悪魔な恋愛カウンセラー編-2
公爵家の食堂は、中央の大きなテーブルがあった。その上のキラキラ光る銀食器が美しい。天井にある大きなシャンデリアの光に照らされ、一段と輝いていた。
フローラと夫はまずハーブ水で手を洗い、このテーブルについていた。
「辛気臭い顔だな。イライラするわ」
夫は実に不機嫌だった。表向きには美男子の公爵作家として通っていたが、今はその雰囲気は全くない。
給仕しているアンジェラやフィリスは、仕事に集中していた。特にフィリスは夫と初対面であったが、微妙な顔。おそらく外見の割に中身の性格が悪そうで、そのギャップに驚いているのだろう。
確かに夫の容姿だけは良かった。遠目には薔薇のような派手さと気品もある。金色の髪の毛は、光に透けるとハチミツのようにも見えた。目鼻立ちも整い、晴れた青空のような色の目は、どんな女でも落ちてしまいそうなぐらい美しい。薔薇公爵という二つ名も全く違和感ない。
妻であるフローラもこの男に釣り合った容姿だ。年齢も同じ二十七歳だ。確かに顔は悪役女優風ではあるが、黒薔薇のような美しさで、全く負けてはいない。夫はフローラの事を辛気臭いと評していたが、事実かわからない。むしろ夫の方が不機嫌そう。眉間に皺を深め、睨むようにフローラを見つめていた。
「正直、料理なんて食べたい気分じゃないな。おい、そこの女」
夫はフィリスを呼び出した。
「な、何でしょう。公爵さま」
案外フィリスは肝が据わっているようで、不機嫌な夫にも冷静だった。少しは怖がると思っていたので意外だ。田舎娘らしく、中身は頑丈かもしれない。
「新しいメイドか。お前、毒味しろ」
「は? 毒味?」
フィリスが戸惑っていると、アンジェラがすっ飛んできた。
「今夜の料理は私が主に作りました。奥様は関わっておりませんよ、坊ちゃん」
坊ちゃんと呼ばれて、夫はバツが悪そう。長年のこも家に支えてきたアンジェラは、夫の子供時代も知っていた。
「あなた、私が毒でも盛ったと疑っているの?」
「その通りだよ。世間では妻が夫を殺すのが定番だし、お前は毒妻とも呼ばれてる」
「そんな事はしませんよ」
フローラは嘘は言っていない。内心は料理にまで猜疑心を持つ夫に怒りを通り越し、呆れてきたが、無表情で通すことに決めた。不機嫌な夫に何を言っても仕方ない。それに今さら突然帰ってくるって何?
「いいや。お前は庭で毒草を育てているって噂があるんだ。俺は毒味をしてもらわないと食べないから」
鋭く周囲を睨む夫にフローラはため息しかでない。
「フィリス、どうぞ座って。毒味してくれない?」
「奥さん、なんてこと!」
アンジェラは憤慨していた。妻がこんな風に疑われているのは、屈辱的でもある。
でももう、そう言った屈辱を感じる心も壊れていた。不倫は心の殺人。フローラの心はあらゆるものが鈍くなっていた。
こんな空気の中だったが、フィリスはフローラの隣の着席すると、毒味をしていた。毒味といっても普通に食事しているだけだったが「お肉おいしー!」とか「さすが公爵家の高級食材!」と田舎者らしくはしゃぎ、空気はすっかりユルくなっていた。夫もフィリスには動物や子供を見るような視線を向ける。おそらく夫とフィリスは不倫関係にはならないだろう。ようやく夫も猜疑心を持つのを辞め、食事をしていた。
「フィリス、お行儀が悪いわ」
「奥さん、いいじゃないですかー」
といっても夫婦の会話はゼロ。お互いフィリスとばかり会話をし、アンジェラはため息をついていた。この食卓はどうも見てもチグハグな雰囲気は拭えなかった。まるでコントだ。いや、突き詰めれば悲劇かもしれないが。
「ところであなた、ドロテーアとの仲はどう?」
しかし、悪びれもせず、フィリスと談笑している夫には口の中を噛み締めたくなる。固めの全粒粉パンを咀嚼した後、チクリと愛人の名前も出してやった。
「知ってるのよ、私。ドロテーアと一緒に行った高原旅行は楽しかった?」
「ッチ、調べてたのかよ」
笑っていた夫だが、顔が凍りつく。この男は自分が何をしているか知っていた。だから、食事も毒入りか疑ったのだ。
「ええ。ドロテーアの事なんて全部知ってるわ」
フローラは余裕たっぷりな笑顔を浮かべていた。さすがのフィリスもこの空気に耐えられなくなったようで、パンを千切るのすら辞めていた。
「お前はまだまだだ」
「え?」
「ドロテーアとは別れたよ」
それは吉報か? しかし、こんな夫が不倫を辞めるとは思えない。
「そう。で、あなた。新作の方の調子はどう? 順調?」
カマをかける事にした。夫は原稿に詰まると、女に手を出す悪癖があった。逆に言えば、夫の仕事の進捗を把握すれば、女の陰が追えるのだ。
「ふっ。今度は傑作になるよ」
夫は口元を緩ませていた。パンやスープが美味しかったからでは無いだろう。その青い目は相変わらずフローラを小馬鹿にした感じで、何かを隠しているようだ。
ピンときた。これは新しい愛人がいそう。愛人との付き合いも好調で、原稿もノリに乗っているのに違いない。
これは妻のカンだ。本当に当たっているかは不明だが、夫が何かを隠しているのは明確だ。もし不貞行為を全部やめているのなら、料理に毒を盛っていると猜疑心は持たないだろう。
「公爵さま。どんな話を書いているんです?」
フィリスはキラキラした目で聞いていた。田舎者丸出しだったが、ナイスアシストだ。夫が書いている作品の内容が分かれば、だいたいは愛人の検討がつく。
「ああ。今度は庶民の結婚相談所を舞台にした恋愛小説だ。恋愛カウンセラーの素晴らしい美女と、伯爵の青年のラブストーリー」
「わあ、すっごい。私は読みたい!」
フィリスは無邪気に笑っていたが、フローラの目は死んでいく。おそらく新しい愛人は、恋愛相談をしている女だろう。わざわざヒロインを「素晴らしい美女」と表現するのも含みを感じる。嫌らしい。フローラは怒りが顔に出ないよう。どうにか無表情を保つ。
「美しい結末のラブストーリーになるはずだ」
夫は自信満々だったが、フローラは彼の笑顔を見ているだけで口元が引き攣る。
これはやっぱり、愛人調査をするべきか。この笑顔が苦痛に変えさせ、ざまぁと言うべきか?
「これから執筆のため、別宅に行くよ。今日は公爵家として慈善活動のスケジュールを教えに来ただけだから」
夫はそう言い残すと、さっさと家から出て行ってしまった。仕事するような事は言っていたが、おそらく愛人の元へ行くのだろう。新しい愛人のもとへ。
「奥さん、公爵さまって案外イケメンでしたね!」
フィリスは機嫌が良かったが、騙されてはいけない。
「フィリス、あの様子だと新しい愛人がいるわ」
「奥さんの言う通りですね。あれはいますよ」
「えー!? 全然気づかなかった。奥さんもアンジェラも何で気づいたんです?」
鈍いフィリスは全く気づいていないようだが、アンジェラもわかっていたようだ。目を光らせ、夫の様子も観察していた。
「やはり、愛人調査しましょう。フィリス、協力してちょうだい」
やはり、そうするしかないようだった。
「わかりました、奥さん。協力しますよ!」
フィリスはノリノリだ。面白がっているのに違いない。こんなフィリスを見ていたら、少しは落ち着いてきた。夫と会って怒りや悲しみが再燃しそうだったが、どうにか止められそう。
「やれやれ、じゃあ私は尾行用の服でも用意しますかね」
アンジェラはため息をつきながら、仕事に取り掛かっていた。