利用する。

 地位が高いであろう彼女に気に入られれば、この状況を打開できるかもしれない。

 敵対する、あるいは繋がりを切るなんて論外。最低でも、連絡先を渡してもいいと思われるだけの好感は稼がなくてはいけない。


 言葉にするのは簡単だが、これが意外と難しい。

 少しでも不快感を抱かれてしまえば、それ以上好感を得るのが難しくなる。気に入られるためには、一度も好感度を落とさず、かつ上げていかなければならない。

 しかも彼女が良家の令嬢なのだとしたら、権力や身分を利用しようというやからへの対処は慣れているだろう。

 おそらく普通の人間なら、不快に思わせないようにするので精一杯。あるいは無理に関心を引こうとして、かえって反感を買ってしまうか。


 だが――少女には、絶対に失敗しないという自信と、それに見合う実力があった。


「助けてくれてありがとう。本当に助かったわ」


 ショートケーキとモンブランが運ばれてきたところで、女性が口を開いた。

 それに対して少女は、少し照れたような表情を作った。


「いえ、夢中だったので……お怪我がなくてよかったです」


 可愛らしくはにかむ様子を、女性は観察するように上から下まで、さりげなく視線を動かす。

 少女はそれに気付きながら、あえて言及しない。微笑みを浮かべたまま、女性を待つように黙っている。

 やがて観察を終えた彼女は、柔らかく笑いながら口を開く。


「自己紹介させてちょうだい。わたしは西園寺さいおんじ奏音かのんよ。奏音と呼んでくれていいわ」

「奏音さんですね。ワタシは櫻井さくらいレイといいます」

「レイ。素敵な響きの名前ね。ご両親のセンスがいいわ」

「……ありがとうございます」


 一拍おいての返答と曖昧な笑みに、奏音は違和感を覚えただろう。彼女は軽く首を傾げたが、特に追求してこなかった。

 代わりに、最も聞きたかったであろう言葉を掛けてくる。


「それで、レイ。アナタはどこから来たの?」


 どこか期待に満ちた声だった。わずかに震えている。

 数瞬迷って、レイは正直なことを話した。


 自宅にいたはずなのに、気付いたらあの場にいたこと、周りの世界に違和感を感じること、そこにあの通り魔が現れ、反射的に撃退してしまったこと。


「なぜ自分がここにいるのか、未だにわからないです。でも――奏音さんは、何か知っているんですよね」


 語尾に疑問符はなかった。レイにとって事実確認だったからだ。

 奏音はしばらく沈黙して「……そうね。アナタは正直に語ってくれたものね」と迷いを振り切るように言った。


「これからのわたしの言葉には、現実とは思えないような内容もあるわ。……それでも、信じて聞いてくれるかしら?」

「はい」


 レイは即答してみせた。真剣な面持ちで、まっすぐに奏音を見つめる。

 それに安心したように微笑んで、奏音は語り出す。




「わたしはね――転生者なのよ」




 とんでもないことを平然と言ってのける――だが、その手は僅かに震えていた。

 流石のレイも、言っていることをすぐに消化できなかったらしい。なんとか理解しようと眉を寄せている。

 奏音は続ける。


「加えていうなら、この世界は乙女ゲームの世界なのよ」


 二度目の衝撃。レイはもはや常識に収めることを諦めて、ただ淡々と奏音の言うことを呑み込むことにした。





 奏音曰く、ここは『宝石の瞳の君と恋をする 〜甘く輝くピンクダイヤは誰のもの?〜』、略して『ホセコイ』という大人気乙女ゲームの世界だという。


 内容は、現代のお金持ち学園を舞台とするシンデレラストーリー。

 主人公の少女――椿屋つばきや愛衣あいは、そこそこ大きい会社に勤める部長の父親を持つ下級令嬢。

 彼女の母親は根っからの庶民で、いわゆる玉の輿。しかしその母親も、愛衣が五歳の時に亡くなった。以来愛衣は『娼婦の母を亡くした没落令嬢』というレッテルを貼られ、周囲のお金持ちの令嬢たちから蔑まれることとなった。


 そんな彼女は、見目が大層整っていた。

 ふわふわとしたブラウンの髪、白い肌に映えるピンクダイヤモンドの色をした瞳。可愛らしい顔立ちは、目を伏せるだけで見る者に『助けなければ』と思わせる可憐さ。

 有り体に言えば、庇護欲を唆る可愛い系美少女。純粋な男子なら、涙目で目を合わせるだけでイチコロな容姿。


 その見た目で下級や中級のお金持ちの令息たちに贔屓され、今までなんとか生活できていた。だが会社が倒産寸前になると、さすがにどうしようもなくなる。

 普通の庶民より少し貧しいくらいの生活を、二年ほど送る。だが少し前まで欲しい物はなんでも手に入ったお嬢様が、それに耐えられるはずがない。

 そこで上がった解決策が、母親と同じ方法――つまり、自分よりもお金持ちの家に嫁ぐことだった。


 そのため愛衣は必死に勉強して、日本一のお金持ち学園と名高い『星凛せいりん学園』に特待生として入学。

 そこで上級令息たちと恋愛を繰り広げていくのだが――どのゲームにも障害が付きもの。その障害とは、お馴染みの悪役令嬢。


 ブロンズの髪にエメラルドの瞳。勝気な美人の顔立ちの上級令嬢。

 高い地位を盾に、時に気に入らない令嬢の親の会社を潰し、時に見目麗しい上級令息を無理矢理侍らせる、自分が一番でないと気が済まないワガママ令嬢。

 その令嬢の名前は、西園寺奏音。



 ――つまり、今レイの目の前にいる彼女だ。

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