第10話 懐柔
「庭を見ても驚かないのですね」
キルナンは、後方に立つミアの様子を伺う。
近隣の国々と比べてもこれほどまで華美な庭はないというほどに、豪華絢爛なこの庭はファーレ国の名を広めたものの一つであった。
「初めて見た大抵の方は驚くのですがね」
「あの・・私・・」
「兄と来たのですね」
「・・・」
キルナンは、またも俯いて黙ってしまったミアに近づくと、近くの赤い花を手折るとミアの顔の前に差し出す。
「この花は、兄が幼少の頃から育てていたお気に入りの花です。昔は好きな女性ができたらこの花を渡すと言っていましたが、兄とここに来たときにこの花をもらいましたか?」
ミアはハッたした顔をした後、涙ぐむ目でキルナンを見上げ悲しい表情のまま赤い花をキルナンの指からそっともらう。
「アーク様は、私にお花を下さったことは一度もございません。そのお話も初めて知りました」
「・・ミア嬢は、ここへは何度も来ているのですね?」
「はい・・アーク様が自国へ来られた際にお会いしたのをきっかけに、それ以降密かにお会いしておりました・・。父上と国王様は、私とアーク様の関係を知らないのです・・!このようなことになり、本当に、本当に、申し訳ありませんっ・・」
ぐすっ、ぐすっと泣きじゃくるミア穣。
「あなたが兄上を想うように、私にも愛する女性がおります。今ここにいない兄が、私の彼女に何かするような気がするのです。兄はどこへ行くと言っていたか、知っていたら教えてください」
「人に似た魔獣を・・ご存知ですか・・」
キルナンは、リエンが魔獣と対峙し傷だらけになっていた日と、今日国王に渡していたビラに描かれていた絵を思い出す。
「それが・・何か関係あるのですか」
「・・アーク様は・・最初こそ純粋に、そして熱心に魔獣について研究をされておりました。しかし、魔獣の交配とその生まれた子の成長を目にしてから、徐々に方向性が歪んでいきました。強い魔獣を作ろうと、自ら魔獣を捕獲しては交配させより強い魔獣をつくろうとしたのです」
「それは、なぜ・・」
「このファーレ国を魔獣による絶対なる力を持つ国とし、近隣から畏れられるように、とのお考えでした」
「バカな・・今はどこの国とも戦争もせず平和であるのに、なぜそんなことをする必要がある」
「私もアーク様の真意までは分かりません。ですが、そうやっていくうちに・・1体・・希望の魔獣が生まれました・・その個体を、アーク様はこう呼んでおりました・・」
「ブラックキャット」
名を呼ぶ声が聞こえた途端、シュッと木の上から降り立ったのは、猫魔獣だった。
「私の要望通りにできたか」
「はい、ご主人様。このブラックキャット、完璧に仕留めましたにゃ」
アークの前に跪くブラックキャットは、甘えたようにゴロゴロと喉を鳴らす。
「その割には、お前もずいぶんやられたようだが」
ブラックキャットは体中に深く抉えぐり取られたような傷を無数に負い、片方の足は小刀が刺さったままで、腕は一本なく片腕だった。
「う〜ん、強かったにゃ。女だと甘く見てたのに、けっこうやる子だったのにゃ」
ブラックキャットは口角をあげると、ない腕の肩を触りながら戦闘に思いを馳せる。
「その強さが魅力的なのだよ。それで、彼女はどこにある」
「こちらですにゃ」
小さく笑みを浮かべたアークは、ブラックキャットの後をついていく。
◇◇◇
「ここからは別行動だ。軽傷の者は重症の者を馬に乗せ医者の所へ連れて行け。オレは合流地点に戻ってリエンを待つ」
森林地帯から無事脱したリーゼル達は、息つく間もなく次の行動にうつる。
リーゼルは班員に指示を出した後、すぐに1人でまたうっそうとした森林地帯へと戻る。
腰からフックを前方に投げ、木の枝から木の枝へと身軽に飛び移る。兵団一の俊敏さをもつリーゼルはどんどんと木々を追い越し、ものの数十秒で合流地点まで戻ってきた。
高い木の上で止まると、下を見下ろす。
(まだ来ていないのか)
リーゼルはリエンがいないことを確認するも、すぐに降りず、気配を消しその場から下方全体を見回す。
(なんだ・・この嫌な感じは・・)
特に変わった様子はなく時折り風に木の葉が揺れる程度だったが、なぜか言葉ではいいようのない嫌な予感がするリーゼルは、そのまましばらく動かずにいた。
すると、奥の木々の方から声が聞こえやがて2人の人物が現れた。
(あれは--)
出てきたのは、アーク王子とキルナン王子だった。何か言い争いをしている。
「キルナン、お前なぜここに私がいると分かったんだ」
「ミア嬢に聞きました。兄上、あなたが行っていることは、人道的に反することです。リエンや兵団が必死に探していた知能の高い猫魔獣が、まさかあなたが作り出したものとはっ・・!」
「これも研究の一環だ。別に被害が出てるわけではないんだ、問題ないだろう」
「被害なら出ています!猫魔獣は、先日女性を殺しています!兄上の知らないところで、人を手にかけているんです。今すぐ始末するべきです!」
「そうか、それは悪かった。以後そのようなことをしないよう、私からブラックキャットに伝えておこう」
「それで済ませるつもりですか!?」
「キルナン、お前はもう城に戻れ」
「兄上!!」
怒りに満ちたキルナンは腰の剣を素早く抜き、兄アークに切先を向ける。
「・・いいだろう。お前がその気なら」
アークも剣を抜きキルナンに向ける。
お互い見合ったその瞬間に両者は互いに勢いよく走り込み、剣から火花がちるほどにぶつけ合い本気で相手を仕留めようと、歯を食いしばり剣を交わらせ合う。
戦闘能力では兄に劣るキルナンは、やはりアークに攻めあげられ剣の切先を喉元に突きつけられる。
「最後に言うことはあるか」
兄アークの質問に、キルナンは答えず兄を見つめたままでいる。
「残念だよ」
アークはポツリと言い、剣を握る手に力を入れ、勢いをつけるため少し後ろに肘をひく。
「剣を下ろせ」
アークの背中に剣を突きつけたリーゼルが、冷静な口調で伝える。
「君は兵団の・・そうか。キルナン、お前は運がいいな」
アークは言われた通りに剣を下ろす。
「剣をその場に捨てろ」
リーゼルからの指示に、またも素直に従うアークは、剣をガシャンと地面に落とす。
だが、リーゼルは依然とアークの背に剣を突きつけたまま、アークから目を離さなかった。
「猫魔獣・・ブラックキャットと呼んでいたか。奴は王族の手によって生まれた、人工的なキメラか」
「違います、私や、おそらく父上も知らないことです。王族全体で行っているわけではありません」
キルナンは関与を否定すると、アークはふぅ、とため息をついた。
「やめてくれないか。これは、私が精魂込めて行っている研究の一つだ。魔獣を軍事的に使用することは、とても有益だと思わないかね?それなのに、そんな発想をもしない平和ボケした他の王族と私を一緒にしないでくれないか」
「ブラックキャットは、どうやって作った」
「ふぅ・・言ったらその剣を離してくれるのかな?」
「質問に答えろ」
リーゼルは、剣先をアークの背中に更にギリッと突きつけ、背中には血が滲んだ。
「ふぅ・・あいつは、猫に似た魔獣の遺伝子に、私の遺伝子を配合させて誕生させたものだ。見方によっては、まぁ私の子ともいえるな」
「兄上、なんてことを・・!!」
「なかなか上手くいなかくてな、大抵は母体魔獣が途中で死ぬか、奇形として生まれ落ちるかだったんだが、何十体目だかでやっと成功して生まれ育ったのがブラックキャットだ」
「そうか、それで国内で知能の高い魔獣騒ぎをしている中でも、黙って大事に匿ってたってわけか」
「それはそうだろう、やっとできた子なんだ。簡単に捕まらせるわけにはいかない」
「人を襲っていたとしてもか」
「弟から聞いたよ。女性を1人殺してしまったらしいね、それはきっと何かの事故で--」
「兵団員を何人か殺したこともあるそうだ。リエンが奴から直接聞いている」
「へぇ・・そうなんだ・・」
アークの金色の目が、興奮したようにキラッと光る。
「オレの考えでは、奴はもっと前から人を殺していて、それがたまたま街から外れた身寄りのない人間などで痕跡が残っていなかった。だが、少しずつ人々は得体の知れない異変に気付き始め、今の騒ぎになっていったんだろう」
「さぁね、私はブラックキャットが何をしていたのか、逐一把握はしていないのでね」
「・・兄上・・まさか知っていたのですか?」
「・・・」
「兄上!!」
兄アークの肩を掴もうと近寄るキルナンを、リーゼルは片腕を上げ制する。
「ブラックキャットはどこにいる」
「さぁね」
「質問を変えよう。では、リエンはどこにいるか知っているか」
「さぁ?君は、なぜ私が一兵団の女などの所在を知っていると思うのだね?」
「さぁな、だがオレの勘ではお前らが関係しているといっている」
(さすがに、まだここに来ないのは遅すぎる)
リーゼルはリエンが現れないことに、胸騒ぎがしていた。
「兄上、リエンに何かしたのだとしたら、私はいくら家族とはいえ兄上を許しませんよ・・」
キルナンは兄アークが地面に落とした剣を拾うと、アークの腰の鞘を鮮やかに切り落とす。
「兄上、あなたを今から王都に連行します」




