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第5話 対峙

(まだそばを彷徨うろついているとしたら、この辺に隠れるはず・・)


 リエンは馬を止めると、木々が生い茂った近くの林の中に入る。背の高い木々が日の光を遮り、林の中は薄暗い。

 目の前の草むらをかき分けると、その先に何かを引きずった跡が続いていた。


 リエンは足音を立てずに静かにその痕跡を追うと、鼻歌のようなものが聞こえてきた。

 ご機嫌のようなその鼻歌は、聞いているだけでゾクリと背筋が凍る。


 リエンは自分の呼吸を止めると、徐々にその鼻歌のする方へと距離を縮めていく。

 すると、相手はリエンの存在に気付いたのか鼻歌がピタリとやんだ。


(今しかない)


 リエンは鼻歌のした方へと飛び出すと、そこには小さい女の子を赤ちゃんのように抱いて、ゆらゆらとゆする魔獣がいた。

 魔獣だが、体はまるで人間のようで頭からは猫の耳、お尻からは猫のような長い尻尾が出ていた。


(なんなのこいつは・・)


 猫の耳がついた魔獣は、大きな目をリエンにギョロリと向けると、抱いていた小さな女の子をその場で下に捨て、リエンに飛びかかった。


 リエンは急いで腰のフックを周囲の木々に投げると魔獣の攻撃をかわし、地面に落とされた女の子を慌てて抱き、彼女の顔にかかった髪の毛を払う。


「う、うぇ〜ん」


 リエンと目が合った女の子は、小さく泣き始めた。歳は2〜3歳くらいだろうか。

 外傷は見当たらず生きていることも確認でき、リエンはホッと安堵する。


 その間に、魔獣はものすごい跳躍でリエンに再度飛びかかる。

 リエンは急いで女の子を手放し寝かせると、腰の剣を抜き魔獣に突き刺そうとする。

 だが、今までの魔獣とは違い俊敏な動きをするこの魔獣は、リエンの攻撃を簡単に避けてしまった。


 リエンは怯むことなく、次から次へと木々の間を移動しながら攻撃を続け、魔獣に1箇所傷を負わすことができたのをきっかけに、連続して魔獣に切り込んでいく。


 魔獣は両手両足に無数の傷を受け血がどろどろと流れ出ている状態になり、リエンから距離をとり後ろに飛び去る。


「もうここまでにしてくれないかにゃあ」


 急に魔獣がリエンに話しかける。


「・・あなた、喋れるのね」


 リエンは動揺したが、それを悟られたら相手に隙を見せて負けると思い、平静を装って答える。


「まぁね。キミらだろ、ボクらを探してるっていうのは」


(普通に会話してるわ・・たぶん、こいつが知能の高い魔獣で間違いないわ・・)


「なぜ探してるって知っているの」


「なぜって、ちょこちょこキミらみたいな人間が、ボクらにチョッカイだしてくるからさぁ」


 リエンは嫌な予感がする。


「あなた、私と同じ服を着た人間と闘ったこと、あるの・・?」


 リエンがゆっくりと剣先を魔獣に向けると、魔獣はにやりと不気味な笑みを浮かべる。


「あぁ・・ミンナ、泣き喚いて動くからさ、ブチッブチッて体を裂くの、大変だったんだよ・・」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、リエンに飛びかかる魔獣。

 リエンは怯むことなく真正面から剣を持ち、対峙する。


 魔獣は鋭い爪でリエンの頬に体の至るところに傷をつけていくが、そんなことはリエンはお構いなしに、自分が受けた以上の数の傷を魔獣に負わせていく。


(このままならいける・・!)


 リエンはとどめを刺さんとばかりに、腰のフックで上空高くに飛ぶと、反動で急降下し魔獣へと剣を大きく振り下ろす。


 魔獣は肩から体の中心に向かって剣で切り込みを入れられると、さっと身を翻し剣を体から除きリエンから離れた。


「まぁだだにゃ。やられるわけにはいかないにゃ」


 ギラリと大きく光る目でリエンを睨むと、サッと後方の草むらへ飛び込み逃げていった。


「逃がすか!」


 リエンは急いで腰のフックを木々に引っ掛けていきながら、空中を飛び魔獣の後を追う。


 しかし、魔獣の移動速度は早く、リエンはすぐに見失ってしまった。


(・・早すぎる)


 追うのを諦めたリエンは、置いてきた女の子の様子が気になり急いで引き返す。


 急いで戻ると、地面に寝かされたままの女の子に触れる。

 女の子はリエンの気配を感じ取ると、瞑っていた目を開けまた泣き出す。


「ママ〜〜ママどこ〜〜」


 リエンは優しく女の子を抱き寄せる。


「がんばったね、えらかったよ。ママに会いたいね・・。ここは危険だから、私と一緒に街へ戻ろう、いいね?」


 母親の死を告げるには非情すぎる今は、ただ抱きしめてあげることしかできず、リエンは心が苦しくなる。


 女の子は泣きながら頷き、リエンにギュッとしがみつく。


(いっ・・たぁ〜・・)


 リエンは魔獣からの攻撃で傷ついた体全体がジュクジュクと痛むのを感じた。

 試しに手で肩あたりを触ってみると、血がじわっと手に滲む。


(思ったより攻撃受けちゃったな)


 リエンは女の子を抱き抱えながら、薄暗い林の中から脱するために、ゆっくりと歩いて行く。


 林の外に止めていた馬に女の子を抱えたまま乗り、王都へと戻り城下街に降り立つ。


(女の子のことを知っている人はいないかしら・・)


 リエンが女の子を抱えたまま街中を歩き出すと、人々がギョッとして振り返る。


 白い制服が血と傷だらけの赤毛の女が女の子を抱えてウロウロしている様子は、当たり前のように異様だった。


「ママ〜・・」


「・・寂しいね、会いたいね・・ごめんね・・」

 か細く泣く女の子の顔を、リエンは優しく撫でる。


「ちょいと!その子はうちの隣んちの子じゃないか!」


 バスケットにりんごを詰めた1人のマダムが、女の子を見て叫ぶ。


「こんなに汚れてどうしたんだい〜!お〜よしよし、もう大丈夫だよ」


 マダムはリエンから女の子を抱え上げると、女の子を優しく抱きしめてくれた。

 女の子も知ってる人の顔が見られて安心したのだろう、大きな声で、うわーんと泣き出した。


(良かった・・この子を知ってる人がいて・・)


 リエンが優しく見守っていたとき、頭にコツンと何かが当たった。


(ん?なに・・?)


 リエンが足元に落ちた何かを見ようとしたとき、ベシャッと額に何かが当たった。

 手で触れるとドロっとした透明のものと、白い殻が手につく。生卵だ。


 飛んできた方向を見ようとすると、次から次へとあらゆる物がリエンに向かって飛んできた。


「役立たずの兵団の奴め!この街から出ていけ!!」

「どうせまたロクな仕事しねーで、よくここに来られるなぁ!」

「税金泥棒!お前らなんか早く解散しちまえ!」

「成果を出さないんだったら、早くやめちまった方がいいぜ!」

「クズヤロー!」

「お前らなんかゴミと同じだ!!」

「とっとと失せろ!」


 罵声と共に投げつけられたゴミ、生卵、果物の芯、靴など多くのの物がリエンに当たった後足元に落ちていく。


 リエンは怒るでもなく止めるでもなく、ただ顔の前で腕を組み、投げつけらる物から身を防いでいた。

 その腕の隙間から、先ほどのマダムと女の子が見えたが、2人とも怯えた表情でリエンの状況を遠巻きに見ているだけだった。


 リエンは静かに瞼を閉じ、ゆっくりと腕を下ろす。罵倒と物の投げつけは止みそうになく、リエンは傷だらけの全身にそれらを浴びながら、馬の方へとゆっくり歩いて行く。


 ゴツン!

 固い瓶のような物が頭に当たり、リエンは頭がくらっとし、ぶつかった辺りに手をやる。


 ふっと、自分の影が暗くなり物が体に当たらなくなった。

 上を見上げると、キルナン王子がリエンに覆い被さるように群衆からの盾になってくれていた。


「・・危ないですよ、そこにいると」


 リエンは、感情のこもっていない瞳でキルナン王子を見つめる。


 キルナン王子は、リエンが頭を抑えている手をそっと剥がすと、傷を見て顔を歪める。


(あぁ・・歪んだ顔もイケメンだわ・・)


 リエンは、ふふん、と自笑し暗い視線を落とす。


 キルナン王子は、無言でリエンの頭の傷に取り出した白布を当てる。


「一体、この白布は何枚持っているのですか?」


 小さく笑うリエンの顔を、キルナン王子は大きな手のひらで優しく撫でる。


「あなたはいつも血だらけですね・・」


 キルナン王子はそう言うと、リエンを軽々と抱き抱え歩き出す。


「えっ、ちょっ・・と!私歩けます!やめて、降ろしてください・・!」


「静かにしてください。今は私に身を任せた方が賢明ですよ」


 群衆は突然のキルナン王子の出現に、シンと静まりかえっていた。

 キルナン王子の護衛隊が群衆を追い払い、人々は解散していく。


 去っていく人々をぼーっと見るリエンを、キルナン王子は彼女を抱き抱えながら無言で見つめていた。

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