洋館の扉
静かな田舎町の片隅に、誰も近づかない古びた洋館があった。
子供の頃から、私はその洋館の存在に興味を惹かれていた。
住民たちは皆「あそこに足を踏み入れたら戻ってこれない」と言うが、誰も具体的な理由を話してはくれない。
その曖昧さが、私の好奇心を煽り続けた。
二十歳を迎えた秋、私はとうとうその扉を開ける決心をした。
夜明け前、街が眠りにつく頃、私はランタン一つを手に洋館に向かった。
大きな木製の扉には、時間が刻んだ無数の傷があり、中央に深紅の模様が描かれていた。
それは血のように生々しく、どこか息をしているようにも見えた。
扉を押し開けると、冷たい空気が肌を刺した。
中は不気味なほど静かで、ランタンの明かりが廊下をぼんやり照らす。
そこには古い家具や埃をかぶった絵画が並び、まるで時間が止まったかのようだった。
「誰かいますか?」
声を出すと、私の呼びかけが壁に反響して消えていった。
その時、奥の部屋から微かな音がした。
人の声ではなく、何か金属が擦れるような音だ。
私は引き返すべきだと頭では分かっていたが、足は勝手にその音の方へと動いてしまった。
奥の部屋には、奇妙な形をした机と、中央に置かれた一冊の黒い日記があった。
表紙にはまたしても深紅の模様。
そして、そのページを開くと、自分の知らないはずの過去の出来事が書かれていた。
両親の秘密、失われた記憶、そして…未来の私の後悔。
「…こんなことが、どうして…」
その瞬間、背後で扉が閉じる音がした。
振り返ると、深紅の模様が光を放ち、私を包み込んだ。
そして私は闇の一部になってしまった。
もう後悔しても遅かった。
もう戻れないと悟った。