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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第2部・サレ公爵夫人の内助の功〜呪いの愛人ノート殺人事件〜

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妻の矜持編-4

 フローラは夢を見ていた。


 よりによって夫との結婚式の夢だった。


「病める時も健やかなる時も」


 誓いの言葉の時だった。


「永遠に愛する事を誓います」

「誓います」


 夫とフローラの声が重なり、礼拝堂は祝福されたように光が降り注いでいた。この時は夫の不貞など一ミリも疑っていない。フローラの人生に中で一番困難もなく、平和な時だったが、その直後、夫はこんな事を言った。


「いや、フローラ。美しいよ。素晴らしい」


 花嫁姿のフローラは褒められ、顔を真っ赤にしてしまう。


「これからは二人で一つだ。苦しみも幸福も全部、二人で分けよう」

「苦しみも?」

「おお。一人で難しい事も二人だったら出来るかも知れない。だから、フローラ。決して一人で抱え込むな。頼れ。俺を頼れ!」


 花婿姿の夫は、笑顔でフローラを抱きしめていた。


「は?」


 そんな夢を見てしまい、目覚めたフローラは変な声をあげてしまった。


「頭いたい」


 確かここは病院の個室だった。確かルーナが捕まった後、気を失ったフローラは気を失いしばらく入院することになった。検査の結果、胃に穴も空いている事も見つかり、しばらく入院が長引く予定だった事も思い出す。


 本当は大部屋で良いと言ったが、今のフローラは渦中の人物だった。記者が押し寄せたり、入院患者や病院スタッフに迷惑になったので、結局、個室になった。個室は快適だったが、話し相手もなく、暇で寝ていたら、変な夢を見てしまった。


「はあ、まさか結婚式の夢を見るとはね……。ま、忘れよう……」


 フローラはそう決めて、ベッドサイドにあるゴシップ誌を手に取る。


「サレ公爵夫人、またお手柄! 自殺とされていた事件を覆した!」


 そんな派手な見出しのゴシップ誌は、パティの事件の詳細が綴られていた。記者はトマスだった。トマスにだけは特別に取材してあげたので、この記事だけが一番正確だろう。


 犯人は魔術師ルーナ。動機も殺害方法もフローラが調査し、推理した通りだった。殺人だけでなく、脱税疑惑も持ち上がり、これも白警団が調査中とのこと。


 ルーナはあの時のフローラにすっかり怯えてしまい、事件の詳細を素直に語っていると言う。アリスもそう。すぐに公爵家に白警団が到着し、アリスも脅迫容疑で捕まったと聞いた。この事で女優・ブリジッドも母親として責任を追求され、大スキャンダルになっているという。


 フローラが手にしているゴシップ誌にも、ブリジョッドの醜聞がいくつも並べてあった。それが全て真実かは不明だが、悪い事出来ないものだ。いつかシスター・マリーが不倫女が幸せになれないと言っていたが、何か人間技を超えた存在が復讐をしているよう。フローラはブルっと震えながら、ゴシップ誌を閉じ、ベッドサイドのテーブルの上においた。


 だとしたら、不倫女についても、フローラが手を下す必要もない。そもそもラスボスは夫の小説なのだから、放置してもいいのか。そう思うと、フローラの肩の荷もおり、自然と笑ってしまう。


 ちょうど、その時。見舞客がやってきた。どうせフィリスかアンジェラだと思ったが、意外な人物だった。


 夫の元愛人のドロテーアだった。確かドロテーアも入院していたはずだが、今は元気そう。憑き物が落ちたようにスッキリとした目をしていた。


「ご、ごめんなさい」


 驚いた事に不倫の謝罪までしてきた。


「この事件に巻き込まれて、なんか色々反省しました。もう大人しく、親が決めた結婚相手とお見合いしようと思う」


 そんな事まで言っていた。やはり、パティの事件が与えた影響は大きかったらしい。


「ええ。もういいから。あなたも普通に幸せになって」


 今はこんな甘い台詞もスラスラ出てしまう。幸せになるからこそ罪悪感も持ち、過去の不倫にもっと苦しめられるだろうと意地悪な考えもあったが、もう今はフローラの肩の荷も降りていた。


「ごめんなさい」


 最後にドロテーアはもう一度謝り、病室を出て行った。


 入れ替わりのようにまた見舞客がきた。今度は元愛人のエリュシュカ。二度目なのでさほど驚かない。


 相変わらず太り、肌も髪も荒れ放題のエリュシュカだったが、彼女も不倫について謝罪してきた。


「パティの事件の詳細を知ったら、なんか本当に天罰的なものがありそうで怖くなった……」


 罰が怖いから反省しているのは、少し納得いかないが、フローラは笑顔でエリュシュカの謝罪を受け入れた。今後は隣国に帰り、内線中の祖国のボランティアや支援活動に従事していくという。


「まあ、その方がいいわね。国のために頑張ってね」


 フローラのその声は冷ややか。完全に他人事だったが、エリュシュカは泣きそうになりながら、病室から去って行った。


 最後に元愛人のクロエも来た。今は貧乏状態で、絵の具で汚れた服で来た。メイクもせず、かなり憔悴していたが、過去の不倫についても頭を下げ謝罪してきた。


「ごめんなさい、奥さん。不倫がこんな恐ろしいものとは知りませんでした。殺人と同じだったんですね……」


 泣いているクロエを見ながらも、フローラは冷静だった。むしろ頭が冷えてくるぐらいだったが、薄く作り笑いを続けていた。


 頭には北風と太陽という言葉が浮かぶ。こんな事件になって初めて反省するような元愛人達は愚かだと思う。


 しかし死ぬ前に妻に謝罪できるチャンスがあってよかった。パティやマムのように殺されてしまったら、もう二度とそのチャンスはない。


 こんな愛人達に謝罪されても全く嬉しくはないが、良い事だ。死に逃げされるよりは、よっぽど良い。


「私、もう画家も辞めようかと思って」

「え?」

「それが罰なのかなぁとも思うし……」


 どうやらクロエは自分で自分を痛めつけるつもりらしい。


「ちょっと待って。不倫と絵の才能は全く別よ。それが通るなら、夫も小説書くの辞めさせなきゃ」

「え?」

「絵を描くのは辞めなくていいわよ。それとこれは別問題」

「そ、そんな……」

「そんな自己満足な行いで罪が許されるとも思わないでね」


 クロエは口をポカンと開けていたが、言葉の意味を噛み締めるように、深く頷いた。


「それに今回はあなたの似顔絵のおかげで調査も進んだの。そうね、パトロンだったら、伯爵夫人のクララを紹介しましょうか。私とも親しいし、あの人、演劇や芸術も大好きだし」

「そ、そんな。そこまでしなくても」


 クロエは身を小さくしていたが、フローラの寛大さに何も言えなくなったらしい。素直にクララと会う事を約束してくれた。


「ありがとう。ごめんなさい、フローラ夫人……」


 最後に深々と謝罪したクロエを見送ると、ため息しか出ない。こんな愛人達甘くて良かったのか疑問だが、今はこうするのが一番かもしれない。ここで元愛人を責めても、得する事は一つも見つかない。


「はぁ。でもこれで事件は解決ね。気が抜けるわ……」


 フローラは背伸びし、再びベッドの上で眠った。今は身体も頭も休めたい。晴れて事件から解放され穏やかな眠りに落ちていた。

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