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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第2部・サレ公爵夫人の内助の功〜呪いの愛人ノート殺人事件〜

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呪いの愛人ノート編-1

 爆死だった「愛人探偵」に重版がかかった。ネイトによると、脚本家のアーロンから舞台化の企画も持ち込まれており、シリーズ化の希望もあるという。


 ここで夫は目が覚めたように原稿に向かっていた。ネイトはそのフォローの周り、フローラは事件調査へ。これは夫からも頼まれた。作品のネタを掴んでこい、と。


「という事で、あなたの所へ来たわ。ドロテーア、あなた、何か知っているでしょう?」


 フローラは、ドロテーアが入院している病室にいた。


 ドロテーアは元愛人の一人だ。パティに脅されていた可能性も高い人物の一人。


 庶民階級の下品な女だったが、不動産投資に成功し、フローラにも何度もマウントを取ってきた女だ。道端の雑草のように執念深く、夫との不倫も一切やめず、マムの事件の直前まで関係があった女だ。


 どちらかといえば大柄で健康体のドロテーアだったが、病院のベッドの上にいる彼女は萎れた大根のようだ。目も落ち窪み、頬もげっそり。髪も痛み、首筋も骨っぽくなっていた。


 ゴシップ記者のトマスからドロテーアは入院中と聞いたが、想像以上に弱っている。


「な、何しに来たのよ……」


 いつもは気が強くマウントをとってきたドロテーアだったが、フローラを見てビクビク怯えてもいた。


「たかが胃炎で病院の個室を借りるのは、大袈裟では?」


 フローラは呆れながらも、ベッドサイドの丸椅子に座り、蒸しケーキを差し出した。これは夫にあげたものの残りだが、フローラが差し入れを持ってきた事が意外だったらしい。


 ドロテーアは上半身だけ起き上がり、蒸しケーキを凝視。案の定食べはしなかった。


「な、何これ。きっと毒入りよ。パティみたいに殺される……!」

「え、パティを知ってるの?」

「ほ、報道で見ただけだから!」


 明らかにドロテーアは動揺していた。目は泳ぐし、無視ケーキはベッドの上に落とし、指先は震えてる。報道で知ったという嘘は通用しないはず。


「あ、あんたなんて、呪いの愛人ノート書いている噂があるんだからね!」


 萎びた大根のようなドロテーアだったが、なぜか吠え始めていた。負けた犬ほどよく吠える。フローラはこの国にある格言を思い出してしまう。


「呪いの愛人ノート? 何それ?」

「あんたがノートに公爵さまの愛人の名前を書くと、呪われて、不幸になる。みんなそう言ってるし。事実私も……」

「単なる偶然でしょ。あなたは不摂生が原因かと。夫もドロテーアは脂っこいものばかり食べるって心配してた」

「公爵さまが?」

「人間として心配はしてたわよ。ドロリーアって名前は言い間違えてたけど」

「そ、そう……」


 今度はドロテーアが泣きそうな目をしていた。叫んだり、怖がったり、泣きそうになったり忙しい女だ。面白い女である事は確かだろう。


 一方、フローラは一切表情を変えずにそドロテーアの小さな目を見ていた。


 夫の元愛人が病気になっている模様。世間の噂を鵜呑みにし怯えてもいたが、全く嬉しくはなかった。こうなった今でも夫との不貞を反省する素振りは全くないし、ドロテーアが自らフローラに謝罪する日は遠いだろう。


 このままドロテーアの改心を待つのは、時間の無駄だろう。


「あなた、パティに脅されていたわよね?」

「うっ……」


 ドロテーアは何も答えない。静かで無機質な病室に沈黙が落ちる。この沈黙こそが、答えだろう。


 おそらくパティが愛人ノートを盗んだ。そしてそこに書かれた元愛人から金品を強請っていた。


「そ、そうだよ……。あの女に脅されてたんだよ。実は実家で縁談もあったし、どうしても世間に公爵さまとの関係はバレたくなかったし」

「ゴシップ記者にはバレてますけどね」

「あぁあ」


 ドロテーアはヤケクソのように蒸しケーキを食べていた。ムシャムシャと音がするぐらいの食べっぷり。ベッドの上にカスが落ちるが、全く気にしていなかった。


「あれ、私、死なない。あんた、毒入れてないんか?」

「入れてないわよ」

「毒妻なのに?」

「毒も呪いもやってませんって」


 フローラはため息をつきながら、ドロテーアに口元を拭ってやった。子供みたいだ。不倫なんてするような倫理観が壊れた女の精神年齢なんて予想はつくものだが、ため息しか出ない。


「まあ、この蒸しケーキはうまいな。紅茶の味が効いていて、フワフワで。喉越しも絹のようじゃん」

「食レポはいいから。パティについて何か知っている事はない?」

「そうね……」


 蒸しケーキに効果があったかは不明だったが、ドロテーアの態度は軟化した。パティについても知っている事を語ってくれた。


「何か小判鮫みたいな、腰巾着みたいな女と二人で来てたよ」

「二人?」

「何かあんまり印象に残ってないんだよな。地味でドレスも庶民風で。幽霊みたいな存在感ない女」

「顔は?」

「さあ、わからない。年齢は二十歳ぐらい。名前も聞いてない」


 パティには若い共犯者がいた模様。


「他には?」

「そうだね。なんか、金の亡者って感じだった。不動産投資についても教えてやったら、目が爛爛としてた。自殺なんてするか? 死んでも死ぬタイプじゃないだろうよ」


 それはドロテーアと完全同意だった。


 ・パティが脅しをしてた(確定)

 ・パティには共犯者がいた(確定)。


 そう、頭の中にメモをした。憶測だったものだが、こうして証言を得られた。まだ何も分かってはいないが、一歩前進だ。気づくとフローラの口元が緩んでしまう。


「でも、パティが本当に殺人だったら、あんたが見つけてくれよ」


 なぜかドロテーアに頼まれてしまった。


「パティの脅しは本当にしつこかった。胃に穴が開くんじゃないかっていうレベルだったわ」

「そ、そうなのね」

「そんなパティを殺した犯人を見つけられるのは、同じかそれ以上に執念深くて、強い女じゃないとダメだ。これは奥さんしかいない」


 褒められているんだが、馬鹿にされているか不明だったが、もう愛人としてドロテーアに憎しみや嫉妬心もなかった。


「分かった。犯人を見つけるわ、必ず」

「うん。それと次は女優のブリジッドの所へ行った方がいい。パティが日常的に脅してるって聞いたから」

「ありがとう」


 まさかアドバイスまでされるとは思わなかった。向こうも少し照れているぐらい。


「奥さん、今まで悪かった気もする……」


 別に謝罪ではない。心から不貞を反省しているようには全く見えないが、今はそれでも十分かもしれない。

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