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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第2部・サレ公爵夫人の内助の功〜呪いの愛人ノート殺人事件〜

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妻の矜持編-3

 フローラはルーナの事務所へ向かっていた。夫が泊まるホテルからは、少し距離はあったが、徒歩で行けない距離でもない。


「ははは、もうどうでもいいわ」


 夫に別れを告げられ、フローラの頭は真っ白。同時に事件についてもヤケクソになっていた。どうせ夫と別れるのなら、意味がない。どうなっても仕方ないと思っていた。


「ははは」


 薄ら笑をしつつ、あっという間ルーナの事務所の前についてしまった。客観的に見たら、飛んで火にいる夏の虫だが、今のフローラは、何もかもどうでもよくなってしまった。ヤケクソだった。


 思えば今は優しかった夫の顔しか浮かばない。何度も何度も裏切られていた癖に、夫の優しさばかり浮かんでしまった。


「でも、もう全部終わりよね。結局、私は夫の小説以上の存在にはなれなかった?」


 自分で口にして嫌になってくる。ラスボスは小説だった。いくら夫の愛人を調べても無駄だという事がはっきりした。もうどうにでもなれ。ヤケクソでルーナの事務所に侵入すると……。


「あら、サレ公爵夫人。何の用?」


 すぐにルーナがやって来たが、フローラの肝は据わっていた。いや、ヤケクソになっているだけだが、こんな時でも全く動じず、静かなフローラに一瞬、 後退りしていた。


「全部知りましたわ。あなたが犯人ですね?」


 まるで舞台に立つ悪役女優のように堂々と言う。芝居がかってはいたが、今のフローラは怖い者知らずだった。いくら目の前に殺人犯がいても全く怖くない。むしろ夫の不貞よりはマシ。あんな風に別れを告げられるよりも何倍もマシだった。


「くそ、全部調べたんか?」

「ええ」


 ルーナの口調が明らかに粗野だったが、そんな物も気にしなかった。


「だから白警団へ……」


 しかしフローラはその台詞は最後まで言えなかった。ルーナに腹を殴られ、気絶してしまった。


 五十過ぎの女だったが、腕は男のような筋肉だった。ヤケクソになったとはいえ、フローラ一人では逃げられない。


 あっという間に意識を失い、その身体も縄で縛られてしまった。


 それでも何とか意識だけは取り戻したが、腹に鈍痛があり、息をするのも苦しい。縄で手足も縛られてしまった為、床の上で蓑虫のよう。しかもルーナに数回蹴飛ばされ、さらに腹が痛む。


「おい、サレ公爵夫人。悲鳴でもあげたら? 何、涼しい顔してる?」


 ルーナはそれでも全く動じず、ロボットのように冷たい目をしているフローラに、不信感を持ち始めたいた。


 こんな時もフローラの頭は冷静だった。むしろ、頭はふる回転中だ。カウンセリングルームから見える窓の外は、まだ夕方ではない。大声で叫べば、近隣住民からの助けを得る事も可能だろうか。運が良ければルーナの顧客もここに来るかもしれない。


 それに、この縄だ。夫は小説を書くために自力で縄を解く方法を調べていた。偶然にも今日見かけた原稿用紙の裏にメモをしてあった。あの方法を思い出す。まだ希望はある!


 ぐっと奥歯を噛み締め、縛られた手首を動かす。手首に痛みが走るが、少しずつ緩んできた。


「あんたなんて絶対に許さないわよ!」


 絶叫しながら縄を解き、ルーナの目の前で立ち上がる。不死鳥のようの舞い上がったフローラに、ルーナも後退り冷や汗を流す。


「全部あんたのせいよ! ええ? どうしてくれるの? あんたが事件を起こしたせいで、夫は離婚したいと言ってきたわ!」


 鬼の形相でメンヘラし、ルーナに詰め寄っていく。


「許せないわ! どうせあんたもパティに略奪しろとかカウンセリングしたんでしょ?」

「ひ、何このメンヘラ! 近づくなよ!」


 ルーナはメンヘラには免疫がなかったらしい。目を吊り上げ、鬼の形相で詰めていくフローラに殺人犯ものけぞっていた。


「パティに都合のいい事言ってクッキーを食べさせたのもあなたね? クッキー食べれば略奪に成功すると言いくるめたワケね?」

「そ、そうだけど、よく調べたな! 何この執念深い女は!」


 ルーナの顔を真っ青だった。唇もシワが入り紫色。


「うちの窓ガラスを割ったのもあなたね? あんたの脅しなんて聞くものですか!」

「ちょ、このメンヘラどうしたらいいの? こいつ、完全に頭おかしいって」

「許せない! 略奪カウンセリングって何よ。あんたみたいのがバカな不倫女を助長させてるんだ!」


 フローラは側にあったサボテンの鉢植えを手に取り、投げつけた。鉢はバリバリと割れ、周囲に破片が散っていく。


 マムの事件の前、フローラはこんな風に皿や花瓶を割っていた。ベテランのメイド頭・アンジェラまでドン引きするメンヘラっぷり。ルーナも鬼と化したフローラに手がつけられず、リスのように震えていた。


 さらにルーナを壁に追い込んだ。ドンと壁を叩く。


「さあ、謝罪して貰おうじゃない。パティのような泥棒猫をけしかけた罪をどう思っておられるの?」

「ちょ、何このメンヘラ! 勘弁して……」


 ルーナの顔は真っ青になり、その場で倒れそうになっていたが、最後の反撃に出て来た。ポケットから折りたたみナイフを出し、フローラに向けてきた。


「それが何か?」


 しかし今のフローラには、何の威嚇にもならなかった。


「ナイフなんて夫の不貞と比べたら、何倍もマシ! 不貞は心の殺人って事を思いしればいいわ! 私は妻よ! 誰があんた達にその立場を奪わせるものですか!!!」


 ルーナから折りたたみナイフを奪おうとした瞬間だった。


「白警団だ! 脅迫と殺人未遂の現行犯で逮捕する!」


 なぜかコンラッドが踏み込んできて、あっという間にルーナを捕まえていた。


 カウンセリングルームには他の白警団達も押し寄せて来たが、なぜかその中で夫の姿もあった。


「フローラ!」


 しかも夫はフローラを守るように立っていた。これは夢だろうか?


 あの後、心配になった夫はフローラの後を追い、白警団にも通報したという。


 夫は怒っても呆れてもいなかった。


「ああ、フローラ。助かってよかったよ」


 まるで結婚当初のように優しい笑顔の夫を見ながら、これが現実だと信じられない。全部夢だったとしか思えない。


「これって夢?」


 フローラは意識を手放し、その場で倒れ込んでしまった。夫が抱き抱えるように助けてくれた気もしたが、これも夢だったのかも。

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