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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第2部・サレ公爵夫人の内助の功〜呪いの愛人ノート殺人事件〜

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面白い女編-4

 アリスは絞られた雑巾のように萎縮していた。彼女はフローラの姿を確認すると、さらに小さく震えていたが、クロエが描いた似顔絵にそっくりだ。


 絶妙に芋臭く、存在感のない若い女。今は本当にボロ雑巾のような汚い服を着ていたので、余計にそう見えてしまう。


 フィリスによると、ホームレスのシェルター施設で見つけたらしい。マリーと一緒に余ったクッキーを配りに行った時、アリスの姿を見つけ、首根っこを掴んでここまで連れて来たという。なお、フィリスにもマリーにも白警団に相談するという発想は全くなかった模様。


「おい、どういう事か、言いなさい」


 長年メイド頭をしていたアンジェラは、ベテランの凄みがある。食堂の隅に座るアリスを見下ろし、睨みつけた。


「そうですよ、アリス! パティの件も全部吐きな!」


 一方、フィリスは全く怖くはないが、田舎者らしい粗野さを丸出しにし、アリスは余計にビクビク。これが評判通りの七光で、母親のブリジッドに過保護に育てられた可能性が高そう。たかが田舎者やメイド頭にこんな顔を真っ青にさせているとは。


 シスター・マリーはフィリスやアンジェラのような方法は取らず、ただニコニコ笑っているだけだ。時々、紅茶や蒸しケーキを勧めていたが、どういうつもりだろう。フローラでも意図を汲み取れない。アリスももっと意味が分からないようで、マリーを見る目が「???」と言いたげだった。


「まあ、全部話して貰いましょうか。もうすっかり夜はふけましたけど、元愛人達を脅していたのは、あなた? パティと取り分で揉めて邪魔になって殺しましたか?」


 フローラはマリーのように優しくつもりはない。公爵夫人らしく微笑みながらも、単刀直入に聞いたが、アリスはさらに萎縮。汚い雑巾はさらに、縮こまってしまった。ため息しか出ない。


「まあまあ、フローラ。ここは北風と太陽作戦だよ。この子に限っては神の愛で許しってやった方が事情を話すかもしれない」

「マリー、それでいいの?」


 マリーは甘い事を言っていたが、自信満々だった。ロザリオを取り出し、アリスに祈ると帰ってしまったが、それも一理あるかもしれない。実際、元愛人のクロエも許した方が効果的だった事も思い出す。


 とりあえずガミガミ言っているアンジェラ、キャーキャー騒ぐフィリスを諌めた。二人とも不満気だったが、女主人に従うしかないだろう。二人にはキッチンに行かせて夕食の準備、アリスには風呂に入れ、着替えさせた。


 意外と素直にアリスは従っていた。むしろ、誰かに指示を受けている方が好むタイプかもしれない。評判通りのつまらない女。ただ、もしブリジッドに過保護に育てられたとしたら、それも仕方ない。アリスのようなタイプは貴族令嬢にも多い。結婚しても夫や親の操り人形と化してしまう。


 幸い、フローラはそんな操り人形になる事は回避できた。不本意ながらも殺人事件を調べる面白い女になってしまったが、アリスみたいになるよりはマシかも。アリスを見ていると、かつて籠の鳥のような時期を思い出し、簡単に責めるのもできない。


 こうして風呂から出たアリスには、綺麗なパジャマも着せ、高級ハンドクリームも塗ってやった。


 フローラがこんな優しい態度なので、アリスはますます困惑していた。目は泳ぎ、風呂から出たばかりなのに油っぽい汗も流していた。


「何で優しくするの?」


 ついには、こんな質問も投げてきたが、答えなかった。アリスの手は子供のようの小さく、幼くも見え、これは北風よりは太陽の方が高価的だろう。マリーの作戦は間違いではないと確信した。


「それは自分の頭で考えてみてよ。さ、次は夕食ですよ。食堂へ行きましょ」


 次はアリスの手を引き、食堂へ。既に食卓も上は準備が整えられ、あとは食べるだけ状況だった。アンジェラやフィリスも壁に控えつつ、いつでも給仕ができるよう。


「さあ、ご飯を食べましょう」


 アリスを椅子に座らせ、食事を始めた。フローラはいつものようにマナーを守り、静かに食べていたが、アリスは全く違った。


 ナイフもフォークもろくに使えず、スープはズズと音をたてて飲んでいた。パンはクズを落とし、ボロボロ。背筋も曲がり、肘をテーブルにつけていた。


 田舎者のフィリスよりマナーが悪い。スープやパンの味にも文句を言い、アンジェラに叱られていたが、ヘラヘラ笑っているだけ。叱られるのも新鮮で面白いといった目をしていた。


 これはブリジッドの教育の悪さを実感してしまう。このテーブルマナー一つとっても放置され、都合の良い時だけ過保護にされたのだろう。この娘がパティと結託し、母親のブリジッドを脅していても何の不思議はない。そもそも善悪の区別がつかない子供にも見えた。パティの悪い誘いも、単に楽しそうだからしたのだろう。


 アンジェラのように注意する気も失せた。フィリスはかつての自分を思い出し、顔を真っ赤にしていたが、これも良い勉強だろう。しばらくそのまま食事を楽しみ、フローラは薄らと微笑むだけにしていた。


「お腹いっぱいになった? おかわりはいる?」


 そんな妙な食事も終盤に差し掛かった頃、フローラはわざと慈悲深く笑顔を作った。こんな笑顔は貴族では朝飯前に作れる演技だったが、アリスは何か感じ取ったらしい。スプーンを床に落とし、さっきよりも目が泳ぐ。まるでイタズラがバレた子供のようだったが、フローラは何も言わず、うっすらと微笑むだけだった。


「そ、そんな笑顔を向けないでください……」


 アリスの目は涙で溢れそう。もうアンジェラはアリスへの注意も辞めていた。フィリスと壁の側に控え待機していた。


「わ、わかったよ。全部話すから。話せばいいんでしょ。でも白警団には言わないで」

「ええ。白警団には言わないから、全部話して」


 フローラがさらに穏やかに微笑むと、アリスはカバンから何か取り出して見せた。


「あ、愛人ノートね……」


 アリスが見せたものは、それだった。盗まれてもう一ヶ月ぐらい経ったものだ。二度と対面する事は無いと思っていた。呪いの愛人ノートを書いていると噂も立てられたもの。もはや呪物かもしれないが、こうして目の前にすると、懐かしい。


「おかえりなさい、愛人ノート」


 フローラは優しい声を出しながら、愛人ノートを捲った。

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