第二話
学校から家までは歩いて10分ほど。ボロいマンションの一室が俺の城だ。3LDK。実質ここに住むのは俺一人なので、どうにも持て余す広さだ。父は俺が物心つく前に他界し、母は仕事に魂を売ったキャリアウーマン。帰宅は月に数えるほどだ。
まるでドラマの主人公みたいな孤独だが、慣れると快適である。自分の好きな時間に起き、食い、寝る。最高じゃないか。
そんな自堕落ライフを象徴する夕飯――スーパーの惣菜。湯気の立つ炊き立てご飯と一緒に口に放り込む。満たされるかと言われれば微妙だが、炊事なんて面倒なことをする気力は皆無だ。これで十分。
食事を終え、課題を片付けた後、机に向かう。白い紙と4Bの鉛筆を取り出す。この時点でため息が漏れる。
依頼を押し付けられた先ほどのの記憶が蘇る。修学旅行先は冬の北海道。みんなで仲良くスキー合宿である。となれば描くべきものは決まっているが、スキー場で遊ぶ楽しげな風景なんて、俺に描けるわけがない。頭の中では完璧な構図が浮かんでいるのに、いざ手を動かすと無惨な線の羅列にしかならない。
「これじゃ泥人形祭りだな……!」
頭の中でタイトルだけは決まった。「泥人形を祭り上げる、瀕死の人々」。なかなか皮肉が効いていて悪くない。何度も消しゴムでミミズのような線を消し、描き直す。
だが現実は残酷だ。描き直すたびに、自分の画力の低さに打ちのめされる。おまけに紙に広がるのは自分の汗だけ。
「クソッ! 適材適所って言葉知らねえのか!」
叫びながら鉛筆を投げ捨て、勢いよくベッドにダイブした。ところが。
「ぎゃぷッ!」
妙な音が鳴り響いた。カエルでも潰したような――いや、まさか。
反射的に飛び起き、布団を凝視する。布団の中で何かがモゾモゾ動いている。
「な、なんだ……?」
恐る恐る問いかけると、布団がバサリと跳ね上がった。そこにいたのは――。
「だれじゃ、我輩の眠りを妨げる愚か者は!」
赤い髪、丸い瞳、小柄な少女が現れた。ただし、彼女の頭には見慣れないツノが生えている。しかも、堂々とこう名乗った。
「我輩は大魔王リアス。この世の始まりにして終わりなり!」
思考が追いつかない。自分の部屋に突如現れた謎の生物。しかも魔王だと?
しかしツノもそうだが、驚くべきはその態度だった。
「おい、人間。この世界の説明をしろ。その前に腹が減った。飯を用意しろ!」
無茶苦茶な要求を突きつけられ、怒りが込み上げる。コスプレ少女の悪ふざけにしては度がすぎるというものだ。
「おい、君! これは不法侵入っていう犯罪なんだぞ!」
すると少女――いや、魔王は壁に目をやり、不機嫌そうに拳を振り下ろした。
「黙れ!」
鈍い音とともに壁に巨大な穴が開いた。俺が悠々と通り抜けられるくらいのサイズだ。
「もう一度言ってやる。馳走を用意しろ。さもなくば次はお前の体に穴を開けるぞ」
震える足でキッチンへ向かう俺。この時点で反抗する気力など、もはや残っていなかった。
ご馳走とは名ばかり。用意できたのは高級カップラーメンと冷凍ピザ。ベッドの上でむさぼる彼女を横目に俺は悟る。
「俺の部屋、もう終わったな……」
パラパラと崩れ落ちている壁の穴を見て俺はそう呟いた。一方魔王は上機嫌でラーメンをすすりながら語り始めた。曰く、異世界の勇者との戦いの最中にこちらの世界に飛ばされたとか。さらに、帰るためには魔力が必要らしい。
「せっかくだからこちらの世界を滅ぼしてみてもいいかもしれんな!」
笑顔でとんでもない発言をするリアスに、俺は震えながらうなずく。
「そ、そうですね! 滅ぼすなんて朝飯前でしょう!」
間違っても彼女を刺激してはならない。すでに壁に穴を開けられているのだから。
リアスが言うには、彼女はこの世界を征服して帰還の力を蓄えるつもりらしい。だが、異世界の魔王に現実世界を統治する能力があるのか、正直疑問だ。
最後に彼女は満足げにこう言った。
「人間よ、馳走のお礼に何か願いを叶えてやろう」
俺はとっさに答えた。
「絵がうまくなりたいです」
リアスは笑い飛ばす。
「はっはっは! 絵など描けぬとも、貴様には料理人としての未来があるではないか!」
料理人? インスタント食品しか出してないんだけど。
「まあよい。我輩が貴様のステータスをいじってやる!」
彼女がそう言った瞬間、俺の中で何かが変わったような気がした――気がしただけで、真相はまだわからない。




