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個人企画に参加してみた ①と②それと③ +バンダナコミック01作品

喫茶店とクリームソーダ 〜 真夏の日の一幕 〜

作者: モモル24号

 その日も暑い夏の日の午後だった。夏休み前ということもあって、学校の授業は午前中で終わった。私はいつもの喫茶店へ足を運んだ。


 この喫茶店は駅前通りをほんの少し歩いた所にある。メニューも豊富で、安くて美味しい。貧乏学生の私のお気に入りの店だ。


 喫茶店のあるのは、ビルの二階。階段の入口にはメニューの括り付けられた立て看板と、ショーケスがある。磨かれたガラスの中の空間は、雰囲気のある照明やコーヒーミルが飾られていた。


 私が学生時代に足繁く通った平成中期の頃。当時は昭和レトロな店が流行り出していた。しかしその喫茶店は流行りなど関係なくて、昭和から時間が止まったままあり続けているだけだった。


 擦り減った手すりに、人の営みの作り出すリアルな歴史を感じる。たかが喫茶店と笑う人もいるだろう。歴史を築いて来た事を誇ることもなく、店内に滞在する癖の強い常連客を含めて‥‥私はこの店が好きだ。


 二人並んで歩くのが精一杯の急な階段を登った先に、喫茶店の入口の踊り場がある。急ごしらえのガラスの自動扉はゆっくりと開く。手動扉の名残りを残す、カランコロンとなるベルは、店主さんの利便性への苦悩とこだわりを感じる。

 

 店内からの冷たい空気に、私は思わず「涼しい‥‥」と呟く。冷房の効いた店内は暑さから逃れようとやって来た人々によって賑わっていた。考えることは皆同じだ。


「すみません、満席です」


 店内の様子を伺い、絶望の表情を浮かべる私に店員さんから声がかかる。


 ────あらら、満席かぁ。私は炎天下の中をうろつく気にはなれず、どうするか悩んだ。


「こっち、座ったら?」


 うっ……ちゃっかりカウンター席を確保していたサバサバ系女子が来い来いと、手を振っていた。


 小柄な体格。ショートヘアの茶髪にハスキー気味な艶っぽい声。なのに童顔で、ぷっくりしたチェリーのような唇。身体のパーツのアンバランスさが逆に色っぽく、存在感を出している。いまならクール系美人とでも言われる感じの娘だ。


 彼女はこの喫茶店の常連客の中では、私と大して変わらない新参のはず。なのに‥‥オドオドしがちな私と違って十年は通っているような貫禄があるのが羨ましい。利用客の多くは年配の方。そんな中で私たちは目立つというのに、彼女は気にしない。


 その図太さがわかるのは、この混雑の中でもシレッと特等席をキープしているあたりだろう。店内唯一の三人掛けのカウンター席は、常連客も座るのを躊躇う席だというのに。


 流石はライバルだと思った。勝手にライバルに思うのは私だけで、サバサバした性格の彼女はそんな事を気にしていないだろう。むしろ笑う。相席を誘ってくれた彼女の好意を、ありがたく受け取る。


 カウンター席といっても三人横に座るバーの椅子の先は壁だ。テーブルの目の前も壁。カウンター席はカウンターテーブルというだけで、コーヒーをゆっくりと飲みながら、煙草の煙を燻らせ外の景色を眺める‥‥そんな楽しみ方には向かない。私が自分で特別席と思っているのもあるし、実際は人気がないのが正解だと思う。


 私が心の中でサバサバ女子と呼ぶ彼女は無口だ。声を掛けてくれた後は無言で三人席の奥に席をズレてくれた。お礼を言っても知らんぷりのすまし顔だ。


 この席は正面も横も壁だ。そのため店内の客席に対しては、背中を向ける形になる。だからだろうか‥‥店内の喧騒の声はあまり気にかからず、古めかしいインテリアを眺め、流れるジャズの音を耳に入れ自分の世界に浸ることが出来る。


 その大切な時間と場所の一部を譲ってくれるのだ。無愛想な性分でも、とても親切な子だと思う。


 ◇


 私はこの癖の強い常連客のいる喫茶店の事を思い出し、こうして記憶の中の人々を書き記している。その作業の中で、いま再び後悔している事があるとすれば、彼女と連絡先を交換しておけばと思った事だろう。


 同世代の客同士で、なんとなく互いに好意を持っていたはず……。学校で会った友人達よりも、趣味や興味が合うというだけで、親しくなれたんじゃないか、そう思ったのだ。


 ◇


 ────追憶の中に戻る。そんな私の心を見透かし、からかうようにサバサバ系女子は言うのだ。


「‥‥この暑いのに、まさかホットコーヒーなんて頼まないよね」


 くぅ~、痛烈な一撃だ。頼もうと思っていた。貧乏学生の私の懐事情を彼女は察していながら、あえて違うのを頼めというのだ。サバサバ女子ではなく鬼畜女子かもしれない。


 そういう彼女はレモンスカッシュを頼んでいた。レスカ‥‥私も通ぶって、そんな言い方してみたいよ。悔しいけれど、やはり彼女は格好いいと思ってしまう。


 この喫茶店のレモンスカッシュは、炭酸サーバーで炭酸を作るため、シュワシュワ~とした強めの炭酸が楽しめる。


 グラスは、他の店ではパフェグラスにも使う細長い三角のもの。半分にカットしたレモンを絞ったレモン果汁の原液をグラスへ入れる。ストロー、氷、を入れた後に炭酸を注ぐ。残り半分のレモンは輪切りにされる。グラス内に一枚、グラスの縁飾りに一枚使う。最後に浮かぶ氷の上に、缶詰のものだがチェリーが乗せられて提供される。


 小さなガラスのピッチャーに入ったガムシロップは、お好みで入れる。彼女は酸っぱいままのレモンスカッシュを、そのまま軽く一口吸う。半透明なストローを通り、レモンと炭酸で濁ったレスカが、チェリー色の唇に吸上がる。


 味覚や好みに違いはあって当然だけど‥‥なんとなくまた先を越された感じがした。同時に喫茶店の楽しみ方を、夏の飲み物の嗜み方を教えられた気がする。


「すみません、私はクリームソーダで」


 ────ふふ、言ってやったよ。隣に座るサバサバ系女子から「おぉ、チャレンジャー」 と、ハスキーな声が漏れる。おかわり自由なホットコーヒーは断念した。私だって大人の階段を登って、この喫茶店へやって来た常連だい!


 端から見ると、お子様な二人がレモンスカッシュとクリームソーダを仲良く頼んで飲んでるようにしか見えないだろう。店員さんのにっこり笑顔がどういう気持ちだったのか、聞いてみたかった。



 ──クリームソーダも三角のパフェグラスを使う。レモンスカッシュと違うのは、アイスクリームが溶けないように冷えたグラスを使うことだろう。この喫茶店のクリームソーダはメロンソーダだ。もちろんメロンを使うのではなく、かき氷などで使う緑色のメロンシロップを使うのだ。


 カウンター席の特権、コンッ──とグラスに落ちる氷の音が聞こえる。冷えたグラスと氷の音。賑わう店内の一瞬の間に鳴らされる涼やかな響きは、すでにご褒美のようなものだ。


 メロンシロップの緑色の原液が注がれ、グラス伝いに底へと溜まる。ストローにロングスプーンがバランス良く差される。炭酸サーバーで作られた炭酸が注がれると、泡を立てながら緑色の綺麗な液体に変わる。


 クリームソーダはソーダフロートだ。浮かび上がる氷に蓋をするようにアイスも投入される。業務用のバケツサイズのアイスクリームの塊。


 クリームソーダ用のアイスクリームは、アイスを丸くする器具のアイスディシャーを使って掬う。冷凍庫でガチガチになったクリームの塊の暴力的な姿に心が躍る。


 メロンシロップと炭酸水でメロンソーダへ変わったグラスの中に、店員さんがそっとバニラアイスを乗せる。アイスクリームの重さで浮かんだ氷が沈む。流石にシュワ〜ッと、アイスクリームが炭酸に溶ける音までは私の耳に届かなかった。 


 クリームソーダが真っ赤なチェリーを添えて運ばれて来た時、なんだか懐かしく晴やかな気分になった。緑と白と赤。イタリアの国旗を思い浮かべる方が多いだろうが、私のこの懐かしく幸せな気分はきっと、クリスマスの思い出が強い。


 夏場限定のかき氷もあるし、パフェもあるというのにクリーンソーダを頼むのは、私としても思い切った。おかわり自由なホットコーヒーは別として、値段を考えるとフルーツたくさんなパフェの方が断然お得なのに。


 でも‥‥ちょっと大人な彼女にあやかり、小洒落た物を頼みたくなった。お得感はないが、クリームソーダのアイスクリームとメロンソーダのヒタヒタの旨さはパフェでは味わえない。


「一人だと頼みづらいよね、ソレ(クリームソーダ)


 ────ボソッと告げる彼女は、やはりわかってくれていた。そう、このカウンターの席は、こういう物を頼むのにも向いているのだ。


 何せ他の客席からは仕切りもあり背を向けているので、何を頼もうと注目されない。


 スプーンで掬ったバニラアイスをシュワシュワ~とした甘めのメロンソーダに溶かし過ぎないように浸して一緒に口へと咥える。口の中で溶け出す甘さと泡の刺激。やはりコレがいい。少し品のかける食べ方でもいいのだ。


 火照った身体の中から冷やされ、生き返るようだ。この店がある事と、相席にしてこの至福の時を与えてくれた彼女に感謝した。


「ひと口頂戴よ」


 おっと、流石のサバサバ女子もクリームソーダの魔力にとろけ落ちたようだ。躊躇いなくおねだり出来るのが、それはそれで羨ましいのだけどね。


 クリームソーダの甘さをレモンスカッシュでさっぱりさせる。なんて贅沢で最強の組み合わせなのだろうか。



 私たちは結局頼んだものをシェアしあって、真夏の喫茶店の一時を堪能した。あれから何度も頼んだことのあるはずのクリームソーダだったが、この時のクリームソーダを超えるクリームソーダには出会えていない。


 喫茶店で充分に涼まった私たちは、炎天下からやって来る次の避難客のために席をあける。暑い中、外へ出るというのに、私も彼女も不思議と笑顔で階段を降りて行った。

 お読みいただきありがとうございます。この物語はクリームソーダ祭り企画の投稿作品となります。話の原案は、公式企画2023秋の歴史にて投稿しました連載『喫茶店の常連客 【クセ者ぞろいの常連客とのやすらぎの空間】 』 内の『メロンソーダフロートと夏の日の一幕』 をクリームソーダに変更し大幅加筆したものとなります。新作ですが、原案ありきなので、完全新作ではないかもしれません。企画の規約的にアウトならばタグを外します。


 1849文字から2000文字ほどの加筆となりました。また短編連作での連載時に必要とした部分は削っています。


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― 新着の感想 ―
[一言] クリームソーダの描写がとってもおいしそうです……! レモンスカッシュ、レスカっていうんですよね。 初めて知った時おしゃれだなぁと思っていました(´ω`*) ふたりで仲良くドリンクをシェアして…
[良い点] 飲むだけじゃなくて、作る描写が入っているのが涼しげでいいですね。 冷えたグラスと氷の音。 うーん、身体の芯からキンとなりました。素敵です(´- `*) レトロな喫茶店を好む、通な大学生…
[良い点]  『端から見ると、お子様な二人がレモンスカッシュとクリームソーダを仲良く頼んで飲んでるようにしか見えないだろう』  ここにくすっとしてしまいました(*´`*)  冬野はひとりでも飲食店に入…
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