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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第2部・サレ公爵夫人の内助の功〜呪いの愛人ノート殺人事件〜

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面白い女編-3

 ルーナの事務所は、都の北部にあった。劇場からそう遠くない場所にあったが、木々に囲まれ、怪しい雰囲気が漂う。事務所といっても民家なので、魔女の家のようにも見える。周囲も民家が多いが、かなり浮いていた。逆に言えば魔術師らしい事務所とも言える。


 ドアが開いていたので、勝手に入る事にした。公爵夫人としてはどうかと思うが、ルーナも犯人の可能性が高く、不倫女向けのカウンセリングもやっていたと思うと、遠慮するのも馬鹿馬鹿しい。


 魔術師の事務所に入るのは、これで二回目だ。魔術師のエルの時は、怪しいオカルトグッズがいっぱいあったが、ここはそう言ったものはない。むしろ清潔なカウンセリングルームがあり、フローラは拍子抜けするほどだった。ただ、アロマオイルやお香でも炊いているのか、強烈な花の匂いがする。あまり良い匂いでもなく、眠気も誘発されそうなので、フローラはハンカチで鼻を抑えた。


「あら、公爵夫人のフローラではないの。でも、驚かないわ。私はあなたが来る事は、水晶玉から教えてもらっていたから」


 ルーナは、本当に全く驚いていなかった。むしろ、机の上にある水晶玉を覗き込み、ふふふと嫌な笑いを見せているぐらい。


「どうぞ、座って」

「ええ。でも、その前にお土産です。蒸しケーキを持ってきたんですが、召し上がりますか?」


 フローラはハンカチを一旦しまうと、バスケットの中から蒸しケーキを取り出してみせた。シスター・マリーのレシピ通りに作ったチョコ味の蒸しケーキで、表面はつるりと丸く、ほわっと甘い香り。この部屋の花の香りも消せそうな甘い香りだった。


「これは、幸運の蒸しケーキです。食べると仕事が成功します。ぜひ、食べてみて」


 フローラの声は若干、芝居がかっていた。まだ悪役女優が抜けていない。声にセリフっぽさが滲むが、ルーナは何故か動揺し始めた。


 魔術師らしく全身黒づくめで、メイクも濃い。年齢も五十過ぎぐらいだが、全く老けてはいない。黒いマントから覗く腕は男のように筋肉が発達し、力強い。この腕力だったら、公爵家の塀を登って侵入し、ガラス窓を破る事は簡単だろう。背中も肩もがっしりだ。何かスポーツで鍛えているかもしれない。


「な、何よ。幸運の蒸しケーキなんてあるわけないでしょ」

「へえ。私はあると思いますが」

「まあ、座ったら?」


 フローラは言われるがまま、ルーナの目の前に座った。


 ルーナはハンカチで汗を拭き、おっとりと微笑む。蒸しケーキは完全にスルー。これは、さっきまでの動揺を上書きして見せてくるようだった。


 フローラも負けてはいられない。この態度ではルーナが犯人の可能性はかなり高い。おそらく今のフローラと似たようなセリフを言ってパティに蒸しケーキを食べさたんだろう。ただ証拠はない。あのクッキーのラベルも状況証拠なだけでルーナとの結びつきは薄い。だからこそ堂々とゴミ箱に捨てた。まるでパティの殺人事件を調べる者への挑発のよう。


 ルーナと同じようにおっとりと微笑み、背筋を伸ばした。作り笑いなら貴族の人間の方がよっぽどうまい。フローラの目は冷え切っていたが、口元は優雅だった。


「あなた、不倫女に略奪する為のカウンセリングもやっているんですね。パティも顧客だったんじゃない?」


 そう思うと胃がキリキリしてくるが、フローラは一切表情を変えなかった。


「全部あなたのせいよ」

「は?」


 一方ルーナは作り笑いを辞め、目を釣り上げていた。紫色のアイシャドウが塗られた瞼は、本当に魔女っぽい。


「マムの事件のせいで王宮魔術師達の多くが失業したんだ。元を辿れば全部あなたのせい。私はそれで必死に営業しなくちゃならなくてね。不倫女の略奪カウンセリングも金になるから仕方ないでしょ」

「あなた、魔術師だったら占いでカジノや競馬でもしたらいかが? 宝くじでもいいでしょ。なぜ、ギャンブルをしないの? 当たる魔術師なんでしょ? ギャンブルが嫌なら株はどう?」


 フローラは静かに挑発していたが、相手はまんまと乗ってきた。


「うるさい!」


 歯を剥き出して怒る姿はかなり下品だが、フローラは冷静だった。マムの事件により失業、その後、女優のブリジッドをカモに成功したが、彼女を脅すパティが現れ、邪魔になったのか。ブリジッドも稼いでいるとは言え、パティに金銭を支払っていたら、ルーナの取り分も減るだろう。動機はこれか。金だった。パティもかなりの金の亡者だったが、ルーナもそうだったのかもしれない。


 ルーナの指先には大きな石の指輪、首周りもジャラジャラとネックレスをつけていた。どちらも高価なものだ。もっとも貴族がつけているものと比べれば下品だが、確実に経費はかかっているだろう。


「あんた、やけに冷静ね。目の前に怒っている人がいて、何、涼しい顔してるのよ」

「夫の不貞よりはマシね。蚊みたいなものね。まあ、ブンブンうるさいので辞めてくれません?」

「うるさいのは、あなた。さっさとお家に帰って大人しく公爵夫人やっていなさい!」


 ルーナの顔は真っ赤だった。


「地獄に落ちるわ。大人しくしていないと本当に地獄に落ちるから」


 これも脅しだろうか。しかし、ルーナの赤い顔を見れば見るほど、頭が冷えてきた。


「いえ、地獄になんて落ちませんよ。少なくとも、あなたを殺人犯として捕まえるまでは」

「証拠は?」


 そこを突っつかれると痛い。結局、フローラはルーナが犯人である客観的な証拠は何一つ持っていなかった。


「帰れ!」


 あっけなくルーナに追い返されてしまった。そうは言っても、まだまだ負けるつもりはなく、とりあえず公爵家に帰ったら。


 もうすっかり日が暮れ、夜空には満月が浮かんでいた。その月明かりで、少し明るいぐらいだったが、公爵家の門をくぐると、フィリスがすっ飛んで来た。


「奥さん! やりましたよ!」


 いつになくフィリアはドヤ顔だった。


「なんと、アリスを捕まえたんです! 今、家でアンジェラとマリーが見張ってます!」

「本当?」


 フィリスはうっかりメイドだと思っていた。実際、愛人ノートを盗まれるきっかけを作ったにhフィリスだったが、これはお手柄だ。


「よくやったわ、フィリス。後で給料も上げましょう」

「いえ、そんな事はいいですから、家の食堂へ! アリスがいるんですから!」


 フィリスに手を引かれて、食堂へ向かった。


 さて、犯人がルーナ? それともアリス?


 どちらにせよ、間もなく判明するだろう。


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