第13話 過去
リーゼルとキルナンは、リエンの泣く様子を一瞬確認した後、すぐに魔獣に向かって走り出すと剣をふり瞬殺していく。
2人だけで数十匹の魔獣をあっという間に倒すと、キルナンは剣を鞘に納めリエンの元に駆け寄る。
「ううっ…ひっく…ううっ」
「リエン、もう魔獣は倒しました、怖がらなくて大丈夫ですよ」
「こわかった…」
リエンは、キルナンの首に手を回ししがみつく。その体は、小刻みにブルブルと震えていた。
「リエン…」
キルナンはリアンが落ち着くまで、優しく抱きしめ続けた。
◇◇◇
「リエンは落ち着きました。今はベッドでぐっすり寝ています」
キルナンは2階から降りてくると、部屋で待つ皆に向かって話す。
「あぁ、すまない。…それで、マハラ。聞きたいんだが、リエンが魔獣を怖がるのは帰ってきてからか」
「怖がったのはさっき初めて分かったんですが、帰ってきたとき床に剣が放り出されていたので剣をリエンに渡したのですが、リエンは何それ?といった感じで、触れることすらしませんでした」
「そうか…。それで、もう医者には見せたのか」
「いえ、呼ぼうとは思ったのですが、兵団のトップの1人がこんな状況だと市民に知れ渡ると、また…色々言われるかな…と。どうしたらいいのか判断できなくて、それでリーゼルさんを探しに」
「そうか…気を遣わせたな」
「それでしたら、王族専属の医者に来てもらいましょう。守秘義務がありますので、リエンのことも漏れることはないですから」
キルナンは護衛の1人に、至急城医者を連れてくるよう命じた。
◇◇◇
「どうですか」
キルナンは眠ってるリエンを診る医者に声をかけると、医者は険しい顔をしたまま、リエンを見つめた。
「うーむ…そうですな…。体に負っている怪我や傷を見た限りでは、致命傷になるほどのものはありません。制服がボロボロだったということですが、それに反して体の傷の数はそこまで多くはありません。ただ、皆さまの話を聞く限り、脳に何らかの問題があるかと…」
「戦闘で受けた傷が脳にあるってことか?」
リーゼルは、相変わらず不機嫌そうな顔で医者を見る。
「いえ、頭の傷や打撲等は診たところありませんので、外傷によるものではないと思います。ただ、過去の記憶と現在が混在していること、剣を持って闘うことを拒否したとのことから、何らかの形で脳に問題が起きているかと思います。外傷のない脳に問題が起きる場合は、たいてい心の問題も併発しています。おそらく、としか言えず申し訳ありませんが、彼女は一部記憶をなくさないといられないほどに、何か追い詰められることがあったのでしょう」
「元に戻ることはあるのでしょうか」
「それは私にも分かりません。今は、彼女がしたいようにさせておくのが一番良いかと思います。前の彼女に戻そうと、決して無理強いはしないことです」
「わかりました…。先生、遅い時間にわざわざこんな遠方まで、ありがとうございました」
キルナンは医者に礼を言うと、護衛に医者を連れて帰るよう命じた。
パタンと部屋の扉が閉められ医者が出て行った後、部屋に残されたキルナンとリーゼルは、リエンにそっと近づく。キルナンは、眠ってい
るリエンの頬を優しく撫でる。
「私に会ったあの後、リエン…あなたに何があったのですか…」
「あ?あの後?リエンがこうなる前に会っていたのか?」
「はい。ブラックキャットの顔が描かれた紙を父上に見せに来た後、少し話をしました」
「それで、リエンはその後どこに向かった?」
「魔獣討伐に…確か調査に合流すると言っていました」
「ということは、リエンはやはりオレとの待ち合わせ場所に向かったということか…。ちっ…!!あのイカれた第一王子に聞けば分かるってのに…くそっ!何かがあそこで起こった、だから、あいつはあの合流地点にいたんだろう」
いつも冷静なリーゼルは怒りに歯を食いしばり、握りしめる両手の甲には血管が浮き出ていた。
「これから、どうするつもりですか」
「オレは、リエンの足取りをもう一度追う。兵団としては、ブラックキャットを再度捜索し見つけた後速やかに抹殺する。その間、リエンのことは頼む」
「いいのですか」
「リエンもあんたのことを覚えているようだしな…あとは、リエンの調子が良さそうならドレスでどこか出かけるなり連れ出してやってくれ。…エルメルトは…昔よくそうしてた」
「エルメルト…、確か兵団の前団長の方でしたね」
「そうだ」
「昔そうしてたとは、リエンと…恋人だったということですか」
知らなかったリエンの過去に、キルナンは焦りと不安とで心臓の鼓動が早くなる。
「いや、正式に付き合っていたことはない。ただ、エルメルトはリエンにそういう気持ちがあった…と俺は思っている…。だが、自分の置かれている立場から、行動には出なかった。その代わり、男社会で頑張るリエンに時々の息抜きにと、兵団の奴らには隠してリエンにドレスなどをプレゼントし女性らしい格好で一緒に出かけていた」
「あぁ、だから先ほどリエンがドレス姿でいても、リーゼルあなたは驚かなかったのですね。私は、彼女の女性らしい格好は初めて見たので驚きましたが…」
「あぁ。2人で出かけているときのリエンは、楽しそうだった…」
眠っているリエンの顔を見下ろすリーゼルは、昔を懐かしむように穏やかな顔になっていた。
「…前から聞きたかったのですが、リーゼルはリエンのことを好…」
「悪いが、」
リーゼルは、普段より大きな声でキルナンの話を遮る。
「オレは兵団のアジトに戻る。あとは頼む」
リーゼルは眠るリエンを見つめた後、すぐに部屋から立ち去った。
◇◇◇
「キルナン…?」
リエンが目覚めたばかりのボヤッとした表情で、キルナンを見ていた。
「リエン、気分はどうですか?まだ寝てて大丈…」
ふわっとリエンの唇が自分の唇に重なるのを感じ、キルナンは驚いて固まる。
しかし、すぐにリエンの体に自分の手を絡めると更に深く唇を重ねる。
キルナンの首にリエンの腕が回され、寝ているベッドにキルナンを引っ張る。
「はぁ…リエン…これ以上はやめましょう」
「なんで…だめ?」
「あなたは病み上がりですよ、まだ体を休めるべきです。それにはっ…」
またもリエンに口を塞がれ、とうとう我慢ができなくなったキルナンは、リエンに覆い被さるようにベッドの上に乗り上げきしませる。
ドレスを捲り上げあらわになったリエンの太ももを撫でながら、そのままお互いに激しくキスを続ける。
「キルナン…好き…」
「リエン…」
息遣いも荒く2人はむさぼるようにキスを続け、お互いを求め合う。
すると、リエンの体が急に力が抜け重くなり、キルナンは腰に回していた腕を慌てて引き締める。
見ると、リエンはすーっ、すーっ、と寝息をたてて寝ていた。
「…ふぅ。このタイミングで寝るとは…」
キルナンは消化できないモヤモヤと物足りなさに、ため息をつく。
リエンをそっとベッドに寝かすと、額にキスをしそのまま静かに寝室を出た。
「リエンは、どうですか?」
階下に戻ると、テーブルの椅子に座ったマハラ、ピリ、ルイが心配そうにキルナンを見ていた。
「寝ました。今はそっとしておきましょう」
先ほどまでしていたことを思い出し、キルナンは少し気まずくなり、コホンと咳払いをする。
「あの、キルナン王子に聞いてもいいでしょうか。リエンとは、どういうご関係ですか?」
ルイが、まっすぐな瞳でキルナンを見る。
マハラとピリも、真剣な表情でキルナンを見ていた。
「私は、リエンに結婚を申し出ています。まだ正式な手続きは進んでいませんが、リエンの体調が良くなれば、準備が整い次第、彼女を妻にと考えています」
(リエンから、はっきりと答えをもらったわけではないが…)
以前のリエンからは答えは待って欲しいとは言われていたものの、先ほどのリエンからのアクションに、自分への好意が微かにあると感じていた。
「えっ、リエンと結婚・・?!」
3人に一斉に動揺が走る。
「…俺はやだよ、リエンが結婚するなんて」
「おい、ルイ!失礼だろ!」
マハラはキルナン王子をチラっと見て、ルイを牽制するも、ルイは気持ちが収まらなかった。
「俺たちは、リエンからそんな話を聞いたことはありません。そんな大事な話だったら、リエンから必ず俺たちに話してくれるはずです。…失礼を承知で言いますが、リエンからあなたのお名前を聞いたこともありません。急にそんなことを言われて、はいそうですか、と納得はできません」
「ルイ!やめろ!オレたちがそんな口の書き方をしていい相手じゃない!」
「じゃあなんだ、マハラはリエンの結婚に何も思わないのかよ」
「それは…」
ルイと同じ気持ちのマハラは、なんて言っていいのか分からず、口をつぐんだ。
言い争うルイとマハラの様子を心配しながら見ていたピリが、キルナンの方を向き静かに口を開く。
「申し訳ありません。俺たち3人とも、リエンのことが大好きなんです。俺たちをここまで育ててくれた恩もありますが、それ以上にリエンを心から大事に思っています。なので、リエンが、この結婚を、…本当に望んでいるのであれば、リエンから直接その話を聞きたいです…。キルナン王子の言葉で納得していない無礼は、承知のうえです…!」
3人の真剣な眼差しと話に、キルナンはリエンと3人の絆を感じ、またも嫉妬心がわいてくるが、自分でそれを必死に抑えた。
「わかりました。リエンが目覚めて調子が良ければ、そうするようリエンに伝えましょう」
「ありがとうございます」
「私はリエンの様子を見に行きますので、失礼しますね」
キルナンは3人が頭を下げる様子を流し見ながら、2階へ上っていった。




