転生したら魔王の娘だったけど、ちょっと話が違う!
――目を覚ましたら、角が生えていた。
「……へ?」
鏡に映る自分を見て、開いた口が塞がらない。
ツヤのある漆黒のロングヘアに、ルビーのように輝く瞳。そして、額からニョキっと生えている二本の立派な角。思わずつついてみたら、ちゃんと痛かった。
「いやいや、え? なんで? 私、確か高校の通学路で……あ、トラック?」
そう。前世の記憶はちゃんとある。私は元・日本の女子高生、アズラ・リリィ(本名:高橋りりか)
こっちの世界での名前は『アズラ家のリリィ姫』
そう、あの伝説の魔王ゼオスの娘らしい。いや、らしいっていうか、ほぼ確定情報である。
「なんで魔王の娘になっとるんだ私!」
朝っぱらからベッドの上で頭を抱えていたら、ノックの音とともに、ドアが開いた。
「おはようございます、お姫様。ご機嫌いかがですか?」
金髪ポニーテールのメイド――フィーナがにっこりと笑いながら、朝食のトレイを持って現れた。魔界のメイドって、もっと物騒な感じかと思ってたけど、彼女はほぼ天然系癒しキャラである。
「ご機嫌は……うーん、三割くらい?」
「そうですか。では、お食事に好物のドラゴンステーキを追加しておきますね」
「好物って誰の……って、朝からドラゴン!?」
なんだこの世界。食事からしてスケールが違う。
――そして、リリィ姫は今日もお城の講義室で魔族の勉強である。
「ではリリィ様、今日のテーマは『魔族の三大マナー』についてです」
講師のドラン師匠は、見た目がゴリゴリの鬼族で、身長2メートル、腕の太さが私のウエストくらいある。見た目だけならラスボスだが、意外と教育マニアで授業は丁寧。
「えーっと、魔族の三大マナーって、『目には目を、角には角を、力には超火力を』……とかじゃないですよね?」
「それは昔の戦闘マナーです。現代では、挨拶、礼儀、支配、の三本柱でございます」
「三番目、ちょっと物騒じゃない?」
ちなみにこの授業、全部魔族語で進んでいるんだけど、不思議と聞き取れるし話せる。転生特典かな? 言語習得がバグってる。
でも、講義中ずっと引っかかっていることがある。
私、どう見ても周囲の魔族たちより魔力が少ない。訓練場で魔力測定器に手を置いても、数値は「5」。ちなみに一般の魔族が平均「300」らしい。
「やばい、魔王の娘なのにチート能力がまったくない……」
しかもここの世界、親の威光がすごい。私が魔王の娘じゃなかったら、今ごろ掃除係コースだ。
夜。城の塔の上で、星空を見上げていた。
あっちの世界の夜空も好きだったけど、こっちはこっちで幻想的。空には三つの月が輝いている。そのうち一つはハート形(たぶんファンタジー的サービス精神)
「ねぇリリィ、やっぱり君、なんか変だよ」
声をかけてきたのは、隣の塔から飛んできた幼なじみ(自称)のカイロン。彼は半人半魔のハーフで、リリィの幼少期からの友達――という設定らしい。たまにくどいが、イケメンなので許す(悔しいけど)
「変って何よ、失礼ね」
「だってさ、君、魔王の娘なのに魔力ぜんぜん使えないし、『スマホ』とか『カップ麺』とか意味不明な言葉よく言うし」
「うっ……」
鋭い。魔族、観察眼までレベル高いな。
「ま、俺はそういうリリィも面白いと思うけどね。ていうか、また父上とケンカした?」
「した。あの人、いっつも貴様は魔王の娘たる自覚が足りんって怒鳴ってくるの。私は人間っぽく育ったんだからしょうがないじゃん!」
「……うん、確かに魔王の娘っぽさはゼロだよね」
「そこ同意しないでくれる!?」
でも正直な話、ゼオス――つまりお父様は、めっちゃ怖い。顔は渋カッコいいのに、言動が常に殺伐としてる。今朝も、使用人が紅茶をぬるくしただけで炎の柱が上がった。いやあれ訴訟案件では?
「……でもさ、父上ってなんだかんだ、リリィのこと見てるよ」
「え?」
「今日の訓練場の件も、あとで魔力測定器いじってたって話、聞いた」
「……あれ、やっぱ壊れてたのかしら」
「ううん、逆だよ。あれ、魔力隠しの封印がついてたって。おそらくリリィが小さい頃、誰かが君の魔力を封じたんだ」
「…………へ?」
何それ、初耳すぎるんだけど。
「だから、きっと君の中にはまだ眠ってるよ。魔王の血……すっごい力が」
「いやいや、急に厨二バトル始まりそうな雰囲気やめて! 私まだ転生初月だから!?」
それでも――なんとなく胸の奥がざわめいた。
ほんの少し、温かく、でも怖い何かが、ゆっくりと目を覚まそうとしているような。
「ねぇカイロン、もし本当に、その魔王の力が目覚めたら……私、どうすればいいと思う?」
星空を見上げながら聞いたその質問に、カイロンはしばらく沈黙して――それから笑った。
「簡単だよ。リリィが思うように生きればいい。それだけさ」
「……うわ、イケメンかよ」
「知ってる」
「調子に乗るな!」
バシンと軽く背中を叩くと、カイロンは「いてて」と笑った。
まるで、前世の放課後のような、心地いい時間。
でも、これから先――私の中で何かが、確かに変わり始めていた。