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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第2部・サレ公爵夫人の内助の功〜呪いの愛人ノート殺人事件〜

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呪いの愛人ノート編-5

 エリュシュカに蒸しケーキをあげてしまった為、フローラは再びキッチンに立ち、大量にそれを作っていた。夏場にキッチンに立つのは、それだけで汗がぐっしょりしてくるが、もう少しで事件の手がかりも全部揃いそうだ。


 フローラは鼻歌を歌いながら手早く蒸しケーキを作り、バスケットに詰めると馬車に乗り込んだ。


 行き先はもちろん、元愛人のクロエのアトリアだ。場所は夫の別邸に近い。あのマムが殺された場所でもあり、場所でその前を通るだけでも、手の平に汗が出てた。夫も事件以来、一度もこの別邸には向かってなく、事件当時のまま白警団のテープも貼られたままだった。


 とりあえず別邸の前で馬車を止め、徒歩でクロエのアトリエへ。


 アトリエといっても木々に囲まれた小屋だったが、夫は当時、ここにも脚繁く通い、妻を裏切っていた場所でもある。


「クロエ、いらっしゃる? 公爵家のフローラ・アガターです」


 その事を思い出すと、胃がキリキリしてくるが、今は事件調査が優先。本当はフィリスも連れて来たかった。夫の元愛人と対面するなんて気分の良い事ではないが、フィリスはシスター・マリーの所へ行儀見習いに行っているから仕方ない。


 コンコンとアトリエのドアをノックするが、なかなか出てこない。周囲の鳥や虫の鳴き声だけ響く。ここは庶民が多くいる住宅地でもあるので、余計に蒸し暑くも感じるが。


「あら、ドアの鍵かかってないし。勝手に入りましょう」


 公爵夫人としては勝手に人の家に入るのは抵抗があったは、仕方ない。今は公爵夫人というより事件を調査する毒妻探偵。そう自分に言い聞かせながら、アトリエへ。


 薄暗いアトリエだった。キャンバスが無造作に並べられ、絵の具の匂いがツンと鼻につく。床には描きかけのスケッチも散乱し、とても綺麗な場所ではないが、置いてある絵は綺麗。特に風景画は実物以上に綺麗だった。


 クロエは夫の元愛人だ。夫との関係をちらつかせ、脅しをしてきたような極悪女。それでも描くものは美しい。夫の小説と同じで、作品と作者の人格は関係ないのかもしれない。


 もっとも不倫中に描いたものと思われる夫の肖像画は潰してしまいたいぐらいイライラしたが。夫の絵は半裸。やたらと美男子に描いているが、おそらくベッドの上でスケッチでもしたのだろう。


「ぎゃー!」


 そんな絵に見入っていたら、二階からクロエが降りてきた。フローラの姿を確認すると、吸血鬼でも見たかの様に悲鳴をあげていた。


 顔も真っ青。フローラを前にし、逃げる体制をとったので、慌てて首根っこを捕まえた。


 意外とクロエは華奢な体型で楽に捕まえられた。いつもは黒いドレスでマウントとってきた極悪不倫女だったが、今は絵の具だらけの汚い格好。髪もボサボサ、すっぴん。そんなクロエは、妙に幼く見えてしまった。


 とりあえずアトリエにある椅子の座らせ、蒸しパンを与えて落ち着かせた。クロエはフローラが呪いの愛人ノートを使って呪詛をしていると信じて疑っていなかったが、蒸しパンはムシャムシャ食べていた。よっぽどお腹が減っていたらしい。


 フローラもアトリエにある丸椅子に座り、クロエに向き合った。


「こんな私の作った蒸しケーキ、よく食べられるわね」

「だってお腹空いてたんですもん!」


 クロエはこの一件で噂がたち、契約していたパトロンにも裏切られ、今は食べるものにも困っているという。


 正直なところ自業自得とも思ってしまったが、お腹が減っている所だったら、パティも普通にクッキーを食べる可能性がありそう。魔術師のルーナがうまく誘導し、食べさせるのも可能性大だが、もっと単純にパティがお腹が減っていたら、誰でも出来るトリックだろう。クッキーのラベルの張り替えも誰でも出来る。魔術師のルーナだけ疑うのは早計かもしれない。


「な、サレ公爵夫人が何を見てるの?」

「いえ、あなたの事は嫌いだけど、絵は素敵ね。特にあの夫の絵。公爵家のリビングルームにでも飾ろうかしら」

「え?」


 クロエは目をぱちぱちとさせていた。


「あの絵、公爵家で買い取るわ。あと、この百合の花の絵と、子猫の絵も」


 クロエはフローラの言動が全く信じられないよいだ。目を見開いて、口をポカンと開けていたが、なぜか頭を下げてきた。


「ごめんなさい……。こんな不倫してたのに、絵を買ってくれるなんて……」


 気の強そうなクロエの目だったが、涙も滲んでいた。やはり、北風と太陽作戦の方がよかった。ここでクロエを攻めたら、本当の事は話さなかっただろう。


「勘違いしないで。あなたの絵が素敵だってだけの話。相変わらず作者のクロエは極悪女だと思うわ」

「もう、奥さん。素直になったら?」

「そうね……。まあ、単刀直入に言うわ。パティに脅されていた?」


 クロエは目元を拭うと、こくんと頷いた。パティという名前に嫌な記憶でもあるのか、表情が暗くなっていたが。


「共犯者もいたでしょ?」

「いた。若くて幽霊みたいなルックスで」

「あなたは絵が得意なんだから、ここに」


 フローラは側にあったスケッチブックと鉛筆を渡す。すると、クロエは水を得た魚のようだった。目をキラキラさせ、子供のように鉛筆を動かしていた。


 夫が仕事をしている時とそっくりだった。悔しいが、夫がクロエに惹かれた理由は認めるしかない。


「できたよ」

「へえ、上手いね」


 出来上がった絵を見せて貰ったが、ようやくパティに共犯者の顔がわかった。確かに地味な顔つきの女だ。目が細いためか薄幸な雰囲気。眉毛は太く、絶妙に芋臭い。ちゃんとメイクをすれば、清純派に見えない事もないが。


「この女、女優のブリッドに似てる気がする」

「そう?」


 クロエに言われて、スケッチブックをまじまじと見つめた。言われてみたら、確かに眉毛、鼻、口元がそっくり。つまりブリジッドの娘=アリスという事か?


「ありがとう、クロエ。あなたは素晴らしい才能がある。ぜひ、腐らせないでね」

「う、うん……」


 フローラに褒められるとは思っていなかったのか、クロエはまた泣きそうだった。


「ありがとう。助かったわ」


 フローラは深く頷き、アトリエを後にした。これでパティの共犯者=アリスと確定だ。もう事件のピースは全部揃った。あとは一枚の絵にしていくだけ。この絵を描けるのは、クロエではない。フローラだけだろう。


「これは面白い。この事件も喜劇にしようじゃないの」


 馬車に乗り込んだフローラの口元は緩み、目は子供のよに輝いていた。今のフローラも水を得た魚のようだった。

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