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第五話



そんな生活が続いたある日のこと。


学校から帰宅すると、家の中が異様に静かだった。いつもなら俺がドアを開けた途端、「遅いぞ人間!」と叫ぶ声が聞こえてくるのに、今日は何もない。リビングに入ると、魔王がソファに座り、珍しく真剣な顔をしていた。


「おかえりだ、我が下僕よ」

「ど、どうしたんだ? 今日はやけに静かじゃないか」

「我輩は重大なことに気がついてしまった」


そう言うと、魔王は右手に何かを掲げた。それは母さんの金のネックレスだった。俺の学校の卒業式やら同窓会やらここぞという時にしか身に付けない逸品である。


「おい、それ母さんの大事なものだぞ! 何してるんだよ!」

「黙れ。我輩の魔力を回復させるためだ」


そう言うや否や、魔王はそのネックレスを口の中に放り込んだ。


「お、おい!?」


慌てて止めようとするが、時すでに遅し。魔王はごくりと音を立ててそれを飲み込んでしまった。


「な、何してんだよ! 」

「心配するな。これは我輩が回復のために必要な措置だ。あとで返してやる……かもしれん」


そう言い放ち、魔王は目を閉じた。次の瞬間、空気が震えるような感覚が部屋を満たす。魔王の体が微かに光り、髪の赤みが一段と鮮やかになっていく。


「ふむ、確かに効くな。元の世界では黄金を取り込むことで、魔力の一部を回復できておった。この世界でも変わらないようだな」

「取り込むって……なんでそんなことすんだよ!?食ったり寝てたりしたら魔力は回復するんじゃないのか!?


呆然とする俺に、魔王は平然と言い放つ。


「この世界に魔力はない」

「知ってるよ!」

「いいか、魔力がないんだ」


魔王の瞳が俺を捉える。


「魔力は回復していなかった。とんだ盲点だ。我輩は完璧な生物だが、ミスをしないわけではない。悪かったな、下僕よ。わしは勘違いをしておった。ここは、異世界だ。過去でも未来でも並行世界でもなく。異世界なのだな」


魔王は目を細めて不機嫌そうにため息をつく。


「それってつまり、黄金を体内に取り込まないと、元の世界に戻れないってことか?」

「その通りだ」

「なんだよそれ……」

「下僕よ。契約変更だ」


魔王はニンマリと笑った。


「貴様持っている黄金をありったけ差し出せ。そしたらもう一つや二つ貴様の願いを叶えてやろう」

「それは無理だ」

「……なぜ?」


魔王の目がぎらりと光る。


「持ってないから」

「まじ?」


●◯


その夜、俺は魔王とリビングで対面していた。相変わらず彼女はインスタント食品をつまみながらくつろいでいる。


「なぁ、リアス。この世界の黄金を集める方法って何か知ってるか?」


俺の問いかけに、彼女は不思議そうな表情を浮かべた。


「この世界ではかなり価値があるらしいな。希少性が高いと言った方が正しいか。どうやって入手するのだ?奪うのか?」

「奪うのはダメだ。警察——この世界の犯罪者を取り締まる期間に捕まってしまう」

「ふむ、それは困ったものだな。しかし、我輩は黄金を直接生み出す魔法など知らぬぞ」


まあ、そうだろうな。仮にあったとしても魔力がないなら使い物にならないだろう。


「金を払って買うんだ」

「ふむ。まあそうだろうな。我輩の世界でも貨幣というものはあった。では、買いに行こうではないか」

「黄金はすごく高いんだよ。黄金1gでリアスかが今食べているカップラーメンが30個は買えちまうよ」

「な、なにぃ!!??そんなに高いのか!?」


魔王は目を剥く。


「ちなみに、黄金はどれくらい必要なんだ?」

「最悪でも我輩の体重分は欲しいな」

「……」


仮に魔王の体重を30キロ。黄金1gの値段を1万5千円だとしたら、4億5000万円は必要だ」


「そうだ!貴様の科学の力とやらで稼ぐしかあるまい。この料理を売りに出せば、時間はかかるが金は稼げるだろう」

「これは俺の開発した料理じゃねえよ。誰でもスーパーに行けば買えるんだ」


リアスの無責任な発言に、俺は頭を抱えた。だが、すぐに彼女が興味深そうに俺を見つめながら言葉を続けた。


「では、人間よ。そなたには我輩が授けた画力があるではないか。絵を売れば良いのではないか?」


「絵を売る? そんな簡単に金になんて……

「試してみる価値はあるだろう。我輩の肖像画など、見る者が心を奪われるほどの傑作ではないか?」


リアスは自信満々に言い放つ。確かに、魔王の肖像画は我ながら驚くほどの出来だった。これをもとに何かしら収入を得る手段を考えるのも悪くないかもしれない。


「じゃあ、リアス。試しにもう一枚、別の絵を描いてみるよ。何を描いたらいい?」


「ふむ……そうじゃな。我輩の威厳を示す構図で頼む」


「またお前の絵かよ……」


文句を言いつつも、俺は再び鉛筆を握り、紙に向かった。この奇妙な生活の中で、俺たちの新たな目標――金を稼ぐ方法――が始まったのだった。


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