第4話 女性
「そうですか、そういうことでしたら、こちらでお預かりいたします。わざわざご丁寧にありがとうございます」
赤髪を後ろに1本三つ編みに縛り、兵団の制服に身をつつみ王都に来たリナンは、城前で王族の男性の従者にキルナン王子に借りた白布を返却したいと伝えたところ、従者が預かるということで、城内に入ることなく帰ることができた。
(良かったわ、これで会わずにすむわ)
ホッと胸を撫でおろすと、リエンは意気揚々と王城の外階段を降りる。
(せっかくここまで来たし、王都付近で魔獣狩りでもしようかな)
魔獣は神出鬼没で、いつどこに現れるか分からない。
兵団、王族おかかえの騎士団、民衆の自警団、あるいは腕っぷしに自信があるものなど、多くの人が魔獣退治をしている。
(魔獣狩りしながら、例の知能の高い魔獣も探して、それから・・)
王都まで馬で来ていたリエンは、待たせていた自分の馬に、ただいまと声をかけ、足をかけ乗ろうとする。
「返さなくていいと伝えはずですが」
背後からの声に振り返ると、そこには手に白布を握ったキルナン王子が立っていた。
はぁ、はぁ、と短く息をしている様子から、おそらく従者から白布を受け取ったあと、慌てて追いかけて来たのだろう。
「はい。ですが、兵団の人間が王族の方から何か物を貰っていたなどと噂がたつと、王族の方々にご迷惑がかかると思いまして」
(本当は、貸しをつくりたくなかっただけだけど)
だが、実際にはリエンのこの借りたものを返すという行動は、王族と民衆の関係を考えればこそ必要なことだったかもしれない。
なぜなら、兵団は民衆から好意的な存在と思われていないからだ。
兵団は民衆の税金を使い活動しているが、昔こそ魔獣討伐といえば兵団というくらいに兵団の活躍が目まぐるしかったが、急に魔獣の数が増えたことにより自警しようとその辺の野良剣士が鍛錬をし魔獣退治を始めるようになってから、兵団の存在意義が薄れてきているのだ。
特に最近は知能の高い魔獣の捜索も難儀している状態で、より一層民衆からは使えない集団でただの金食い虫だと悪態をつかれていた。
「こんな白布を貸したところで、あなたを責める人はいないでしょう。それにこれは私が個人的にあなたに渡したものですから」
(こんな白布・・ね・・)
そのような高価な生地のものは、兵団の給料では余裕がなく買えたものではない。
だがそれよりも、あのときのキリナン王子からの親切な行為すら安っぽいものとして扱われたような気がして、リエンは少し傷ついた。
「あのときは助かりました、ありがとうございました。では私は用も済みましたので、これにて失礼させていただきます」
乗りかけてやめていた馬に、再度ひらりとまたがり早くここから立ち去ろうとするリエン。
「待ってください。これからどちらへ行かれるのですか」
馬に乗るリエンに近付いてくるキルナン王子。
「魔獣討伐に行き、知能の高い魔獣探しもする予定です。これ以上、私の失態で兵団の評価を下げたくはないので」
我ながら少し意地悪な言い方かな、と思いつつも、王族の自分への態度にリエンは嫌な気分でキルナン王子を突き放したかった。
「先日の兄の失礼な態度でしたら、代わりに私が謝ります。私はあなた方兵団の活躍を評価しています。それに、稽古中のことも気にしないでください。本当に・・魔獣を討伐したあなたの姿は美しくて忘れられな・・」
言いかけて、ハッとし手を口元にあて顔を背けるキルナン王子。
リエンはそんな王子の様子に、頭の中は、は???となっていた。
(美しい・・って言いかけた?私を・・?)
リエンは、ポカンとした顔でキリナン王子を見ると、顔と耳を少し赤く染めこちらを見る王子と目が合う。
(あー、わかったわ。私の機嫌とりでもして王族と兵団の関係性修復、そういう作戦ね・・)
「兵団のことに加え、私のことまでお褒めいただきまして、大変お気遣いありがとうございます。アーク王子のおっしゃられたことも、キルナン王子のお気持ちも、全てよくこの身に念じまして今後も行動するようにいたします。それでは・・」
作った笑顔で深々とお辞儀をすると、馬の手綱を勢いよく引き、その場を走り去る。
「待ってください・・!」
後ろからキルナン王子の声が聞こえたが、聞こえなかったフリをして振り向かず走り去ったリエン。
(ふうぅ〜めんどくさっ、やっと終わった)
馬で道を駆け抜けるリエンは、深く息を吸って吐き、気持ちが楽になるのを感じた。
(やっぱり1人でいるのは楽だわ)
馬に速度を落とすよう指示をし、ゆっくり進むリエン。
すると、道端に女性が1人うつ伏せで横たわっていた。
リエンは馬から飛び降りると、慌てて女性に駆け寄る。
「大丈夫ですか?!」
女性を抱き起こすと、顔は3分の1は皮膚が剥がれ、下腹部はえぐり取られ穴が空いていた。
そのうえ出血も多く、女性の下では血溜まりができていた。
(ひどい・・魔獣のやり口にしては残忍だわ・・)
リエンは女性が助かるすべはもうないと分かり、移動せずその場に留まることにした。
息絶え絶えの女性は、うっすらと目を開けると息絶え絶えの中、リエンの腕を掴む。
「私の・・娘がいたんです・・娘を戻して・・」
「さらったのは、魔獣ですか?それとも人ですか?」
「わか・・らない・・人みたい・・な・・でも、人・・じゃない・・」
女性はそこまで言うと、リエンを掴んでいた手がパタンと落ち、目を見開いたまま生き絶えてしまった。
リエンは彼女の瞼をそっとおろすと、彼女を近くの木陰へとうつす。
亡くなった彼女の前で手を合わせていると、ヒヒヒヒーン!という馬の鳴き声がし、バッと振り返るとそこには馬に乗ったキルナン王子がいた。
「何をしているのですか!?怪我をしたのですか!?」
馬から降りたキルナンは血だらけのリエンを見て、血相を変えて近寄ってくる。
「いえ、これは彼女の血です」
リエンは木陰に座らせた女性を見せると、キルナンは苦渋の顔をした。
「これは・・。・・彼女をこのようにした魔獣は倒したのですか」
「いえ、私が来たときにはもうこの状態で魔獣はおりませんでした。私は彼女に何もできませんでした」
哀しい眼差しで彼女を見るリエンは、手をギュッと握りしめ震える。
「彼女は私の方で帰るべき場所に帰すようにします」
キルナンは連れて来ていた護衛のものに手で合図をすると、護衛達が彼女を運ぶ手筈を整え始める。
「それで、あなたは怪我は本当にしていないのですね?」
キルナンはリエンの前に立つと、リエンをじっと見つめる。その眼差しはリエンを気遣うように優しく、リエンは思わずたじろぐ。
「大丈夫です。仮にしていたとしても、兵団にいればいつものことです。それに、キルナン王子が一兵団員に対してご心配されるようなことではないかと」
「・・っ、そうですが・・!・・あなたに会うといつも血がついているので、心配になるだけです。女性に血がついていたら、心配するものでしょう」
顔が赤くなったキルナンは、先ほど返した白布を取り出すとリエンの手を握り、手に付着した血を拭き取り始める。
「王子、せっかくの綺麗な布が汚れます!」
リエンは慌ててキルナンの手を掴み止めようとすると、キルナン王子はリエンを掴んでいた手をグッと自分の方へと引き寄せリエンの顔を見つめる。
(わっ・・力が強い・・!)
「・・!?何を・・・」
リエンは、自分の体がキルナン王子の胸の中にすっぽり収まる様子に、自分はやはり女性なのだと再認識させられた気持ちになった。
間近でキルナン王子に見つめられ、あまりの整った顔にリエンは少しの間見惚れてしまう。
(・・はっ、ダメだ、しっかりしないと・・!)
リエンは得意の体術で、キルナン王子の体の中からサッと飛び抜けると、距離を置いて地面に降り立つ。
「王子、汚い手を触れさせてしまい申し訳ありませんでした。私はこの後も任務がありますので、こちらで失礼いたします」
リエンは自分の馬へと近寄り飛び乗ると、キルナン王子の方を振り向かずに馬を走り出させる。
(一体なんなのよー・・アーク王子も最低だけど、キルナン王子も大概だわ!)
リエンは自国の王子達と自分はうまくやっていけそうにない気がして、大きくため息をつく。
(とりあえず、今はあの女性の子供を探さないと・・!)